第218話 優れた者の分岐点

ー/ー



 エレベーターが停止し、僅かな揺れに体勢を崩しかける約二名を横に、鉄の大扉がひとりでに開かれていく。研究員の説明の通りならばその先は駅舎だ。

 レッドアイズ城に来たとき最初に訪れた列車のある施設。ここまでくれば外へと脱出する手段はいくらでもあるし、衛兵も待機しているから安全なはずだった。

「ふぇ……っ?」

 エレベーターが開いた先にあった光景は予想に反していた。兵士たちが倒れており、争った形跡だらけで床も壁もボロボロだ。一体何が暴れたらこうなるというのか。

 そんな凄惨な状況の中、ガシャンガシャンと鉄製の足音を立てて、一体の魔導機兵(オートマタ)が現れた。甲冑姿のソレは無傷な様子で平然としている。

「これは一体、何があったんですか?」

 研究員の男が魔導機兵に近寄り、訊ねようとする。

「ま……待てっ! そいつに、近付くな!」
「えっ?」

 倒れていた兵士の一人が絞り出すような声で叫んだが、遅かった。研究員の目の前にいた魔導機兵はその大きな両手で研究員をがっしりと捕捉する。

『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』

 目をチカチカと点滅させながら狂ったように同じ言葉を延々と繰り返し、そして次の瞬間、魔導機兵の目から光線が放たれる。

「ぎゃああああぁぁぁああっ!!」

 一瞬のうちに研究員は全身が火だるまとなり、魔導機兵の腕の中で悶える。しかし、がっしりと掴んだ腕からは逃れられず、ただただ苦しみが続くばかりだ。

弾ける泡沫の壁(ポッピンソーダ)ぁ!」

 咄嗟にそう唱えたのはミモザだ。
 いつの間にか変身していたミモザの手の先から泡が放たれ、魔導機兵と燃える研究員をまとめて包み込む。
 泡によってすぐさま鎮火され、また滑るようにして魔導機兵の腕の中から研究員がするりと落ちる。

『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
 目標を変えたのか、ミモザの方に向き直り、魔導機兵が襲いかかろうとする。

 しかし、既に床は泡でいっぱいになっており、足をとられた魔導機兵はそのまま滑って転び、立ち上がろうとしてもぬるぬるした床に対処できずもがくばかりだ。

「こいつ、おかしくなってやがる!」
「そんな……魔導機兵が故障するなんて!?」

 目の前でジタバタと暴れる魔導機兵に唖然としていると、向こうから新たに魔導機兵がゾロゾロと現れる。増援なのは間違いないが、味方ではないことも間違いなかった。

『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』

 先ほど研究員を攻撃した魔導機兵と同じく、目がチカチカとデタラメな色に明滅しており、倒れている兵士には目もくれず、ミモザたちの方に向かってくる。

「おい、出口をふさがれちまったぞ! どうすんだよ王子!」
「そんなこと言われましても。あの向こうに列車を格納した車庫があるのに……」

 例え列車があったとしても、乗れるような状態なのかどうかも怪しいところだ。
 そうこうしているうちにも魔導機兵は増えてくる。

「ちっ……閃光迸る一撃の雷鳴(オーバーボルテージ)!!」

 パエニアの手から電撃が放たれる。
 魔導機兵に直撃するが、効いているようには見えなかった。

「ちょっ、パエニアくん! 壊れたらどうするんですか!? 結構高いんですよ!」
「うるせぇ! もうとっくに壊れてんだろが!」

 男子二人がやいのやいのしている間にもガシャンガシャンと足音を立てて、魔導機兵の集団が距離を詰めてくる。

「壊れてなんかいないさ。むしろ、この僕が直してやったんだよ」

 不意に、魔導機兵の集団が左右に分かれたかと思えば、その中央から吟遊詩人のような格好をした男が現れた。

「あ、あなたはナルシスさん!」
「そう、僕さ、ナルシスさ」

 キザったらしく、前髪をシャッと意味もなく払ってみせる。

「誰だ? 知り合いか?」
「魔導技師ですよ! 超有名人です! 魔導機兵を発案した人をなんで知らないんですか!」

 コリウスがあまりにも声を荒げるものだからパエニアも引いてしまう。一応パエニアも名前だけは耳にしていた。

「その通り。軍事国家レッドアイズの兵器開発の三割はこの僕、ナルシス・ダフデイルスの手掛けたものなのだよ。僕がいなければ、君たちが今乗ってきたエレベーターだってなかったのさ!」

 これみよがしなくらい、決めポーズをパエニアに向かって見せる。その格好と顔を見て、先ほど研究棟で見かけた本にあった写真と一致していることに気付き、パエニアも理解した。

 どうやらあの決めポーズは普段からやっているらしい。

「そ、それじゃあ、レッドアイズの列車を造ったのも?」
「そう、僕さ。ま、あれは基本設計だけだけどね」
「凄いです! あんな巨大な魔導機構を発明できるなんて!」
「そうさ、僕は凄いのさ! 何故なら僕はナルシス。ナルシス・ダフテイルスだからさ。あっはっはっは!」

 噛み合っているんだかいないんだか、ミモザの称賛する言葉にナルシスは上機嫌になって笑いだす。

「じゃあ、ナルシスさんはどうしてこんなことをするんですか。そんなに優れた技術があったならもっと素晴らしいことができたと思います」
「簡単なことさ。レッドアイズの連中はこの僕を便利なものとしか見なくなったんだ。そりゃあ最初こそ褒め称えてはくれたよ? でもね、誉めたら何でもするようなお人好しじゃないわけ」

 わざとらしいくらい唸るように首を傾ける。

「もっと凄いのもっと凄いの、から、さらにやってさらにやって、とキリがない。かといってコイツ含めた研究員どもは僕やロベリアの物真似するばかりで進歩しやしない」

 語尾を強めて、表情を固める。

「しまいにゃ、なんだい。兵器を開発した張本人だからどうだとか、恐ろしい技術を持ったマットサイエンティストがなんだとか、急に国の旗色悪くなった途端、手のひら返して僕を悪者扱い。切り捨てようとしてくれちゃってさ」

 ナルシスは、もうピクリとも笑っていない。

「この僕を切り捨てる? なんて愚かな。だから僕の方からこんな国、切り捨てることにしたんだよ」

 怒りの感情を込められたその表情は、その瞳は、一言で言い表せないほど黒く、濁って見えた。

「君には分かるかい? この僕の気持ちが。都合のいいときは優れた技術者だと誉めるくせに、都合が悪くなれば危険な技術者だとなじり始める、腐った連中を相手にしてきたと分かってしまった、この気持ちが!」

 そこまで押し黙っていたミモザが、ようやくして口を開く。

「私も、少しは分かるかもしれません。勿論、私は元々優れた技術者ではありませんでした。それでも一所懸命、魔具を作り続け日銭を稼いでいました」

 自分の手の中に握られた魔石の破片に視線を落とし、ふと思い返す。

「知らない男の人に蹴飛ばされたこともありました。せっかく作った魔具を馬鹿にされて壊されたこともありました。とてもとても、悲しいことばかりでした」

 グッと拳を握りしめ、涙を堪えるような表情で言葉を続ける。

「そんなとき、私の魔具は素晴らしいって言ってくれた人がいたんです。私のために材料を集めてくれたり、お店を建ててくれたり……」

 ミモザは少し俯きながら小さく、ふぅと息をもらす。

「そうしたら、今では色んな人が私の作った魔具は素晴らしいって誉めてくれるようになったんです。遠くの国からも私の作った魔具を買いに来るお客さんもいるんですよ」

 そして、えへへと小さく笑う。

「だから私は私のために尽くしてくれた人――親友のために頑張るって決めたんです」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第219話 魔王の記憶


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 エレベーターが停止し、僅かな揺れに体勢を崩しかける約二名を横に、鉄の大扉がひとりでに開かれていく。研究員の説明の通りならばその先は駅舎だ。
 レッドアイズ城に来たとき最初に訪れた列車のある施設。ここまでくれば外へと脱出する手段はいくらでもあるし、衛兵も待機しているから安全なはずだった。
「ふぇ……っ?」
 エレベーターが開いた先にあった光景は予想に反していた。兵士たちが倒れており、争った形跡だらけで床も壁もボロボロだ。一体何が暴れたらこうなるというのか。
 そんな凄惨な状況の中、ガシャンガシャンと鉄製の足音を立てて、一体の|魔導機兵《オートマタ》が現れた。甲冑姿のソレは無傷な様子で平然としている。
「これは一体、何があったんですか?」
 研究員の男が魔導機兵に近寄り、訊ねようとする。
「ま……待てっ! そいつに、近付くな!」
「えっ?」
 倒れていた兵士の一人が絞り出すような声で叫んだが、遅かった。研究員の目の前にいた魔導機兵はその大きな両手で研究員をがっしりと捕捉する。
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
 目をチカチカと点滅させながら狂ったように同じ言葉を延々と繰り返し、そして次の瞬間、魔導機兵の目から光線が放たれる。
「ぎゃああああぁぁぁああっ!!」
 一瞬のうちに研究員は全身が火だるまとなり、魔導機兵の腕の中で悶える。しかし、がっしりと掴んだ腕からは逃れられず、ただただ苦しみが続くばかりだ。
「|弾ける泡沫の壁《ポッピンソーダ》ぁ!」
 咄嗟にそう唱えたのはミモザだ。
 いつの間にか変身していたミモザの手の先から泡が放たれ、魔導機兵と燃える研究員をまとめて包み込む。
 泡によってすぐさま鎮火され、また滑るようにして魔導機兵の腕の中から研究員がするりと落ちる。
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
 目標を変えたのか、ミモザの方に向き直り、魔導機兵が襲いかかろうとする。
 しかし、既に床は泡でいっぱいになっており、足をとられた魔導機兵はそのまま滑って転び、立ち上がろうとしてもぬるぬるした床に対処できずもがくばかりだ。
「こいつ、おかしくなってやがる!」
「そんな……魔導機兵が故障するなんて!?」
 目の前でジタバタと暴れる魔導機兵に唖然としていると、向こうから新たに魔導機兵がゾロゾロと現れる。増援なのは間違いないが、味方ではないことも間違いなかった。
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
『異端者・排除・異端者・排除・異端者・排除……』
 先ほど研究員を攻撃した魔導機兵と同じく、目がチカチカとデタラメな色に明滅しており、倒れている兵士には目もくれず、ミモザたちの方に向かってくる。
「おい、出口をふさがれちまったぞ! どうすんだよ王子!」
「そんなこと言われましても。あの向こうに列車を格納した車庫があるのに……」
 例え列車があったとしても、乗れるような状態なのかどうかも怪しいところだ。
 そうこうしているうちにも魔導機兵は増えてくる。
「ちっ……|閃光迸る一撃の雷鳴《オーバーボルテージ》!!」
 パエニアの手から電撃が放たれる。
 魔導機兵に直撃するが、効いているようには見えなかった。
「ちょっ、パエニアくん! 壊れたらどうするんですか!? 結構高いんですよ!」
「うるせぇ! もうとっくに壊れてんだろが!」
 男子二人がやいのやいのしている間にもガシャンガシャンと足音を立てて、魔導機兵の集団が距離を詰めてくる。
「壊れてなんかいないさ。むしろ、この僕が直してやったんだよ」
 不意に、魔導機兵の集団が左右に分かれたかと思えば、その中央から吟遊詩人のような格好をした男が現れた。
「あ、あなたはナルシスさん!」
「そう、僕さ、ナルシスさ」
 キザったらしく、前髪をシャッと意味もなく払ってみせる。
「誰だ? 知り合いか?」
「魔導技師ですよ! 超有名人です! 魔導機兵を発案した人をなんで知らないんですか!」
 コリウスがあまりにも声を荒げるものだからパエニアも引いてしまう。一応パエニアも名前だけは耳にしていた。
「その通り。軍事国家レッドアイズの兵器開発の三割はこの僕、ナルシス・ダフデイルスの手掛けたものなのだよ。僕がいなければ、君たちが今乗ってきたエレベーターだってなかったのさ!」
 これみよがしなくらい、決めポーズをパエニアに向かって見せる。その格好と顔を見て、先ほど研究棟で見かけた本にあった写真と一致していることに気付き、パエニアも理解した。
 どうやらあの決めポーズは普段からやっているらしい。
「そ、それじゃあ、レッドアイズの列車を造ったのも?」
「そう、僕さ。ま、あれは基本設計だけだけどね」
「凄いです! あんな巨大な魔導機構を発明できるなんて!」
「そうさ、僕は凄いのさ! 何故なら僕はナルシス。ナルシス・ダフテイルスだからさ。あっはっはっは!」
 噛み合っているんだかいないんだか、ミモザの称賛する言葉にナルシスは上機嫌になって笑いだす。
「じゃあ、ナルシスさんはどうしてこんなことをするんですか。そんなに優れた技術があったならもっと素晴らしいことができたと思います」
「簡単なことさ。レッドアイズの連中はこの僕を便利なものとしか見なくなったんだ。そりゃあ最初こそ褒め称えてはくれたよ? でもね、誉めたら何でもするようなお人好しじゃないわけ」
 わざとらしいくらい唸るように首を傾ける。
「もっと凄いのもっと凄いの、から、さらにやってさらにやって、とキリがない。かといってコイツ含めた研究員どもは僕やロベリアの物真似するばかりで進歩しやしない」
 語尾を強めて、表情を固める。
「しまいにゃ、なんだい。兵器を開発した張本人だからどうだとか、恐ろしい技術を持ったマットサイエンティストがなんだとか、急に国の旗色悪くなった途端、手のひら返して僕を悪者扱い。切り捨てようとしてくれちゃってさ」
 ナルシスは、もうピクリとも笑っていない。
「この僕を切り捨てる? なんて愚かな。だから僕の方からこんな国、切り捨てることにしたんだよ」
 怒りの感情を込められたその表情は、その瞳は、一言で言い表せないほど黒く、濁って見えた。
「君には分かるかい? この僕の気持ちが。都合のいいときは優れた技術者だと誉めるくせに、都合が悪くなれば危険な技術者だとなじり始める、腐った連中を相手にしてきたと分かってしまった、この気持ちが!」
 そこまで押し黙っていたミモザが、ようやくして口を開く。
「私も、少しは分かるかもしれません。勿論、私は元々優れた技術者ではありませんでした。それでも一所懸命、魔具を作り続け日銭を稼いでいました」
 自分の手の中に握られた魔石の破片に視線を落とし、ふと思い返す。
「知らない男の人に蹴飛ばされたこともありました。せっかく作った魔具を馬鹿にされて壊されたこともありました。とてもとても、悲しいことばかりでした」
 グッと拳を握りしめ、涙を堪えるような表情で言葉を続ける。
「そんなとき、私の魔具は素晴らしいって言ってくれた人がいたんです。私のために材料を集めてくれたり、お店を建ててくれたり……」
 ミモザは少し俯きながら小さく、ふぅと息をもらす。
「そうしたら、今では色んな人が私の作った魔具は素晴らしいって誉めてくれるようになったんです。遠くの国からも私の作った魔具を買いに来るお客さんもいるんですよ」
 そして、えへへと小さく笑う。
「だから私は私のために尽くしてくれた人――親友のために頑張るって決めたんです」