◇◇◇魔物を消す光◇◇◇

ー/ー





 信じられないような惨状が、目の前にひろがっていた。泥と、金属と、血の臭い。重い、気が遠くなりそうなほど重い暗がり。自分の光魔法がそれを照らし出してしまったことが、怖くなる。
 それより、強い光を放った事で、警護官に向かっていた魔物達が、一斉にこっちに向かってきた。
 その光景に、息をのむ。
 恐怖じゃない。
 光につられて歯牙を伸ばしてくる魔物の姿が、助けを求める叫びの姿にしか、みえなくて。
 両手をあげて、彼らを迎え入れるように、手を伸べた。

『あなたの姿は、本当の姿じゃない。怒らないで。怖がらないで。悲しくないよ。ほんとうの姿をとる、その時まで……』
 光魔法じゃない薄紅色の何かが、迫ってきた魔物に染み込んでいく。
 胸が、あたたかい。
『――消えて――……!』
 大量の赤黒い魔物が、さっと白に染まっていく。
 一瞬の硬直の後に、ぱんと弾けた。虹色の光鱗が泥色の戦場の上をキラキラと舞う。

 いつのまにか、うっすらと夜明けだ。
 警護官も奴隷達も国防院の兵士達も、呆然として、その現象を見上げていた。
「……ミラノさん、あなたは――」
 総議長様の声に、ふと我に返ると、物凄い数の視線を浴びているのに気付く。
「あっ……あの、な、なんでもないんですっ!」
 一気に顔が熱くなって、慌てて載せて貰っていた馬車の上から飛び降りる。
 呆然としている国防院の人達の間を掻き分けて奴隷達のもとに辿り着く。
 同じように向こうから駆けてきた泥だらけのセフィシスと、ぶつかるように会えた。
「アリスちゃんが、いたの……!」
「えっ? どういう――」
 いきなり飛び出したセフィシスの言葉に、びっくりする。
「消えた魔物の、光の中に……」
 ふら、と倒れ込みかけたのを、慌てて受け止める。
「……魔物は、本当は人なんです。人じゃなくなった人の、命と形とを見失ったのが……」
 言葉の途中で小さく頷いたセフィシスの背中を、そっと撫でた。
 この泥沼の戦場にいたこと自体が、凄い。
「イリス様は――」
「無事よ。この中に……」
 疲れ切った顔をあげたセフィシスの表情が、凍り付く。
「もう止めて……もういいですっ……イリス様!!」
 掠れた声をあげたセフィシスにびっくりして視線の先を追うと、遠く、屋根の上によじ登ろうとする赤い短髪の背中をみつけた。
 一時的に戦闘が停まっているとはいえ、危険過ぎる。
 飛んでくる矢を剣で叩き落としながら、登り切っていった。


「また会うとはな。降魔の聖女イリスローグ。とっくに逃げたかと思っていたが」
「……聖女は、死んだ。あなたが殺したんだ」
 イリスは長剣の刀身を引きずって、息を整えた。
 シャロンが、自分が落としてきた剣を握っているのをみて、きり、と睨み付ける。
「ふむ、その件は不幸な間違いがあったようだ。だが、こちらの狙いは当たった。大人しい奴隷達が武器を取る。それが解放活動という反逆者を制圧する理由になる。貴様も、聖女の死を巧く利用したものだ。世間は同情しているぞ。このうえは、綺麗さっぱり、消えて貰わんとな!」
 ダッと肉薄するシャロンの動きに、咄嗟に剣をあげて反応する。
 鈍い金属音がガンと外れて、上腕を削った。
 屋根の上を横に転がって、2,3と閃く斬撃を避ける。
「どうした。腕が落ちたんじゃないか」
 笑いながら剣を構え直すシャロンの動きには、無駄がない。
 体力の余裕の差も大きい。加えて、イリスは馬力のない女の身体だということが、焦燥になる。
「――そうだ。ユリウス、横から手を出すなよ」
「大事なご主人様の実戦ですよ。支援ぐらいはさせて下さいよ」
 少し離れて見守っていたユリウスが詠唱した風魔法が、ふわりとシャロンに纏わりつく。
 イリスはそれを見届けず剣に炎魔法をのせて、起き上がると同時に斬りかかった。
 炎と風とが触れた所から黒煙が飛び散る。
 斬撃がいくつもの金属音をつくって、熱風が頬を焼く。
 ――強い。
 ガン、と剣が逸れて、脇腹を熱いものが通っていく。
 一瞬、意識がとんで、ドッと背中を打った。

 心臓の音が、大きく鳴る。
 剣先を向けて見下ろしてくるシャロンの声が、聞こえない。
 だが恐らく、自分のものだったその剣が胸にめり込んで来るだろうことは、理解できる。
 ――アリス。
 こんな時に、ミラノが消した魔物の輝きの中で、妹の笑顔が見えたのを思い出していた。
 死んだら、魔物になるのか。
 魔物になって、ミラノに消されるんだろうか。

 ぼうっとした視界の中に、ぱっと、赤が咲く。
 温かいものが頬を打って、耳に音が戻った。

「――ぐぅっ……」
 刀身が胸から突き出て、鼓動に合わせて鮮血が噴き出してくる。
 口からも鮮血を吐き出したシャロンの手から、長剣が奪われる。
「……誰にも、殺させませんよ。シャロン様。貴方は私が殺して差し上げるんですから」
 まるで恋人に囁くような、甘く低い声が、静かに響いた。
 ユリウスは背後から串刺しにしたシャロンを戦場に向かって晒した。
 右手に握った自分の長剣をその喉に当てて、すぅ、と横に引いた。どうなったか、見るまでもない。
 屋根の下の方で、緊張と動揺がひろがっていくのが分かる。

「……お前、は……」
 絞り出した声が、脇腹に響く。
「これは、私の個人的な愛情です。わかって頂けましたか?」
 いつもの軽いユリウスの口調を聞いたのを最後に、意識が、熱い鼓動の中に落ちていった。




◇◇◇長い道の合流地点◇◇◇


 フェリア教会には、2代にわたって『展望の聖女』がいた。
 物事の行く末を見通し、助言を与える、未来を見つめた聖女。若くして亡くなった1代目のかわりに、2代目の聖女は、20年程の長い歳月、穏やかに人々の営みを援け続けた。
 そんな聖女が議会に反旗を翻して、貴族にも奴隷にも大勢の犠牲者を出した理由は、誰にもわからなかった。
 混乱の中で自らも命を落として、その真意は闇に消えてしまった。
 記録には、身分制度を撤廃するよう議会に求めたとある。

 ――――でも、展望の聖女が、反逆行為の結果を見通せなかった筈がない。
 民衆の見ている所で大勢の奴隷が無残に死んだ事で、奴隷への風当たりがやわらかくなったこと自体が狙いだったのか。古い慣習に従う議員の老獪を取り除き、若い頭脳に入れ替わった事も、目的のうちだったのか。
 聖女の後任に、志を同じくする、イリス=ローグを残した。
 おそらく展望の聖女は、こういう形で奴隷制度が撤廃されるのを、見通していたんだろう。


「では、私の助力はここまでだ。資料はできておるから、どう料理するかはおぬし次第だ。リッド」
 ポンと封書を押し付けてから帰国の馬車に乗りこんだ隣国の女王補佐官の背中は、相変わらず騎士のように颯爽としている。
「奴隷制改正のご助力、感謝します。セキ補佐官。女王にも宜しくお伝え下さい。次は俺の方から正式訪問させて頂きたいですね」
「うむ。追々は観光の路を拓いて、我国にも利を落として貰いたいものだな。まぁ、何にせよ早く安定する事を願っておるよ。――出立!」
 国賓の帰国を、国防院の兵士がずらりと並んで見送る。
 本来は警護官の仕事だが、まだ組織内部が混乱していて、その建て直しに注力して貰っている。

 なだらかな都市の斜面に馬車の姿が消えるのを見送ってから、渡された薄い封書をひらいてみる。
 手伝って貰った仕事の書類は執務室から事務作業所に移動してあるから、何か別件だろう。アキディスの報酬についてかな、と開いてみて、すぐに折り畳んで仕舞い込んだ。
 ――信のおける護衛を傍に付けぬと、長生き出来ぬぞ――
 わかっている。
 この議会制国家の中で、前職の父の後ろ楯があるとはいえ、自分はかなり若輩の総議長だ。
 長い溜息をついて、国防院の撤収を指揮してから、控えていた側近に声をかけた。
「教会の復興は、どこまで進んだ?」
「修繕は終わりまして、あとは血の跡を清めるだけです。魔女探し達が自発的に殆どやってくれたようで、今も活発に出入りしています。しかし、今回は後任の聖女が指名されていませんでしたから、新しい代表者の選出には、時間が……」
「――聖女は、決まっている」
「は? ……それは……?」
「修繕が終わったのなら、早めに教会へ遣ろう。民衆の動揺は、それで大分落ち着くだろう」
 人事院が奴隷の集団をほとんど一方的に攻撃し、犠牲者も出たことで、世論は圧倒的に奴隷に味方した。
 勿論それは、偶然でも幸運でもない。
 話を拡散してくれた旅楽師のハーディスには、あとで何か好物でもご馳走してあげなければ。
 おかげで、先日の議会で、無事に奴隷制改正の法案を可決することが出来た。

 よく晴れた空を鳥の群れがわたっていく。
 法の改正は、総議長に就いた時から案のひとつとして囁かれていたものだった。
 その利点と人道的観点から、少しずつ現実に向けて推し進めてきたものだったけれど、古くから根付いていたこの身分制度が、こんなに早く改正出来るとは思っていなかった。アキディスを使って議員への根回しはしていたけれど、奴隷解放活動の働きの他にも、何か別の流れに、大きく援けられていた気がする。
 それは、恐らく――

「総議長、今日この後は、お休みになっては? 目の下にクマができていますよ」
 緑色の制服が、そっと、傍に立っていた。
 いつもの強面の男ではない。
「今回の法の改正は、俺の働きだけじゃ出来なかった。聖女イリスの影響だけでもない。……執務室に、いい珈琲を置いてるんだ。どうやって地下牢から脱走してきたのかも含めて、ゆっくり話を聞かせてくれないか」

 綺麗に短く切り揃えられた茶髪が、不敵に笑う端正な顔立ちにさらりと触れる。
「では、私は甘い焼き菓子をお持ちしましょう」




「東地区に行くんじゃなかったの? 商人さん」
 公園の緑の中に、さく、と影が差した。黒髪の魔女探しが、まどろみを破る。
「……シヅキ。教会にアドリス補佐官が手配したのは、貴女でしたか」
 アキディスは目を擦って、膝を枕にして眠っているハーゼの頭をそっと芝生におろした。流石に足が痺れてきていた。
 それでもバーゼは、スヤスヤとよく眠っている。
「南地区に動きがあるかもって話ですから、今回はエラークに足を延ばそうと思っています。貴女の故郷ですよね」
「領主は若いわ。リッドと同じ位よ。主力産業である農業の効率化をどんどん進めてる。働き手である奴隷を解放して平民として扱うのにも、経済的な大混乱は起こらないと思うわ」
「それは凄いですね。問題は、この中央都市との、奴隷への意識の差でしょうかね」
「うん、そうね。……むこうの教会に、奴隷に慕われてる女性がいた筈だから、まずは彼女を訪ねてみたらいいんじゃないかしら。ごめん、名前は知らないわ」
「いい情報ありがとうございます。貴女はしばらくここにいるんですか?」
「ええ。新しくなる教会に、魔女探しの協会としての基礎を作っておきたいからね。新しい聖女様、決まったんでしょ? どんな人?」
 話をしているうちに、むにゃ、とハーゼが目を擦っていた。
「……んん……おなかすいたぁ……」


◇◇◇展望が紡ぐ光明の聖女◇◇◇

 [[rb:手風琴 > アコーディオン]]の音色が、新しくなった聖堂に響く。
 切なくて温かい、優しい旋律。ここで悲しい事件があった記憶を、安らかに、撫でていく。
 ハーディスに演奏をお願いするのは大変だった。
 アキディスと違って神出鬼没で、なかなか捉まらなかったから。
 木造の天使像は焼け焦げてしまっていて、魔女探しの協会の人達が新しいものを寄贈してくれた。故郷の領主セルウィリア様が贈ったものが無くなったのは少し寂しいけれど、物は、こうしてまた作る事が出来る。
 壇上の背景になっている中庭への扉を大きく開くと、緑の風が吹き込む。真新しい長い丈の聖衣に葉の匂いが吸い込まれていく。
 
 ミラノはきちんと背筋を伸ばして立とうと思って、直前まで、すごく緊張していた。
 だけど、この新しい聖堂で、ハーディスの音楽に包まれてみると、無理にイリス様やアドリス正使の真似をすることなんてないっていう気持ちになる。
 人々の顔をちょっとだけ見渡してみてから、天使像の傍に立った。
 イリス様が聖女になった時のように、檀上には立たない。
 まだまだ、私は壇上に立って何かを話すには、多分、役不足だから。壇上で口を開くのは、いつかもっと、自分が大きくなってからでもいいと思う。

「私には、魔物を消す力があります。でも魔物は、元々は、人。苦しみと悲しみを抱いたもの。本来の姿を求めて迷ったもの。嫌いとか怖いとか、人の憎しみから、形をとったもの。本当は、普通の、やさしい魂の欠片。――私は、私達は、まだまだ知らない事が沢山ある。目を逸らさないで、見た目だけに惑わされないで、本当の姿をみつけて、よくみて、触れて、お互いを理解していきましょう。変わる事を、恐れないで――」

 準備していた挨拶文は、全部吹っ飛んでいた。
 かってに口から出てきた言葉が、聖堂に静かに染みていく。
 段取り通りに解放奴隷の皆から花籠を受け取ると、それに光魔法をかけて、ぱっと聖堂に集った人々のうえに撒き散らした。
 解放奴隷も、それを受け入れる人達も、きっとまだ大変な事が沢山ある。
 不安な事が少しでも明るく解決できますように。そういう、光の花を咲かせる。

 『光明の聖女』
 それが総議長様から貰った、新しい称号だった。

 きっとアドリス正使に出会わなければ、竦んでしまっていた。
 アキディスやハーディスと知り合わなければ、こんなに穏やかな気持ちで立っていられなかった。
 ――未来を見つめた『展望の聖女』は、どこまで見通していたんだろう。
 彼女の傍にいたセフィシスが、最初から、私がイリス様の次の聖女になるってわかっていたから教会に留めたっていう話には、流石に現実感がなかった。
 だけどこうなってみると、凄い事だなと思う。


 無事にお披露目の役割を終えて聖女の執務室に戻ると、灰色の子猫が元気に飛びついてきた。
「こ、こらっ! もぅ~。ミラノ、お疲れ様。大成功みたいで安心したわ~」
 セフィシスが聖衣に爪を立ててくっついた子猫を剥がしにかかる。
 複雑に食いこんだのか、なかなかうまくいかないのをみて、緊張が一気に和らいだ。
「猫さんの名前、決めないんですか?」
「う~ん、元々ユリウスの猫だから、名前、あるかも知れないし。でも今あの人、地下牢でしょ。それだけ訊きに行く訳にもいかないし、大体、面会できないわよ~」
 ちく、と胸が痛くなる。
 大勢の警護官の中で堂々と人事院院長を殺害したユリウスは、その後あっさり捕まって連行されてしまった。
 イリス様も連れていかれて、地下牢にいるという話を総議長様から聞いている。
 抵抗しなかったからか、その場で処分されなかっただけ、良かったって事になるんだろうか。
 せめてセフィシスが、こうして傍にいてくれる事が、物凄く心強い。
 ――アリスも、ジェストも、いなくなってしまった。

 トンと扉が叩かれたのにどうぞと応えると、魔女探しのシヅキが、にこやかな顔を覗かせた。
「シヅキさん。あ、あの天使像、素敵でした。本当に、何から何までありがとうございます」
「いいえ、逆に私達協会が好き勝手にしてしまって、申し訳ないぐらいです。ところで、今、大丈夫ですか?」
「? はい。何か……?」

 頷いたシヅキの後ろから、旅装の外套を深く被った長身の男が、トンと執務室の床を踏んだ。
 急に、心臓の音が高く鳴る。
 こんな長身の、男の人は、知り合いにいない。
「猫の名前は、特に決めていなかったそうだ。好きなように付けると良い」
 低い声。
 だけど、この響き方を、知ってる。
 する、と深く被っていた外套を肩まで降ろすと、赤い短髪が、キリッとした頬に触れた。
「――イリス……様……?」
 赤い瞳が、微笑む。
「ただの、イリスだよ」
 長身の、男の人。
 アリスが最期に、お兄ちゃんって、呼んでた。
「やっと魔法が解けた。今まで、ありがとう。今度は君が主役だ。『光明の聖女』。……いい称号を、貰ったな。大変な事も多いだろうけど、無理はしないで――」
 暖かくて低い声に、ぱた、と涙が落ちる。
 大きな手が、そっと頬の雫を拭ってくれて、息が、震えた。
 ――どこかに、行ってしまう。
 女性じゃなくなっても、きっと分かる人にはイリス様が分かる。同情されているとはいえ、奴隷に武器を持たせて貴族に剣を向けた事は、総議長様が庇っても庇いきれない罪状になってる。この中央都市で普通に暮らす事は、たぶん、もう出来ない。
 それは、よく分かってる。
 生きていてくれて、元気でいてくれれば、もう、それで十分なのに。

 大きく扉が叩かれて、硬い声がした。
「失礼します、聖女様。お報せが」
 警護官だ。
 イリスはさっと外套を被ると、窓枠に手をかけた。
「あとは、よろしく!」
 ぽんと外に出て、あっというまに見えなくなる。

 直後に扉をあけた警護官が、その場で硬い敬礼をした。
「申し訳ありません。実は、地下牢にいた院長殺害犯と反逆罪の女が先日から脱走しています。捜査網を張っていますが、ご注意をお願いします。何かあればお報せください」
「――わかりました。ありがとう」
 忙しく一礼して出て行った警護官を見送ってから、窓に駆け寄った。
 涼しい緑の匂いが、頬を撫でていく。
「もう……。いいところで、邪魔が入ったわね」
「い、いいところって、なんですか――」
 傍に立って茶化してくれるセフィシスに、あわてて、ぐし、と目を擦った。
「大丈夫よ。きっと、また会えるわ。生きてさえいれば、どこかで、繋がってるもの」
 少しだけ、彼女の薄い髪色の下に哀が差す。
 腕の中の子猫の尻尾が、その頬をペタリと叩いた。
「……皆が、安心できるように。安心して、ここに帰って来られるように……沢山、やりたいことがあるんです。手伝って貰っていいですか? セフィシス」

 人の背中ばかり見ていると、迷子になる。
 追い駆けてばかりじゃ何も出来ない。
 人の役に立つっていうことは、求められてから応えるのじゃ、全然足りない。
 いつか、イリスが頼りたくなるような、そういう場所を、つくっていこう。

 大きく目をひらいたセフィシスが、ふわりと笑んで、子猫の前脚をあげた。
「よろこんで。『光明の聖女』様」
 可愛い小さな鳴き声が、新しい風の中に、とけていった。









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 信じられないような惨状が、目の前にひろがっていた。泥と、金属と、血の臭い。重い、気が遠くなりそうなほど重い暗がり。自分の光魔法がそれを照らし出してしまったことが、怖くなる。
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 その光景に、息をのむ。
 恐怖じゃない。
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 両手をあげて、彼らを迎え入れるように、手を伸べた。
『あなたの姿は、本当の姿じゃない。怒らないで。怖がらないで。悲しくないよ。ほんとうの姿をとる、その時まで……』
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 胸が、あたたかい。
『――消えて――……!』
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 一瞬の硬直の後に、ぱんと弾けた。虹色の光鱗が泥色の戦場の上をキラキラと舞う。
 いつのまにか、うっすらと夜明けだ。
 警護官も奴隷達も国防院の兵士達も、呆然として、その現象を見上げていた。
「……ミラノさん、あなたは――」
 総議長様の声に、ふと我に返ると、物凄い数の視線を浴びているのに気付く。
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 一気に顔が熱くなって、慌てて載せて貰っていた馬車の上から飛び降りる。
 呆然としている国防院の人達の間を掻き分けて奴隷達のもとに辿り着く。
 同じように向こうから駆けてきた泥だらけのセフィシスと、ぶつかるように会えた。
「アリスちゃんが、いたの……!」
「えっ? どういう――」
 いきなり飛び出したセフィシスの言葉に、びっくりする。
「消えた魔物の、光の中に……」
 ふら、と倒れ込みかけたのを、慌てて受け止める。
「……魔物は、本当は人なんです。人じゃなくなった人の、命と形とを見失ったのが……」
 言葉の途中で小さく頷いたセフィシスの背中を、そっと撫でた。
 この泥沼の戦場にいたこと自体が、凄い。
「イリス様は――」
「無事よ。この中に……」
 疲れ切った顔をあげたセフィシスの表情が、凍り付く。
「もう止めて……もういいですっ……イリス様!!」
 掠れた声をあげたセフィシスにびっくりして視線の先を追うと、遠く、屋根の上によじ登ろうとする赤い短髪の背中をみつけた。
 一時的に戦闘が停まっているとはいえ、危険過ぎる。
 飛んでくる矢を剣で叩き落としながら、登り切っていった。
「また会うとはな。降魔の聖女イリスローグ。とっくに逃げたかと思っていたが」
「……聖女は、死んだ。あなたが殺したんだ」
 イリスは長剣の刀身を引きずって、息を整えた。
 シャロンが、自分が落としてきた剣を握っているのをみて、きり、と睨み付ける。
「ふむ、その件は不幸な間違いがあったようだ。だが、こちらの狙いは当たった。大人しい奴隷達が武器を取る。それが解放活動という反逆者を制圧する理由になる。貴様も、聖女の死を巧く利用したものだ。世間は同情しているぞ。このうえは、綺麗さっぱり、消えて貰わんとな!」
 ダッと肉薄するシャロンの動きに、咄嗟に剣をあげて反応する。
 鈍い金属音がガンと外れて、上腕を削った。
 屋根の上を横に転がって、2,3と閃く斬撃を避ける。
「どうした。腕が落ちたんじゃないか」
 笑いながら剣を構え直すシャロンの動きには、無駄がない。
 体力の余裕の差も大きい。加えて、イリスは馬力のない女の身体だということが、焦燥になる。
「――そうだ。ユリウス、横から手を出すなよ」
「大事なご主人様の実戦ですよ。支援ぐらいはさせて下さいよ」
 少し離れて見守っていたユリウスが詠唱した風魔法が、ふわりとシャロンに纏わりつく。
 イリスはそれを見届けず剣に炎魔法をのせて、起き上がると同時に斬りかかった。
 炎と風とが触れた所から黒煙が飛び散る。
 斬撃がいくつもの金属音をつくって、熱風が頬を焼く。
 ――強い。
 ガン、と剣が逸れて、脇腹を熱いものが通っていく。
 一瞬、意識がとんで、ドッと背中を打った。
 心臓の音が、大きく鳴る。
 剣先を向けて見下ろしてくるシャロンの声が、聞こえない。
 だが恐らく、自分のものだったその剣が胸にめり込んで来るだろうことは、理解できる。
 ――アリス。
 こんな時に、ミラノが消した魔物の輝きの中で、妹の笑顔が見えたのを思い出していた。
 死んだら、魔物になるのか。
 魔物になって、ミラノに消されるんだろうか。
 ぼうっとした視界の中に、ぱっと、赤が咲く。
 温かいものが頬を打って、耳に音が戻った。
「――ぐぅっ……」
 刀身が胸から突き出て、鼓動に合わせて鮮血が噴き出してくる。
 口からも鮮血を吐き出したシャロンの手から、長剣が奪われる。
「……誰にも、殺させませんよ。シャロン様。貴方は私が殺して差し上げるんですから」
 まるで恋人に囁くような、甘く低い声が、静かに響いた。
 ユリウスは背後から串刺しにしたシャロンを戦場に向かって晒した。
 右手に握った自分の長剣をその喉に当てて、すぅ、と横に引いた。どうなったか、見るまでもない。
 屋根の下の方で、緊張と動揺がひろがっていくのが分かる。
「……お前、は……」
 絞り出した声が、脇腹に響く。
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 いつもの軽いユリウスの口調を聞いたのを最後に、意識が、熱い鼓動の中に落ちていった。
◇◇◇長い道の合流地点◇◇◇
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 物事の行く末を見通し、助言を与える、未来を見つめた聖女。若くして亡くなった1代目のかわりに、2代目の聖女は、20年程の長い歳月、穏やかに人々の営みを援け続けた。
 そんな聖女が議会に反旗を翻して、貴族にも奴隷にも大勢の犠牲者を出した理由は、誰にもわからなかった。
 混乱の中で自らも命を落として、その真意は闇に消えてしまった。
 記録には、身分制度を撤廃するよう議会に求めたとある。
 ――――でも、展望の聖女が、反逆行為の結果を見通せなかった筈がない。
 民衆の見ている所で大勢の奴隷が無残に死んだ事で、奴隷への風当たりがやわらかくなったこと自体が狙いだったのか。古い慣習に従う議員の老獪を取り除き、若い頭脳に入れ替わった事も、目的のうちだったのか。
 聖女の後任に、志を同じくする、イリス=ローグを残した。
 おそらく展望の聖女は、こういう形で奴隷制度が撤廃されるのを、見通していたんだろう。
「では、私の助力はここまでだ。資料はできておるから、どう料理するかはおぬし次第だ。リッド」
 ポンと封書を押し付けてから帰国の馬車に乗りこんだ隣国の女王補佐官の背中は、相変わらず騎士のように颯爽としている。
「奴隷制改正のご助力、感謝します。セキ補佐官。女王にも宜しくお伝え下さい。次は俺の方から正式訪問させて頂きたいですね」
「うむ。追々は観光の路を拓いて、我国にも利を落として貰いたいものだな。まぁ、何にせよ早く安定する事を願っておるよ。――出立!」
 国賓の帰国を、国防院の兵士がずらりと並んで見送る。
 本来は警護官の仕事だが、まだ組織内部が混乱していて、その建て直しに注力して貰っている。
 なだらかな都市の斜面に馬車の姿が消えるのを見送ってから、渡された薄い封書をひらいてみる。
 手伝って貰った仕事の書類は執務室から事務作業所に移動してあるから、何か別件だろう。アキディスの報酬についてかな、と開いてみて、すぐに折り畳んで仕舞い込んだ。
 ――信のおける護衛を傍に付けぬと、長生き出来ぬぞ――
 わかっている。
 この議会制国家の中で、前職の父の後ろ楯があるとはいえ、自分はかなり若輩の総議長だ。
 長い溜息をついて、国防院の撤収を指揮してから、控えていた側近に声をかけた。
「教会の復興は、どこまで進んだ?」
「修繕は終わりまして、あとは血の跡を清めるだけです。魔女探し達が自発的に殆どやってくれたようで、今も活発に出入りしています。しかし、今回は後任の聖女が指名されていませんでしたから、新しい代表者の選出には、時間が……」
「――聖女は、決まっている」
「は? ……それは……?」
「修繕が終わったのなら、早めに教会へ遣ろう。民衆の動揺は、それで大分落ち着くだろう」
 人事院が奴隷の集団をほとんど一方的に攻撃し、犠牲者も出たことで、世論は圧倒的に奴隷に味方した。
 勿論それは、偶然でも幸運でもない。
 話を拡散してくれた旅楽師のハーディスには、あとで何か好物でもご馳走してあげなければ。
 おかげで、先日の議会で、無事に奴隷制改正の法案を可決することが出来た。
 よく晴れた空を鳥の群れがわたっていく。
 法の改正は、総議長に就いた時から案のひとつとして囁かれていたものだった。
 その利点と人道的観点から、少しずつ現実に向けて推し進めてきたものだったけれど、古くから根付いていたこの身分制度が、こんなに早く改正出来るとは思っていなかった。アキディスを使って議員への根回しはしていたけれど、奴隷解放活動の働きの他にも、何か別の流れに、大きく援けられていた気がする。
 それは、恐らく――
「総議長、今日この後は、お休みになっては? 目の下にクマができていますよ」
 緑色の制服が、そっと、傍に立っていた。
 いつもの強面の男ではない。
「今回の法の改正は、俺の働きだけじゃ出来なかった。聖女イリスの影響だけでもない。……執務室に、いい珈琲を置いてるんだ。どうやって地下牢から脱走してきたのかも含めて、ゆっくり話を聞かせてくれないか」
 綺麗に短く切り揃えられた茶髪が、不敵に笑う端正な顔立ちにさらりと触れる。
「では、私は甘い焼き菓子をお持ちしましょう」
「東地区に行くんじゃなかったの? 商人さん」
 公園の緑の中に、さく、と影が差した。黒髪の魔女探しが、まどろみを破る。
「……シヅキ。教会にアドリス補佐官が手配したのは、貴女でしたか」
 アキディスは目を擦って、膝を枕にして眠っているハーゼの頭をそっと芝生におろした。流石に足が痺れてきていた。
 それでもバーゼは、スヤスヤとよく眠っている。
「南地区に動きがあるかもって話ですから、今回はエラークに足を延ばそうと思っています。貴女の故郷ですよね」
「領主は若いわ。リッドと同じ位よ。主力産業である農業の効率化をどんどん進めてる。働き手である奴隷を解放して平民として扱うのにも、経済的な大混乱は起こらないと思うわ」
「それは凄いですね。問題は、この中央都市との、奴隷への意識の差でしょうかね」
「うん、そうね。……むこうの教会に、奴隷に慕われてる女性がいた筈だから、まずは彼女を訪ねてみたらいいんじゃないかしら。ごめん、名前は知らないわ」
「いい情報ありがとうございます。貴女はしばらくここにいるんですか?」
「ええ。新しくなる教会に、魔女探しの協会としての基礎を作っておきたいからね。新しい聖女様、決まったんでしょ? どんな人?」
 話をしているうちに、むにゃ、とハーゼが目を擦っていた。
「……んん……おなかすいたぁ……」
◇◇◇展望が紡ぐ光明の聖女◇◇◇
 [[rb:手風琴 > アコーディオン]]の音色が、新しくなった聖堂に響く。
 切なくて温かい、優しい旋律。ここで悲しい事件があった記憶を、安らかに、撫でていく。
 ハーディスに演奏をお願いするのは大変だった。
 アキディスと違って神出鬼没で、なかなか捉まらなかったから。
 木造の天使像は焼け焦げてしまっていて、魔女探しの協会の人達が新しいものを寄贈してくれた。故郷の領主セルウィリア様が贈ったものが無くなったのは少し寂しいけれど、物は、こうしてまた作る事が出来る。
 壇上の背景になっている中庭への扉を大きく開くと、緑の風が吹き込む。真新しい長い丈の聖衣に葉の匂いが吸い込まれていく。
 ミラノはきちんと背筋を伸ばして立とうと思って、直前まで、すごく緊張していた。
 だけど、この新しい聖堂で、ハーディスの音楽に包まれてみると、無理にイリス様やアドリス正使の真似をすることなんてないっていう気持ちになる。
 人々の顔をちょっとだけ見渡してみてから、天使像の傍に立った。
 イリス様が聖女になった時のように、檀上には立たない。
 まだまだ、私は壇上に立って何かを話すには、多分、役不足だから。壇上で口を開くのは、いつかもっと、自分が大きくなってからでもいいと思う。
「私には、魔物を消す力があります。でも魔物は、元々は、人。苦しみと悲しみを抱いたもの。本来の姿を求めて迷ったもの。嫌いとか怖いとか、人の憎しみから、形をとったもの。本当は、普通の、やさしい魂の欠片。――私は、私達は、まだまだ知らない事が沢山ある。目を逸らさないで、見た目だけに惑わされないで、本当の姿をみつけて、よくみて、触れて、お互いを理解していきましょう。変わる事を、恐れないで――」
 準備していた挨拶文は、全部吹っ飛んでいた。
 かってに口から出てきた言葉が、聖堂に静かに染みていく。
 段取り通りに解放奴隷の皆から花籠を受け取ると、それに光魔法をかけて、ぱっと聖堂に集った人々のうえに撒き散らした。
 解放奴隷も、それを受け入れる人達も、きっとまだ大変な事が沢山ある。
 不安な事が少しでも明るく解決できますように。そういう、光の花を咲かせる。
 『光明の聖女』
 それが総議長様から貰った、新しい称号だった。
 きっとアドリス正使に出会わなければ、竦んでしまっていた。
 アキディスやハーディスと知り合わなければ、こんなに穏やかな気持ちで立っていられなかった。
 ――未来を見つめた『展望の聖女』は、どこまで見通していたんだろう。
 彼女の傍にいたセフィシスが、最初から、私がイリス様の次の聖女になるってわかっていたから教会に留めたっていう話には、流石に現実感がなかった。
 だけどこうなってみると、凄い事だなと思う。
 無事にお披露目の役割を終えて聖女の執務室に戻ると、灰色の子猫が元気に飛びついてきた。
「こ、こらっ! もぅ~。ミラノ、お疲れ様。大成功みたいで安心したわ~」
 セフィシスが聖衣に爪を立ててくっついた子猫を剥がしにかかる。
 複雑に食いこんだのか、なかなかうまくいかないのをみて、緊張が一気に和らいだ。
「猫さんの名前、決めないんですか?」
「う~ん、元々ユリウスの猫だから、名前、あるかも知れないし。でも今あの人、地下牢でしょ。それだけ訊きに行く訳にもいかないし、大体、面会できないわよ~」
 ちく、と胸が痛くなる。
 大勢の警護官の中で堂々と人事院院長を殺害したユリウスは、その後あっさり捕まって連行されてしまった。
 イリス様も連れていかれて、地下牢にいるという話を総議長様から聞いている。
 抵抗しなかったからか、その場で処分されなかっただけ、良かったって事になるんだろうか。
 せめてセフィシスが、こうして傍にいてくれる事が、物凄く心強い。
 ――アリスも、ジェストも、いなくなってしまった。
 トンと扉が叩かれたのにどうぞと応えると、魔女探しのシヅキが、にこやかな顔を覗かせた。
「シヅキさん。あ、あの天使像、素敵でした。本当に、何から何までありがとうございます」
「いいえ、逆に私達協会が好き勝手にしてしまって、申し訳ないぐらいです。ところで、今、大丈夫ですか?」
「? はい。何か……?」
 頷いたシヅキの後ろから、旅装の外套を深く被った長身の男が、トンと執務室の床を踏んだ。
 急に、心臓の音が高く鳴る。
 こんな長身の、男の人は、知り合いにいない。
「猫の名前は、特に決めていなかったそうだ。好きなように付けると良い」
 低い声。
 だけど、この響き方を、知ってる。
 する、と深く被っていた外套を肩まで降ろすと、赤い短髪が、キリッとした頬に触れた。
「――イリス……様……?」
 赤い瞳が、微笑む。
「ただの、イリスだよ」
 長身の、男の人。
 アリスが最期に、お兄ちゃんって、呼んでた。
「やっと魔法が解けた。今まで、ありがとう。今度は君が主役だ。『光明の聖女』。……いい称号を、貰ったな。大変な事も多いだろうけど、無理はしないで――」
 暖かくて低い声に、ぱた、と涙が落ちる。
 大きな手が、そっと頬の雫を拭ってくれて、息が、震えた。
 ――どこかに、行ってしまう。
 女性じゃなくなっても、きっと分かる人にはイリス様が分かる。同情されているとはいえ、奴隷に武器を持たせて貴族に剣を向けた事は、総議長様が庇っても庇いきれない罪状になってる。この中央都市で普通に暮らす事は、たぶん、もう出来ない。
 それは、よく分かってる。
 生きていてくれて、元気でいてくれれば、もう、それで十分なのに。
 大きく扉が叩かれて、硬い声がした。
「失礼します、聖女様。お報せが」
 警護官だ。
 イリスはさっと外套を被ると、窓枠に手をかけた。
「あとは、よろしく!」
 ぽんと外に出て、あっというまに見えなくなる。
 直後に扉をあけた警護官が、その場で硬い敬礼をした。
「申し訳ありません。実は、地下牢にいた院長殺害犯と反逆罪の女が先日から脱走しています。捜査網を張っていますが、ご注意をお願いします。何かあればお報せください」
「――わかりました。ありがとう」
 忙しく一礼して出て行った警護官を見送ってから、窓に駆け寄った。
 涼しい緑の匂いが、頬を撫でていく。
「もう……。いいところで、邪魔が入ったわね」
「い、いいところって、なんですか――」
 傍に立って茶化してくれるセフィシスに、あわてて、ぐし、と目を擦った。
「大丈夫よ。きっと、また会えるわ。生きてさえいれば、どこかで、繋がってるもの」
 少しだけ、彼女の薄い髪色の下に哀が差す。
 腕の中の子猫の尻尾が、その頬をペタリと叩いた。
「……皆が、安心できるように。安心して、ここに帰って来られるように……沢山、やりたいことがあるんです。手伝って貰っていいですか? セフィシス」
 人の背中ばかり見ていると、迷子になる。
 追い駆けてばかりじゃ何も出来ない。
 人の役に立つっていうことは、求められてから応えるのじゃ、全然足りない。
 いつか、イリスが頼りたくなるような、そういう場所を、つくっていこう。
 大きく目をひらいたセフィシスが、ふわりと笑んで、子猫の前脚をあげた。
「よろこんで。『光明の聖女』様」
 可愛い小さな鳴き声が、新しい風の中に、とけていった。