案内人

ー/ー




「おっはようございまぁーす!」

 頭が痛い。あれ、僕は……

「いつまで寝てるんですかぁ〜?」

 調子のいい女の人の声が聞こえる。身体を起こすと、カラフルなシルクハットと、色んな生地がツギハギになった燕尾服を身につけた、女の人が僕を覗き込んでいた。アジア人とも白人ともつかない整った顔立ちで、長い髪は真っ赤だった。

「え、誰、ですか」
「『案内人』のレオンちゃんです♡」

 レオンはウインクしながら手でハートを作った。僕は目を逸らした。辺りを見渡すと、ロウソクがいくつか点っていて、洋風の作りの建物の中みたいだ。肺に良くなさそうな、カビの匂いがする。黒い鉄の窓枠は牢獄の檻みたいだった。身体についた埃を払いながら、石畳から立ち上がる。さっきまで海に浸かっていたはずなのに、髪もジャージも、完全に乾いていた。僕は海の中で、雷を待っていたはずだったのに。また、生き延びてしまったんだろうか。僕はおそるおそる目の前のレオンと名乗った女の人に尋ねた。
 
「助けてくれたんですか……?」
「ノンノォン! アハハ! そんな訳ない!」

 レオンは持っているステッキを得意げに振ってから、思い切り人を見下すような表情で嗤った。

「アナタバッチリ死んでます! だっさぁ〜く、低体温症で☆」
「低体温症……」
 
 この人の言うことを信じるのであれば……死んだけど、結局、雷には打たれなかったらしい。僕は望む死に方すら許されなかったのか。望んでなんかいない三島さんには落ちたのに。下手くそ。僕はやり場のない恨めしさを覚えた。

「悔しいですかぁ? 愛しい愛しい三島サンとおんなじ死に方、出来ませんでしたねぇ~」
「な、なんで……」

 動揺する僕を見下して、アハハ、と笑うレオン。心拍数が早くなる。この人、三島さんのこと知ってるのか。何で僕が好きだったことまで知ってるんだ。正吾にしか言ってないはずだし、あいつは絶対口外しない。

「三島さんのこと……知ってるんですか?」
「三島サン、というか……斉藤悠クン。あなたのことはだいたい知ってますとも……あ、そうそう♡ 斉藤クン、早く三島サンを助けに行かないと♡」

 三島さんを助けに……? 僕は真っ直ぐにレオンを見つめ返した。

「三島さんも、この世界にいるんですか」
「イエース♡ この世界の『涯て』……ここからは少し遠いところ」

 ふざけてんのかよ。もったいぶるレオンに、僕はさらに尋ねる。

「助けに行かないと……って、三島さんは今危険な目にあっているんですか」
「もちろぉん♡ ねえ知ってます? 自殺したアナタのような魂は、すべからく罰を受けないといけないんですけどぉ……」

 目を輝かせたレオンはステッキを振り回し、僕の周りをウキウキとしたステップで歩き始めた。

 「なんと! アナタが受けるべきだった苦しみを! 彼女が! 三島サンが! 代わりに受けているのでーす!」

 レオンは僕の目の前でターンすると、ステッキを差し向けた。僕は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
 
 僕が受けるべきだった苦しみを、三島さんが受けている――?

 雷鳴。焼け落ちた日傘。血に染まったセーラー服。あの日がフラッシュバックする。動悸が止まらない。ジャージをぐしゃぐしゃにして、胸を押さえる。また、三島さんは、僕に落ちるべきだった稲妻を……僕が受けるべき罰を……
 目眩がする。本当に、バカだ。全部、その場その場の勢いと、見栄と、逃げで。やることやること全部裏目に出て……それが、全部、三島さんに……
 花柄の絆創膏を差し出してくれる三島さんが、頭を過ぎる。馬鹿な僕にも、カッコつけてる僕にも、逃げてる僕にも、関係なく、優しく接してくれる子なのに。

「どうして、僕の代わりに……なんで、三島さんなんだよ……」
「彼女、殊勝ですねぇ? 気の毒ですねぇ? またアナタのせいですねぇ〜? アハハ!」
 
 ああ、この人……僕にこれを聞き出させたかったんだ。奥歯を噛み締めて、僕は悔しさを抑えつけた。僕を馬鹿にしたようにケラケラ笑っていたレオンは、つぎはぎの燕尾服の懐に手を突っ込んだ。
 
「あ、そうそう♡ はいこれ、お返しします♡」
「は……なんで……」

 差し出されたのは、あの、続きが書けなかった小説のノートだった。
 僕はレオンからノートを半ば奪い取ると、すぐに中を開いた。あの日、ゴミ箱に突っ込んだときのまま、三島さんからの、『続き待ってるね』のうさぎの付箋が貼られていた。三島さんの居場所に関するヒントでも無いかとくまなく見たけど、特にこれといった情報はない。

「それがアナタの『スーベニア』。大事にした方がいいですよ♡」
「生きてた時の、お土産ってことですか」
 
 持っていたくなかった。だから……捨てたのに。なにが『スーベニア』なんだ。趣味が悪いにもほどがある。

「嫌そうなカオしないしない♡ なんてったって、『スーベニア』はふしぎな力がこもったお助けアイテムですから♡」

 たとえば……と、レオンは燕尾服の中から薄汚れたテディベアを取り出して――思い切り引き裂いた。

 テディベアの中から大量に綿が溢れる。綿はみるみるうちに大きなヒグマを形どり、僕に向かってきた。あまりに突然のことに腰を抜かしてしまう。白いヒグマは僕の頭めがけて前腕を振りかざした――
 
「すごいでしょ♡ これも『スーベニア』でして」

 レオンの声に顔を上げると、テディベアの中に綿が吸い込まれていくのが見えた。なんだ今の。見間違い? 夢? 石畳には、熊が踏み込んだとき付いた爪痕が深く刻まれていて、さっきの熊の重量を僕に知らしめていた。

「斉藤クンのノートにもこういう力があるはずですから、ぜひ色々とお試しあれ♡」

 三島さんが危険な目にさえあっていなければ、僕はいわゆるなろう系の転生チートのような展開に胸を踊らせていただろう。よく読んでたし。ノートをもう一度パラパラとめくってみた。特に何も起こらない。小説の主人公みたいに雷でも使えるようになるかと思ったのに。でも三島さんを助けるためには、これと……たぶん向き合わなくちゃいけない。ガッカリしている僕をみてレオンはクスクス笑っている。

「さて、『スーベニア』の使い方はおいおい見つけていただくとして。三島サンが可哀想〜な目に遭っている『涯て』への行き方ですが……道というものはなく、試練苦難の雨あられをただただ越えて進んでいただく、というものになっております♡」

 この人は……本当に不愉快だけど、僕が今必要な情報を持っていることには違いない。僕は、レオンのこれまでの反応と言動から、取り乱したり絶望したりするのをこの人は心から楽しんでいることに気づいていた。だったら。僕は感情を殺して、レオンに質問を投げかける。

「『涯て』に行く道中の、試練苦難というのは、どういうものですか?」 

 レオンは僕が心を無にしていることに気づいたのか、少しつまらなそうにしている。僕としては母さんを相手するときと一緒だ。こんなの、生前はいつものことで、苦じゃないんだ。
 
「この世界にはアナタのようなよわ〜い魂を食べる、わるいわる〜い魔法使いがおりまして……ま、間違いなくアナタ、『涯て』に着くまでに何度も襲われますね〜」
「つまりここは安全地帯なんですね」

 イエース、と答えたレオンは、ステッキでコツコツ、と石畳を叩いた。
 
「わる〜い魔法使いの力を一時的に遮るための空間、です♡」

 ピシリ、と窓ガラスにヒビが入る。レオンは即座にその音の発生源を目を細めて睨んだ。

「まあそろそろ時間切れ――みたいですが」

 パラパラと小さな石クズが降ってくる。これ崩れるんじゃないか、というか、扉とかないのにどうやって逃げれば……
 
「――『暴かれろ』」

 ざらついた、気だるげなのに芯のある男の声が広間に広がる。壁が、窓枠が、天井が、声に従うかのように崩れながら外へ開いていく。明らかに太陽光ではない、強い光が差し込む。レオンは裂け目に飛び乗ると振り返り、僕に投げキッスをした。

「待って! まだ聞きたいことが……」
「タイムアーップ! 斉藤クン、また会いましょう! アデュ♡」

 レオンは言い残すと無数の色とりどりの蝙蝠となって、飛び去っていった。風が、光が、僕を覆う。瓦礫は外へと外へと崩れていく。現状唯一の手がかりである小説のノートが破れたりしないように、石畳に伏せてただただ耐えた。


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「おっはようございまぁーす!」
 頭が痛い。あれ、僕は……
「いつまで寝てるんですかぁ〜?」
 調子のいい女の人の声が聞こえる。身体を起こすと、カラフルなシルクハットと、色んな生地がツギハギになった燕尾服を身につけた、女の人が僕を覗き込んでいた。アジア人とも白人ともつかない整った顔立ちで、長い髪は真っ赤だった。
「え、誰、ですか」
「『案内人』のレオンちゃんです♡」
 レオンはウインクしながら手でハートを作った。僕は目を逸らした。辺りを見渡すと、ロウソクがいくつか点っていて、洋風の作りの建物の中みたいだ。肺に良くなさそうな、カビの匂いがする。黒い鉄の窓枠は牢獄の檻みたいだった。身体についた埃を払いながら、石畳から立ち上がる。さっきまで海に浸かっていたはずなのに、髪もジャージも、完全に乾いていた。僕は海の中で、雷を待っていたはずだったのに。また、生き延びてしまったんだろうか。僕はおそるおそる目の前のレオンと名乗った女の人に尋ねた。
「助けてくれたんですか……?」
「ノンノォン! アハハ! そんな訳ない!」
 レオンは持っているステッキを得意げに振ってから、思い切り人を見下すような表情で嗤った。
「アナタバッチリ死んでます! だっさぁ〜く、低体温症で☆」
「低体温症……」
 この人の言うことを信じるのであれば……死んだけど、結局、雷には打たれなかったらしい。僕は望む死に方すら許されなかったのか。望んでなんかいない三島さんには落ちたのに。下手くそ。僕はやり場のない恨めしさを覚えた。
「悔しいですかぁ? 愛しい愛しい三島サンとおんなじ死に方、出来ませんでしたねぇ~」
「な、なんで……」
 動揺する僕を見下して、アハハ、と笑うレオン。心拍数が早くなる。この人、三島さんのこと知ってるのか。何で僕が好きだったことまで知ってるんだ。正吾にしか言ってないはずだし、あいつは絶対口外しない。
「三島さんのこと……知ってるんですか?」
「三島サン、というか……斉藤悠クン。あなたのことはだいたい知ってますとも……あ、そうそう♡ 斉藤クン、早く三島サンを助けに行かないと♡」
 三島さんを助けに……? 僕は真っ直ぐにレオンを見つめ返した。
「三島さんも、この世界にいるんですか」
「イエース♡ この世界の『涯て』……ここからは少し遠いところ」
 ふざけてんのかよ。もったいぶるレオンに、僕はさらに尋ねる。
「助けに行かないと……って、三島さんは今危険な目にあっているんですか」
「もちろぉん♡ ねえ知ってます? 自殺したアナタのような魂は、すべからく罰を受けないといけないんですけどぉ……」
 目を輝かせたレオンはステッキを振り回し、僕の周りをウキウキとしたステップで歩き始めた。
 「なんと! アナタが受けるべきだった苦しみを! 彼女が! 三島サンが! 代わりに受けているのでーす!」
 レオンは僕の目の前でターンすると、ステッキを差し向けた。僕は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
 僕が受けるべきだった苦しみを、三島さんが受けている――?
 雷鳴。焼け落ちた日傘。血に染まったセーラー服。あの日がフラッシュバックする。動悸が止まらない。ジャージをぐしゃぐしゃにして、胸を押さえる。また、三島さんは、僕に落ちるべきだった稲妻を……僕が受けるべき罰を……
 目眩がする。本当に、バカだ。全部、その場その場の勢いと、見栄と、逃げで。やることやること全部裏目に出て……それが、全部、三島さんに……
 花柄の絆創膏を差し出してくれる三島さんが、頭を過ぎる。馬鹿な僕にも、カッコつけてる僕にも、逃げてる僕にも、関係なく、優しく接してくれる子なのに。
「どうして、僕の代わりに……なんで、三島さんなんだよ……」
「彼女、殊勝ですねぇ? 気の毒ですねぇ? またアナタのせいですねぇ〜? アハハ!」
 ああ、この人……僕にこれを聞き出させたかったんだ。奥歯を噛み締めて、僕は悔しさを抑えつけた。僕を馬鹿にしたようにケラケラ笑っていたレオンは、つぎはぎの燕尾服の懐に手を突っ込んだ。
「あ、そうそう♡ はいこれ、お返しします♡」
「は……なんで……」
 差し出されたのは、あの、続きが書けなかった小説のノートだった。
 僕はレオンからノートを半ば奪い取ると、すぐに中を開いた。あの日、ゴミ箱に突っ込んだときのまま、三島さんからの、『続き待ってるね』のうさぎの付箋が貼られていた。三島さんの居場所に関するヒントでも無いかとくまなく見たけど、特にこれといった情報はない。
「それがアナタの『スーベニア』。大事にした方がいいですよ♡」
「生きてた時の、お土産ってことですか」
 持っていたくなかった。だから……捨てたのに。なにが『スーベニア』なんだ。趣味が悪いにもほどがある。
「嫌そうなカオしないしない♡ なんてったって、『スーベニア』はふしぎな力がこもったお助けアイテムですから♡」
 たとえば……と、レオンは燕尾服の中から薄汚れたテディベアを取り出して――思い切り引き裂いた。
 テディベアの中から大量に綿が溢れる。綿はみるみるうちに大きなヒグマを形どり、僕に向かってきた。あまりに突然のことに腰を抜かしてしまう。白いヒグマは僕の頭めがけて前腕を振りかざした――
「すごいでしょ♡ これも『スーベニア』でして」
 レオンの声に顔を上げると、テディベアの中に綿が吸い込まれていくのが見えた。なんだ今の。見間違い? 夢? 石畳には、熊が踏み込んだとき付いた爪痕が深く刻まれていて、さっきの熊の重量を僕に知らしめていた。
「斉藤クンのノートにもこういう力があるはずですから、ぜひ色々とお試しあれ♡」
 三島さんが危険な目にさえあっていなければ、僕はいわゆるなろう系の転生チートのような展開に胸を踊らせていただろう。よく読んでたし。ノートをもう一度パラパラとめくってみた。特に何も起こらない。小説の主人公みたいに雷でも使えるようになるかと思ったのに。でも三島さんを助けるためには、これと……たぶん向き合わなくちゃいけない。ガッカリしている僕をみてレオンはクスクス笑っている。
「さて、『スーベニア』の使い方はおいおい見つけていただくとして。三島サンが可哀想〜な目に遭っている『涯て』への行き方ですが……道というものはなく、試練苦難の雨あられをただただ越えて進んでいただく、というものになっております♡」
 この人は……本当に不愉快だけど、僕が今必要な情報を持っていることには違いない。僕は、レオンのこれまでの反応と言動から、取り乱したり絶望したりするのをこの人は心から楽しんでいることに気づいていた。だったら。僕は感情を殺して、レオンに質問を投げかける。
「『涯て』に行く道中の、試練苦難というのは、どういうものですか?」 
 レオンは僕が心を無にしていることに気づいたのか、少しつまらなそうにしている。僕としては母さんを相手するときと一緒だ。こんなの、生前はいつものことで、苦じゃないんだ。
「この世界にはアナタのようなよわ〜い魂を食べる、わるいわる〜い魔法使いがおりまして……ま、間違いなくアナタ、『涯て』に着くまでに何度も襲われますね〜」
「つまりここは安全地帯なんですね」
 イエース、と答えたレオンは、ステッキでコツコツ、と石畳を叩いた。
「わる〜い魔法使いの力を一時的に遮るための空間、です♡」
 ピシリ、と窓ガラスにヒビが入る。レオンは即座にその音の発生源を目を細めて睨んだ。
「まあそろそろ時間切れ――みたいですが」
 パラパラと小さな石クズが降ってくる。これ崩れるんじゃないか、というか、扉とかないのにどうやって逃げれば……
「――『暴かれろ』」
 ざらついた、気だるげなのに芯のある男の声が広間に広がる。壁が、窓枠が、天井が、声に従うかのように崩れながら外へ開いていく。明らかに太陽光ではない、強い光が差し込む。レオンは裂け目に飛び乗ると振り返り、僕に投げキッスをした。
「待って! まだ聞きたいことが……」
「タイムアーップ! 斉藤クン、また会いましょう! アデュ♡」
 レオンは言い残すと無数の色とりどりの蝙蝠となって、飛び去っていった。風が、光が、僕を覆う。瓦礫は外へと外へと崩れていく。現状唯一の手がかりである小説のノートが破れたりしないように、石畳に伏せてただただ耐えた。