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ep.88 ぽわぽわクラマ

ー/ー



「まあ、あの銀学の子のこともあるけど、とりあえずは上に出てから考えようか。あ、クラマちゃん、勝手に追いかけようとしちゃだめだよ。まだ、外に何があるかわからないんだから。それにシャルちゃんたちの気持ちも考えてあげてよ」

「そう、ですね。申し訳ございません」

 クラマはそう頭を下げて謝った後、シャルと千寿流の顔を見た。
 シャルは笑顔だった。彼女はクラマがどこにいるか分からなかったから不安なだけだった。
 こうして会えたからもう心配はない。クラマがしたいと思うことまで縛り付ける気はなかった。一言お礼を言いたいのであれば、来希のもとまで行ってくればいいとも考えていた。
 反対に千寿流は口元に手を当てて不安そうな顔をしていた。こうしてやっと会えたクラマがまたどこかに行ってしまうかもしれない。そんなことを思っているような、泣きそうな顔。
 両者の表情は全くと言っていいほど正反対のものだったが、クラマには自身のことを考えてくれているのが一目で伝わった。

「けどさ、彼女がこの場から何も言わずにいなくなっちゃった理由、なんだと思うクラマちゃん? 君は僕たちよりも彼女と一緒にいた時間が少なからず長いでしょ」

 クラマは考え込む仕草を取る。その表情を見るに何か思うことがあるようだった。

「私もそこまで言葉は交わせていませんので、どういった思惑かは分かりかねます。けれど、もしかしたら、あの水性の魔獣(マインドイーター)はまだ消滅しておらず、来希様はそれを追いかけてこの場を後にした。そうは考えられませんか?」

「なるほどね、彼女がどこかからこの大口(おーく)魔獣(マインドイーター)が潜んでいると噂を聞きつけた魔獣狩り(ハンター)ということなら納得が行く話だ。それにしたって同業者じゃないんだからひと言くらい言っていけばいいのにとは思うけど」

 けど、少しだけ引っかかる。
 仮に彼女が学生と魔獣狩り(ハンター)を両立しているとしよう。しかし、そうすると疑問が一つ浮かぶのだ。
 魔獣狩り(ハンター)に依頼を斡旋しているギルドは適材適所、つまり、力量に合った仕事が割り振られるはずだ。いくら“あの銀学”の生徒とはいえ、一介の学生に危険な大口への討伐依頼を出すとは考えにくかった。
 ただ、人は見かけによらない。彼女が束になった大人がすくみ上る様な異能(アクト)を持っていたとすれば最低限の納得は出来る。

(僕の考えすぎ。修羅場をいくつも潜っているのであれば別におかしなことではない、か)

「正直なところ来希様がなぜこのような場所に訪れられたのか、私にもわかりませんでした。けど、彼女が魔獣狩り(ハンター)だったのであれば全ての疑問が解決できます! そうですよね、夜深様!」

 一つの疑問に答えが出たところで、地下水道に入ってきた入口の真下に辿り着く。

「けど、一体どうやって上がれば……」

 ちらりとクラマが横に目線をやると、千寿流とシャルはにこにこした顔でクラマを見ていた。まるで自分だけが理解出来ていないと言わんばかりのいたずらっ子っぽい笑みだ。

「君たち、クラマちゃんに抱きついてなよ。そのほうが安全だからさ」

「わっ」

 夜深がそう言うと千寿流とシャルがクラマにギュッと抱きついた。突然の抱擁に驚きはしつつも顔を綻ばせるクラマ。とろけた様な何とも幸せそうな顔だった。

ep.88 ぽわぽわクラマ

「やれやれ、夜潜(やせん) 千手夜行(せんじゅやこう)

 夜深がそう呟く異能(アクト)を顕現させると同時に一行を乗せた床が丸くえぐり取られ、黒い腕に押し上げられる。

「わわっ!? き、急に床が!?」

 上昇し続ける床は高度を上げ続けやがて地上まで一行を運んだ。
 驚きつつも二人が振り落とされないようにしっかりと抱きかかえる。不測の事態に対してのそれなりの状況対応、判断力がある。夜深はクラマをそう評価した。

 地上に上がり、腰を落ち着ける場所で小休止を取る。
 気が張り続けていたせいでしばらく食欲は全く湧かなかったが、こうしてゆっくりと外の空気を吸うと、長時間なにも口にしていなかった体が求める様に音を鳴らす。

「えひひひ、お腹空いたね。みんな、ご飯にしない?」

「そうですね、簡単な持ち合わせしかありませんが、魔獣(マインドイーター)が残していった食料がいくつかあるので、それと合わせて軽食程度でしたらすぐにご用意できますよ」

「ええ、魔獣(マインドイーター)が残していった食料って。何か毒とかが入ってるんじゃない? それか魔獣(マインドイーター)の体液とか。僕、好き嫌いはないけど、流石にゲテモノ食いの趣味はないんだけどなあ」

「いえ、そんなことは。ちゃんと人間用ですよ? それに私も何度も口に入れたものですし。それにあの魔獣(マインドイーター)には人を害そうとか、そういった目的は感じられませんでした」

 確かにクラマの言うとおりだ。彼女たちは囚われていたのである。人一人を捕らえておくだけでも大きなリスクを背負うというのに、それを複数人というのだからそれなりの理由があるのだろう。
 匿う、人質、貯食。理由はいろいろと考えられるが、せっかくリスクを背負って捕らえたというのに毒殺をするという可能性は少ないと思った。
 魔獣(マインドイーター)の中には人間との関係を逆転、すなわち征服したいという考えを持つ者がいるかもしれない。その場合、食料の中に薬などを仕込んでおいてじわじわと洗脳していく、という可能性はあるものの、クラマには特に異変は見られない。
 分かりやすく隙を見せてみたが、奇襲されることはなかった。その可能性も低いだろう。
 結論を出すには早い。ひとまずは様子見といったところか。


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「まあ、あの銀学の子のこともあるけど、とりあえずは上に出てから考えようか。あ、クラマちゃん、勝手に追いかけようとしちゃだめだよ。まだ、外に何があるかわからないんだから。それにシャルちゃんたちの気持ちも考えてあげてよ」
「そう、ですね。申し訳ございません」
 クラマはそう頭を下げて謝った後、シャルと千寿流の顔を見た。
 シャルは笑顔だった。彼女はクラマがどこにいるか分からなかったから不安なだけだった。
 こうして会えたからもう心配はない。クラマがしたいと思うことまで縛り付ける気はなかった。一言お礼を言いたいのであれば、来希のもとまで行ってくればいいとも考えていた。
 反対に千寿流は口元に手を当てて不安そうな顔をしていた。こうしてやっと会えたクラマがまたどこかに行ってしまうかもしれない。そんなことを思っているような、泣きそうな顔。
 両者の表情は全くと言っていいほど正反対のものだったが、クラマには自身のことを考えてくれているのが一目で伝わった。
「けどさ、彼女がこの場から何も言わずにいなくなっちゃった理由、なんだと思うクラマちゃん? 君は僕たちよりも彼女と一緒にいた時間が少なからず長いでしょ」
 クラマは考え込む仕草を取る。その表情を見るに何か思うことがあるようだった。
「私もそこまで言葉は交わせていませんので、どういった思惑かは分かりかねます。けれど、もしかしたら、あの水性の|魔獣《マインドイーター》はまだ消滅しておらず、来希様はそれを追いかけてこの場を後にした。そうは考えられませんか?」
「なるほどね、彼女がどこかからこの|大口《おーく》に|魔獣《マインドイーター》が潜んでいると噂を聞きつけた|魔獣狩り《ハンター》ということなら納得が行く話だ。それにしたって同業者じゃないんだからひと言くらい言っていけばいいのにとは思うけど」
 けど、少しだけ引っかかる。
 仮に彼女が学生と|魔獣狩り《ハンター》を両立しているとしよう。しかし、そうすると疑問が一つ浮かぶのだ。
 |魔獣狩り《ハンター》に依頼を斡旋しているギルドは適材適所、つまり、力量に合った仕事が割り振られるはずだ。いくら“あの銀学”の生徒とはいえ、一介の学生に危険な大口への討伐依頼を出すとは考えにくかった。
 ただ、人は見かけによらない。彼女が束になった大人がすくみ上る様な|異能《アクト》を持っていたとすれば最低限の納得は出来る。
(僕の考えすぎ。修羅場をいくつも潜っているのであれば別におかしなことではない、か)
「正直なところ来希様がなぜこのような場所に訪れられたのか、私にもわかりませんでした。けど、彼女が|魔獣狩り《ハンター》だったのであれば全ての疑問が解決できます! そうですよね、夜深様!」
 一つの疑問に答えが出たところで、地下水道に入ってきた入口の真下に辿り着く。
「けど、一体どうやって上がれば……」
 ちらりとクラマが横に目線をやると、千寿流とシャルはにこにこした顔でクラマを見ていた。まるで自分だけが理解出来ていないと言わんばかりのいたずらっ子っぽい笑みだ。
「君たち、クラマちゃんに抱きついてなよ。そのほうが安全だからさ」
「わっ」
 夜深がそう言うと千寿流とシャルがクラマにギュッと抱きついた。突然の抱擁に驚きはしつつも顔を綻ばせるクラマ。とろけた様な何とも幸せそうな顔だった。
「やれやれ、|夜潜《やせん》 |千手夜行《せんじゅやこう》」
 夜深がそう呟く|異能《アクト》を顕現させると同時に一行を乗せた床が丸くえぐり取られ、黒い腕に押し上げられる。
「わわっ!? き、急に床が!?」
 上昇し続ける床は高度を上げ続けやがて地上まで一行を運んだ。
 驚きつつも二人が振り落とされないようにしっかりと抱きかかえる。不測の事態に対してのそれなりの状況対応、判断力がある。夜深はクラマをそう評価した。
 地上に上がり、腰を落ち着ける場所で小休止を取る。
 気が張り続けていたせいでしばらく食欲は全く湧かなかったが、こうしてゆっくりと外の空気を吸うと、長時間なにも口にしていなかった体が求める様に音を鳴らす。
「えひひひ、お腹空いたね。みんな、ご飯にしない?」
「そうですね、簡単な持ち合わせしかありませんが、|魔獣《マインドイーター》が残していった食料がいくつかあるので、それと合わせて軽食程度でしたらすぐにご用意できますよ」
「ええ、|魔獣《マインドイーター》が残していった食料って。何か毒とかが入ってるんじゃない? それか|魔獣《マインドイーター》の体液とか。僕、好き嫌いはないけど、流石にゲテモノ食いの趣味はないんだけどなあ」
「いえ、そんなことは。ちゃんと人間用ですよ? それに私も何度も口に入れたものですし。それにあの|魔獣《マインドイーター》には人を害そうとか、そういった目的は感じられませんでした」
 確かにクラマの言うとおりだ。彼女たちは囚われていたのである。人一人を捕らえておくだけでも大きなリスクを背負うというのに、それを複数人というのだからそれなりの理由があるのだろう。
 匿う、人質、貯食。理由はいろいろと考えられるが、せっかくリスクを背負って捕らえたというのに毒殺をするという可能性は少ないと思った。
 |魔獣《マインドイーター》の中には人間との関係を逆転、すなわち征服したいという考えを持つ者がいるかもしれない。その場合、食料の中に薬などを仕込んでおいてじわじわと洗脳していく、という可能性はあるものの、クラマには特に異変は見られない。
 分かりやすく隙を見せてみたが、奇襲されることはなかった。その可能性も低いだろう。
 結論を出すには早い。ひとまずは様子見といったところか。