第219話 魔王の記憶

ー/ー



「なるほど、どうやら君と僕とでは正反対のようだね。そして今分かったよ。君が、君がミモザ・アレフヘイム。そうなんだろ?」
「え? わ、私の名前を……?」
「当然知ってるさ。君も僕やロベリアと同じ優れた技術者なのだからね」

 面を切って、切り替えた笑顔でナルシスはそう言い切った。その嬉々とした表情は何処か、仲間を見つけたかのような嬉しさに満ちているようだった。

「何せ、君の名前は遠く離れたパエデロスからレッドアイズにまで届いている。これがどれほどのことか」
「え、えへへ……」

 誉められて悪い気はしないのか、照れ照れとした笑みで返す。

「噂では、太陽に照らされる小麦の如く輝く金髪に、透き通る空の如く蒼い瞳を持つ、とても愛らしい容姿をしたエルフだと聞いている。なるほど、てっきりもう少し幼い印象を持っていたが、君は噂に違わず愛らしい」
「はへ!?」

 すたすたと、ナルシスはミモザとの距離を詰め、その手をとり、口づけしていた。
 あまりにも鮮やかすぎる手際に、ミモザも反応が遅れてしまう。

「この国の連中は人種で差別する者も多いが、この僕は違う。どのような種族であれ優れた者は優れた者であることに変わりない。麗しの君、才に恵まれた君。嗚呼、君はとても美しい」
「え、あの、そのぅ……?」

 あまり経験のないことに、さしものミモザも困惑する。
 思えば、パエデロスでも子供扱いされることは多々あれど、大人の女性として口説かれたことはただの一度としてない。

 そのため、今ミモザはナルシスに何を言われているのか理解できていない。

「君の親友が君を見つけ出したように、僕がこうして君と出会ったのも必然だとは思わないかい?」
「ええと……?」

 戸惑うミモザと酔いしれたナルシス。
 その二人の間に体をねじ込むようにしてパエニアがズイっと割り込む。

「おい、オッサン。こんなときにナンパしてんじゃねえよ」
「オッ……サンっ!? ひょっとして、もしかして、それはこの僕のことを言っている言葉なのかな? そうなのかな? 聞き間違いじゃあないかねぇ? 容姿端麗なこのナルシス・ダフデイルスを指して、まさかまさかまさか、よもやよもやよもや」

 ナルシスは謎ポーズを決めて、動揺を落ち着かせようとする。
 あるいは、それはパエニアに対する威嚇だったのかもしれない。
 一呼吸つき、もう一度謎ポーズを決めながら、パエニアに向き直る。

「君の顔は何処かで見たことがあるような気がする。そうだ、似ているんだ。あのサー・クヤック団長に。目元が彼にそっくりだ。ということは、君は、そうか。パエニアだな? パエニア・ラクトフロニア。そうだろう?」
「お、おう……俺の親父のことを知ってるのか」

 全然冷静さを取り戻している様子のないナルシスは早口でまくし立てる。
 頭はよく回っているようには思えるが、いっそ加速しすぎているくらい。

「あの勇敢なる騎士団長のことを知らぬものがいるものか。ジャーカランダー大陸での殿(しんがり)戦で膝に毒矢を受けなければ引退することもなかったろう。彼もまた優秀な男、素晴らしき戦士、美しき華……」

 うっとりとした口調で語るナルシスの表情を見て、パエニアはドン引きだ。
 その真後ろのミモザはハッとした表情で何かに気付く。

「やはり、あなたたちには改竄される前の記憶があるんですね?」

 確信を持った発言に、ナルシスも眉をひそめる。

「おっとっと? これはこれは口が滑ってしまったかな? 僕としたことが。僕はこれでも口が堅い方ではあるんだけどね。いやはや、これはうっかりしてしまった」

 口が堅いというのは明確に嘘だとは分かった。
 あるいは本人が自覚できていないだけだろうか。
 そんなことよりも。

 レッドアイズ国の歴史に関しては多くの者が記憶を改竄され、またクーデターの中で記録された書物も燃やされてしまっている。

 クヤックの息子であるパエニアが父親の過去を思い出せなかったように、またレッドアイズの王子であるコリウスが自分の国が何処と戦争していたのかを思い出せなかったように、誰かの過去を言及することはできなかったはずだった。

 それをすらすらと思い出せるということは、少なくともあのカルミアと同じくナルシスも過去の記憶を認識できるということに他ならない。

「私たちは書き換えられた記憶を追っているんです。どうして記憶が改竄されてしまったのか、その理由を」

 ミモザがそこまで言い終えると、ナルシスは吹き出してしまいそうな顔を見せ、ニヤニヤとしたニヤケ面で口を開く。

「答える義理はないけど、特別に教えてあげるよ。君の頼みならね」

 自称、口が堅いといった男は何処にいったのか、さも無知な子供に勉強を教えるような上から目線な態度を見せる。

「記憶を改竄のは君の親友、フィテウマ・サタナムーン。そして、その理由は世界を平和なものにするため。これで全部だけど、満足した?」

 こんなことも知らないなんて、と嘲笑う顔をしている。

 そして、あっさりと答えてのけたナルシスに対し、ミモザの表情はポカンとしていた。記憶のピースが繋がり、確信を抱くと同時に、あまりにもあっけない答えに、不思議なほど感情の高ぶりを覚える。

「幻惑系統の魔法には覚えがあってね。特に記憶の改竄なんて大げさなものは、感知するのも造作もなかった。この僕の手を持ってしてでも三日も掛かったけど元の記憶を引っ張り出してやったのさ」

 ペラペラと口の回るナルシスを前に、ミモザの表情は少しずつ曇っていく。
 ナルシスの言葉はとうに聞こえてなどいない。
 頭の中に何かが構築されていく。バラバラにされたピースが揃ったことで、ようやく完成されていく。

 記憶は消されてなどいない。あくまで認識を書き換えられ、阻害されているだけ。
 本当の記憶が認識できるようになれば、元に戻すのは容易だった。
 少なくとも、ミモザにとっては。

『許してくれミモザ。我は悲しみを引きずったまま、ともに過ごしたくはなかった。何処までも平穏な時間を歩んでいきたかったのだ。お前と二人で』
『お前と出会ってからの日々なぞ数千年生きた我にとってほんの一瞬にすぎなかったのだからな。もっとミモザの傍にいたかった』

 誰かの言葉が明瞭に認識できる。

『まさかとは思うけれども、本気で分からないつもりでいるのなら教えてあげるわ』
『弱さを知ってしまったのよ。自分がどれだけ努力を束ねてきても、どれだけの偉業を束ねてきても、もうこの世界には、必要がないって分かってしまったから』

 誰の言葉だったのかをはっきりと思い出すことができる。

『そうよ。ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんはあなたの力がとても羨ましかった。自分にはできないことをどんどんできてしまえるから。だからそんなあなたと並んで歩いていきたくなったのよ』

 月の如き美しき銀髪と、血の如き紅き瞳の少女。
 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
 二人の少女の言葉が、ミモザの脳裏をリフレインする。

『さっちゃんとの約束だからね。今度は私が嫌われ者になってあげるわ』

 最後のピースが再生され、目の前が真っ白になる。
 それが記憶の終点。ここまで追ってきた、求めてきた記憶。

「思い……出した!」

 ミモザの目が見開かれる。圧縮された塊が脳髄にぶち込まれるような衝撃だった。

「世界を恐怖に陥れた魔王、そして、月の民フィテウマ・サタナムーン。それが私の親友、フィーさんの正体」

 そのとき、ミモザの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、頬に一筋の線を残した。


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次のエピソードへ進む 第220話 泣き止んで収束


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「なるほど、どうやら君と僕とでは正反対のようだね。そして今分かったよ。君が、君がミモザ・アレフヘイム。そうなんだろ?」
「え? わ、私の名前を……?」
「当然知ってるさ。君も僕やロベリアと同じ優れた技術者なのだからね」
 面を切って、切り替えた笑顔でナルシスはそう言い切った。その嬉々とした表情は何処か、仲間を見つけたかのような嬉しさに満ちているようだった。
「何せ、君の名前は遠く離れたパエデロスからレッドアイズにまで届いている。これがどれほどのことか」
「え、えへへ……」
 誉められて悪い気はしないのか、照れ照れとした笑みで返す。
「噂では、太陽に照らされる小麦の如く輝く金髪に、透き通る空の如く蒼い瞳を持つ、とても愛らしい容姿をしたエルフだと聞いている。なるほど、てっきりもう少し幼い印象を持っていたが、君は噂に違わず愛らしい」
「はへ!?」
 すたすたと、ナルシスはミモザとの距離を詰め、その手をとり、口づけしていた。
 あまりにも鮮やかすぎる手際に、ミモザも反応が遅れてしまう。
「この国の連中は人種で差別する者も多いが、この僕は違う。どのような種族であれ優れた者は優れた者であることに変わりない。麗しの君、才に恵まれた君。嗚呼、君はとても美しい」
「え、あの、そのぅ……?」
 あまり経験のないことに、さしものミモザも困惑する。
 思えば、パエデロスでも子供扱いされることは多々あれど、大人の女性として口説かれたことはただの一度としてない。
 そのため、今ミモザはナルシスに何を言われているのか理解できていない。
「君の親友が君を見つけ出したように、僕がこうして君と出会ったのも必然だとは思わないかい?」
「ええと……?」
 戸惑うミモザと酔いしれたナルシス。
 その二人の間に体をねじ込むようにしてパエニアがズイっと割り込む。
「おい、オッサン。こんなときにナンパしてんじゃねえよ」
「オッ……サンっ!? ひょっとして、もしかして、それはこの僕のことを言っている言葉なのかな? そうなのかな? 聞き間違いじゃあないかねぇ? 容姿端麗なこのナルシス・ダフデイルスを指して、まさかまさかまさか、よもやよもやよもや」
 ナルシスは謎ポーズを決めて、動揺を落ち着かせようとする。
 あるいは、それはパエニアに対する威嚇だったのかもしれない。
 一呼吸つき、もう一度謎ポーズを決めながら、パエニアに向き直る。
「君の顔は何処かで見たことがあるような気がする。そうだ、似ているんだ。あのサー・クヤック団長に。目元が彼にそっくりだ。ということは、君は、そうか。パエニアだな? パエニア・ラクトフロニア。そうだろう?」
「お、おう……俺の親父のことを知ってるのか」
 全然冷静さを取り戻している様子のないナルシスは早口でまくし立てる。
 頭はよく回っているようには思えるが、いっそ加速しすぎているくらい。
「あの勇敢なる騎士団長のことを知らぬものがいるものか。ジャーカランダー大陸での|殿《しんがり》戦で膝に毒矢を受けなければ引退することもなかったろう。彼もまた優秀な男、素晴らしき戦士、美しき華……」
 うっとりとした口調で語るナルシスの表情を見て、パエニアはドン引きだ。
 その真後ろのミモザはハッとした表情で何かに気付く。
「やはり、あなたたちには改竄される前の記憶があるんですね?」
 確信を持った発言に、ナルシスも眉をひそめる。
「おっとっと? これはこれは口が滑ってしまったかな? 僕としたことが。僕はこれでも口が堅い方ではあるんだけどね。いやはや、これはうっかりしてしまった」
 口が堅いというのは明確に嘘だとは分かった。
 あるいは本人が自覚できていないだけだろうか。
 そんなことよりも。
 レッドアイズ国の歴史に関しては多くの者が記憶を改竄され、またクーデターの中で記録された書物も燃やされてしまっている。
 クヤックの息子であるパエニアが父親の過去を思い出せなかったように、またレッドアイズの王子であるコリウスが自分の国が何処と戦争していたのかを思い出せなかったように、誰かの過去を言及することはできなかったはずだった。
 それをすらすらと思い出せるということは、少なくともあのカルミアと同じくナルシスも過去の記憶を認識できるということに他ならない。
「私たちは書き換えられた記憶を追っているんです。どうして記憶が改竄されてしまったのか、その理由を」
 ミモザがそこまで言い終えると、ナルシスは吹き出してしまいそうな顔を見せ、ニヤニヤとしたニヤケ面で口を開く。
「答える義理はないけど、特別に教えてあげるよ。君の頼みならね」
 自称、口が堅いといった男は何処にいったのか、さも無知な子供に勉強を教えるような上から目線な態度を見せる。
「記憶を改竄《《させた》》のは君の親友、フィテウマ・サタナムーン。そして、その理由は世界を平和なものにするため。これで全部だけど、満足した?」
 こんなことも知らないなんて、と嘲笑う顔をしている。
 そして、あっさりと答えてのけたナルシスに対し、ミモザの表情はポカンとしていた。記憶のピースが繋がり、確信を抱くと同時に、あまりにもあっけない答えに、不思議なほど感情の高ぶりを覚える。
「幻惑系統の魔法には覚えがあってね。特に記憶の改竄なんて大げさなものは、感知するのも造作もなかった。この僕の手を持ってしてでも三日も掛かったけど元の記憶を引っ張り出してやったのさ」
 ペラペラと口の回るナルシスを前に、ミモザの表情は少しずつ曇っていく。
 ナルシスの言葉はとうに聞こえてなどいない。
 頭の中に何かが構築されていく。バラバラにされたピースが揃ったことで、ようやく完成されていく。
 記憶は消されてなどいない。あくまで認識を書き換えられ、阻害されているだけ。
 本当の記憶が認識できるようになれば、元に戻すのは容易だった。
 少なくとも、ミモザにとっては。
『許してくれミモザ。我は悲しみを引きずったまま、ともに過ごしたくはなかった。何処までも平穏な時間を歩んでいきたかったのだ。お前と二人で』
『お前と出会ってからの日々なぞ数千年生きた我にとってほんの一瞬にすぎなかったのだからな。もっとミモザの傍にいたかった』
 誰かの言葉が明瞭に認識できる。
『まさかとは思うけれども、本気で分からないつもりでいるのなら教えてあげるわ』
『弱さを知ってしまったのよ。自分がどれだけ努力を束ねてきても、どれだけの偉業を束ねてきても、もうこの世界には、必要がないって分かってしまったから』
 誰の言葉だったのかをはっきりと思い出すことができる。
『そうよ。ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんはあなたの力がとても羨ましかった。自分にはできないことをどんどんできてしまえるから。だからそんなあなたと並んで歩いていきたくなったのよ』
 月の如き美しき銀髪と、血の如き紅き瞳の少女。
 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
 二人の少女の言葉が、ミモザの脳裏をリフレインする。
『さっちゃんとの約束だからね。今度は私が嫌われ者になってあげるわ』
 最後のピースが再生され、目の前が真っ白になる。
 それが記憶の終点。ここまで追ってきた、求めてきた記憶。
「思い……出した!」
 ミモザの目が見開かれる。圧縮された塊が脳髄にぶち込まれるような衝撃だった。
「世界を恐怖に陥れた魔王、そして、月の民フィテウマ・サタナムーン。それが私の親友、フィーさんの正体」
 そのとき、ミモザの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、頬に一筋の線を残した。