第220話 泣き止んで収束

ー/ー



「フィーさんの……、フィーさんの……、フィーさんのバカああぁぁああ!!!!」

 突如としてミモザが叫ぶと、その周囲の空気が静止したかのように思わせるほど、硬直していた。直後、空間が避けるほどの衝撃が迸る。
 稲光を超える速さで、室内を魔力が暴走し、傍から見たらその一瞬のうちに台風が通過し、落雷が起きたとさえ思えたことだろう。

 その状況を明確に説明できそうなものはそう多くはない。
 あふれ出る感情で制御を失ったミモザの体中から魔力が噴き出し、爆発を起こしたというのが分かりやすいだろうか。
 口で言うのは簡単なことだが、その一瞬の火力は火薬の比ではない。

 無数にいた魔導機兵(オートマタ)の群れは弾け飛び、粉砕され、元の形も分からないほどに散り散りになり、部屋の壁も粉微塵に爆ぜ、車庫までの通路が消失する。

 車庫の方、ミモザたちのいた部屋の外にあった列車すら半壊している。

 かろうじて回避できたのは本能的に危険を悟って床に伏せたパエニアとコリウス、それと魔導機兵たちにやられて床に倒れていた兵士や研究員たちくらいだ。

 あいにくとナルシスは避けきることはできなかったようだったが、こちらは咄嗟に魔法により防御壁を生成していたようで、直撃だけは免れた。
 ただ、それでも、防御壁は脆いガラスのように砕け散っており、ノーダメージとはいかなかった様子。謎ポーズをとる余裕すらなく、二本足で立つのも辛そうなほどに防御姿勢のままよれよれとしていた。

「げほっ……ごほっ……、な、なんという威力だ……、素晴らしい……やはり君は、とても美しい……ぐっ」

 衣服と呼べない布の切れ端を身にまとったナルシスは、吐血し、倒れる。
 あの至近距離では防御してなかったら骨も残らなかっただろう。
 致命傷で済んで幸いだったとも言える。

「ふええぇぇ~~~~ぇぇんっ! ふええええぇぇぇ~~~~~~ぇぇんっ!!」

 両ひざをついて、いつの間にか元の姿に戻っていたミモザが号泣する。
 魔具の魔力も今の一発ですっかり底をついたらしい。

「フィ~しゃんのばかあああぁぁぁぁ~~~~~~っ!!!!!!」

 辺りは瓦礫の山。天井にも大穴が開いてしまっている。
 魔導機兵の襲撃よりも酷い有様に、どう声を掛けていいかも分からない。

 回避したものの無傷とは言えないパエニアもコリウスも、しばらくの間、ミモザの泣きわめく声が響き渡る駅舎の中、床に伏せるしかなかった。

 それからようやくして救援のレッドアイズ兵が現れたのも日が暮れてからだった。

 ※ ※ ※

 闇の騎士団ナイト・シェードによる大規模なクーデターは一先ず収束するに至り、次なる攻撃が来ることも予測されたが、一時の休息を得られた。

 カルミアは研究棟の瓦礫から発見され、サフランはレッドアイズ近郊の森の中にて鉄球に押しつぶされているのを発見され、ナルシスも半壊の駅舎から発見された。
 首謀者であるロベリアを除き幹部全員が拘束されたことにより、これ以上の襲撃はないだろうと判断され、翌日には国の復興作業が急ピッチで進められていった。

 ソレノス国王とコリウス王子の安否も確認され、クーデターによって政権が引っ繰り返ることもなく、おおよそ多少の被害で抑えられたのは奇跡のよう。
 魔導機兵に捕捉された貧困層の市民は殆ど無傷。中央都市の市民に至っても避難が間に合いこちらも無傷。せいぜい破壊された建物で怪我を負った程度。

 今回の一件で最も酷い負傷者は奇しくもカルミア、サフラン、ナルシスの三人で、ロベリアの側近だけという結果になった。見るも無残な重体で現在も昏睡しており、監獄の中で治療を受けている状態で、一連の騒動の目的を聞くには至らず終い。

 首謀者のロベリアの行方すら分かっていない現状で、計画の全容まで明らかにすることは叶わなかったが、ミモザの協力により記憶改竄を治す方法が確立され、過去のレッドアイズに記憶を引き出すことに成功。

 騒動にならないようさすがに一般公表だけは避けたが、レッドアイズ城の関係者は無事に記憶を取り戻し、状況把握が迅速に済まされていった。

 ※ ※ ※

「それじゃあ、どうしましょうか」
 夕食の席で、コリウスがポケーっとした態度で言う。

「どうするっつったって、なんだかんだ目的は果たされたわけだしな」
 ちぎったパンを齧りながらパエニアが答える。

「……」
 心ここにあらずといった調子で、ミモザは延々とスープをかき混ぜていた。

 かれこれずっとこんな感じで、何を話しかけても素通りしてしまう。
 ひとしきり泣き終えてから抜け殻になってしまったようだ。

「思ってた以上に短い旅になっちまったがオレ様もパエデロスに帰るしかないよな」
「例の闇の騎士団っていう集団のボスがいなくなって厳戒態勢も解かれましたけど、さすがにボクはこのタイミングじゃあ城を離れられないのが残念です」

 そもそもクーデターがあろうとなかろうと王子がホイホイと国の外に出られるとは到底思えないが、その辺りを当の本人はどのように理解しているかは不明だ。

「ミモザ、行先決まってないのお前だけだぞ。やっぱりパエデロスに帰るのか?」

 やはりミモザは放心状態で、頷いているようにも見えるが何も考えてなさそうだ。

 色々とショックではあったのだろう。
 自分の存在を世界の認識から消そうだなんて大げさなことをしでかして、しかも、親友であるはずのミモザすら記憶を書き換えてこの世を去っていった。

 当然親友に記憶を消されたことに対しても不満はあったし、少しでも親友のことを忘れてしまった自分にも嫌悪感を覚えていた。

『いずれ世界樹(ユグドラシル)に導かれれば会えるだろう。それまで、我は枝葉としてお前らを見守っていてやる。約束だ』

 今際の際の言葉が、またミモザの脳裏を過ぎる。

「……ゆぐどらしる」

 ポツリと記憶の端に引っかかっていた言葉が口から漏れる。

世界樹(ユグドラシル)? 世界樹(ユグドラシル)がどうかしたんですか?」
「……生きてる者は、死んじゃったとき、世界樹(ユグドラシル)に還るんでふよね」

 ようやくして、ミモザの口から言葉らしい言葉が紡がれる。
 あまりの突拍子のなさに、どう答えてるべきか困惑するが、パエニアが答える。

「世界の(ことわり)って奴ね。オレ様はあんまそういうのは信じねえけど、世界樹(ユグドラシル)は実際にあるんだよな。なんつったっけ? アニモーン大陸のコロナリア地方だっけか」
「アニモーン大陸は神聖な地ですから立ち入るのも大変ですよ。一応いくつかの国がレッドアイズと同盟を組んでいるので、貿易自体はあるんですけどね」

 スープをひっかき回していたミモザの手が止まる。

「フィーしゃんに会えると思いましぇんが、お別れの時フィーしゃん言ってましら。世界樹(ユグドラシル)の枝葉として見守ってくれるって」
「まさかとは思うが、世界樹(ユグドラシル)に行きたいとか言わないよな」
「らって……フィーしゃんにはお墓もないんれすよ……」

 切実そうなことを口走りながら今にも泣き出しそうな表情を浮かべるものだから、パエニアはそれ以上を余計なことを言うのを控える。

「もしよろしければアニモーン大陸の通行証を発行しますよ」
「ほ、本当れすか?」
 そこでミモザの表情がパァーっと明るくなる。

「今回ミモザさんに沢山助けられましたしね」
 少なくとも、三回ほどミモザに命を救われているのは事実である。

「聖地巡礼ということにすれば兄上も許してくれるはずです」
「って、そこは国王頼みなのかよ!」
「それじゃあ、コリウスくん。よろしくお願いしまふ!」

 そういってミモザはペコリとお辞儀し、勢い余ってスープの皿に頭を突っ込んだ。


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「フィーさんの……、フィーさんの……、フィーさんのバカああぁぁああ!!!!」
 突如としてミモザが叫ぶと、その周囲の空気が静止したかのように思わせるほど、硬直していた。直後、空間が避けるほどの衝撃が迸る。
 稲光を超える速さで、室内を魔力が暴走し、傍から見たらその一瞬のうちに台風が通過し、落雷が起きたとさえ思えたことだろう。
 その状況を明確に説明できそうなものはそう多くはない。
 あふれ出る感情で制御を失ったミモザの体中から魔力が噴き出し、爆発を起こしたというのが分かりやすいだろうか。
 口で言うのは簡単なことだが、その一瞬の火力は火薬の比ではない。
 無数にいた|魔導機兵《オートマタ》の群れは弾け飛び、粉砕され、元の形も分からないほどに散り散りになり、部屋の壁も粉微塵に爆ぜ、車庫までの通路が消失する。
 車庫の方、ミモザたちのいた部屋の外にあった列車すら半壊している。
 かろうじて回避できたのは本能的に危険を悟って床に伏せたパエニアとコリウス、それと魔導機兵たちにやられて床に倒れていた兵士や研究員たちくらいだ。
 あいにくとナルシスは避けきることはできなかったようだったが、こちらは咄嗟に魔法により防御壁を生成していたようで、直撃だけは免れた。
 ただ、それでも、防御壁は脆いガラスのように砕け散っており、ノーダメージとはいかなかった様子。謎ポーズをとる余裕すらなく、二本足で立つのも辛そうなほどに防御姿勢のままよれよれとしていた。
「げほっ……ごほっ……、な、なんという威力だ……、素晴らしい……やはり君は、とても美しい……ぐっ」
 衣服と呼べない布の切れ端を身にまとったナルシスは、吐血し、倒れる。
 あの至近距離では防御してなかったら骨も残らなかっただろう。
 致命傷で済んで幸いだったとも言える。
「ふええぇぇ~~~~ぇぇんっ! ふええええぇぇぇ~~~~~~ぇぇんっ!!」
 両ひざをついて、いつの間にか元の姿に戻っていたミモザが号泣する。
 魔具の魔力も今の一発ですっかり底をついたらしい。
「フィ~しゃんのばかあああぁぁぁぁ~~~~~~っ!!!!!!」
 辺りは瓦礫の山。天井にも大穴が開いてしまっている。
 魔導機兵の襲撃よりも酷い有様に、どう声を掛けていいかも分からない。
 回避したものの無傷とは言えないパエニアもコリウスも、しばらくの間、ミモザの泣きわめく声が響き渡る駅舎の中、床に伏せるしかなかった。
 それからようやくして救援のレッドアイズ兵が現れたのも日が暮れてからだった。
 ※ ※ ※
 闇の騎士団ナイト・シェードによる大規模なクーデターは一先ず収束するに至り、次なる攻撃が来ることも予測されたが、一時の休息を得られた。
 カルミアは研究棟の瓦礫から発見され、サフランはレッドアイズ近郊の森の中にて鉄球に押しつぶされているのを発見され、ナルシスも半壊の駅舎から発見された。
 首謀者であるロベリアを除き幹部全員が拘束されたことにより、これ以上の襲撃はないだろうと判断され、翌日には国の復興作業が急ピッチで進められていった。
 ソレノス国王とコリウス王子の安否も確認され、クーデターによって政権が引っ繰り返ることもなく、おおよそ多少の被害で抑えられたのは奇跡のよう。
 魔導機兵に捕捉された貧困層の市民は殆ど無傷。中央都市の市民に至っても避難が間に合いこちらも無傷。せいぜい破壊された建物で怪我を負った程度。
 今回の一件で最も酷い負傷者は奇しくもカルミア、サフラン、ナルシスの三人で、ロベリアの側近だけという結果になった。見るも無残な重体で現在も昏睡しており、監獄の中で治療を受けている状態で、一連の騒動の目的を聞くには至らず終い。
 首謀者のロベリアの行方すら分かっていない現状で、計画の全容まで明らかにすることは叶わなかったが、ミモザの協力により記憶改竄を治す方法が確立され、過去のレッドアイズに記憶を引き出すことに成功。
 騒動にならないようさすがに一般公表だけは避けたが、レッドアイズ城の関係者は無事に記憶を取り戻し、状況把握が迅速に済まされていった。
 ※ ※ ※
「それじゃあ、どうしましょうか」
 夕食の席で、コリウスがポケーっとした態度で言う。
「どうするっつったって、なんだかんだ目的は果たされたわけだしな」
 ちぎったパンを齧りながらパエニアが答える。
「……」
 心ここにあらずといった調子で、ミモザは延々とスープをかき混ぜていた。
 かれこれずっとこんな感じで、何を話しかけても素通りしてしまう。
 ひとしきり泣き終えてから抜け殻になってしまったようだ。
「思ってた以上に短い旅になっちまったがオレ様もパエデロスに帰るしかないよな」
「例の闇の騎士団っていう集団のボスがいなくなって厳戒態勢も解かれましたけど、さすがにボクはこのタイミングじゃあ城を離れられないのが残念です」
 そもそもクーデターがあろうとなかろうと王子がホイホイと国の外に出られるとは到底思えないが、その辺りを当の本人はどのように理解しているかは不明だ。
「ミモザ、行先決まってないのお前だけだぞ。やっぱりパエデロスに帰るのか?」
 やはりミモザは放心状態で、頷いているようにも見えるが何も考えてなさそうだ。
 色々とショックではあったのだろう。
 自分の存在を世界の認識から消そうだなんて大げさなことをしでかして、しかも、親友であるはずのミモザすら記憶を書き換えてこの世を去っていった。
 当然親友に記憶を消されたことに対しても不満はあったし、少しでも親友のことを忘れてしまった自分にも嫌悪感を覚えていた。
『いずれ|世界樹《ユグドラシル》に導かれれば会えるだろう。それまで、我は枝葉としてお前らを見守っていてやる。約束だ』
 今際の際の言葉が、またミモザの脳裏を過ぎる。
「……ゆぐどらしる」
 ポツリと記憶の端に引っかかっていた言葉が口から漏れる。
「|世界樹《ユグドラシル》? |世界樹《ユグドラシル》がどうかしたんですか?」
「……生きてる者は、死んじゃったとき、|世界樹《ユグドラシル》に還るんでふよね」
 ようやくして、ミモザの口から言葉らしい言葉が紡がれる。
 あまりの突拍子のなさに、どう答えてるべきか困惑するが、パエニアが答える。
「世界の理《ことわり》って奴ね。オレ様はあんまそういうのは信じねえけど、|世界樹《ユグドラシル》は実際にあるんだよな。なんつったっけ? アニモーン大陸のコロナリア地方だっけか」
「アニモーン大陸は神聖な地ですから立ち入るのも大変ですよ。一応いくつかの国がレッドアイズと同盟を組んでいるので、貿易自体はあるんですけどね」
 スープをひっかき回していたミモザの手が止まる。
「フィーしゃんに会えると思いましぇんが、お別れの時フィーしゃん言ってましら。|世界樹《ユグドラシル》の枝葉として見守ってくれるって」
「まさかとは思うが、|世界樹《ユグドラシル》に行きたいとか言わないよな」
「らって……フィーしゃんにはお墓もないんれすよ……」
 切実そうなことを口走りながら今にも泣き出しそうな表情を浮かべるものだから、パエニアはそれ以上を余計なことを言うのを控える。
「もしよろしければアニモーン大陸の通行証を発行しますよ」
「ほ、本当れすか?」
 そこでミモザの表情がパァーっと明るくなる。
「今回ミモザさんに沢山助けられましたしね」
 少なくとも、三回ほどミモザに命を救われているのは事実である。
「聖地巡礼ということにすれば兄上も許してくれるはずです」
「って、そこは国王頼みなのかよ!」
「それじゃあ、コリウスくん。よろしくお願いしまふ!」
 そういってミモザはペコリとお辞儀し、勢い余ってスープの皿に頭を突っ込んだ。