第222話 女神の領域

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 聖地コロナリアに辿り着く頃には日も暮れており、山間に見えるはずの世界樹(ユグドラシル)も影になっていてよくは見えなかった。
 それでもそこは多くの信者が集まってくるのか、中央にある広場に大きな祭壇が設けられ、ずらりと並んで祈りを捧げる光景があった。

 山奥ではないものの、大陸を進んでいった辺境の地。
 周囲を山々に囲まれた集落と呼ぶにはあまりにも栄えた場所だった。
 そんな様子にパエニアは、開拓が進む前のパエデロスを彷彿とさせたほど。

「ここから世界樹(ユグドラシル)までは馬車がなくて往復で七日掛かるみたいですね」
「片道三日半で、しかも野宿。そりゃあ行方不明者も出るだろうよ」

 宿の窓から外の景色を見下ろしながらパエニアが言う。
 このコロナリアに来るまでも船旅や馬車の乗り継ぎでくたびれて居る。
 それでもまだ道半ばという事実に、ため息をもらすばかりだ。

「つか、なんでお前と同じ部屋なんだよ!」
「え? だって宿は何処もいっぱいで部屋が取れなかったから……」
 何を今さら当たり前のことを聞くのだろう、というきょとんとした顔で言う。

 さすがは聖地といったところか。
 軒並み宿坊が並んでいながらどれもこれも埋まっていて、今の部屋も前の客が丁度チェックアウトしたばかりだったからたまたまとれたようなもの。
 運が悪ければ今夜は野宿だった可能性すらある。

「おまけに飯は不味いし! 草だらけじゃねえか!」
「私は結構好きでしたよ。精進料理というの」
 肉料理の一つもなかったことに大層不満なご様子だ。
 しかしそれとは別に、パエニアは不思議と不機嫌さを露にする。

 おそらく、大人の格好をしたミモザと同じ部屋で寝泊まりするからなのだろうが、当然のようにミモザはそれに気付く気配もない。

 ミモザからすれば、変身を解いてもろくなことがないことは既に分かっているのでとりあえず常時この格好のままでいるつもりの様だし、加えてパエニアとは年の差が倍以上開いているので意識してすらいなかった。

「……無理についてくる必要もなかったんですよ?」

 危険な旅路であることを、この宿の人にさえ散々煽られた後だった。
 道中でも観光旅行ならここでお祈りしてから帰るのが賢明だとまで言われた始末。
 パエニアの不機嫌っぷりは、そんな子供扱いされたことからきているのだと思ったミモザはふと、気遣うような口ぶりで言ってしまう。

「確かにここからの道は険しいですし、本当に命を落とすかもしれません。それでもパエニアくんはここまでついてきてくれました。それはどうしてですか?」
「そ、それは……」

 口ごもるパエニアに、ミモザは思い当たることがなかったわけではなかった。
 わざわざついてきたのはミモザ一人では危なっかしいからとしか言わなかったが、どうしてミモザについてきたのか、その理由は最初から別にあると思っていた。

「フィーさんのこと……、好きなんですよね?」

 ドストレートに突き付けられて、思わずパエニアは宿の窓から落ちそうになる。
 あたかも心臓を撃ち抜かれたかのような図星に、顔も真っ赤にさせるほど。

 もはや言い訳しようもないことだが、ミモザならば誤魔化せると思っていたのか、それとも強引に押し切ろうとでも思っていたのか。
 何にせよ、危険な旅路を行く理由になっていても、茨の道を歩かせる道理はない。

「だ、誰があんな高慢な芋娘……、す、好きになんか……」

 ミモザから目線を逸らしながら、しどろもどろに言う。
 さしものミモザもこの場で誤魔化されるつもりは毛頭なかった。
 徐にパエニアとの距離を詰めて、両手で顔をがっしり掴み、自分の方を向かせる。

 そして、姿に変身する。
 風でカーテンの揺れる中、月明かりが差し込む。

 薄闇の部屋に、パエニアともう一つの小さな影。
 月の如く美しき銀髪と、血の如く紅い瞳の令嬢が、不敵にニヤついた顔で言う。

「我のことが好きならばそう言ってしまえばよかろう。うじうじと溜め込んでる方が気味が悪くて仕方ないわ。ふははっはっは!」

 次の瞬間、パエニアの顔が真っ赤に膨れ上がり、ポンと破裂したような気がした。
 くらりとよろけて、ミモザの手を振り払うように退け、ベッドへと飛び込む。

「明日からまた長旅なんだから余計な魔力消費してんじゃねえよ! もう寝るぞ!」
 毛布をかぶったまま言い放つ。

「あと、アイツはそんな笑い方じゃないからな!」
 追撃のように言葉を付け足すとさらに毛布を深く体に巻き付けるように丸くなり、そこからシンと静まり返った。

 さすがのミモザもやりすぎたと思ったのか、無言で変身を解いて元の姿に戻ると、自分のベッドに腰掛ける。
 はたしてパエニアもどんな気持ちで世界樹(ユグドラシル)を目指しているのか。
 その胸中の全てをくみ取ることは難しかったが、おそらくは言葉で表せないほど、複雑な感情を抱いていることは間違いないだろう。

 窓の外から部屋を照らす、銀色の月明かりを眺めて、ミモザは横になった。

 ※ ※ ※

 翌朝、宿坊を出発し、巡礼の道を辿っていた。
 昨晩は暗くて見えなかったが、山の隙間に聳え立つ世界樹(ユグドラシル)は途方もない存在感を放っており、その巨大さに遠近感が狂いそうだった。

 コロナリアの集落には大勢の信者たちが世界樹(ユグドラシル)に向かって祈りを捧げていたが、いざそこへ向かおうというものはそれほど多くはなかった模様。
 数えられる程度しかおらず、僧侶というよりかは修行中の武闘家や冒険者のような準備万全な旅人たちばかりが覚悟を決めた顔で歩を進めている。

 実際のところ話で聞いていた以上に山道は険しく、人が通るように整備された道は見当たらなかった。樹海のように木々も密集し鬱蒼としており、数十分ほども歩くと先ほどまでずっと見えていた世界樹(ユグドラシル)もすっかり隠れてしまう。

「これ本当に道があってんだろうな。他の連中とかみんないなくなっちまったぞ」
「大丈夫。方角はあってますよ。ルートも色々と分岐してるみたいですね」

 辺りを見回せばただの薄暗い森の中。朝方に出発したはずなのにもう既に暗い。
 時折、ミモザは自分の鞄の中から魔具を取り出して明かりを灯したり、自分のいる位置を確認したり、慣れた様子で焦りも見られない。

 パエニアの方も、ネルムフィラ魔導士学院で行われた体育の賜物か、体力も十分に鍛えられており、どうにかミモザについていけてはいた。

 とはいえ、凹凸の激しい山道は目の前に見えている地点に進むだけでも一苦労で、半日ほどでさすがのパエニアも、森に慣れているミモザも疲れが見え始めていた。

 森の切れ間から明かりが差し込んできた際に目的地である世界樹(ユグドラシル)が姿を現すが、その変わらない雄大さに、本当に近づいているのか不安を覚えるほど。

「はふぅ……結構早いペースで来れてますね」
「マジで言ってるのか? 全然進んでる気がしねえんだが……はぁ」

 気付いたときには空の色が赤らんでおり、時間の経過を報せてくれた。
 汗ばむ肌にひっつく衣類の気持ち悪さにもいつの間にか慣れてきていた頃合い。

「今日のところはここまでにしておきましょう。明日は一旦ここを下の方に降りて、女神の泉を目指します」
 汚れた指で地図をなぞりながらルートを確認する。

 泉と思わしきところは、丁度世界樹(ユグドラシル)との中間地点らしく、それが本当なら確かに予定していたペースよりも早く目的地に着きそうだった。

「女神の泉ったって、そこに何があるんだよ」
「学校で言ってませんでしたっけ? 勇者ロータスさんが身を清めた場所ですよ」

 ふと小さく呼吸を整える。

「――そして、魔王を倒す聖剣を授かった場所です」


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 聖地コロナリアに辿り着く頃には日も暮れており、山間に見えるはずの|世界樹《ユグドラシル》も影になっていてよくは見えなかった。
 それでもそこは多くの信者が集まってくるのか、中央にある広場に大きな祭壇が設けられ、ずらりと並んで祈りを捧げる光景があった。
 山奥ではないものの、大陸を進んでいった辺境の地。
 周囲を山々に囲まれた集落と呼ぶにはあまりにも栄えた場所だった。
 そんな様子にパエニアは、開拓が進む前のパエデロスを彷彿とさせたほど。
「ここから|世界樹《ユグドラシル》までは馬車がなくて往復で七日掛かるみたいですね」
「片道三日半で、しかも野宿。そりゃあ行方不明者も出るだろうよ」
 宿の窓から外の景色を見下ろしながらパエニアが言う。
 このコロナリアに来るまでも船旅や馬車の乗り継ぎでくたびれて居る。
 それでもまだ道半ばという事実に、ため息をもらすばかりだ。
「つか、なんでお前と同じ部屋なんだよ!」
「え? だって宿は何処もいっぱいで部屋が取れなかったから……」
 何を今さら当たり前のことを聞くのだろう、というきょとんとした顔で言う。
 さすがは聖地といったところか。
 軒並み宿坊が並んでいながらどれもこれも埋まっていて、今の部屋も前の客が丁度チェックアウトしたばかりだったからたまたまとれたようなもの。
 運が悪ければ今夜は野宿だった可能性すらある。
「おまけに飯は不味いし! 草だらけじゃねえか!」
「私は結構好きでしたよ。精進料理というの」
 肉料理の一つもなかったことに大層不満なご様子だ。
 しかしそれとは別に、パエニアは不思議と不機嫌さを露にする。
 おそらく、大人の格好をしたミモザと同じ部屋で寝泊まりするからなのだろうが、当然のようにミモザはそれに気付く気配もない。
 ミモザからすれば、変身を解いてもろくなことがないことは既に分かっているのでとりあえず常時この格好のままでいるつもりの様だし、加えてパエニアとは年の差が倍以上開いているので意識してすらいなかった。
「……無理についてくる必要もなかったんですよ?」
 危険な旅路であることを、この宿の人にさえ散々煽られた後だった。
 道中でも観光旅行ならここでお祈りしてから帰るのが賢明だとまで言われた始末。
 パエニアの不機嫌っぷりは、そんな子供扱いされたことからきているのだと思ったミモザはふと、気遣うような口ぶりで言ってしまう。
「確かにここからの道は険しいですし、本当に命を落とすかもしれません。それでもパエニアくんはここまでついてきてくれました。それはどうしてですか?」
「そ、それは……」
 口ごもるパエニアに、ミモザは思い当たることがなかったわけではなかった。
 わざわざついてきたのはミモザ一人では危なっかしいからとしか言わなかったが、どうしてミモザについてきたのか、その理由は最初から別にあると思っていた。
「フィーさんのこと……、好きなんですよね?」
 ドストレートに突き付けられて、思わずパエニアは宿の窓から落ちそうになる。
 あたかも心臓を撃ち抜かれたかのような図星に、顔も真っ赤にさせるほど。
 もはや言い訳しようもないことだが、ミモザならば誤魔化せると思っていたのか、それとも強引に押し切ろうとでも思っていたのか。
 何にせよ、危険な旅路を行く理由になっていても、茨の道を歩かせる道理はない。
「だ、誰があんな高慢な芋娘……、す、好きになんか……」
 ミモザから目線を逸らしながら、しどろもどろに言う。
 さしものミモザもこの場で誤魔化されるつもりは毛頭なかった。
 徐にパエニアとの距離を詰めて、両手で顔をがっしり掴み、自分の方を向かせる。
 そして、《《その姿》》に変身する。
 風でカーテンの揺れる中、月明かりが差し込む。
 薄闇の部屋に、パエニアともう一つの小さな影。
 月の如く美しき銀髪と、血の如く紅い瞳の令嬢が、不敵にニヤついた顔で言う。
「我のことが好きならばそう言ってしまえばよかろう。うじうじと溜め込んでる方が気味が悪くて仕方ないわ。ふははっはっは!」
 次の瞬間、パエニアの顔が真っ赤に膨れ上がり、ポンと破裂したような気がした。
 くらりとよろけて、ミモザの手を振り払うように退け、ベッドへと飛び込む。
「明日からまた長旅なんだから余計な魔力消費してんじゃねえよ! もう寝るぞ!」
 毛布をかぶったまま言い放つ。
「あと、アイツはそんな笑い方じゃないからな!」
 追撃のように言葉を付け足すとさらに毛布を深く体に巻き付けるように丸くなり、そこからシンと静まり返った。
 さすがのミモザもやりすぎたと思ったのか、無言で変身を解いて元の姿に戻ると、自分のベッドに腰掛ける。
 はたしてパエニアもどんな気持ちで|世界樹《ユグドラシル》を目指しているのか。
 その胸中の全てをくみ取ることは難しかったが、おそらくは言葉で表せないほど、複雑な感情を抱いていることは間違いないだろう。
 窓の外から部屋を照らす、銀色の月明かりを眺めて、ミモザは横になった。
 ※ ※ ※
 翌朝、宿坊を出発し、巡礼の道を辿っていた。
 昨晩は暗くて見えなかったが、山の隙間に聳え立つ|世界樹《ユグドラシル》は途方もない存在感を放っており、その巨大さに遠近感が狂いそうだった。
 コロナリアの集落には大勢の信者たちが|世界樹《ユグドラシル》に向かって祈りを捧げていたが、いざそこへ向かおうというものはそれほど多くはなかった模様。
 数えられる程度しかおらず、僧侶というよりかは修行中の武闘家や冒険者のような準備万全な旅人たちばかりが覚悟を決めた顔で歩を進めている。
 実際のところ話で聞いていた以上に山道は険しく、人が通るように整備された道は見当たらなかった。樹海のように木々も密集し鬱蒼としており、数十分ほども歩くと先ほどまでずっと見えていた|世界樹《ユグドラシル》もすっかり隠れてしまう。
「これ本当に道があってんだろうな。他の連中とかみんないなくなっちまったぞ」
「大丈夫。方角はあってますよ。ルートも色々と分岐してるみたいですね」
 辺りを見回せばただの薄暗い森の中。朝方に出発したはずなのにもう既に暗い。
 時折、ミモザは自分の鞄の中から魔具を取り出して明かりを灯したり、自分のいる位置を確認したり、慣れた様子で焦りも見られない。
 パエニアの方も、ネルムフィラ魔導士学院で行われた体育の賜物か、体力も十分に鍛えられており、どうにかミモザについていけてはいた。
 とはいえ、凹凸の激しい山道は目の前に見えている地点に進むだけでも一苦労で、半日ほどでさすがのパエニアも、森に慣れているミモザも疲れが見え始めていた。
 森の切れ間から明かりが差し込んできた際に目的地である|世界樹《ユグドラシル》が姿を現すが、その変わらない雄大さに、本当に近づいているのか不安を覚えるほど。
「はふぅ……結構早いペースで来れてますね」
「マジで言ってるのか? 全然進んでる気がしねえんだが……はぁ」
 気付いたときには空の色が赤らんでおり、時間の経過を報せてくれた。
 汗ばむ肌にひっつく衣類の気持ち悪さにもいつの間にか慣れてきていた頃合い。
「今日のところはここまでにしておきましょう。明日は一旦ここを下の方に降りて、女神の泉を目指します」
 汚れた指で地図をなぞりながらルートを確認する。
 泉と思わしきところは、丁度|世界樹《ユグドラシル》との中間地点らしく、それが本当なら確かに予定していたペースよりも早く目的地に着きそうだった。
「女神の泉ったって、そこに何があるんだよ」
「学校で言ってませんでしたっけ? 勇者ロータスさんが身を清めた場所ですよ」
 ふと小さく呼吸を整える。
「――そして、魔王を倒す聖剣を授かった場所です」