14.本気なの?
ー/ー「あたし、先輩と話したことないのになんでそんなこと思えるんですか? 同じクラスでもないし、あたしのことなにも知らないですよね。どうしてほとんどなにも知らない人に対してそんなこと思えるんですか? それって勘違いじゃないですか?」
矢継ぎ早に言われて、黒田はあっけにとられていた。朱音はもう、ほとんど八つ当たりするように黒田に言葉をぶつけていた。
「あたしそういう、見た目しか見てない人って本当に無理だし、好きな人がいるのでどっちにしろ先輩とは付き合えません。翠も知ってますよ、あたしに付き合ってる人がいるのは……。もしかして聞いてないんですか?」
本人の口からもたらされた情報に黒田の表情が変わって、朱音は今が好機とばかりに叩き込む。
「先輩と翠、最近よく話してるみたいって友達に聞いてたんですけど、知らないってことは先輩、翠に大して信頼されてないんですね」
もうじゅうぶんだろう。朱音は「帰って勉強しないとまずいので、さようなら」と告げると、踵を返した。
翠は放課から小一時間ほど経ってから、ようやく校門を出た。社会の問題集にある応用問題がどうしても解けなくて社会科の教師のところへ質問へ言っていたら、こんな時間になってしまった。
門を出てすぐの石垣に知った影を見つけ、翠は足を止めた。
「…… あ、翠。どうしたの?」
「どうって……」
「どうって……」
先輩こそ、と翠は聞き返す。下校時間をとっくに過ぎているのに校門前でぼんやりしているわけを問えば、黒田は「フラれちゃって」と答えた。
「…… え?」
「付き合ってる人がいるんだって、言ってたよ。翠も知ってるって。…… でさ、俺に翠の話ちゃんと聞かないで先走っちゃったなと思ってさ」
「付き合ってる人がいるんだって、言ってたよ。翠も知ってるって。…… でさ、俺に翠の話ちゃんと聞かないで先走っちゃったなと思ってさ」
あいつ、と翠は内心で歯ぎしりした。けんかの腹いせに違いない。
「…… すみません。その」
「いや、わかってるよ。翠、俺が傷つかないように気をつかってくれたんだよな」
「いや、わかってるよ。翠、俺が傷つかないように気をつかってくれたんだよな」
黒田は翠を安心させるように笑ってみせた。が、彼の表情はどこか悲しげにも見える。黒田は「でもさ」と続ける。
「翠も言ってくれたらよかったなと思って……。ほら、ふたりみたいな、そういうのって絶対大変だろうし、俺、ふたりの力になりたいからさ」
「…………」
「…………」
バレているのか、という驚きと、彼の言葉に対する違和感。翠のなかに落ちてきたのはそんなものだった。
絶対大変、なのか。
黒田の気持ちが、嬉しくないわけじゃない。善意からくる言葉であるのもわかる。でも、自分たちの、自分の朱音への気持ちというものは、そんなふうに特別視されるものなんだろうか?
黒田が親身になろうとしてくれているのが伝わってくるだけに、そういうの、という単語が、ひどく突き放されたものであるかのように翠は感じていた。
絶対大変、なのか。
黒田の気持ちが、嬉しくないわけじゃない。善意からくる言葉であるのもわかる。でも、自分たちの、自分の朱音への気持ちというものは、そんなふうに特別視されるものなんだろうか?
黒田が親身になろうとしてくれているのが伝わってくるだけに、そういうの、という単語が、ひどく突き放されたものであるかのように翠は感じていた。
「ねえ、ちょっと」
紫は自室の、廊下側でない、翠の部屋とつながっている方のふすまを開けるなりそう呼びかけた。
「廊下側から入ってきてよ」
「黒田くんに聞いたんだけど」
「黒田くんに聞いたんだけど」
翠の文句を無視して、紫は続ける。
「あんた、あの子のこと好きなの」
「…… だれ?」
「…… だれ?」
姉から普段は絶対にしない話を切り出され、翠は戸惑いがちに問いかける。
「いつも一緒にいる子。空の妹」
「ああ……」
「ああ……」
すぐに返ってきた答えに、翠はそんな声を出して後頭部をかいた。机の上で教科書を開いたまま、試験勉強に集中しているふりをする。
「そうだけど、それがなに?」
紫の声の調子がいつもの雑談とはまるで違うことを感じながら、翠はつとめていつも通りに、なんでもないことを話すかのように答えた。
「…… 本気なの?」
彼女らしくない。普段であれば、互いの事情に介入したりしないし、こんなふうに真剣な顔でなにかを話し合ったりはしない。いつもと違う姉に疑問を感じながらため息交じりにふりむくと、見たことのない、思いつめたような表情の姉がいた。
「簡単にほかのひとに気持ちが動いたりしないって意味なら、本気で付き合ってるつもりだけど」
紫が黙った。電源でも落ちたように静かになってしまった姉をけげんそうに見つめながら、翠は立ち上がる。せっかく集中していたところに話しかけられてやる気がそがれたので、休憩でもはさむことにする。
「…… 本気で、言ってるの?」
「だからそうだって――」
「傷つくよ、それじゃあ」
「だからそうだって――」
「傷つくよ、それじゃあ」
ふたたび同じことを問いかけてきた紫に少しだけいらついてふりかえると、彼女は言葉を重ねてきた。
「…… わかってるよ」
ぽつりと言って、翠は部屋を出た。タンとふすまが閉じられる音がして、紫ははっと我に返った。
「あ……」
数秒のタイムラグがあって、自分がなにをしたのかを知る。階段を下りていった妹の後を追おうと足を動かそうとするが、体がついてゆかない。
だって、なにを言えばいい?
傷つけるつもりはなかった?
ほんとうはそんなこと思っていない?
あんなことを言ってしまって反省している?
傷つけるつもりはなかった?
ほんとうはそんなこと思っていない?
あんなことを言ってしまって反省している?
どれもかえって妹を傷つけてしまう気がした。紫はとぼとぼと自分の机に戻ると、ため息を吐きつつ椅子に腰を下ろした。試験はもう明後日まで迫っている。空はあれから学校に来ていないが、勉強はちゃんとしているんだろうか。そもそも、テストを受けに来るつもりはあるんだろうか。ひょっとすると、もう学校に来るつもりはないのかも……。
いやな考えが脳裏をよぎって、紫は後頭部をかきむしった。頭を抱え込むようにして少し考え込んだあと、ルーズリーフを取り出した。
いやな考えが脳裏をよぎって、紫は後頭部をかきむしった。頭を抱え込むようにして少し考え込んだあと、ルーズリーフを取り出した。
「なんで? 佑人、桃香のこと好きなんじゃないの?」
試験前ということで自習となった教室内は、ほんの少しだけ騒がしい。お互いに教え合ったり、問題を出し合ったりしている生徒がいるからだ。けれどなかには、勉強とはまったく関係のない話をする者も、若干名。
「好きじゃない…… ことは、ないけどさ」
緋奈子よりもいくらか控えめな声で佑人が答える。佑人の机の上には一応教科書が開かれているが、緋奈子の机上では開かれてすらいない。
「だったらさあ、もう……」
先ほどからなされているのは、どうも隣のクラスの女子、桃香に対する佑人の進退の話のようで、翠にはみじんも関係のない話なだけに耳に入るのが気に障る。無関係な自分が、こんな話を聞いていてもいいものだろうか。いや、あまり良くはないだろう。緋奈子は友人のことを想うと熱が入るのか、どんどん声が大きくなってしまっている。
「緋奈子。声、大きい」
聞こえてるからと釘をさすと一時は声が止むが、しばらくするとまた話しはじめる。話題は変わっていない。
「うるさいってば」
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