51.心の在処、闇に沈みゆく
ー/ー 町の食堂も、酒場も、ギルド支部内も……ある話題で持ちきりだった。
天変地異、開戦の狼煙、魔族の悪戯……様々な憶測が行き交う。だが、そんな話題で盛り上がるのだから、誰ひとりとして、恐怖に怯え臆し、震えている者はいない。
大きな戦いに備え、目に見えた対抗策ができ始めているからこそなのだろう、おのれが持つ力を自慢し、依頼の成果を高々と掲げ笑う。ただの自慢話ではあるが、抗うすべを持たない民は期待し、尊敬し、思いを託して笑い合っている。
小さなテーブル、ひとつを除いて。
「辛気くさいヨアダルくん」
数時間前に注文した酒の入ったグラスを手で包み、すっかり氷も溶けてぬるくなってしまった中身をじっと見つめ、黙ったまま。
何杯もグラスを溜めているファインとは正反対だった。
「おかわり頼むけどアダルくんは?」
「……結構です」
「まーた敬語だ」
アダルヘルムの返事の仕方にムットするファイン。テーブルに両肘をつけ、ジトッと睨む。
「ゼン呼ぶ?」
「やめてくれ」
「あらま、即答?……ゼン泣いちゃうヨ?」
「彼はそんなもの、持ち合わせてはいないでしょう」
珍しく酒場に誘ったのはファインだった。
角を隠し、人として入店し、口に合わない酒をアダルヘルムと楽しもうと。量ではなく、ゼン好みの酒を。
「君は本当にそう思う?」
程よい酔いが回っているのだろう、とろんとした瞳でグラスを転がすファイン。
「あれが本当のゼン……そう思う?」
「ファイン殿?」
「やっとこっち向いた」
ニコッと笑って覗き込む。アダルヘルムは艷やかな色気を見せるファインに、不覚にもドキッとしてしまい、頬を染めた。中性的な美しさは、例え魔族でありながらも、性別を越えて魅了させてしまうようだ。
「ボク、今はこんな感じだけどしっかり魔王してたんだヨ」
「……今は、本当に……こんな風に……私も酒の席を共にするとは思っていなかった」
「ほんとにそーだよね!ボクも思って無かった!」
元気の良い声を上げ、そのままの勢いで店員に注文をし、アダルヘルムに向き直るファイン。
「本当に、人らしくなっ――」
「アダルくんは、どっちが本当のボクだと思う?」
「え……」
「アダルくんは、どっちのボクが好きで、嫌い?」
運ばれてきた新しいグラスに口をつけながら、問う。
「正直に言って良いヨ?」
ヒビが入りそうなくらい、強い力でグラスを握り、少し唸って口を開くアダルヘルム。
「魔王である頃は……この世界に生きる皆が思うように、憎く、恐怖の存在であった。だが……だが……――」
それは、好き嫌いで測れるものではない、存在そのものに対しての印象。そうであらなければならないとしていた事なだけだと……旅を、たまの日常を、共に過ごすにつれ気づいたこと。
「そういう事、じゃない?」
「そ……?どういう……?」
「どっちも、ボクってこと」
ふっと柔らかく笑うファイン。
「ぶっちゃけちゃえば、今ここにいるボクが自然体で素のボクではあるけど、魔王である事を選んだのもボクなんだから、どっちもボクである事には変わりない」
「どちらも……」
「どんな時のゼンも、ゼンである事には変わりはない」
思い出す。今まで、今日までの歩みを。
「君は人間だ。そのすべてを受け入れる為の確たる理由が、真実が必要なのであらば……ちゃんとお話してこなきゃダメだヨ?ゼンもアダルくんも、お話大好きなんだから、ネ?」
魔王である事を垣間見せるよあな口調を挟み、ウィンクをするファイン。
さらに迷わせるだけの甘い言葉かもしれないが、今のアダルヘルムには、相手が魔族で、魔王である真実を持っていても関係なく、心に刺さる言葉になった。
「「魔族のくせに人を語るな」……結構傷ついたし、今の話ももし聞かれてたらまた怒られちゃうんだろうけど」
「私は怒りはしないし、ゼンに言いつけたりもしない。ファイン殿……ありがとう」
「お礼はひと晩ベッドを共にする……ってのはどう?」
「まだ狙っていたのか……ここの会計は私持ち、と言うことで手を打とう」
またしても、ファインの誘惑は失敗。プクッと頬を膨らませ、そっぽを向いてグラスに口をつけブツブツ文句を言っている。そんなファインを見て、微笑みながら、アダルヘルムもグラスを開け、店を出ていった。
「騙し、偽り……真実は……いってらっしゃいアダルくん」
チィンと小さく音が鳴る……置かれた空のグラスと、静かに乾杯をした。
*
*
*
*
ギルドだけでなく、【女神の泉】とその周辺の消失という出来事は衝撃を与えていた。
王都ケーニヒ――城内。
城下町も、王城も、その日に起きた大地を揺らす波紋の衝撃波の被害を大きく受けていた。
発生源が近かったことも、影響しているのだろう、直接的な『破壊』の対象は違っていたとはいえ、王都を囲む高く強固な石塀の一部は倒壊し、全体にはヒビが入っている。
「この際だから、私とティオの力で修復と強化をするのもいいかも……ね、ソウゴ」
「神の力を宿した強固なる壁……うん、いいと思う!」
「では、私とソウゴは城下の被害を確認しつつ、怪我人の治療と介抱に回りましょう。ふたりとも、頼みますね」
「……任せてくれたまえ!」
異変を察知し、王都に戻った勇者一行、二手に分かれ行動を始めた。
聖母の子ら討伐後、各地を見て回っている途中、世界が揺れたのを、しっかりと感じ取っていた勇者一行は、即座に王都に戻り、異常な光景を目にしていた。
「さぁ、私の声を聞いて……神よ、民を守る為の祝福をお授け下さい」
石壁に上り、水晶杖に祈りを込め掲げるセリハ。
「祈りに応え、我らをお守りください……」
続けてティオも祈り、魔力をセリハに捧げていく。
「……あれ……なんか、変ね」
世界を守る為にと、力を込めて作り出した守護障壁。その時の様な、莫大なエネルギーと魔力の消費をする訳では無いのだが、聖女として恥ずかしくない程度の仕事はしなければと、自分とティオだけの力ではなく、神にも助力をしてもらおうとしていた。
聖女として生まれ変わった際、神との繫がりも強固になっていたセリハはその変化に気が付く。
「ちょっとティオ……あなた、ちゃんと祈ってるの?」
「え、えぇ?僕のせいだというのかい?!」
繋がる力、自分に注がれ流れ込む神の力がプツプツと途切れていると言うセリハ。いつもなら、水が流れ込んで来るようにスムーズなのだと。
「ティオ〜……?」
「た、確かに僕は賢者信仰を尊ぶ神官ではあるけれど、神から授かった力を持っているというのに、神を尊ばないはずがないだろう?」
「うそ、ね」
杖を一旦しまい、腕を組んで仁王立ちをするセリハ。そして、両手をついて反論していたティオの指を、踏んだ。
「私、知ってるのよ?」
「っ!……なにを、だい?」
ふふんっと鼻を鳴らし、笑うセリハ。
「ティオ、あなた……私も、ソウゴも……神も、信じてないでしょ?」
「なにを根拠に……さっきも言ったけど、僕にも神から貰ったものがある。信じていないというのなら、とっくに取り上げられているんじゃないかい?」
「どうかしら……?なら、なぜ……あの瞬間に笑っていたの?」
宴のさなか、民と共に感じた波紋の力を感じた時……皆不安な顔をしていた。励ます声を掛けるソウゴに対して、ティオは座り込み、顔を伏せ……ある名を呟き笑っていた。
「ゼクスって……それがあなたの神なわけ?」
「あぁ……あの時、ね。得体のしれない異変だったのだから、命の恩人の心配をするのは当然だろう?それのどこがおかしいというんだい?」
「まぁ、いいわ……でもこのままじゃソウゴを不安にさせちゃう……嫌われちゃうかも……」
ソウゴの名を口にして、ほうっと吐息を漏らすセリハの姿に、ティオは彼女から見えないように蔑んだ笑みを浮かべる。
「あ、その指治さないからね?上るときにケガをしたって事にしてフォンゼル様にでも頼めばいいわ」
「はは、セリハは随分、意地悪になったね……そうするよ」
赤く腫れた指先を擦る。その目に光はなく、ただ思いを馳せ、枯れた大地をティオは見つめていた。
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