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【???】静寂の彼方に吐き捨てる

ー/ー



 かつて賢者と呼ばれたロベリアは憤慨を覚えていた。

 それは、数年前から計画していたレッドアイズ国への下剋上が失敗に終わってしまったからというわけでもない。

 虐げられてきた貧困層の平民たちに武器を与えてまでレジスタンスを結成させたのに、大きな爪痕も残せぬまま鎮圧されたからというわけでもない。

 ましてや、一応は対面上仲間としてつるんでいた面々が折角脱走させてやったというのに悉く返り討ちに遭い、ボロボロにされた挙句、再び投獄されてしまったからなどという理由でもなかった。

 彼は世界の不整合さを嘆いていた。

 時代は移り変わっていくもので、古きものは時の遺物となり、新しきものがこれからの世界を作り替えていく。
 そんな信条を抱いていたが、現実はそうはならなかった。

 ロベリアが軍事国家レッドアイズに手を貸していたのは、魔王軍と対峙するためだったことに他ならない。数千年もの昔から人類と対立し続け、世界の理を守ろうとする古の時代からの遺物。そんなものは彼にとって不快でしかなかった。

 摂理のためだといい、人類から魔力の技術を剥奪しようとし、その一方で魔力の知識も技術も管理しようとする高慢な存在として認知している。
 曰く、人間は知恵を身に着けたことによって摂理を破壊しているとか。

 理解しようもない。魔力というものは世界に降り注がれているもので、魔王軍だけが占領していい道理もないはずだ。だからこそ、ロベリアは技術を磨き、レッドアイズ国で大量の兵器を造りだした。

 数千年もの長い歴史に終止符を打つために。

 結果として彼は――彼らは魔王軍に勝利した。
 一時の協力関係ではあったが、魔王を打ち滅ぼし、世界を平和に導いた。

 だが、ロベリアは不服だった。
 レッドアイズ国に貢献し続け、軍事力を従来の何十倍にも引き上げ、数十年先の時代を先取りにした賢者とまで崇められていたが、彼は勇者にはならなかった。

 世界を救ったのは、ロータス・ネルムフィラ。
 彼こそが救世主であり、勇者であると世界の歴史に刻まれている。

 魔王の脅威がなくなってからも、ロータスは世界平和のために貢献し続けていた。異種族差別をなくすために、治安の崩壊した辺境の地に身を置いてまで、善行に励んでいた。

 その一方で、ロベリアは新たなる脅威が現れようとも一網打尽にする覚悟で、レッドアイズへの貢献を続けていた。

 ところが、ある日を境に、軍事国家レッドアイズ、ひいては賢者ロベリアへの風当たりが強くなっていくのを感じていた。
 魔王を打ち滅ぼした兵力を持つレッドアイズこそが新たな世界の脅威だと。

 気付いた頃には、世界は手のひらを返していた。
 あたかも、賢者ロベリアの名が風化していくかのようだった。

 新世界のために尽くしてきた自分が、どうして不当な扱いを受けるのか。
 レッドアイズ国内では勇者ロータスを崇める声は尽きないというのに。

 もちろん、勇者ロータスを危険視する声だって少なくはなかったが、彼の成し遂げた名声がそれを帳消しにしていたといってもいい。
 その一方で、ロベリアには何もない。賢者という称号も汚され、軍事力という名の武器を振りかざす悪者扱いだ。

 世界はあまりにも不整合で、不平等。

 誰がレッドアイズの名を世界に轟かせたのだろうか。
 誰がレッドアイズの技術や文化を数十年先にまで引き上げたというのか。

 ロータスは勇者として持て囃され、ロベリアは腫物のような扱い。
 レッドアイズ国の民も、口を開けばロータス、ロータス、ロータス。
 中央都市にでさえ、ロータスの彫像はあれど、ロベリアを称えるものはない。

 それは暗に、賢者ロベリアという存在が浸透していたからだとも言えたが、そうであったところでロベリアにとって不快であることには変わりない。
 もっとロベリアを崇めるべきだ。もっとロベリアの名を持て囃すべきだ。
 レッドアイズだけではなく、世界にその名を刻み、勇者として称えるべきだ、と。

 狂い出した歯車が元通りに噛み合うことはなかった。
 魔王という脅威が世界から消失してから、ロベリアは世界に失意を覚えるばかり。
 勇者ロータスの名が世界に轟く度に、何かが軋む音を立てて崩れてゆくばかり。

 しかし、奇しくも、そんな彼には二度ほど転機が訪れていた。

 一度目は魔王リコリス・ルキフェルナとの接触。フィテウマ・サタナムーンが眠りに就いたことで、様子を見に地上へ現れた先代魔王の一人娘。彼女もまた、フィテウマと同じくして世界の摂理を守る月の民だった。

 ロベリアとリコリスが出会ったのは偶然ではあったが、ある意味必然ではあった。
 世界を転覆する術を探すべく、旧魔王城に潜入していた際、たまたま様子を見に来ていた彼女と出会うことができたのだ。

 好都合だったのは、リコリスに使命感などなく、無知な世間知らずだったことだろうか。それどころか、今の世界に飽き飽きしている様子だった。
 そこに付け込んだロベリアは、リコリスを利用し、世界を転覆させるべく新生魔王軍を結成するに至る。

 計画は、ある程度までは順調だった。憎き勇者ロータスの暗殺にまで成功し、思いのままにことが進むと思っていた。

 誤算だったのは、フィテウマが蘇っており、さらには力を取り戻すまで数百年と思われていたのにも関わらず、驚異的な力を獲得していたこと。
 それによってリコリス率いる新生魔王軍の面々はフィテウマの前に敗れ、リコリスもフィテウマ側に寝返ってしまい、あえなくして挫折。

 二度目の転機は、フィテウマ・サタナムーンの二度目の死。
 邪魔者がいなくなっただけではない。置き土産とばかりに、フィテウマは世界の記憶を書き換えるようリコリスに遺言を遺していた。

 世界の争いの火種となっていた勇者と魔王の歴史を消すことで、世界の平穏を保とうと考えたのだ。世界にはもはや勇者ロータスの成した功績は大きく刻まれており、何事もなければロータスは偉大な功労者として歴史に埋もれていただろう。
 異種族大国パエデロスを中心に、世界は平安の時代を歩むと思われた。

 ここで起きた誤算は、フィテウマにとっての不都合。ロベリアを含む新生魔王軍は改竄される前の記憶を取り戻すことができてしまった。

 こうしてロベリアは世界から勇者と魔王の歴史の記憶が書き換わっていることを利用し、レッドアイズ国の転覆を目論んだのだ。レッドアイズ国に残る書物などの記録を焼き払い、過去の歴史をなくし、民衆たちを扇動して混乱を起こそうとした。

 結果として、巻き起こったクーデターは失敗に終わったが、それでもいずれこの混乱の種がまたいずれ芽吹くであろうことを確信していた。それこそがロベリアの計画の一端だった。

 そう。ロベリアの真の目的は、平和の象徴に成ろうとしていたレッドアイズ国と勇者ロータス・ネルムフィラの歴史の完全なる抹殺である。
 闇の騎士団ナイト・シェードも、新生魔王軍の残党も、全て争いの火種が巻かれたという事実を根付かせるためだけに放たれた、ただの捨て駒に過ぎなかった。

 そして、彼の無謀にして浅はかな計画は、最終段階へと差し掛かろうとしていた。
 彼にとって忌々しい世界の摂理への反逆。

「今こそ終焉のときだ。悪辣にして愚劣なる、この世界の支配構造を破壊し尽して、永劫に上がることのない幕を引くのだ」

 誰に聞かせるわけでもない。誰が傍にいるわけでもない。
 孤高のロベリアは、過去にも未来にも関心を抱くことはない。
 ただただ憎悪の渦巻く感情の塊を、静寂の彼方へと吐き捨てた。


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次のエピソードへ進む 第221話 聖地


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 かつて賢者と呼ばれたロベリアは憤慨を覚えていた。
 それは、数年前から計画していたレッドアイズ国への下剋上が失敗に終わってしまったからというわけでもない。
 虐げられてきた貧困層の平民たちに武器を与えてまでレジスタンスを結成させたのに、大きな爪痕も残せぬまま鎮圧されたからというわけでもない。
 ましてや、一応は対面上仲間としてつるんでいた面々が折角脱走させてやったというのに悉く返り討ちに遭い、ボロボロにされた挙句、再び投獄されてしまったからなどという理由でもなかった。
 彼は世界の不整合さを嘆いていた。
 時代は移り変わっていくもので、古きものは時の遺物となり、新しきものがこれからの世界を作り替えていく。
 そんな信条を抱いていたが、現実はそうはならなかった。
 ロベリアが軍事国家レッドアイズに手を貸していたのは、魔王軍と対峙するためだったことに他ならない。数千年もの昔から人類と対立し続け、世界の理を守ろうとする古の時代からの遺物。そんなものは彼にとって不快でしかなかった。
 摂理のためだといい、人類から魔力の技術を剥奪しようとし、その一方で魔力の知識も技術も管理しようとする高慢な存在として認知している。
 曰く、人間は知恵を身に着けたことによって摂理を破壊しているとか。
 理解しようもない。魔力というものは世界に降り注がれているもので、魔王軍だけが占領していい道理もないはずだ。だからこそ、ロベリアは技術を磨き、レッドアイズ国で大量の兵器を造りだした。
 数千年もの長い歴史に終止符を打つために。
 結果として彼は――彼らは魔王軍に勝利した。
 一時の協力関係ではあったが、魔王を打ち滅ぼし、世界を平和に導いた。
 だが、ロベリアは不服だった。
 レッドアイズ国に貢献し続け、軍事力を従来の何十倍にも引き上げ、数十年先の時代を先取りにした賢者とまで崇められていたが、彼は勇者にはならなかった。
 世界を救ったのは、ロータス・ネルムフィラ。
 彼こそが救世主であり、勇者であると世界の歴史に刻まれている。
 魔王の脅威がなくなってからも、ロータスは世界平和のために貢献し続けていた。異種族差別をなくすために、治安の崩壊した辺境の地に身を置いてまで、善行に励んでいた。
 その一方で、ロベリアは新たなる脅威が現れようとも一網打尽にする覚悟で、レッドアイズへの貢献を続けていた。
 ところが、ある日を境に、軍事国家レッドアイズ、ひいては賢者ロベリアへの風当たりが強くなっていくのを感じていた。
 魔王を打ち滅ぼした兵力を持つレッドアイズこそが新たな世界の脅威だと。
 気付いた頃には、世界は手のひらを返していた。
 あたかも、賢者ロベリアの名が風化していくかのようだった。
 新世界のために尽くしてきた自分が、どうして不当な扱いを受けるのか。
 レッドアイズ国内では勇者ロータスを崇める声は尽きないというのに。
 もちろん、勇者ロータスを危険視する声だって少なくはなかったが、彼の成し遂げた名声がそれを帳消しにしていたといってもいい。
 その一方で、ロベリアには何もない。賢者という称号も汚され、軍事力という名の武器を振りかざす悪者扱いだ。
 世界はあまりにも不整合で、不平等。
 誰がレッドアイズの名を世界に轟かせたのだろうか。
 誰がレッドアイズの技術や文化を数十年先にまで引き上げたというのか。
 ロータスは勇者として持て囃され、ロベリアは腫物のような扱い。
 レッドアイズ国の民も、口を開けばロータス、ロータス、ロータス。
 中央都市にでさえ、ロータスの彫像はあれど、ロベリアを称えるものはない。
 それは暗に、賢者ロベリアという存在が浸透していたからだとも言えたが、そうであったところでロベリアにとって不快であることには変わりない。
 もっとロベリアを崇めるべきだ。もっとロベリアの名を持て囃すべきだ。
 レッドアイズだけではなく、世界にその名を刻み、勇者として称えるべきだ、と。
 狂い出した歯車が元通りに噛み合うことはなかった。
 魔王という脅威が世界から消失してから、ロベリアは世界に失意を覚えるばかり。
 勇者ロータスの名が世界に轟く度に、何かが軋む音を立てて崩れてゆくばかり。
 しかし、奇しくも、そんな彼には二度ほど転機が訪れていた。
 一度目は魔王リコリス・ルキフェルナとの接触。フィテウマ・サタナムーンが眠りに就いたことで、様子を見に地上へ現れた先代魔王の一人娘。彼女もまた、フィテウマと同じくして世界の摂理を守る月の民だった。
 ロベリアとリコリスが出会ったのは偶然ではあったが、ある意味必然ではあった。
 世界を転覆する術を探すべく、旧魔王城に潜入していた際、たまたま様子を見に来ていた彼女と出会うことができたのだ。
 好都合だったのは、リコリスに使命感などなく、無知な世間知らずだったことだろうか。それどころか、今の世界に飽き飽きしている様子だった。
 そこに付け込んだロベリアは、リコリスを利用し、世界を転覆させるべく新生魔王軍を結成するに至る。
 計画は、ある程度までは順調だった。憎き勇者ロータスの暗殺にまで成功し、思いのままにことが進むと思っていた。
 誤算だったのは、フィテウマが蘇っており、さらには力を取り戻すまで数百年と思われていたのにも関わらず、驚異的な力を獲得していたこと。
 それによってリコリス率いる新生魔王軍の面々はフィテウマの前に敗れ、リコリスもフィテウマ側に寝返ってしまい、あえなくして挫折。
 二度目の転機は、フィテウマ・サタナムーンの二度目の死。
 邪魔者がいなくなっただけではない。置き土産とばかりに、フィテウマは世界の記憶を書き換えるようリコリスに遺言を遺していた。
 世界の争いの火種となっていた勇者と魔王の歴史を消すことで、世界の平穏を保とうと考えたのだ。世界にはもはや勇者ロータスの成した功績は大きく刻まれており、何事もなければロータスは偉大な功労者として歴史に埋もれていただろう。
 異種族大国パエデロスを中心に、世界は平安の時代を歩むと思われた。
 ここで起きた誤算は、フィテウマにとっての不都合。ロベリアを含む新生魔王軍は改竄される前の記憶を取り戻すことができてしまった。
 こうしてロベリアは世界から勇者と魔王の歴史の記憶が書き換わっていることを利用し、レッドアイズ国の転覆を目論んだのだ。レッドアイズ国に残る書物などの記録を焼き払い、過去の歴史をなくし、民衆たちを扇動して混乱を起こそうとした。
 結果として、巻き起こったクーデターは失敗に終わったが、それでもいずれこの混乱の種がまたいずれ芽吹くであろうことを確信していた。それこそがロベリアの計画の一端だった。
 そう。ロベリアの真の目的は、平和の象徴に成ろうとしていたレッドアイズ国と勇者ロータス・ネルムフィラの歴史の完全なる抹殺である。
 闇の騎士団ナイト・シェードも、新生魔王軍の残党も、全て争いの火種が巻かれたという事実を根付かせるためだけに放たれた、ただの捨て駒に過ぎなかった。
 そして、彼の無謀にして浅はかな計画は、最終段階へと差し掛かろうとしていた。
 彼にとって忌々しい世界の摂理への反逆。
「今こそ終焉のときだ。悪辣にして愚劣なる、この世界の支配構造を破壊し尽して、永劫に上がることのない幕を引くのだ」
 誰に聞かせるわけでもない。誰が傍にいるわけでもない。
 孤高のロベリアは、過去にも未来にも関心を抱くことはない。
 ただただ憎悪の渦巻く感情の塊を、静寂の彼方へと吐き捨てた。