◇◇◇荷馬車の馭者と帝国人◇◇◇
ー/ー深夜の鉱山地域の小道を走り抜けて街道に出たところで、空が白くなってきた。
ジノヴィは占い師の青年を確保したものの、途中で相棒と逸れるという面倒な災難に見舞われていた。思いがけず執拗に追ってきた一般人を撒くためとはいえ、襲撃後の打ち合わせぐらいはするべきだった。どうしたものかと息をついて、青年を道端に降ろす。
濃霧の中、山中の悪路を走破した事自体は大したことではない。すぐに気絶させたものの抱えてきた占い師は”世界を支配する魔女”だ。その事実に緊張しっぱなしだった。地面におろした占い師の茶色い髪を掬って、そっと顔を確認する。
ひどく白い顔色だと思ったが、冷静に考えれば夜明け前の薄暗さのせいだ。自分は息を切らしているのに、まるで何事もなかったかのように呑気に眠っているのが気に食わない。大きく息をついて、疲れた身体をどっと彼の隣に投げ出す。
手強い魔物との戦いには慣れている。しかしいざ魔女を扱うとなると……相手は「人」だ。
モノではないし、魔物ではないし、どう接するのが正解なのか、分からない。拘束してしまえば簡単な話だが、自ら同行に納得したものを、下手に刺激して逃げられては堪らない。
畏れすぎか。いや、相手が相手だ。慎重を期するに越したことはない。
早急に帝国に帰ってこの重責から解放されたいものだと、大きく息を吐いた。
緊張し過ぎていたのか、その一瞬で、寝入ってしまった。
遠く、馬車の車輪が小石を踏む低い音が響いてくる。
セトが目を開くと、うっすらと霧がかった街道のど真ん中で寝転がっている自分の状況をみつけた。目を擦って昨夜の出来事を思い出そうとする。旅装の男に縄で引き上げられてから、記憶が無い。
この状況は……。一体、何があったのだろう?隣で堅苦しそうな男が疲れきった顔色で眠っている。道の真ん中で寝転がっているなんて、なかなか不思議な状況だ。あちこち軋んだ身体をゆっくり起こして、簡単に身だしなみを整える。外見は商売道具のひとつだ。それからそっと男の顔を覗き込んだ。酒場で襲ってきた時は目がよく見えなかったし、昨夜は暗くて短時間だったから、顔をしっかり見るのは初めてだ。
厳格な顔。年齢は20代の後半か、30代前半頃だろう。旅装の外套の下に軍服のような厚手の動き易そうな服を着込んでいる。夏が終わったばかりだというのに、その着古された装いは、いかにもリーオレイス帝国の人間だ。
彼を観察しているうちに、遠くから聞こえていた馬車が近くに迫ってきた。
この男が寝転がった状態では、馬車の通過の邪魔になるだろう。向かってくる馬車に向かって、大きく手を振る。
馭者が気付いて、馬の速度を落とした。荷車に大量の野菜を積んでいるのを見ると、行先は外野ではなく街のほうだろう。
「なんだアンタ達、こんな所で何してるんだ?」
若い声が、車上の馭者から降ってきた。どう返事をしたら良いのか分からないが、適当な笑顔を作ってみる。
「まったく、邪魔だよ。馬車通れないんだけど。早く避けてくれない?」
馭者はいらいらした様子で降りてきて、寝転がっている旅装の男を蹴り飛ばしそうな勢いで睨みつけた。その目が、はっとする。
「……あんた、コイツとどういう関係?」
ぐっと肩を掴まれ、緑色の瞳が真っ直ぐみつめてくる。鋭さを含んだ綺麗な顔立ちを目の前にして、この馭者が女の子だという事に気付いた。肩を掴んだ手も、細い。
彼女の声に、リーオレイスの男が目を醒まして渋面をつくりながら起き上がった。掴んだ肩を放さない馭者への対処の仕方がわからず、セトはただ黙って首を傾げてみせる。
「……シェナか。なんでここにいる」
「それはボクの台詞だよ。相棒は? どうしてこんな場所で寝てた? ……まさか、こんな優男が、例の奴じゃないよな」
「そのまさかだ。まだ勝手に言いふらすなよ」
リーオレイス人は小さく舌打ちして、セトの肩を掴んでいた馭者の手に懐から出したルデスを握らせた。
「おっ気が利くじゃん。わかった黙っとくよ。教会に行くならついでに送っていくよ。荷台に乗りな」
シェナと呼ばれた馭者はそれ以上の追及をやめてニッと笑顔をみせた。
リーオレイス人に背中を押されて荷台に乗り込む。野菜を積んだ籠の下に、木箱がぎっしり敷き詰められている。採りたて新鮮な土付きの野菜と一緒の馬車の旅。室内で過ごすことを想定した服装は、あっというまに砂だらけになった。
土埃を吸い込みながら得た情報は、リーオレイス人の名前が、ジノヴィ=リガチョフだという事と、シェナと呼ばれた馭者が、報酬に忠実な腕利きの遺跡発掘家だという程度のことだった。
とにかくジノヴィは喋らない。もともと寡黙なのか、敢えて喋りたくないのか、他に意図があるのか。聞きたい事は山ほどあるのだが、ずっと黙っている。仕方なくシェナに色々聞こうとして前方に身を乗り出したが、ジノヴィに引き戻された。
あまり喋るなと低く言われて、ため息をつく。せめて自分が連れていかれている理由ぐらい知りたいのだが。
太陽が中天に差し掛かる前には、馬車は街の外壁に辿り着いた。
シェナが外壁の門番にルデスを払って街に入ると、にぎやかな朝の喧噪に包まれた。この荷馬車の新鮮野菜のように、仕入れ業者が調達する類の卸値価格の専門店が軒を連ね、威勢の良い活気に満ちている。
セトはこの街でも占い師をしていた事がある。村の炭坑から運ばれた資源は、この街で取引されて色々な地域へと渡っていくのだ。
大陸北西部の一大商業都市、サルディス。リュディア王国の王都をも凌ぐ要所。
かつてはリーオレイス帝国と国境を争っていた場所だが、魔女の圧力によって武力的な争いが出来なくなってから、お互いに現在の300年前に定めた国境から進出することを控えている。その停戦状態の恩恵を受けて、南に面するシェリース王国やフェルトリア連邦とも交通網が整っているこの都市は、商業の要所として、国際的な交流地点として発達した。世界共通と定められた通貨も、この都市で古くから使われていた"ルデス"が使用されている。
リュディア王国は商業の国だ。商売人の自由な活気が国風の土台になっている。半面、自由な気質が相俟って夜の治安が悪いことにセトはうんざりしていた。たまたま仕入れに来ていた酒場の店主の誘いで、近郊の炭坑の村に拠点を移した経緯がある。
馬車は市場を抜け、ゴトゴトと石畳を踏み大通りを南に進む。大概どの街でも、教会は街の南側にある。古代信仰の名残だといわれているが、そこは専門外だ。
大都市らしい立派な教会の門前で、門番に馬車を止められた。ジノヴィが荷台を降りて、門番と小声で会話を始める。ちらちらとこちらに投げかける視線が気になって仕方がない。動くなと言われているので、ぼうっと眺めることにした。
どのみち何らかの方法でリーオレイス帝国に向かうのだろうが、土埃は落としたいし、一寸どこかで休憩したい。
「アンタ、名前は何ていうの?」
一緒に待たされる格好になったシェナが、ぐいっと近付いてきた。
一瞬男の子に見間違える位の精悍な顔立ちに、抜け目無く生き抜いてきた性格が滲んでいる。
「ボクはシェナ。ジノヴィから聞いたと思うけど、遺跡発掘家だよ。苗字なしだけどね」
苗字がないということは、身元不明の孤児だ。多くの孤児は教会で育てられ、独立する際には教会指定の苗字を使う事が許される。ただし、まっとうな人生を選んでいればだ。魔物を退治する退魔士であったり、教会の仕事を任せられる聖使であったり、外部の専門職であったり。社会の役に立つものでなければならない。
彼女が独立していながら苗字を持たないのは、敢えて選んだ生き方だろう。
「僕は、セト=リンクス。ただの占い師なんだけど、こうして連れて来られた理由が全然分からないんだ。君――シェナは知ってるの?」
「占い師?」
彼女は少しだけ驚いてみせて、笑った。
「勿論知ってるよ。ジノヴィ達とは一緒に旅路の難所を越えた事があるからね。でも、アイツの仕事って、全然金にならないんだ。偉い人から貰った資金も出ていく一方でさ、仕事馬鹿だから適当に遊んだりもしないし。ま、セトが本物かどうかはおいといて、アイツに協力してやってよ。この際本物じゃなくても、国に帰って休暇ぐらい貰えると思うしさ」
「……なんか、帝国に連れて行かれるのは分かってるんだけど。肝心な事だけは教えてくれないね。本物って、何の事?」
小金を掴まされたから返答を誤魔化しているのは何となく分かるけれど、聞きたい事はジノヴィの身の上話ではない。
占い師だから人を観察するのは得意だが、だからといって人の事情をいちいち汲みながら自分の安全を推察するなんて、面倒くさい。
「無駄口をたたくな。行くぞ」
ふたりで話をしているのを見て早足で戻ってきたジノヴィに荷台から降ろされた。シェナに軽く礼を言って教会の門を通過する。彼女もあっさりした態度で手を振り、来た道を戻っていった。
結局何も分からないまま、巨大な石柱が並ぶ教会の奥へと腕を引かれていく。
規模は大きいが、典型的な教会の構造だ。中央の大きな扉を通り抜けると聖堂があり、壇上には細身の剣を手にした天使の木像が立っている。その背後には大きな窓があり、窓の外には緑の庭園が広がっている。
一般的に、この聖堂の左右には孤児や聖使が住む宿舎や書庫、そして聖女や聖者が使う部屋がある。
ジノヴィはセトの腕を掴んだまま、真っ直ぐ右の立入禁止の扉に向かい、堂々と扉を開けて中に入ってく。
聖堂には何人かの人がいたが、咎められるような気配はない。少し首を傾げながらあとに続くと、思いがけず螺旋階段が現れた。見上げると、最初の2階までがかなり遠く感じられる。うっかり迷い込んだような不法侵入者はすぐに登る気を無くしそうだ。
立ち入り禁止の筈の扉の音を聞きつけたのか、2階の扉が開き、聖使らしい金髪の女性が顔を覗かせた。
「誰? 今日は来客の予定は……って、ジノヴィ?!」
咎めるような口調が、驚きにかわった。
「只今戻りました。我々を風で上げて頂けませんか」
厳格な低い声が、階上まで響いていく。鉄製の階段が音響効果をつくりあげているせいだろう。これだけ音が響けば来客の物音が階上の人間にもすぐに分かる。よく考えられた構造だ。
2階の女性が風魔法を詠唱すると、ふわりと浮いて速やかに階段を飛び越え、目的地の階に降ろされた。慣れない感覚に転びそうになりながら、足元を踏みしめる。ジノヴィは慣れた様子で床を踏みしめ、セトの足元を片目で見てから女性の前で片膝をついた。
「まさか、彼が、そうなの?」
女性の刺すような視線をうけて、セトはいつもの習慣で薄く笑顔を作った。占い師は最初から信頼されるわけではない。疑い深い客には、やんわりとした笑顔が必要だ。
「間違い無い筈です。一介の占い師として確かに村で生活していたし、連れ出す際には村人の抵抗がありました。集団催眠のようなものではないかと考えています」
「……ジノヴィ。リーオレイス人の貴方を信用していない訳じゃないけど、私には確信が持てないわ。何か立証できるものは無いかしら」
そう厳しい声をおとした彼女も、リーオレイス人のような厳格さがあるようだ。見たところ20代半ばだろうか、整った容貌に他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。風魔法を使っていたところを見ると、聖使特有の長い丈の服装をしているが、退魔士としての活躍もしているのかも知れない。
そんなふうにぼうっと観察していると、いきなり細い剣先を突きつけられた。切れ味の良さそうな剣先が、左胸の下から服の生地を引っ掛けて跳ね上げてくる。身動きする暇も無い程の一瞬だが、逆に、身動きした方が危険だった。
裂けた服が、ぱさりと腕に落ちる。切先が少しでも狂えば胸元を切られていた、この状況。……脅しているつもりだろうか。
「やめて、姉さん!」
突然眼下に暖かな金髪が割り込んできた。小さな、男の子だ。
セトに向けられた細い刀身を剣鍔で押し退けて、背中で庇ってきた。部屋の隅にでもいたのだろうか、全然気づかなかった。
ジノヴィと女性は少し驚いて、より険しい顔になる。
「何をしているの、アルヴァ。……その人間が何なのか、わかっているでしょう?」
「駄目です。……傷付けちゃ、駄目なんです……!」
男の子は必死に良い言葉を見つけようとしているようで、どうしてか、後ろから見ていても、可愛い。
「傷付けるつもりはないわよ。本当に男なのかなと思っただけ。で、何故割り込んだの?」
……大分失礼な事を言われた気がするが、今は気に留めないことにする。
息を吐いて剣を収めながら、女性は厳しい声を投げかける。男の子――アルヴァが口ごもったのを見て、横からいたジノヴィが言葉を続けた。
「アルヴァ。スティアはお前を心配しているんだ。さっき俺は集団催眠のようなものの可能性を指摘した。そこに今のお前の反応だ。初対面の筈のお前が、どうしてそれほど必死に彼を庇うんだ?」
その落ち着いた低い声には、少しだけ優しさが含まれている。
「心配はともかく。ジノヴィのいう通りだわ。催眠? 洗脳? ついさっきまで別に普通だったじゃない。アルヴァ。どういうつもりなの?」
問い詰める彼女に、アルヴァの足が一歩退く。セトはその肩に、そっと手をのせた。
「……そんな聞き方じゃ、言葉なんて出てこないですよ。後でゆっくり聞いてあげればいいじゃないですか」
小さな肩が、手の中でふと柔らかく馴染んでくる。そっと振り返って驚いたような顔でこちらを見上げてくる幼い様子が、また可愛い。セトは膝をついて、目線の高さをあわせた。誠意から出た行動には、誠意で応えたい。
「庇ってくれてありがとう。人を助ける事は、良い事だよ。君は、悪い事なんてしてない」
ぽかんとしたアルヴァの頭を撫でて、顔を上げる。
ジノヴィは今にもこちらに斬りかかって来そうな姿勢で硬直しているし、彼の姉も宙に手を差し出して、いつでも魔法を撃てる姿勢だ。どうしてそんな臨戦態勢になるんだろう。頭を撫でただけなのに。
「どうして僕は危険人物のように扱われるんですか? 簡単な魔法しか使えないし、魔物と戦った事もない、ただの占い師です。今まで誰かに恨まれるような事をした覚えも無いんですけどね」
ジノヴィと女性は少し目配せをして、そっと攻撃姿勢を解いた。
「……面倒な人間を連れてきたわね、ジノヴィ。これじゃあ本物だとしても帝国に連れて行ったところで、それが証明できるとは思えないわよ」
「しかし、魔物の証言は一致しています。現状がどうあっても、彼を帝国に連れて行きます。道中、正体を現す可能性も無い訳ではない」
「……わかったわ。とにかく皆にも諮りましょう」
セトがした質問は全部無視された状況に、小さくため息をつく。しかしここまで話をきけば、ある程度の想像はついた。
聖使の住まう建物の一角に共同浴場がある。とにかく土埃を落としたいのはジノヴィも同じだった。
一度身支度を整えてから、会議を開くことになったようだ。まだ昼間だからか、他に浴場を利用する聖使の姿はない。
切り裂かれた服の土埃を落として、またこれを着るしかないのだろうかとぼんやり考えていると、アルヴァが新しい服を届けてくれた。姉からの詫びだというのを、快く受け取っておく。
清掃が行き届いている広々とした浴場。ざっと全身の土埃を洗い流して、温かいお湯にほっとひと心地ついた。だが、ジノヴィがじっと凝視してきているのが、物凄く気になる。視線から逃れるように、ざぶ、と湯船に頭まで潜った。
――自分が連れて来られた理由の予想があたっていれば、観察してくる理由もわかる。
セトは茶色の髪をかきあげて、ざっと立ち上がった。顔面を流れる水を払って振り返ってみると、やはり、緊張した様子でこちらをじっと見ていたジノヴィと目が合った。
「残念ながら僕は男だよ。……魔女になった覚えも無い。どうして君は僕が魔女だと思うんだい?」
驚きがジノヴィの目に浮かぶ。
「では何故、お前は自分が魔女だと思われていると考えた? 話していない筈だが」
「あの子のお姉さん、スティアさんだっけ。あれだけ色々喋ってるのを聞いていれば察しが付くよ。それに、ここは教会だよね。『魔女探し』達の情報の拠点として歴史がある事は、一般人でも知ってるよ」
そうかと呟いて、土埃を落としただけのジノヴィは踵を返した。
「お湯には入らないのかい?」
「……お前だという答えに辿り着くまで、多くの命が失われた。狎れ合う気はない」
その小さな言葉に、強い意志が滲み出てくる。頑なに任務を遂行する姿は、帝国に帰着すれば、賞賛されるべきものなのだろう。けれど、そこには柔軟性がない。遵守すべき規則、守るべき信念を精神に色濃く住まわせている。生粋のリーオレイス帝国人。
それに比べると、セト自身は持つべきものも持たないという事を心掛けている。他人の心理に関わる仕事は、自分の考えとは別の、広い客観性を持った言葉が必要だからだ。
ふと、その大きな基本的な性格の格差が、おもしろいと感じた。
この先このリーオレイス人に付いて行って、セトが持っていない性質の要素に触れていけば、今より少し違った自分が見えてくるのかも知れない。また逆に、彼にもセトの何かが伝播するとしたら、おもしろそうだ。
「ジノヴィ。……そう呼んでも良いね」
一応、嫌がられそうな気もするから、一言ことわっておく。
「……何だ」
予想通りに眉間に皺をつくって振り返った顔に、笑顔をむける。
「僕は逃げないよ。面白いから、君にちゃんとついていくつもりでいる。……だから、もう少し、肩の力を抜いていいよ」
咄嗟に何か言おうと開けた口を、ジノヴィは静かに結んだ。手にした綿織物で薄銀髪から滴り落ちる水気を大雑把に拭う。
「……変わった奴だな」
「占い師だからね」
ジノヴィは教会と魔女探し達の会議中、待機を指示された講堂の外で直立していた。
この大商業都市サルディスに集ってくる魔女探し達は多い。魔女を連れてリーオレイス帝国に行くと主張するジノヴィの意向と、そもそも魔女を倒して世の中の仕組みを変えたいという一般的な魔女探し達の主張がかみ合う方が難しい。
魔女を捕まえてきたという情報は、勿論彼らの間で大きな話題になった。けれど今まで散々偽の情報に振り回されてきた魔女探し達には、無自覚の魔女を本物だとは思えなかった。そんなに簡単に捕まる人間が本物である訳がないというのも彼らの見解だ。
結局、偽者の取り扱いは好きにすればいいのではという雰囲気が最初からあった会議だが、問題は捕まえてきたのがリーオレイス帝国人で、帝国に連れていくと言っている部分だった。今でこそ戦争状態ではないが、このリュディア王国とリーオレイス帝国は、昔から事あるたびにぶつかってきた。国民感情としても、決して仲が良いとはいえない。万が一にでも本物だった場合、リュディア王国はリーオレイス帝国に、折角見つけた魔女をみすみす渡した事になる。それが問題だった。
――だが、平行線を辿りそうになった議題は、権力者の一声で決着がついた。
ジノヴィは困惑気味にぞろぞろと解散していく魔女探し達をじっと見送った。最後にスティアが、厳しい顔をさらに険しくしながら出てきた。
「待たせたわね。リーオレイス帝国にあの人間を連れていくのは許可されたわ。ただ、このリュディア王国の教会に所属する人間が連行先まで同行して、事の顛末を見届けて帰るのが条件よ」
「なるほど。しかし何か問題が?」
「教会の人間となると、魔女探しは対象外でしょ。ここの聖使、退魔士は誰も行きたくないと言っていて。そうしたら……」
言い淀んだスティアの隣に、アルヴァが笑顔で駆け付けた。
「俺が行きます。俺だって、退魔士です」
「……こんなので、決定しちゃったのよ」
スティアが大きく息を吐いた。実は、教会の聖使と退魔士達が嫌がるのには、その旅にジノヴィがいるからという理由がある。ジノヴィは魔女探しの一人として教会を拠点に各地を旅しており、腕も立つ名の知れた有名人だが、旅の仲間を全て喪うという、危険な噂話を持つ事でも有名なのだ。実際に前回まで一緒に行動していた相棒の姿が今回は無いとなると、この教会の人間も、その噂話の真実味を感じざるを得ない。
「私が手を挙げたんだけど、たまたま同席されていたあのお方にすぐ却下されてしまって。それでアルヴァが手を挙げたら、子どもならばリーオレイス帝国も特別な警戒はしないだろうということで、許可されたのよ」
「あのお方……?」
現在、この教会には代表者である聖者がいない。数ヶ月前に先代の聖者が亡くなってから、その席を誰も埋める事が出来ずにおり、迷走しがちな自由な気質の聖使達を、このサルディス教会で最強の腕を誇るスティアが纏めている状況になっていた筈だ。
「新しい聖者様を決定して貰うために王都へ問い合わせをしていたでしょう。先日から選定のために直接殿下がいらしているのよ」
アルヴァは二人の立ち話を見上げてニッコリ笑った。
「聖女に姉さんを推してくれたんだから、見る目がありますよね!」
ジノヴィは、スティアの険しい顔の意味を理解した。それは、大変だろう。
開いた窓の外からそよぐ風が、頬を撫でる。
「……そういえば、リュディア王国には金髪が多いんですね」
セトは何故か窓から現れた高貴な身なりの青年に、いつもの笑顔で切り出した。
「ああ、昔からこの地域に住んでいたディヘル族の名残だな。生粋の血族は残っていないと思うが、成長後に自分の意志で性別が分化する面白い一族だった。しかし、私にはお前の方がディヘル族のような中性さを持っているように見える」
ジノヴィが部屋を出掛けた隙に、彼は3階の窓の外から当たり前のように入ってきた。
スティアのような風魔法が使えれば可能なのだろうが、どうしてわざわざ窓から入ってくるのだろう。
「そうですね、多分占い師だからですよ。絵札を失くしてしまったので、どこかで仕入れないと占えませんが」
「ああ、聞いている」
彼はあっさり頷いてから、高貴な外套の内側を広げてみせた。黒・赤・黄の縦模様の中央に、白い針状の曲線が拡散する図柄。――リュディア王国の王章だ。
「教会の聖者聖女を選びに王都から参じていて正解だった。私は、シルヴィス=シャルフィット=リュディア。この国の第2王子というとわかりやすいか」
意外な自己紹介に少し驚いたが、セトはそっと両手を挙げる。
「――それで、貴方には僕が魔女に見えますか? 王子様」
「……そうだな」
シルヴィスは少し考えるふうにして、すっと接近してきた。
「お前は、面白いな。占い師として傍に置いてみても面白そうだ。まぁいい。簡潔に言おう。仮に、お前が魔女なら、私はその存在を保護したい。リーオレイス帝国に行ってみて不遇であったり殺されそうであれば、私のもとに逃げてくると良い。リュディア王国は魔女の支配原則によってリーオレイスの侵攻を心配する必要もなく、潤っている。自らの不幸を全て魔女のせいにしてうろつく魔女探しは頭が悪い。が、その結束力と実力は馬鹿に出来ない。……これを持っていけ」
手の中に押しつけられたのは、三角形の石。濃い青色が美しい首飾りだ。
「護身の魔法を増幅する聖別を施してある。魔女なら不要かもしれないが、私からの気持ちだ」
第2王子は一方的に喋って、また窓から去ろうと踵を返した。自由な国民性は王子も同じか。
セトは咄嗟に腕を掴んで引き止めた。優男に見えて、掴んだ腕は整った筋肉で相当に硬い。剣を持たせれば結構な腕前だろう。振り返った王子と目が合った。
「……シルヴィス=シャルフィット=リュディア第2王子。貴方は、王位に就きたいですか」
石の礼を言おうとした口から別の言葉が出てきた。訊いてどうする、とセト自身が思う。今の状況には全く関係ない話だ。
「――王位より、何を為すかだ。必要がある地位に就く。……あらゆる可能性を踏まえて」
彼の目が笑う。そう言い切れる自信と、実力があるのだろう。
「王都で待っている。気が向いたら、来るがいい」
あっさりとそんな言葉を残して、風魔法と共に階上に消え去った。
その魔法詠唱を口の中で擬えてみる。今現在セトに使える魔法は、ごく簡単に風を動かす程度のものでしかない。
シルヴィス王子から貰った石を活用するには、改めて魔法をまともに使えるようにする必要がありそうだ。
セトが軟禁部屋でぼうっとしていると、ジノヴィがアルヴァを連れて戻ってきて早々の出発を告げられた。
自由に教会を出歩く事を禁じられていたからそれは良いが、ひとつ気に掛かる事がある。
「村まで一緒にいた女の人は合流しないのかい? 落ち合うならここの方が分かりやすいんじゃないかな」
「……各教会に連絡の手配はした。いずれどこかで合流するだろう。どうしてお前がそんな心配をするんだ」
「心配っていうか、気になっただけだけど」
ひと睨みされて首を竦めてみせる。本当に他意はない。
「心配といえば、本当にこの顔ぶれでリーオレイス帝国に無事辿り着けるのかなって事は心配かな。途中で盗賊にでも遭ったら、僕なんか全然戦力にならないし」
「盗賊より魔女探し達の気が変わって追って来ないかが懸念点だ。だから少数で急行する」
ジノヴィはそうこぼして、アルヴァが眺めている地図を覗き込んだ。一番妥当なのは、主要都市同士を結ぶ街道を北東に辿る道だ。元来国境を争っていたせいで街道以外はあまり整備されているとはいえない。ジノヴィの身に染み込んだ地理事情では、山間部を抜けたリュディア王国の最後の町を境に、馬車は使えない。砦町からは国境ともいえる内陸の海――広大な湖まで歩くことになる。湖まで辿り着けば、帝国側から船を手配しておくことで旅に苦がなくなる。船の手配を依頼する連絡鳥を飛ばし、あとはアルヴァが広げっぱなしの地図を畳んで荷物に仕舞えば、旅支度は完了だ。
「地図だと書いてないんだけど、この辺に小さな村があって、俺と姉さんはここの村から出てきたんだ。セトさんの出身はどこなの?」
ジノヴィは息をのんだ。
アルヴァが意図して訊いたのかは分からないが、すっかり懐いた様子ですごい事を訊く。来歴を遡れば魔女である根拠があるかもしれない。早急に帝国に帰る事ばかり考えていたせいで気付くべき事に気付かなかった。
「僕の出身地は――」
セトはリュディア王国の南、フェルトリア連邦の東部を指先で探る。大陸の中央にあるメルド湖沼地帯に最も近い場所だ。
「多分この辺りだと思うけど、頻繁に移動しながら生活してたから、よく覚えてないや。歴史家の先生と一緒に暮らしてて、アルヴァ位の年頃には読書ばっかりしてたよ」
「先生?」
「叔父さん。物心付いた時にはもう一緒だったかな」
「その叔父は、今どこにいる」
「遺跡調査するとか言ってメルド湖沼地帯に向かったきり、帰ってこなかったんだ」
あっさり探索の糸口を切り取られ、ジノヴィは少し口を噤んだ。そこで行方不明となれば、後追いは不可能だ。魔物が充満している湿地帯に、骨を拾いに行くなどありえない。
「名前は? 何の歴史の研究をしていた」
遺跡調査などの酔狂で魔物の土地に入るとは、どんな人間だったのか。
食いつくように問いただすジノヴィに、セトは小さく笑う。
「別に有名人でもないし、調べても何も出てこないよ。フェイ=リンクス。メルド湖沼地帯にあった故王国をずっと研究してた。歴史なのか分からないけど、政治の話題ばっかりで、全然ついていけなくてさ。隅っこにあった占術書と出会えたのが収穫だったかな」
「そうか……調査できる事は何でも調査する。レギナに……いや、後回しだな」
今は調査より帝国に向かうことが最優先事項だ。ジノヴィは今のセトの言葉を心に留め置いて、地図を畳んだ。
石畳の大通りを、来た道を戻るように通り抜けて市場の並ぶ広場に出る。
会議に出ていた聖使や魔女探し達によって事情は知られているのだろう。ジノヴィの顔を知る者は一歩退き、次いでセトの顔をしつこく観察して足早に去っていく。ものすごく気分が悪いが、平然としていたジノヴィが眉をひそめたのは辻馬車を利用しようとした時だった。声をかける辻馬車に、何かと理由をつけて乗車を断られ続けた。最後には無理矢理にでもルデスを掴ませてようやく捉まえた辻馬車に乗りこんで、息を吐く。
……ジノヴィではなくアルヴァに馬車を確保して貰えば早かったのでは? セトはそう考えながら、灌木地帯の車窓を眺めた。
日中はどの時間帯も、この一大商業都市は人や物の往来が多い。一度サルディスに集まった物資は、仲買商人によって国境を越えた流通力を持つ。いくつもの村を通り過ぎて山岳地帯に迫ると、流石に物流も分岐して静かな街道のゆるやかな田舎らしい景色になってきた。
途中の村々で馬車を乗り継ぎ、宿を借り、リュディア王国の国境の砦町に辿り着く目途が目の前に来るまで7日はかかっただろうか。最後の山道を越えれば砦町に着けるというところで、馬車が使えなくなった。馬を借りて乗っていく方法はジノヴィに却下された。思惑はわからなくもない。セトに馬で逃げられては、何にもならないからだ。
結局麓の村に1泊し、早朝から1日かけて山道を歩くことになった。
既に連日の馬車旅で尻が痛いのはアルヴァも同じで、馬車旅の終了に一瞬喜んだが、荷物量は減らさなくてはならない。野宿用の一式を村に預けて荷物に入っていた防寒着を残す。今着ると暑いが、リーオレイス帝国に入れば丁度良いのかも知れない。初秋から冬へと時間を縮めているようだと思いつつ、翌日に備えて早めに就寝をとった。
夜中に、トンと窓を叩く気配でジノヴィは目を覚ました。
あとの2人が眠っているのを片目でみて、音を立てずに起きて窓に耳を当てる。それからそっと部屋を抜け出し、宿の外で久しぶりの相棒と顔をあわせた。
星の薄明かりで彼女の疲れた顔を確認して、ほっと息をつく。
「これほど離れるとはな。何処まで撒いてきたんだ」
「あの一般人なら山で迷子にしてあげたわよ。それより、大変な事になってるの、きいてないの?」
「いや、真っ直ぐ帝国に直進していた。特に変わった情報は聞かない。何があった?」
「要点は2つ。リュディア王国の王が急逝して、王位継承権を巡って王都で内紛になってるわ。今あなたにくっついて来ているお目付け役の少年の姉が参戦中よ。第2王子陣に引き抜かれたらしいわ。状況は分からないけど、彼が帰国してから報告する先が残っているかは不明ね。もうひとつ。サルディス教会の会議情報を耳にした一部の魔女探し達が、あの炭坑の村を襲撃して殲滅したの。緘口を徹するべきだったわね。もっとも、リュディアのあの国民性では、無理からぬことだろうけど」
「なんだと、馬鹿か――――」
怒気を押し殺して奥歯を噛む。
わざわざ自分達が村人に害をなさないように苦心した配慮を何だと思っているのか。魔女探しを名乗る旅人は、旅先に住む人々を害すべきではないし、常に味方であるべきだ。そうでなければ、各地の教会の協力どころか、魔物退治の報奨金すら求められなくなってしまうだろう。
しかしリーオレイス帝国へ急行した事は、魔女を帝国へ連れていくという目的としては成功している状況だ。 王位継承の内紛や魔女探し達の追跡を考えれば、見事に厄介事を回避している。あとはひたすら前へ進むのみだ。
だが、アルヴァには進退を確認する必要がある。彼が子供ながらにしっかりしているのは、何をしても強い力を発揮する姉を信頼しているからだし、その言動は、姉の真似をしている部分もある。
「村を襲った魔女探し達は適当な寄せ集めで、統制が取れている訳でもなさそうだったわ。私は単身で馬で走ってきたから奴らより速く追い付いたけど、すぐにでも追いついてくるわよ。……魔女を倒しにね」
「魔女探しだった俺達が、魔女の護衛という事か。――いいだろう。見つけ出した段階で、俺達は帝国軍人に戻ったということだ」
長期間仲間としてきた魔女探し達を敵に回す。そうでなければ、魔女を帝国へ連れ出すことは叶わないのなら仕方ない。
そう、目を瞑る。
「ジノヴィ」
震えるような声を押し出すレギナの肩を、ぐっと胸元に寄せた。
その、帝国人である薄銀髪が、土埃の匂いをつれて眼下でゆれる。野を駆け抜けてきた、軍人の匂いだ。細い腕が着古した旅服の背中に強い皺をつくる。
「運ぶのが死体になったっていいじゃない。何で私たちが、仲間の仇を守って、仲間達と同じ連中と戦う必要があるのよ――――」
彼女の怒りが胸中に伝播する。けれどその感情に任せて行動する事は無い。
それを互いに、確認しているだけだ。魔女を倒すのは、『帝国』でなければならない。
夜明け前の起床と出発に、アルヴァが目を擦る。
寝起きにジノヴィから姉が王都で継承争いに巻き込まれていると説明されたのに、動揺した様子はない。平然とした様子で一緒に行くというのだから、スティアの実力を信頼しているのだろう。濃い朝霧が足元の土を濃く染め、水と土の匂いが満ちる。
「もし魔女探し達に急襲されたら、アルヴァは守りに専念するんだ。俺が敵を潰すまで安全な場所を探して持ち堪えろよ。レギナが後方支援するが、基本的にあてにするな」
「はい。レギナさん、無事で本当に良かったです。でもどうして一緒に行かないんですか?」
「一緒に急襲される訳にはいかないだろう。後方から様子見だ」
ジノヴィは靴紐を結んでいたセトの腕を取り、右手首に縄をかけた。
「ちょっと、縛らないって言ったじゃないか――――」
セトは口を尖らせて抗議したが、安全の為だと言い捨ててられた。
引っ張られると荒縄は痛い。セトは慌ててジノヴィの動きに合わせた。ジノヴィが素っ気無いのは最初からだが、長時間それに合わせると思うと面倒だ。
「どうして怒ってるの? 僕は逃げないよ。あの村が襲われたのだって君が悪いんじゃないし、君の任務は結局成功してるんじゃないか……というか怒らないといけないのは僕の方なんだけど」
黙ったまま怒っている人間の傍にいなければならないのは、本当に疲れる。今までは馬車に大人しく座っているだけで良かったから気に留めなかったが、改めて魔女扱いされるのが鬱陶しくなってきた。めずらしくセトが言葉を尖らせたのに、ジノヴィは一瞬驚いたような目を向けた。が、すぐに前を見てひたすら山道を先へ急ぐ。
「こうなったら、そっとしておいた方がいいですね」
アルヴァも大人の軍人の歩速に小走り状態でついてきている。
セトとしても出来ればそっとしておきたい。手首を荒縄で縛られていなければだ。
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