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第四講〜君の願い、彼の思い〜

ー/ー



 転入生が来てから、1週間、2週間と経っていた。 夜な夜な今日も姫を探す為に寮を出る。
 いつもと違うのはどう考えても飢えている状態の璃美をつれてという事。
 緋樹はため息を璃美の横で盛大に付いた。

「何?」
 お前がきちんと飯のときの血飲まないからだろ、という事は言いずらい。

「なんでもない」
「ふうん」

 今まで、姫を探しているとは言ったが方法は言っていない。
 もし、緋樹が血を使うと言っていたら璃美はついてはこなかっただろう。
 けれど、現在付いてきているので、事後承諾というで良いとする事にした。

 最近の璃美は、あまり夜の授業に出ないのはいつもどおりなのだが、時々出る夜の授業では、 隣の席の赤城櫂斗がどうも構ってくる、と璃美が恥かしげに語っていた。
 友達を横取りされた気 分であまり良い気がしない。
 もやもやしてイライラする。

 それじゃあまるで、恋愛小説の王道を通っているようだ。
 敵が現われて恋発覚!? 
 そんな馬鹿げた話は無い。

「緑町、公園?」

 来た場所に疑問を覚えたのか、素っ頓きょうな声を上げる。

「そう、公園で探すんだ」
「どうやって? 大声でも上げんの?」
「んな、近所迷惑な真似するか」

 そういうと、砂場に近づいて、ナイフを取り出す。
 璃美は唖然とした。目の前でリストカット をする緋樹が居るからだ。

「なにやってんの? 自殺する気!?」
「違うって、ただ単に血を流すだけだって」
「は、なんで?」
「姫は血に寄せられるから」
「なに、その飛んで火に入る夏の虫的なことは」

 怪訝な顔をする璃美に緋樹はコレが一番確実なんだよ、と頭を掻きながら答える。
 怪訝になっている理由に飢えは絶対入っている。
 待ち始めて、1時間は経過しようとしていた。
 緋樹は沈黙の中を打ち破るように、璃美に声を かけた美から小さく返事が来る。

「それ、飲めって意味?」
「ああ、どうせだから飲めって意味」

 もう、血が止まってしまった腕から飲むことは叶わない。
 この前のような真似は出来ないのだ。緋樹は確実に璃美に諦めろといってくる。
 璃美は心からの抵抗とばかりにあからさまに嫌そうな顔をする。

「飲みたくない」
「飲んどけって」
「嫌」
「理性飛ぶぞ」
「知らない、また数年は飲まない」

 背を向けて、意地を張り続ける璃美に対して緋樹は血が上る音と、プチッとどこかの血管が切れる音がした。

「黙って、のんどきゃ良いんだよ。お前は」

 切れる音は自分の理性という糸と璃美との間の境界線。
 全てがガラガラと音を立てている。
 ビクつく璃美が目の前に。緋樹は璃美に近寄り、自分の腕に牙を立て、血を口に含む。

 重なる口に流れてくる血。大量の血。 璃美はまた泣いた。
 緋樹は罪悪感に苛まれながらも、自分の理性を押さえられずに、そのまま璃美の首へと顔を移動させ、埋めた。

「ダメ、やめて!」

 理性を取り戻せ! と叫ぶも璃美の声は届いていて、それがとても煽られた。ブツリと刺さる 感覚。恐怖の記憶の感覚。

「いや」

 叫べないほどの恐怖が、璃美を駆け抜けた。けれど、目の前の人間は、緋樹。友達の、信頼している、友達。
 目の前は、誰でもなく、 誰だろう。
 首から離される顔。 栗色の髪をした傲慢な友達が、傷ついたように笑っている。

「多分、元人間にはわかんない感情だよ」

 それと同時に暗くなる視界。
 小さく、ゴメンといわれた気がして、意地で涙を引っ込めた。

 起きると、そこは医療室で、璃美の腕には太い輸血管の点滴が射されていた。

 「輸血かよ」
  璃美は仕向けた相手を理解し、不機嫌そうに吐き捨て、針を抜いた。 嫌われ者の璃美の相手を好 んでするものは居ない。
 何をしようと干渉されない。 璃美は医療室から抜け出し、自分の部屋へ入 った、

 数分後、自分の部屋の前で小さな少女がギャーギャーと喚いている声がドア越しに聴こえた。
 誰とも知れない、
 その少女は緋樹とは正反対のまるであの時言っていた少女のようだ。
 しかし、緋樹を目の前に変態、ストーカー、拉致すんなと罵詈雑言を尽くす少女など見たことが無かった。

 璃美は飛び切りのもてなしをしようと、鍵が開いたと同時にとび蹴りを食らわせた。

緋樹に。

「…っ!」
「なに、人に勝手に輸血してくれてんだよ。飲みやがってクソ」

璃美は緋樹に掴みかかり、緋樹は苦笑いだ。

「あの…..…..誰ですか?」
「お前、コイツと一緒に居ろ。
 なあ、おい、お前の部屋、たしか、俺と同じでベッドとか余ってたよな?」

「まあ、残ってるけど」
「いいよな?」
「……はいはい、いいよ。ほら、入りな? お姫様」

「お姫様」と言う単語に対して不可思議そうにする女の子を手招いて部屋に入れる。
 緋樹は例によって腹を立てていたのでドアを激しく閉めて入ることを禁じた。

 部屋の中で少女はおどおどとしていた。小さくて、女の子らしい。気弱な感じが保護欲を誘う 可愛い少女だ。

「緋樹は、なにも教えてくれなかったの?」
「何もって言うか、あの変態なんなんですか?」

 変態、と言う発言に笑いが出るので精一杯になった。

「アイツは悪い奴じゃないよ、ただねえ、あいつはさ、有名な吸血鬼の王子さまだからさ」

 イスにかけさせ、冷蔵庫から麦茶を取り出す。こぽこぽという心地よい耳を叩く音と、少女の声。

「本当に王子だったんですか」
「うん、アイツも大変なのよ。
君を見つけなきゃ、あと一ヶ月もしないで死ぬとこだった」
「なんで私をっ」
「それは、魔界の王にでも聞いてよ、私の知ることではないよ、はい」

 コップを手渡し、自分も座る。あまりにも心が綺麗で疲れてしまう。 少女はなんでなんでと聞いてくる。気持ちはよく分る、けれども、今は聞かれたくない。 心が疲れてしまうからだ。

「アイツはきっと君を大切にしてくれるよ。
--そういえば、名前は?」

「空野蒼です」
「綺麗ね。私は山岡璃美」

「そうなんですか? ちょっとイメージじゃなかったです」
「そう?」
「ええ」
「まあ、元は違うんだけどね」

 そういうと「元?」と蒼は言った。よくわからなそうな顔で、赤茶色の短い髪の毛をふわふわとさせて、璃美に聞いた。

「私、一度叔母に引き取られたのよ。
 前の苗字は紗羅。
 よく私の名前は間違えられてたかな」
「ああ、そうなんですね。 でもその方が似合ってます」
「うん、 私も気に入ってたよ」

 璃美は遠くを見た。私の記憶。
 私だけの記憶。
 緋樹には共有したが璃美と”アイツ”だけが鮮明だ。

「詳しいことは言えないけど、簡単に言うと私は元人間なのよ」
「というと?」
「あなたと同じだったってことよ。
 取って食ったりはしない。
 というか、私は吸血が嫌い」

 そう言うと、青ざめた顔で蒼が璃美に抱きついてきた。

「そんな! 吸血できてないのに変態に吸われていたんですか!
 可哀想……こんなに綺麗で素敵だから狙われたんだ」
「そんなことはないよ。気まぐれでしょあいつの」
 そしてまた、璃美は遠くを見つめていた。





 姫が見つかり、安心した緋樹だったが、別のことに気を取られていた。
「……血が、甘かった」

 それだけのことなのだけど。あの甘さは異常だった。いつもの自分の血のような、いやそれを一層濃くしたような甘さだった。
 どういうことなのだろうかと考えても思い当たることがない。

「他人の血でこんなに怖いと思ったのは初めてだ」

 王子は姫の血以外は甘く感じないはずだった。だが、璃美の血は違う甘さのような気もしたが、姫が二人いると言うパターンなのか? と頭の中をぐるぐるさせている。

 璃美は吸血鬼だ。 姫になり得るわけがない。
 赤城の血が入っている女である。

「もしかして」
 そう言うと、緋樹は璃美の部屋へと向かっていった。
 こんなにも焦ったことはない。璃美はもう気づいているのだろうか。
 気づいていないとしたら、危ない。
 そんな感情が緋樹を巡っていた。

✳︎


 走り出した緋樹は息切れしながら璃美の部屋へと着く。
 扉をドンドンとたたき、騒音や今までの周りを気にしていた気持ちなんてどうでもよくなっていて、ただ心配ばかりが募っていた。

「何?」
扉を開ける璃美。怪訝な顔をしていて、寝巻きで髪の毛をかき上げると赤い髪の毛がサラサラと流れ、赤い瞳が見える。

「お前、転校生が誰かわかってるか」
「誰って、赤城櫂斗でしょ。
 私をなんか気に入ってる」
「違う。 アイツが何者かを知ってるか、だ」
 
 焦る緋樹に璃美はたじろいだ。そして蒼が顔を出した。
「無理させないでください」
「違う。 事は急を要する内容なんだ」
「何よ」

 緋樹は静かに、言う。
「”アイツ”だよ。 お前をその姿に変えた」

「……え?」

 瞬間、璃美に衝撃が走る。また緋樹は静かに語り出す。
 蒼は悟ったように、一度寝室の方へと入っていった。
「血の交換は、容姿……主に髪と目の色を交換するんだよ
 大して変わらない奴らも多いから気づかないけど」
「どういうこと? でも、なんでそれがわかったの?
 だってお前が今日したのって私の血飲んだだけでしょ」
「お前の血が王族の味がしたんだよ。わかるだろ。
 不思議に思ってたんだ。
 赤城で櫂斗って名前のやつを聞いたことがなかったから。
 俺も噂程度でしか聞いてないが、10年前に逃げ出した王族の負債……所謂、王族と吸血鬼で子供を作ったやつの子供がいるんだよ」

 長く語る緋樹を遮って、璃美は尋ねる。
「お前、何言ってるかわからない。
 どう繋がるのそれ」
「……だから、お前の家襲ったのが、その赤城櫂斗なんだよ」

 その瞬間、璃美は衝撃と共に顔が青くなっていった。ゆっくりと、目の前の緋樹に確かめるように言う。
「それは合ってるわけ?」
「お前には一度話したことがあると思うけど、血の交換の儀式で吸血鬼になると徐々に変化していく。
 お前の場合、髪が赤くなった日、それが完璧に吸血鬼になった日なわけだが。
 赤城家の人間ってのは髪も目も赤い。
 ただ、転校生であるアイツは違った」
「だから、可能性が高いってこと?」
「可能性というか、それ以外であの一族が髪の毛や目が黒くなる事はない。
 わかるか?
 お前に近寄ってるのはお前が憎んでるやつなんだよ」

 その瞬間、璃美は扉を開け放つ。そして走ろうとした。

「アイツが……!」

 緋樹は璃美を掴む。力強く。加減なんてしなかった。
 それくらいしないと止まらないことがわかっていたからだ。

「何!? 親を殺されたのに私に黙ってろっていうの!」
「そうじゃない、今は落ち着いてないから、やめてほしいだけだ。
 あと、気をつけてほしいだけだ。
 わかるか? 今そんなことをしたらダメだ」
「じゃあ、あんたは、親を殺されたのを許せっていうの!?」
「そうじゃない、落ち着け。
 タイミングなんてここにいればいつだってある」

「あんたにわかるわけない」

 そう言って、璃美は目から涙をゆっくりと流した。
 止める事はしなかった。

「俺は確かにお前じゃないからわからない。
 けど、今はだめだ。
 次止まれない時は止めない。
 約束する。今はとにかく落ち着いてくれ」
「落ち着けるわけないじゃない」そう言って璃美は声を張り上げ、壁を殴った。
 そして部屋へ入る。

「蒼ちゃん、ごめん一人にしてほしい」
 寝室の蒼に声をかける。流石の緋樹も何も言えなかった。
「わかった。わかったから、一人にして」
「わかった」
 そして緋樹は部屋からさっていく。置いてかれたのは、小さなナイフと包んである綺麗なハンカチ。
 記憶に残っているのはどこまでも幸せだった家庭と殺害現場、そして吸血鬼にされたこと。

 記憶が急速に思い出される。
 お母さんが作ってくれたご飯。お父さんが優しく毎日連れ出してくれた事。
 父と母は恋愛結婚で稀に見るくらい仲良しだった。
 父と母は見た目も良いことから友人から褒められることも多かった。だが、そこに見栄を張ることなく優しい親であった。
 どうしてこんなことになってしまったのか、と悩む日々が始まったのは私が近くの公園で遅くまで遊んでしまっていたことにある。
 14歳、反抗期もあり少し公園で一人耽っていたい気分の時があったのだ。
 赤い髪の毛の伸ばしっぱなしの髪の毛の男が現れたのだ。
「お兄さんの髪の毛綺麗だね」
 きっとこれが原因だと思っている。

 たまに遊ぶようになった名前も知らない男の人。
 そう、知らない人にはついて行ってはいけない。そういうことだ。
 私を見て微笑む赤い髪の男はある日、家に送っていくと言った。

「きっと、璃美ちゃんの親御さんはいい人たちなんだろうな」
 そんなことを言う男に親の自慢をしながら少し早足で家に帰っていく。

 ピンポーン

 確か、その日はいつもより遅い時間だった。
 母が出ると、それは始まった。
 
 男は隠し持っていたのであろうナイフを母に刺した。頸動脈を2度3度。
 母が逃げてと叫んでいた。私は母の言う通りに公園へと逃げ帰った。
 
 何時間待っても迎えが来ない。

「お父さんは、まだ帰ってないのかな……お母さんが」

 泣きじゃくる自分は弱いと思った。
 そう思った私は、家へと足を向けた。
 恐ろしかった。でも、どうすることもできない私が家に帰ると、そこにいたのは私の父の血を啜る赤い髪の毛の男だった。

 私の足音に気付いたのであろう男はこちらを見てにっこりと笑った。
「邪魔だったんだ、君の両親」

 私は凍りついて、父と母を見る。
 言葉なんて出なかった。
 今にして思えば、交番に行けばよかったのだ。
 だが、浅はかな私は何も考えてなんていなかった。
 いや、考え付かなかった。

「……次は私?」

 そう私が、小さくつぶやくと男はにっこりと笑って私に言った。

「違うよ。君は僕の番になってもらうんだ」

 意味がわからなかった。

「つ、つがい……?」

 その瞬間だった。血の気がひいている首筋に男が噛み付いてきた。
 そして、私が倒れるところで血を飲むのをやめた。
 男は小さく言った。これくらいか、と。

 すると、私に自分の腕を切って口に含むと、私に口移ししてきた。
 何度も、何度も。
 もちろん抵抗をした。だが、すごく力が強く、逃げ出すことなんてできなかった。

「うん、これで君は僕のものだ」

 笑った男に私はどうすることもできずに呆然としていた。
 そう、私はこの時は何もすることができなかったのだ。

 生き残った私は、叔母に引き取られ親とのつながりすら取られてしまった。


「絶対に許さない」
 璃美の決意が固まった瞬間だった。
 吸血鬼で男とはいえ、弱らせて陽の光の元に出せばひとたまりもないだろう。
 それならば、自分の手でやればいいのだと璃美は思った。
 涙は拭かない。流れる涙は私の恨みだ。

 今なら番の意味もわかる。だがそんなのごめんだ。
「とっとと殺して、仇を撃つんだ」

 そういって、璃美はベッドに戻ることなく、珍しく学校へといくために寝始めたのだった。


✳︎

 
 今日の璃美はすごく綺麗だった。
 璃美の制服のポケットにはナイフが入っている。
 こんなに学校が薄暗いと感じたのは初めてだった。

 私はうっすらとポッケに入れた。
 ナイフを確認するように触ると、ちくりとした。
 手を取り出すと手が少し赤く汚れていた。
 何度か血を流したことがあるが、自分では甘く感じないものなのだと初めて認識した。
 すると男が走ってきた。

 そう、あの男だ。
「山岡さん、大丈夫?」
 
 私は真っ当に普通の顔ができているだろうか。いつもの山岡璃美だろうか。璃美はそう不安が少し残りながら平然を装った。

「切っただけなので平気ですよ」
 後ろを見ると緋樹が心配そうに覗き込んでいる。
 璃美は笑いながら自分の指をハンカチで拭く。
「君の血は危ないから、だめだよ」
「なぜ?」
 そう、他人なら知らないはずだ。何も知らない他人ならば。
「だって、ほら、勘づかれるだろう」
「勘づかれる?」
 櫂斗はハッとした。そして笑った。そうして、璃美を壁際に寄せる。耳元で言った。
「気付いていたけど、昨日、血を飲まれたね?」
「だとしたら--」

 取り出したナイフを避けると思った。首筋にやると、ぴたりと自分の手が止まった。
「なんで」
「いいよ、殺して」
「……殺して?」

 響くのは周りの悲鳴ばかり。なぜ番を欲しがっていた男が、殺していいと言っているのだろう。
 香るのはうっすらと切れた首筋の甘い香り。
 私の血もこのような匂いなのだろうか。

「お前は私の親を殺しただろう」
「そうだよ。 だから復讐を受けたいんだ」

 璃美の顔は歪む。私の考えていた人物と違うの異常に恨めしい気持ちがあるからだ。
「許さない」
 ナイフはゆっくりと頸動脈の辺りにくる。流れる血も増えてきた。
 むせ返る血の香りにイライラした。
「許さなくていいんだ。
 いいんだよ、思うようにやって」

 誰も止めに入らない。璃美は無理矢理、櫂斗を壁際にやり、首を切り続ける。
 親を刺した時のように思い切りやりたいのにうまくいかない体。

「どうして」

 ナイフは壁に刺さり、璃美は嘆く。
「……予想外だったな」
 櫂斗は言う。

 璃美は許せない気持ちと自分の体の反する行動にイライラして、とうとう吸血をした。
「だめだ!」
 櫂斗はたじろいで離れたように言う。そして力強い璃美に負けたように、櫂斗は力を抜いて、諦めたように受け入れた。
「ああ、君昨日貧血だったね」
 恍惚としたように櫂斗は言う。
「大丈夫だよ。
 君の全ては僕は受け入れる準備がいつでもできているんだから」

 黒い髪の毛が璃美の額に当たる。櫂斗は自身の髪の毛であったその髪の毛を愛でるように撫でる。
 櫂斗は容赦なく噛むその痛みさえ気持ちのいいものだった。
 そして、過去櫂斗がしたようにと璃美は一滴も残すまいと血を飲み続ける。

「いいかい、忘れないで。
 僕は君の親を殺した男だ」

 確認のように言う。
 長い吸血の後、璃美は外に櫂斗を引きずっていった。
 そこは皮肉にも璃美が嫌いな緋樹に血を吸われた公園だった。
 璃美はそこで気づく。重たいはずの自分よりもはるかに身長の高い男が、簡単に運べたことを。
 そして璃美は叫ぶ。

「なぜ私の親を殺したの!」
「番が欲しかったんだよ」
 櫂斗の意見は一貫していた。
「ごめんだわ!」
「僕の事情だ。
 ごめんね」

 まだ朝日すら登っていない。
 学校だと目がつくと言う理由で公園に引きずってきたわけだが、公園は恐怖の場所でもある。

「どんな気持ちで待っていたと思っているの」
「恐怖、かな」

 淡々と返す櫂斗は弱っているはずなのにどこか余裕そうだ。

「君は朝まで僕を弱らせることができると思っているのかな」
「は?」

「君の体には僕の血が入っているし、僕の体にも君の血が入っている。
 そして、僕らだけは時間の感覚が違う。
 朝なんて秒だ。でも、君は僕を無くした時、頼れる人がいなくなる」

 意味のわからないことを言う。
 何を言いたいのだろうか?と璃美は思う。

「僕は君に一人になってほしくない」
「どういうことよ!」
「僕は他の吸血鬼の8倍生きていた。
 君と僕は今他の吸血鬼の4倍のものと化している」
「それが何」
「これから先待っている君のことを考えているんだよ。
 殺してもいい。
 好きにしてほしい。
 でも、君には僕のつらさを感じて欲しくない」

 何を言っているんだろうこの男は。命乞いなのだろうか。
「君は僕の血を飲んだ。
 だから君はもっと辛い思いをするだろう。
 だから待ってほしい」
「待つ、何を」
「そろそろなんだ」
「今なんだ。 もうすぐなんだ」
「だから何--」

 瞬間だった。駆け巡ったのは、謎の記憶。
 私の知らないもの。知らない。こんな記憶私にはない。
 親のイメージが全然違う。私の知っている状況じゃない。

「ナニコレ」
「それはね、君の本当の記憶だよ」

 櫂斗は起き上がる。
 すると、璃美を抱き寄せて、頭を愛おしげに撫でる。

「だからだめだと言ったんだよ」
「どう言うこと、この人たち誰」

 フラッシュバックするものたちが怖い。

「助けて、誰、怖い。 
 誰、いや。
 お兄ちゃん助けて」
「隣にいる。必ずいるよ」
 抱きしめる櫂斗は言った。泣く姿を見たくなかった。

「いなくなってごめんね。
 大丈夫、いるから」

 空から降ってくるみたいだった。力強くも綺麗な声は、月みたいだった。
 これは私の本当の過去なのだろうか。

 そう思い、璃美は目を閉じた。

✳︎



 これは本当の私の記憶か分からないが、過去の叔母の対応を思い出すと少し辻褄が合う。
 叔母は養子に入れてくれたわけだが、その理由があの二人の苗字を持っているのは辛いだろうと言う理由だった。
 叔母夫婦は私に親身だったし優しかった。

 これは幼少期だろうか、流れ込んでくる情報が多すぎて、自分でも分からない。父が私をつかみ上げ、容赦なく殴ってきている様子だ。
「お父さん、やだ!
 痛いっ!
 助けてお母さ……あ、うう……」

「あら、いいじゃない。
 私たちの子なんだからどんな風に扱ったって」
「君に理解があって助かるよ」

 時間は流れていき、私は無口なひとりぼっちの子供だった。
 体は見えないところに傷がたくさんあった。
 多分10歳だろう、夜、公園で遊んでいた。家に帰るのが怖かった。

「ねえ、お嬢さん。
 こんな時間にどうしたの?」
「……誰?」
「僕はね、吸血鬼だよ。
 こんな時間に歩いていると僕みたいなのに見つかって、危ないよ」

 月みたいな声そう思った。
 月明かりに照らされて、赤い髪の毛が、キラキラと煌めいて、赤い月みたいだった。少し長めの髪の毛が風でふわっと浮き上がり、瞳が見えた。
 赤色。

「綺麗……」

 私は臆病ながら、お兄さんの顔に手を伸ばした。

「危ないよ。
 だめだよ」
「そう言ってる人、危なくないと思うの」
 私は綺麗な白い頬に手を当てた。そうすると、お兄さんの手が私にかかった。
 冷たい。でも、なんだか温かい。

「どうして、家に帰らないの?
 親は心配しないの?」
「……」
「言えない?」

 お兄さんは何かを察したように、私のお腹辺りに手を当てた。
 ずっと痛かった痛みが和らぐのを感じた。
 少しめくって見ると、アザが消えて無くなっていた。

「なんで?」
「魔法みたいなものだよ。
 たまにおいで、僕が助けてあげるから
 気をつけてお帰り、僕はまたここにいるから」
「……」
「帰りたくない?」
「頑張る。
 お兄さんまたここいる?」
 
 私が不安げに見上げると、お兄さんはにっこりと笑って私の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。
 明日もおいで。 待ってるから。
 夕方くらいからいるから」
「分かった……」

 印象は優しい吸血鬼のお兄さんだった。
 そこから家族からの虐待とお兄さんの治療が始まった。
 毎日毎日行われるこの行為で、私は気づいたら好きになっていたのかもしれない。
 お兄さんに会うと、忘れていた笑顔が出たし、いつも優しくされていた。

「ところでさ、普段なんて呼ばれているの?」
「紗羅だよ」
「紗羅?」
「そう、あとはお前」
「お前はやだなあ、紗羅ちゃんって呼ぶね」

 それから長い月日がすぎ、14歳になった。お兄さんの部屋に入り浸ったりすることもあった。
 多感な時期で、緊張したがお兄さんの前だと何も緊張がなかった。
 こじんまりとした部屋に少ない荷物。
 帰宅するために、お兄さんが危ないからついてきてくれた。
 私とお兄さんがあっているところを母親に見つかった。
「お前、言ったわけ?」
 母は私にそう言った。
 私を引っ掴んで、家に引きずっていく。
 お兄さんの方を見ると、堪え難そうな顔をした。

 家に入るなりビンタされた。
「で、言ったわけ?」
「……言ってない」
「ふうん、彼氏ってやつ?」
「違う。仲良くしているだけ」
 その瞬間、今働くのをやめている父親が私に殴りかかった。
「嘘ついてんな」
「助けて!」
 名前も知らないお兄さん。お兄さん、こんな家族いらない助けて。助けて。
 助けて、お願いだから幸せな時間を頂戴。

 バン

「そうやってるわけですね」
 お兄さんはどうやってきたか分からないが、ドアが開いた。
「いいよ、助けてあげる」
「は?」
 母親は怪訝そうにしていた。
 するとナイフを取り出して、母親を2度3度頸動脈を刺した。
「は? お前何して……!」
 父親を同じようにはいかず暴れるため、何度も刺していた。

 私は絶句して、状況を見ていた。
 心配そうな顔をする血まみれのお兄さんが言った。
「君の過去を幸せに変えたくないかい?」
「そんなことできるの?」
「僕は変わった吸血鬼でね。
 血を交換しても何も抵抗がないんだよ」
「血の……交換?」

 不思議そうな顔をすると細かく説明をしてくれた。
「血の交換というのはね、君を吸血鬼にするものなんだけど、僕の寿命の半分を上げることでできる。
 君の記憶の改竄も同時にできるんだ」
「そうなの?」
「幸せになりたいよね?」
「なれるの?」

 そして、私は首筋をお兄さんに差し出した。感覚はわからないが倒れる直前でやめてくれた。
「王族の血よりもよっぽど美味しいな」
 呟いたのが聞こえた。
「君も吸血鬼になっているから、血を飲んで、僕が吸ってた分だけ吸えばいいから」
 そして私はお兄さんの首筋に上手くできるかわからなかったから強く噛んで血を吸った。
 すると、だんだんと気が遠くなっていくのを感じた。
「隣にいるよ。必ずいるよ
 形は変わってしまうけれど」

そうして璃美は目が覚めた。
「どちらが本当かわからない」
そう言うと、璃美は不安を感じながら寝ていた布団を出て、緋樹の元へと向かったのだった。


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 いつもと違うのはどう考えても飢えている状態の璃美をつれてという事。
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「何?」
 お前がきちんと飯のときの血飲まないからだろ、という事は言いずらい。
「なんでもない」
「ふうん」
 今まで、姫を探しているとは言ったが方法は言っていない。
 もし、緋樹が血を使うと言っていたら璃美はついてはこなかっただろう。
 けれど、現在付いてきているので、事後承諾というで良いとする事にした。
 最近の璃美は、あまり夜の授業に出ないのはいつもどおりなのだが、時々出る夜の授業では、 隣の席の赤城櫂斗がどうも構ってくる、と璃美が恥かしげに語っていた。
 友達を横取りされた気 分であまり良い気がしない。
 もやもやしてイライラする。
 それじゃあまるで、恋愛小説の王道を通っているようだ。
 敵が現われて恋発覚!? 
 そんな馬鹿げた話は無い。
「緑町、公園?」
 来た場所に疑問を覚えたのか、素っ頓きょうな声を上げる。
「そう、公園で探すんだ」
「どうやって? 大声でも上げんの?」
「んな、近所迷惑な真似するか」
 そういうと、砂場に近づいて、ナイフを取り出す。
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「なにやってんの? 自殺する気!?」
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「は、なんで?」
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「なに、その飛んで火に入る夏の虫的なことは」
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 怪訝になっている理由に飢えは絶対入っている。
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 緋樹は沈黙の中を打ち破るように、璃美に声を かけた美から小さく返事が来る。
「それ、飲めって意味?」
「ああ、どうせだから飲めって意味」
 もう、血が止まってしまった腕から飲むことは叶わない。
 この前のような真似は出来ないのだ。緋樹は確実に璃美に諦めろといってくる。
 璃美は心からの抵抗とばかりにあからさまに嫌そうな顔をする。
「飲みたくない」
「飲んどけって」
「嫌」
「理性飛ぶぞ」
「知らない、また数年は飲まない」
 背を向けて、意地を張り続ける璃美に対して緋樹は血が上る音と、プチッとどこかの血管が切れる音がした。
「黙って、のんどきゃ良いんだよ。お前は」
 切れる音は自分の理性という糸と璃美との間の境界線。
 全てがガラガラと音を立てている。
 ビクつく璃美が目の前に。緋樹は璃美に近寄り、自分の腕に牙を立て、血を口に含む。
 重なる口に流れてくる血。大量の血。 璃美はまた泣いた。
 緋樹は罪悪感に苛まれながらも、自分の理性を押さえられずに、そのまま璃美の首へと顔を移動させ、埋めた。
「ダメ、やめて!」
 理性を取り戻せ! と叫ぶも璃美の声は届いていて、それがとても煽られた。ブツリと刺さる 感覚。恐怖の記憶の感覚。
「いや」
 叫べないほどの恐怖が、璃美を駆け抜けた。けれど、目の前の人間は、緋樹。友達の、信頼している、友達。
 目の前は、誰でもなく、 誰だろう。
 首から離される顔。 栗色の髪をした傲慢な友達が、傷ついたように笑っている。
「多分、元人間にはわかんない感情だよ」
 それと同時に暗くなる視界。
 小さく、ゴメンといわれた気がして、意地で涙を引っ込めた。
 起きると、そこは医療室で、璃美の腕には太い輸血管の点滴が射されていた。
 「輸血かよ」
  璃美は仕向けた相手を理解し、不機嫌そうに吐き捨て、針を抜いた。 嫌われ者の璃美の相手を好 んでするものは居ない。
 何をしようと干渉されない。 璃美は医療室から抜け出し、自分の部屋へ入 った、
 数分後、自分の部屋の前で小さな少女がギャーギャーと喚いている声がドア越しに聴こえた。
 誰とも知れない、
 その少女は緋樹とは正反対のまるであの時言っていた少女のようだ。
 しかし、緋樹を目の前に変態、ストーカー、拉致すんなと罵詈雑言を尽くす少女など見たことが無かった。
 璃美は飛び切りのもてなしをしようと、鍵が開いたと同時にとび蹴りを食らわせた。
緋樹に。
「…っ!」
「なに、人に勝手に輸血してくれてんだよ。飲みやがってクソ」
璃美は緋樹に掴みかかり、緋樹は苦笑いだ。
「あの…..…..誰ですか?」
「お前、コイツと一緒に居ろ。
 なあ、おい、お前の部屋、たしか、俺と同じでベッドとか余ってたよな?」
「まあ、残ってるけど」
「いいよな?」
「……はいはい、いいよ。ほら、入りな? お姫様」
「お姫様」と言う単語に対して不可思議そうにする女の子を手招いて部屋に入れる。
 緋樹は例によって腹を立てていたのでドアを激しく閉めて入ることを禁じた。
 部屋の中で少女はおどおどとしていた。小さくて、女の子らしい。気弱な感じが保護欲を誘う 可愛い少女だ。
「緋樹は、なにも教えてくれなかったの?」
「何もって言うか、あの変態なんなんですか?」
 変態、と言う発言に笑いが出るので精一杯になった。
「アイツは悪い奴じゃないよ、ただねえ、あいつはさ、有名な吸血鬼の王子さまだからさ」
 イスにかけさせ、冷蔵庫から麦茶を取り出す。こぽこぽという心地よい耳を叩く音と、少女の声。
「本当に王子だったんですか」
「うん、アイツも大変なのよ。
君を見つけなきゃ、あと一ヶ月もしないで死ぬとこだった」
「なんで私をっ」
「それは、魔界の王にでも聞いてよ、私の知ることではないよ、はい」
 コップを手渡し、自分も座る。あまりにも心が綺麗で疲れてしまう。 少女はなんでなんでと聞いてくる。気持ちはよく分る、けれども、今は聞かれたくない。 心が疲れてしまうからだ。
「アイツはきっと君を大切にしてくれるよ。
--そういえば、名前は?」
「空野蒼です」
「綺麗ね。私は山岡璃美」
「そうなんですか? ちょっとイメージじゃなかったです」
「そう?」
「ええ」
「まあ、元は違うんだけどね」
 そういうと「元?」と蒼は言った。よくわからなそうな顔で、赤茶色の短い髪の毛をふわふわとさせて、璃美に聞いた。
「私、一度叔母に引き取られたのよ。
 前の苗字は紗羅。
 よく私の名前は間違えられてたかな」
「ああ、そうなんですね。 でもその方が似合ってます」
「うん、 私も気に入ってたよ」
 璃美は遠くを見た。私の記憶。
 私だけの記憶。
 緋樹には共有したが璃美と”アイツ”だけが鮮明だ。
「詳しいことは言えないけど、簡単に言うと私は元人間なのよ」
「というと?」
「あなたと同じだったってことよ。
 取って食ったりはしない。
 というか、私は吸血が嫌い」
 そう言うと、青ざめた顔で蒼が璃美に抱きついてきた。
「そんな! 吸血できてないのに変態に吸われていたんですか!
 可哀想……こんなに綺麗で素敵だから狙われたんだ」
「そんなことはないよ。気まぐれでしょあいつの」
 そしてまた、璃美は遠くを見つめていた。
 姫が見つかり、安心した緋樹だったが、別のことに気を取られていた。
「……血が、甘かった」
 それだけのことなのだけど。あの甘さは異常だった。いつもの自分の血のような、いやそれを一層濃くしたような甘さだった。
 どういうことなのだろうかと考えても思い当たることがない。
「他人の血でこんなに怖いと思ったのは初めてだ」
 王子は姫の血以外は甘く感じないはずだった。だが、璃美の血は違う甘さのような気もしたが、姫が二人いると言うパターンなのか? と頭の中をぐるぐるさせている。
 璃美は吸血鬼だ。 姫になり得るわけがない。
 赤城の血が入っている女である。
「もしかして」
 そう言うと、緋樹は璃美の部屋へと向かっていった。
 こんなにも焦ったことはない。璃美はもう気づいているのだろうか。
 気づいていないとしたら、危ない。
 そんな感情が緋樹を巡っていた。
✳︎
 走り出した緋樹は息切れしながら璃美の部屋へと着く。
 扉をドンドンとたたき、騒音や今までの周りを気にしていた気持ちなんてどうでもよくなっていて、ただ心配ばかりが募っていた。
「何?」
扉を開ける璃美。怪訝な顔をしていて、寝巻きで髪の毛をかき上げると赤い髪の毛がサラサラと流れ、赤い瞳が見える。
「お前、転校生が誰かわかってるか」
「誰って、赤城櫂斗でしょ。
 私をなんか気に入ってる」
「違う。 アイツが何者かを知ってるか、だ」
 焦る緋樹に璃美はたじろいだ。そして蒼が顔を出した。
「無理させないでください」
「違う。 事は急を要する内容なんだ」
「何よ」
 緋樹は静かに、言う。
「”アイツ”だよ。 お前をその姿に変えた」
「……え?」
 瞬間、璃美に衝撃が走る。また緋樹は静かに語り出す。
 蒼は悟ったように、一度寝室の方へと入っていった。
「血の交換は、容姿……主に髪と目の色を交換するんだよ
 大して変わらない奴らも多いから気づかないけど」
「どういうこと? でも、なんでそれがわかったの?
 だってお前が今日したのって私の血飲んだだけでしょ」
「お前の血が王族の味がしたんだよ。わかるだろ。
 不思議に思ってたんだ。
 赤城で櫂斗って名前のやつを聞いたことがなかったから。
 俺も噂程度でしか聞いてないが、10年前に逃げ出した王族の負債……所謂、王族と吸血鬼で子供を作ったやつの子供がいるんだよ」
 長く語る緋樹を遮って、璃美は尋ねる。
「お前、何言ってるかわからない。
 どう繋がるのそれ」
「……だから、お前の家襲ったのが、その赤城櫂斗なんだよ」
 その瞬間、璃美は衝撃と共に顔が青くなっていった。ゆっくりと、目の前の緋樹に確かめるように言う。
「それは合ってるわけ?」
「お前には一度話したことがあると思うけど、血の交換の儀式で吸血鬼になると徐々に変化していく。
 お前の場合、髪が赤くなった日、それが完璧に吸血鬼になった日なわけだが。
 赤城家の人間ってのは髪も目も赤い。
 ただ、転校生であるアイツは違った」
「だから、可能性が高いってこと?」
「可能性というか、それ以外であの一族が髪の毛や目が黒くなる事はない。
 わかるか?
 お前に近寄ってるのはお前が憎んでるやつなんだよ」
 その瞬間、璃美は扉を開け放つ。そして走ろうとした。
「アイツが……!」
 緋樹は璃美を掴む。力強く。加減なんてしなかった。
 それくらいしないと止まらないことがわかっていたからだ。
「何!? 親を殺されたのに私に黙ってろっていうの!」
「そうじゃない、今は落ち着いてないから、やめてほしいだけだ。
 あと、気をつけてほしいだけだ。
 わかるか? 今そんなことをしたらダメだ」
「じゃあ、あんたは、親を殺されたのを許せっていうの!?」
「そうじゃない、落ち着け。
 タイミングなんてここにいればいつだってある」
「あんたにわかるわけない」
 そう言って、璃美は目から涙をゆっくりと流した。
 止める事はしなかった。
「俺は確かにお前じゃないからわからない。
 けど、今はだめだ。
 次止まれない時は止めない。
 約束する。今はとにかく落ち着いてくれ」
「落ち着けるわけないじゃない」そう言って璃美は声を張り上げ、壁を殴った。
 そして部屋へ入る。
「蒼ちゃん、ごめん一人にしてほしい」
 寝室の蒼に声をかける。流石の緋樹も何も言えなかった。
「わかった。わかったから、一人にして」
「わかった」
 そして緋樹は部屋からさっていく。置いてかれたのは、小さなナイフと包んである綺麗なハンカチ。
 記憶に残っているのはどこまでも幸せだった家庭と殺害現場、そして吸血鬼にされたこと。
 記憶が急速に思い出される。
 お母さんが作ってくれたご飯。お父さんが優しく毎日連れ出してくれた事。
 父と母は恋愛結婚で稀に見るくらい仲良しだった。
 父と母は見た目も良いことから友人から褒められることも多かった。だが、そこに見栄を張ることなく優しい親であった。
 どうしてこんなことになってしまったのか、と悩む日々が始まったのは私が近くの公園で遅くまで遊んでしまっていたことにある。
 14歳、反抗期もあり少し公園で一人耽っていたい気分の時があったのだ。
 赤い髪の毛の伸ばしっぱなしの髪の毛の男が現れたのだ。
「お兄さんの髪の毛綺麗だね」
 きっとこれが原因だと思っている。
 たまに遊ぶようになった名前も知らない男の人。
 そう、知らない人にはついて行ってはいけない。そういうことだ。
 私を見て微笑む赤い髪の男はある日、家に送っていくと言った。
「きっと、璃美ちゃんの親御さんはいい人たちなんだろうな」
 そんなことを言う男に親の自慢をしながら少し早足で家に帰っていく。
 ピンポーン
 確か、その日はいつもより遅い時間だった。
 母が出ると、それは始まった。
 男は隠し持っていたのであろうナイフを母に刺した。頸動脈を2度3度。
 母が逃げてと叫んでいた。私は母の言う通りに公園へと逃げ帰った。
 何時間待っても迎えが来ない。
「お父さんは、まだ帰ってないのかな……お母さんが」
 泣きじゃくる自分は弱いと思った。
 そう思った私は、家へと足を向けた。
 恐ろしかった。でも、どうすることもできない私が家に帰ると、そこにいたのは私の父の血を啜る赤い髪の毛の男だった。
 私の足音に気付いたのであろう男はこちらを見てにっこりと笑った。
「邪魔だったんだ、君の両親」
 私は凍りついて、父と母を見る。
 言葉なんて出なかった。
 今にして思えば、交番に行けばよかったのだ。
 だが、浅はかな私は何も考えてなんていなかった。
 いや、考え付かなかった。
「……次は私?」
 そう私が、小さくつぶやくと男はにっこりと笑って私に言った。
「違うよ。君は僕の番になってもらうんだ」
 意味がわからなかった。
「つ、つがい……?」
 その瞬間だった。血の気がひいている首筋に男が噛み付いてきた。
 そして、私が倒れるところで血を飲むのをやめた。
 男は小さく言った。これくらいか、と。
 すると、私に自分の腕を切って口に含むと、私に口移ししてきた。
 何度も、何度も。
 もちろん抵抗をした。だが、すごく力が強く、逃げ出すことなんてできなかった。
「うん、これで君は僕のものだ」
 笑った男に私はどうすることもできずに呆然としていた。
 そう、私はこの時は何もすることができなかったのだ。
 生き残った私は、叔母に引き取られ親とのつながりすら取られてしまった。
「絶対に許さない」
 璃美の決意が固まった瞬間だった。
 吸血鬼で男とはいえ、弱らせて陽の光の元に出せばひとたまりもないだろう。
 それならば、自分の手でやればいいのだと璃美は思った。
 涙は拭かない。流れる涙は私の恨みだ。
 今なら番の意味もわかる。だがそんなのごめんだ。
「とっとと殺して、仇を撃つんだ」
 そういって、璃美はベッドに戻ることなく、珍しく学校へといくために寝始めたのだった。
✳︎
 今日の璃美はすごく綺麗だった。
 璃美の制服のポケットにはナイフが入っている。
 こんなに学校が薄暗いと感じたのは初めてだった。
 私はうっすらとポッケに入れた。
 ナイフを確認するように触ると、ちくりとした。
 手を取り出すと手が少し赤く汚れていた。
 何度か血を流したことがあるが、自分では甘く感じないものなのだと初めて認識した。
 すると男が走ってきた。
 そう、あの男だ。
「山岡さん、大丈夫?」
 私は真っ当に普通の顔ができているだろうか。いつもの山岡璃美だろうか。璃美はそう不安が少し残りながら平然を装った。
「切っただけなので平気ですよ」
 後ろを見ると緋樹が心配そうに覗き込んでいる。
 璃美は笑いながら自分の指をハンカチで拭く。
「君の血は危ないから、だめだよ」
「なぜ?」
 そう、他人なら知らないはずだ。何も知らない他人ならば。
「だって、ほら、勘づかれるだろう」
「勘づかれる?」
 櫂斗はハッとした。そして笑った。そうして、璃美を壁際に寄せる。耳元で言った。
「気付いていたけど、昨日、血を飲まれたね?」
「だとしたら--」
 取り出したナイフを避けると思った。首筋にやると、ぴたりと自分の手が止まった。
「なんで」
「いいよ、殺して」
「……殺して?」
 響くのは周りの悲鳴ばかり。なぜ番を欲しがっていた男が、殺していいと言っているのだろう。
 香るのはうっすらと切れた首筋の甘い香り。
 私の血もこのような匂いなのだろうか。
「お前は私の親を殺しただろう」
「そうだよ。 だから復讐を受けたいんだ」
 璃美の顔は歪む。私の考えていた人物と違うの異常に恨めしい気持ちがあるからだ。
「許さない」
 ナイフはゆっくりと頸動脈の辺りにくる。流れる血も増えてきた。
 むせ返る血の香りにイライラした。
「許さなくていいんだ。
 いいんだよ、思うようにやって」
 誰も止めに入らない。璃美は無理矢理、櫂斗を壁際にやり、首を切り続ける。
 親を刺した時のように思い切りやりたいのにうまくいかない体。
「どうして」
 ナイフは壁に刺さり、璃美は嘆く。
「……予想外だったな」
 櫂斗は言う。
 璃美は許せない気持ちと自分の体の反する行動にイライラして、とうとう吸血をした。
「だめだ!」
 櫂斗はたじろいで離れたように言う。そして力強い璃美に負けたように、櫂斗は力を抜いて、諦めたように受け入れた。
「ああ、君昨日貧血だったね」
 恍惚としたように櫂斗は言う。
「大丈夫だよ。
 君の全ては僕は受け入れる準備がいつでもできているんだから」
 黒い髪の毛が璃美の額に当たる。櫂斗は自身の髪の毛であったその髪の毛を愛でるように撫でる。
 櫂斗は容赦なく噛むその痛みさえ気持ちのいいものだった。
 そして、過去櫂斗がしたようにと璃美は一滴も残すまいと血を飲み続ける。
「いいかい、忘れないで。
 僕は君の親を殺した男だ」
 確認のように言う。
 長い吸血の後、璃美は外に櫂斗を引きずっていった。
 そこは皮肉にも璃美が嫌いな緋樹に血を吸われた公園だった。
 璃美はそこで気づく。重たいはずの自分よりもはるかに身長の高い男が、簡単に運べたことを。
 そして璃美は叫ぶ。
「なぜ私の親を殺したの!」
「番が欲しかったんだよ」
 櫂斗の意見は一貫していた。
「ごめんだわ!」
「僕の事情だ。
 ごめんね」
 まだ朝日すら登っていない。
 学校だと目がつくと言う理由で公園に引きずってきたわけだが、公園は恐怖の場所でもある。
「どんな気持ちで待っていたと思っているの」
「恐怖、かな」
 淡々と返す櫂斗は弱っているはずなのにどこか余裕そうだ。
「君は朝まで僕を弱らせることができると思っているのかな」
「は?」
「君の体には僕の血が入っているし、僕の体にも君の血が入っている。
 そして、僕らだけは時間の感覚が違う。
 朝なんて秒だ。でも、君は僕を無くした時、頼れる人がいなくなる」
 意味のわからないことを言う。
 何を言いたいのだろうか?と璃美は思う。
「僕は君に一人になってほしくない」
「どういうことよ!」
「僕は他の吸血鬼の8倍生きていた。
 君と僕は今他の吸血鬼の4倍のものと化している」
「それが何」
「これから先待っている君のことを考えているんだよ。
 殺してもいい。
 好きにしてほしい。
 でも、君には僕のつらさを感じて欲しくない」
 何を言っているんだろうこの男は。命乞いなのだろうか。
「君は僕の血を飲んだ。
 だから君はもっと辛い思いをするだろう。
 だから待ってほしい」
「待つ、何を」
「そろそろなんだ」
「今なんだ。 もうすぐなんだ」
「だから何--」
 瞬間だった。駆け巡ったのは、謎の記憶。
 私の知らないもの。知らない。こんな記憶私にはない。
 親のイメージが全然違う。私の知っている状況じゃない。
「ナニコレ」
「それはね、君の本当の記憶だよ」
 櫂斗は起き上がる。
 すると、璃美を抱き寄せて、頭を愛おしげに撫でる。
「だからだめだと言ったんだよ」
「どう言うこと、この人たち誰」
 フラッシュバックするものたちが怖い。
「助けて、誰、怖い。 
 誰、いや。
 お兄ちゃん助けて」
「隣にいる。必ずいるよ」
 抱きしめる櫂斗は言った。泣く姿を見たくなかった。
「いなくなってごめんね。
 大丈夫、いるから」
 空から降ってくるみたいだった。力強くも綺麗な声は、月みたいだった。
 これは私の本当の過去なのだろうか。
 そう思い、璃美は目を閉じた。
✳︎
 これは本当の私の記憶か分からないが、過去の叔母の対応を思い出すと少し辻褄が合う。
 叔母は養子に入れてくれたわけだが、その理由があの二人の苗字を持っているのは辛いだろうと言う理由だった。
 叔母夫婦は私に親身だったし優しかった。
 これは幼少期だろうか、流れ込んでくる情報が多すぎて、自分でも分からない。父が私をつかみ上げ、容赦なく殴ってきている様子だ。
「お父さん、やだ!
 痛いっ!
 助けてお母さ……あ、うう……」
「あら、いいじゃない。
 私たちの子なんだからどんな風に扱ったって」
「君に理解があって助かるよ」
 時間は流れていき、私は無口なひとりぼっちの子供だった。
 体は見えないところに傷がたくさんあった。
 多分10歳だろう、夜、公園で遊んでいた。家に帰るのが怖かった。
「ねえ、お嬢さん。
 こんな時間にどうしたの?」
「……誰?」
「僕はね、吸血鬼だよ。
 こんな時間に歩いていると僕みたいなのに見つかって、危ないよ」
 月みたいな声そう思った。
 月明かりに照らされて、赤い髪の毛が、キラキラと煌めいて、赤い月みたいだった。少し長めの髪の毛が風でふわっと浮き上がり、瞳が見えた。
 赤色。
「綺麗……」
 私は臆病ながら、お兄さんの顔に手を伸ばした。
「危ないよ。
 だめだよ」
「そう言ってる人、危なくないと思うの」
 私は綺麗な白い頬に手を当てた。そうすると、お兄さんの手が私にかかった。
 冷たい。でも、なんだか温かい。
「どうして、家に帰らないの?
 親は心配しないの?」
「……」
「言えない?」
 お兄さんは何かを察したように、私のお腹辺りに手を当てた。
 ずっと痛かった痛みが和らぐのを感じた。
 少しめくって見ると、アザが消えて無くなっていた。
「なんで?」
「魔法みたいなものだよ。
 たまにおいで、僕が助けてあげるから
 気をつけてお帰り、僕はまたここにいるから」
「……」
「帰りたくない?」
「頑張る。
 お兄さんまたここいる?」
 私が不安げに見上げると、お兄さんはにっこりと笑って私の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。
 明日もおいで。 待ってるから。
 夕方くらいからいるから」
「分かった……」
 印象は優しい吸血鬼のお兄さんだった。
 そこから家族からの虐待とお兄さんの治療が始まった。
 毎日毎日行われるこの行為で、私は気づいたら好きになっていたのかもしれない。
 お兄さんに会うと、忘れていた笑顔が出たし、いつも優しくされていた。
「ところでさ、普段なんて呼ばれているの?」
「紗羅だよ」
「紗羅?」
「そう、あとはお前」
「お前はやだなあ、紗羅ちゃんって呼ぶね」
 それから長い月日がすぎ、14歳になった。お兄さんの部屋に入り浸ったりすることもあった。
 多感な時期で、緊張したがお兄さんの前だと何も緊張がなかった。
 こじんまりとした部屋に少ない荷物。
 帰宅するために、お兄さんが危ないからついてきてくれた。
 私とお兄さんがあっているところを母親に見つかった。
「お前、言ったわけ?」
 母は私にそう言った。
 私を引っ掴んで、家に引きずっていく。
 お兄さんの方を見ると、堪え難そうな顔をした。
 家に入るなりビンタされた。
「で、言ったわけ?」
「……言ってない」
「ふうん、彼氏ってやつ?」
「違う。仲良くしているだけ」
 その瞬間、今働くのをやめている父親が私に殴りかかった。
「嘘ついてんな」
「助けて!」
 名前も知らないお兄さん。お兄さん、こんな家族いらない助けて。助けて。
 助けて、お願いだから幸せな時間を頂戴。
 バン
「そうやってるわけですね」
 お兄さんはどうやってきたか分からないが、ドアが開いた。
「いいよ、助けてあげる」
「は?」
 母親は怪訝そうにしていた。
 するとナイフを取り出して、母親を2度3度頸動脈を刺した。
「は? お前何して……!」
 父親を同じようにはいかず暴れるため、何度も刺していた。
 私は絶句して、状況を見ていた。
 心配そうな顔をする血まみれのお兄さんが言った。
「君の過去を幸せに変えたくないかい?」
「そんなことできるの?」
「僕は変わった吸血鬼でね。
 血を交換しても何も抵抗がないんだよ」
「血の……交換?」
 不思議そうな顔をすると細かく説明をしてくれた。
「血の交換というのはね、君を吸血鬼にするものなんだけど、僕の寿命の半分を上げることでできる。
 君の記憶の改竄も同時にできるんだ」
「そうなの?」
「幸せになりたいよね?」
「なれるの?」
 そして、私は首筋をお兄さんに差し出した。感覚はわからないが倒れる直前でやめてくれた。
「王族の血よりもよっぽど美味しいな」
 呟いたのが聞こえた。
「君も吸血鬼になっているから、血を飲んで、僕が吸ってた分だけ吸えばいいから」
 そして私はお兄さんの首筋に上手くできるかわからなかったから強く噛んで血を吸った。
 すると、だんだんと気が遠くなっていくのを感じた。
「隣にいるよ。必ずいるよ
 形は変わってしまうけれど」
そうして璃美は目が覚めた。
「どちらが本当かわからない」
そう言うと、璃美は不安を感じながら寝ていた布団を出て、緋樹の元へと向かったのだった。