15.そんなわけないじゃん
ー/ー 翠は顔を上げ、耐えきれないといった思いがそのまま声に出たのか、自分でコントロールしたよりも大きな声が出た。クラスメイトたち一斉にがふりかえり、翠は声のトーンを落とした。
「あのね、私はともかく、全然関係ない人間に自分たちのこと聞かれてる二人の気持ち考えなよ」
「聞かなきゃいいじゃん」
「聞こえるっつってんの。だいたい今授業中だし。そうやって日ごろから授業聞いてないから勉強がわからなくなるんじゃないの。そんなんだから、毎回テストの出来も、あんな感じなんじゃないの」
「は?」
「聞かなきゃいいじゃん」
「聞こえるっつってんの。だいたい今授業中だし。そうやって日ごろから授業聞いてないから勉強がわからなくなるんじゃないの。そんなんだから、毎回テストの出来も、あんな感じなんじゃないの」
「は?」
小声でありながら煽り立てるような翠の口調に、緋奈子が眉をひそめる。
「そんなくだらない話をわざわざ授業中にしてるくらいなら勉強しろって言ってんの」
「くだらないって……!」
「くだらないって……!」
翠のひとことに緋奈子は声を荒げた。
「べつにさあ、遊びで話してるんじゃないんだよ。真剣に話してるの、こっちだって。ふざけて彼氏とか彼女とかやってる翠にはどうせわかんないだろうけど!」
緋奈子が言い放った瞬間、翠は立ち上がった。ふたたびクラスメイトの視線が集まると同時に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。翠は教室を出た。
(ああ)
なんだか、このまえからぜんぶぐちゃぐちゃだ。
黒田のこととか、紫に言われたこととか。前から思っていたり、気にしていたことではあったけど、彼らに言われたことで内に溜まっていた黒々としたものが噴き出してくるような感じがする。
黒田のこととか、紫に言われたこととか。前から思っていたり、気にしていたことではあったけど、彼らに言われたことで内に溜まっていた黒々としたものが噴き出してくるような感じがする。
正直、将来とか結婚とか、そういう、先のことを考えたことはない。あまりにも遠い未来のことすぎて、考えがおよばないというのも理由のひとつではあるが。でも、朱音のことは好きだし、一緒にいたいし、大切にしたいと思う。それじゃいけないんだろうか。
クラスのだれかと会いたくなくて、旧校舎側のトイレに入った。深いため息を吐く。クラスメイトと言い合いになろうがなんだろうが変わらず今日も六時間目まで授業はある。時間は進む。
翠は立ち上がった。
クラスのだれかと会いたくなくて、旧校舎側のトイレに入った。深いため息を吐く。クラスメイトと言い合いになろうがなんだろうが変わらず今日も六時間目まで授業はある。時間は進む。
翠は立ち上がった。
「あ」
トイレから出ると、ちょうど同じタイミングで男子トイレから白川が出てくるところだった。翠はぎこちなく一度合った目を逸らして、手洗い場の蛇口をひねった。
「…… 筒井さんらしくなかったね」
白川がなにげない様子で口に出し、翠は
「私らしいって?」
とたずねた。白川はうーんと少しだけ悩むようなしぐさを見せつつ手の水気を切った。
「周りとちがっても、自分は自分って割り切って、だれよりも自分らしくあろうとしてた。…… でも今日は、クラスメイトを注意するっていうよりはまるで、なにかの腹いせに八つ当たりしてるみたいに見えたよ」
なにかあった? とたずねてくる彼から、逃げるように視線を逸らしながら翠はハンドタオルで自分の手を拭いた。
「朱音とけんかした。それだけ」
端的に言って、口を挟まれないうちに続ける。
「八つ当たりしたのは本当にそうだし、反省してるからあとで謝っておく。心配してくれてありがとう」
「ぜいたくだよね、筒井さんは」
「ぜいたくだよね、筒井さんは」
そのまま急いで立ち去ろうとすると、白川が翠の背中に投げかけた。ふいにかけられた言葉に思わず立ち止まった翠のそばを、
「ごめん、これも八つ当たりだね」
と言って白川は通り過ぎていった。
翠と紫は生徒玄関でおたがいの顔を見るや、あ、とそろって声を上げた。先日のことがあるので一瞬気まずい雰囲気が漂ったが、なにぶん帰る場所が同じなのでそれぞれいつも通りをよそおって、一緒に校門を出た。一緒に帰っているとぎりぎりいえるような、そうでもないような距離で帰途についているとふと、紫が口を開く。
「授業中キレたんだって?」
「なんで知ってんの」
「竹田とかが話してた。一年のだれかがこっちまで回したんじゃない」
「盗み聞きですか。趣味悪い」
「趣味悪いのはわざわざこっちまで話を回しに来たあんたのクラスメイトでしょ。八つ当たりしないでくんない」
「なんで知ってんの」
「竹田とかが話してた。一年のだれかがこっちまで回したんじゃない」
「盗み聞きですか。趣味悪い」
「趣味悪いのはわざわざこっちまで話を回しに来たあんたのクラスメイトでしょ。八つ当たりしないでくんない」
そもそも普段から明るくにこやかにやりとりを交わしたことなどないが、日ごろの会話に険悪さなどみじんもなかった。
「一緒に帰る友達いないの」
「それはおたがいさまだし私の交友関係はあんたには関係ない」
「それはおたがいさまだし私の交友関係はあんたには関係ない」
苛立ちを姉にぶつける翠に紫はすっぱりと言い返し、「ていうか」と斜め後ろを歩いていた妹をふりかえる。
「そういえばこのまえ黒田くんが、あんたとあんたの好きな子のこと聞いてきたけど」
「ああ…… あの人、朱音のこと好きなんだって」
「ああ…… あの人、朱音のこと好きなんだって」
思ったよりもさらりとした翠の態度に、紫は「それだけ?」とたずねる。
「部活の先輩でしょ?」
「本当にね」
「本当にね」
翠がなにかを思い出したようにいらだった声を出すが、それは姉に向けられたものではない。
「朱音が私と付き合ってること先輩にばらしたから、先輩とも気まずい。どうせけんかの腹いせだと思うけど。…… 先輩、いい人なのに」
妹の言葉に、紫は「いい人ね」とつぶやいた。
「本当にそう思ってる?」
「…… どういう意味」
「黒田くんはその子が好きなんでしょ? だったら、仲良くなるためにいつも一緒にいて自分と部活も同じあんたに近づいて優しくして、外堀から埋めようとしてたのかもしれないじゃん」
「な……」
「…… どういう意味」
「黒田くんはその子が好きなんでしょ? だったら、仲良くなるためにいつも一緒にいて自分と部活も同じあんたに近づいて優しくして、外堀から埋めようとしてたのかもしれないじゃん」
「な……」
姉の言葉を聞くや、翠はあからさまに憤慨したような様子を見せた。
「そんな…… そんなわけないじゃん。先輩はそんな人じゃないし、部活で女子が私だけで肩身が狭いと思って気を遣ってくれてて、それで……」
それだけだ。それしか知らない。黒田にとって翠は部活の後輩に過ぎなくて、それすらもたぶん彼の姿のほんの、ほんの一部にすら満たない少しの部分でしかきっとなくて。
先輩が本当はどんなひとなのか、翠はまったく知らない。
先輩が本当はどんなひとなのか、翠はまったく知らない。
「じゃあね」
「…… どっか寄っていくの」
「ノートなくなったから、買ってくる」
「…… どっか寄っていくの」
「ノートなくなったから、買ってくる」
道の途中で方向転換した姉に問いかければ、彼女はそれだけ言って翠とは別の道を歩いていった。
空の家を見ると、いつも自分の家とは真逆だなと思う。空の家に限った話じゃなく、古い木造建築でない、引き戸以外のドアが玄関に取り付けられている家にはそう思う。
(…… 空は)
自分を利用していたのだろうか、と紫は思った。空がそうだと知ったときから考えていたことだ。空がそんな器用なやつじゃないのはわかっているけれど自分といるせいでクラスメイトたちから勘違いを受けたのは事実だし。それにもしそうだとして、なんとなく傷ついたような気もするがべつにそれでもいいような気もする。よくわからない。
紫はドアの前に立つとインターホンを押した。はい、と空の母親らしき女性の声が聞こえてくる。
紫はドアの前に立つとインターホンを押した。はい、と空の母親らしき女性の声が聞こえてくる。
「あの、空さんと同じクラスの筒井です。空さんに授業のプリントを届けに来ました」
要件を伝えるとすぐにドアが開いた。空の母親はとくに変わった様子などはなく、自然に紫を迎え入れてくれたように見えた。どうぞ、とうながされて二階に上がってすぐのところにある彼の部屋の前まで行った。母親は紫を部屋の前まで案内するとすぐに下がってしまった。
紫は空の部屋のドアの前に立って、ごくりと息をのんだ。まるで、目の前のドアが何十センチもある分厚い鉄扉のように感じる。ひとつ息を吐いて、おそるおそるドアをノックする。返事はない。
紫は空の部屋のドアの前に立って、ごくりと息をのんだ。まるで、目の前のドアが何十センチもある分厚い鉄扉のように感じる。ひとつ息を吐いて、おそるおそるドアをノックする。返事はない。
「…… 空、私。授業のプリント持ってきた」
しばらく待つが、やはり返事はない。
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