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ep.87 途絶えた記憶と断片

ー/ー



「そして、私は結九里に向かいました。けど、その辺りから記憶に靄が掛ったように曖昧になるのです」

 霧が掛かり、それは濃霧の様に視界と脳内を蝕んでいく。結局、結九里に辿り着いたという事実も確認できず、そのまま気を失ってしまったという話だった。
 タクミという名前の男性については薄っすらと覚えていた。道中どこを歩いていたのか、散り散りになったような記憶の断片。途切れ途切れではあるが、消え入りそうな意識はあったという。

 しかし、これについてはちゃんとした原因について説明できるという。
 恐らくは魔獣(マインドイーター)の仕業。断定はできないものの、同じように連れてこられた女性も、同じような証言をしていたのを見るにほぼ間違いはないだろう。
 クラマは結九里に向かう途中で、その魔獣(マインドイーター)に取り込まれて意識を一時的に奪われてしまったのだろうと結論づけた。

「スイセイの魔獣(マインドイーター)? スイセイってあの水星? そんなでっかい魔獣(マインドイーター)がいたの、クラマちゃん?」

「いえ、水星ではなく水性ですよ、千寿流ちゃん。わかり易く言うと水で出来た魔獣(マインドイーター)ってことです」

 水性の魔獣(マインドイーター)。それはとても歪な命を体現した存在だった。人と交わり、意思疎通という意味で会話もできる、知能を持った稀有な例だった。

「お嬢様、私が出てから何か館のほうで、変わったことや気になったことなどはありませんでしたでしょうか?」

「うー んー たぶん なにもなかった とおもうよ?」

「……」

 クラマはシャルの様子を改めて見て、開いた口が塞がらないといった表情だった。
 少し離れていた夜深は今更?と呆れた顔をしていたが、変化よりも再会できた嬉しさのほうが勝っていたのだろう。

「あの、お嬢様。その申し上げにくいのですが、何か変わったものなどは口にされていないでしょうか? 私の知っているお嬢様とは、その、あまりにも……」

 その先の言葉を濁すクラマ。とても“違う”などとは口に出来なかった。だって、目の前にいるのはシャルそのものだったから。もしかしたらこれも何か魔獣(マインドイーター)異能(アクト)のせいかもしれない。
 この世界には説明を付けることのできない事柄も多い。千寿流たちの顔を見るに、恐らく彼女らにもこうなった原因は分からないのだろう。なら、今はシャルが早く元に戻ってくれるのを期待して待つしかないのかもしれない。

「で、クラマちゃん。水性の魔獣(マインドイーター)に襲われたっていう話だけど、それからどういった経緯でこの地下水道に?」

「意識が無いのではっきりとは断言できませんが、私は水性の魔獣(マインドイーター)に捕らえられたのでしょう。気が付いたらこの大口(おーく)の地下に幽閉されていました。もう助からないかもしれない。そう思った矢先、そちらの来希様に助けていただいたのです」

「そちらのってどちらの?」

「へ?」

 きょとんとするクラマ。改めてお礼と紹介をしようと、来希を探して辺りを見回してみるもどこにもいなかった。

「おかしいですね。来希様、お手洗いなどで席を外されているのでしょうか?」

「ああ、うん。さっきの帽子を被った子なら横浜行ってくるって言ってたから、てっきりトイレのことかと思ってスルーしちゃったけど、あれ本当に横浜に行くって意味だったのかな?」

「夜深ちゃん、どういうこと? 横浜がおトイレなの?」

 疑問を持った千寿流が問いかける。
 夜深の話によると横浜市の市外局番は〇四五、オシッコの語呂合わせであり、これは昔飲食業界で使われていた隠語らしい。
 当然だが今横浜という都市は壊滅に近い状態だ。そんな事態でなくともそもそもそんな言葉は浸透していない。ましてや一女学生の来希がそんな言葉を知っているとも思えない。
 つまり、そのまま横浜に行くという意味合いでとって間違いないだろう。

「今から追いかければまだ追いつけますよね! 私、行ってきます!」

 クラマはそう言うと入口に続く梯子のある方向へと走り去ってしまった。
 千寿流たちは追いかけなきゃと夜深のズボンを掴むが、「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」と言いながらぽんと頭に手を置いた。

 暫くすると夜深の言う通りに、クラマが落ち込んだ様子でとぼとぼ歩いて戻ってくる。

「上に戻る梯子が壊されていました。来希様はどうやって上まで登られたのでしょうか? 来希様は銀学の生徒、もしかして魔装の中には梯子のようなものを作り出す便利なものが。それか異能(アクト)。いや、それよりも上に上がるためのロープを持っていたと考えるのが普通でしょうか」

 なにやら来希がこの地下から脱出した方法について、ぼそぼそと独り言を展開するクラマ。どうやら必要以上に考え込んでしまうタイプの子のようだった。


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次のエピソードへ進む ep.88 ぽわぽわクラマ


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「そして、私は結九里に向かいました。けど、その辺りから記憶に靄が掛ったように曖昧になるのです」
 霧が掛かり、それは濃霧の様に視界と脳内を蝕んでいく。結局、結九里に辿り着いたという事実も確認できず、そのまま気を失ってしまったという話だった。
 タクミという名前の男性については薄っすらと覚えていた。道中どこを歩いていたのか、散り散りになったような記憶の断片。途切れ途切れではあるが、消え入りそうな意識はあったという。
 しかし、これについてはちゃんとした原因について説明できるという。
 恐らくは|魔獣《マインドイーター》の仕業。断定はできないものの、同じように連れてこられた女性も、同じような証言をしていたのを見るにほぼ間違いはないだろう。
 クラマは結九里に向かう途中で、その|魔獣《マインドイーター》に取り込まれて意識を一時的に奪われてしまったのだろうと結論づけた。
「スイセイの|魔獣《マインドイーター》? スイセイってあの水星? そんなでっかい|魔獣《マインドイーター》がいたの、クラマちゃん?」
「いえ、水星ではなく水性ですよ、千寿流ちゃん。わかり易く言うと水で出来た|魔獣《マインドイーター》ってことです」
 水性の|魔獣《マインドイーター》。それはとても歪な命を体現した存在だった。人と交わり、意思疎通という意味で会話もできる、知能を持った稀有な例だった。
「お嬢様、私が出てから何か館のほうで、変わったことや気になったことなどはありませんでしたでしょうか?」
「うー んー たぶん なにもなかった とおもうよ?」
「……」
 クラマはシャルの様子を改めて見て、開いた口が塞がらないといった表情だった。
 少し離れていた夜深は今更?と呆れた顔をしていたが、変化よりも再会できた嬉しさのほうが勝っていたのだろう。
「あの、お嬢様。その申し上げにくいのですが、何か変わったものなどは口にされていないでしょうか? 私の知っているお嬢様とは、その、あまりにも……」
 その先の言葉を濁すクラマ。とても“違う”などとは口に出来なかった。だって、目の前にいるのはシャルそのものだったから。もしかしたらこれも何か|魔獣《マインドイーター》や|異能《アクト》のせいかもしれない。
 この世界には説明を付けることのできない事柄も多い。千寿流たちの顔を見るに、恐らく彼女らにもこうなった原因は分からないのだろう。なら、今はシャルが早く元に戻ってくれるのを期待して待つしかないのかもしれない。
「で、クラマちゃん。水性の|魔獣《マインドイーター》に襲われたっていう話だけど、それからどういった経緯でこの地下水道に?」
「意識が無いのではっきりとは断言できませんが、私は水性の|魔獣《マインドイーター》に捕らえられたのでしょう。気が付いたらこの|大口《おーく》の地下に幽閉されていました。もう助からないかもしれない。そう思った矢先、そちらの来希様に助けていただいたのです」
「そちらのってどちらの?」
「へ?」
 きょとんとするクラマ。改めてお礼と紹介をしようと、来希を探して辺りを見回してみるもどこにもいなかった。
「おかしいですね。来希様、お手洗いなどで席を外されているのでしょうか?」
「ああ、うん。さっきの帽子を被った子なら横浜行ってくるって言ってたから、てっきりトイレのことかと思ってスルーしちゃったけど、あれ本当に横浜に行くって意味だったのかな?」
「夜深ちゃん、どういうこと? 横浜がおトイレなの?」
 疑問を持った千寿流が問いかける。
 夜深の話によると横浜市の市外局番は〇四五、オシッコの語呂合わせであり、これは昔飲食業界で使われていた隠語らしい。
 当然だが今横浜という都市は壊滅に近い状態だ。そんな事態でなくともそもそもそんな言葉は浸透していない。ましてや一女学生の来希がそんな言葉を知っているとも思えない。
 つまり、そのまま横浜に行くという意味合いでとって間違いないだろう。
「今から追いかければまだ追いつけますよね! 私、行ってきます!」
 クラマはそう言うと入口に続く梯子のある方向へと走り去ってしまった。
 千寿流たちは追いかけなきゃと夜深のズボンを掴むが、「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」と言いながらぽんと頭に手を置いた。
 暫くすると夜深の言う通りに、クラマが落ち込んだ様子でとぼとぼ歩いて戻ってくる。
「上に戻る梯子が壊されていました。来希様はどうやって上まで登られたのでしょうか? 来希様は銀学の生徒、もしかして魔装の中には梯子のようなものを作り出す便利なものが。それか|異能《アクト》。いや、それよりも上に上がるためのロープを持っていたと考えるのが普通でしょうか」
 なにやら来希がこの地下から脱出した方法について、ぼそぼそと独り言を展開するクラマ。どうやら必要以上に考え込んでしまうタイプの子のようだった。