第217話 緊急脱出口
ー/ー レッドアイズ城の地下に設けられた通路を、研究員に先導されながらミモザ一行は走っていた。時折頭上から地鳴りのような音が響き、通路内も揺れていた。おそらく地上の方では激しい戦闘が行われているのだろう。
「ねえ、ミモザさん。さっきの姿にもう一度なってみませんか?」
ふと、後ろからついてきたコリウスが猫なで声で言う。
きょとんとした顔のミモザは何を言っているのかよく分かっていない様子だ。
「あれは魔力の消費を激しいれすし、あまり長くは使えないんでふよ」
何度かそう説明したはずだったが、納得いっていないようで、繰り返し訊ねる。
そんな様子をジットリとした目で眺めていたのはパエニアだ。
パエニアはなんとなく理解していることがある。
ミモザ自身も分かっていることのはずだが、コリウスの意中の相手はカシアという女性であり、その正体はフィテウマ・サタナムーンを名乗る令嬢。
フィテウマは、ミモザの作った瞬間的人違いを使ってカシアに変身していたことはもはや周知の事実だ。そして、どうやらカシアのときはミモザの姉を自称しており、その際にコリウスを窮地から救ったことがあるらしい。
以来、コリウスはカシアに宛てて恋文を送り続けていた――という話を、誰かから――フィテウマ本人から聞かされたことがあるような気がしていた。
要するに自分を救ってくれたミモザの姉に対して、特別な感情を抱いている。
そこまではいい。そこまでも既に分かっていたことだ。
それを踏まえて、つい先ほどのことだ。
ミモザはレッドアイズ城を襲撃してきたカルミアやサフランを返り討ちにした。
それも、自身の魔具を使い、変身して。
パエニアも、それほどはっきりとまでは思い出すことはできなかったが、あの姿はどう見てもミモザの姉と呼べる容姿をしていた。
ミモザ自身も意識してあのような姿に変身したのではないだろうか。
きっと、コリウスも薄々気付いている。
あるいはおぼろげながらも思い出しているのかもしれない。
以前コリウスを救い出したカシアとミモザを重ね合わせつつあるように思えた。
だから先ほどからずっとミモザに変身するようにお願いしているのだと。
「おい、そんなことより、この通路は何処に繋がっているんだ?」
バツの悪そうな顔を浮かべ、痺れを切らしたようにパエニアが言う。
「城中全部です。他の研究棟や地下貯蔵庫、あと駅舎や城の外にも繋がってますよ」
「それじゃ侵入者入り放題じゃねえか」
間髪入れずパエニアが言い放つ。
「いやいや普段は魔法錠が掛かってますし、いっつも護衛隊の人もついてますから。一番厳重に警戒されているところですよ」
「でも相手は元レッドアイズ側の人間だろ? 魔法錠なんて簡単に解けそうだしよ、護衛隊よりも強い連中だったら意味ないんじゃねえのか?」
カルミアやサフランの侵入を許している点がよほど気に掛かっているらしい。
実際のところ、魔法のエキスパートや格闘のエキスパートが揃っていた。
加えて、城に勤めていたともなれば、隠し通路の事情も把握しているはずだ。
「わ、私の方からも説明いたしましょう……はぁはぁ」
先頭を走る研究員の男が息を切らせながら言う。あまり普段は運動しない様子。
「一口に魔法錠といっても城の者なら誰でも開けるわけではありません。研究棟なら研究棟の職員のみ。駅舎なら当然管理人のみが開けられるようにしてあります」
「それは面白い仕組みでふね。興味がありましゅ」
横からミモザが入り込んでくる。
「護衛隊の中にも魔導機兵がおりますし、異常があれば即座に増援が参ります」
さも研究員は誇らしげに言う。
「じゃあ、なんで侵入されたんだよ」
パエニアの容赦ないツッコミに、研究員も足が鈍くなる。
「それはロベリア様たちには空間魔法の心得があるからです」
「空間魔法……って壁をすり抜けたり、遠くへ一瞬で移動する魔法か?」
「ええ、その通りです。勿論対策はしているのですが、高度な魔法には、より高度な魔法で対策するのが定石。我々の技術力では到底ロベリア様たちには及びません」
言い換えると、どれだけ強固な守りにしたところで意味がないように聞こえる。
魔法錠だとか魔導機兵だとか、いくらあっても飛び越えられてしまうのだから。
「高位魔導士でもレッドアイズ城内で空間魔法を使おうものならただちに隔離され、牢獄に幽閉されるようになってはいるのですが……」
そもそも空間魔法そのものが高度な魔法であり、並みの魔導士では発動することもできないくらい敷居の高い部類。それに対策ができていることも実際、高度な話で、対策を対策することなんてまさに次元が違う。
「そういえば前に、臨海学校の時にありましたよね、空間魔法」
ハッとしたようにコリウスが声を上げる。
あまりの明るい声にパエニアどころかミモザまで変な顔をする。
「あのときは確か、コリウスくんの命が狙われてましらね……」
「そうです、そうです!」
自分が殺されていたかもしれなかったというのに嬉々として語るコリウスの純粋な笑みは一周回って引いてしまう。
「気付いたら馬車ごと霧の中にいたから覚えてねえが……マーガが空間魔法を破ったんだっけか?」
「おお、キッキバル様ですか。あの方も呪術師でありながら空間魔法の扱いに長けておりました。何せ、空間魔法対策を施したのもキッキバル様ですから」
意外なところから歓喜の声が飛んでくる。
研究員からもよほど慕われている様子がうかがえた。
パエデロスでは学校の先生という立場で、生徒だったミモザたちにとっては印象が少し異なる。勿論優れた呪術師であることは知識としては持ち合わせてはいたものの普段が普段、ずぼらな調子が滲み出ていた記憶の方が濃い。
「ほへ~……やっぱりすごい人らったんですね、マーガしぇんしぇい」
「対策してても侵入許してるし攻撃もされてるけどな」
地下通路の中で延々と談話が続き、ややもすると正面に大扉が見えてきた。
鉄板でできた四角い扉で、鍵穴どころか取っ手のようなものも見当たらない。
「行き止まりれすか?」
「いえ、これは地上に向かうエレベーターです」
「えれべーたー?」
聞きなれない単語に、ミモザが首を傾げる。
「滑車を利用した大型の昇降機です。レッドアイズ国では高低差のある建物も多く、各所に普及しております。起動にはこちらの端末に魔法鍵を当てます」
そういって研究員は懐から鍵というよりも水晶のような石を取り出す。
それを壁側にあったでっぱりに押し当てると、水晶が光りだし、鉄の大扉が勝手に左右へスライドして開いていった。
「ふおぉ~、面白い仕組みれす!」
「さあ、王子、皆様、上へまいりましょう」
研究員の男にうながされるまま、一行はエレベーターの中へと入る。
中は鉄板で囲まれた箱のようになっており、広さはあるものの、閉塞的だった。
窓すらなく、全員が入ったのを見計らったかのようにまた大扉が閉まっていく。
またあの水晶のような鍵を壁に当てるとほんわりと光り始め、そのまま壁に文字が浮かび上がっていく。どうやら階層を示しているらしい。
研究員が一番上の文字に触れると、部屋全体が動き出す。
「わわわ……、しゅごいれす、体が浮かんでるみたいでふ!」
言葉通りに、滑車によって部屋ごと持ち上げられている感覚だった。
感動するミモザ、平然な顔をしているコリウス、そして足がガクガクに震えているのに何もないように振舞おうとしているパエニアを乗せたエレベーターは上昇する。
「ねえ、ミモザさん。さっきの姿にもう一度なってみませんか?」
ふと、後ろからついてきたコリウスが猫なで声で言う。
きょとんとした顔のミモザは何を言っているのかよく分かっていない様子だ。
「あれは魔力の消費を激しいれすし、あまり長くは使えないんでふよ」
何度かそう説明したはずだったが、納得いっていないようで、繰り返し訊ねる。
そんな様子をジットリとした目で眺めていたのはパエニアだ。
パエニアはなんとなく理解していることがある。
ミモザ自身も分かっていることのはずだが、コリウスの意中の相手はカシアという女性であり、その正体はフィテウマ・サタナムーンを名乗る令嬢。
フィテウマは、ミモザの作った瞬間的人違いを使ってカシアに変身していたことはもはや周知の事実だ。そして、どうやらカシアのときはミモザの姉を自称しており、その際にコリウスを窮地から救ったことがあるらしい。
以来、コリウスはカシアに宛てて恋文を送り続けていた――という話を、誰かから――フィテウマ本人から聞かされたことがあるような気がしていた。
要するに自分を救ってくれたミモザの姉に対して、特別な感情を抱いている。
そこまではいい。そこまでも既に分かっていたことだ。
それを踏まえて、つい先ほどのことだ。
ミモザはレッドアイズ城を襲撃してきたカルミアやサフランを返り討ちにした。
それも、自身の魔具を使い、変身して。
パエニアも、それほどはっきりとまでは思い出すことはできなかったが、あの姿はどう見てもミモザの姉と呼べる容姿をしていた。
ミモザ自身も意識してあのような姿に変身したのではないだろうか。
きっと、コリウスも薄々気付いている。
あるいはおぼろげながらも思い出しているのかもしれない。
以前コリウスを救い出したカシアとミモザを重ね合わせつつあるように思えた。
だから先ほどからずっとミモザに変身するようにお願いしているのだと。
「おい、そんなことより、この通路は何処に繋がっているんだ?」
バツの悪そうな顔を浮かべ、痺れを切らしたようにパエニアが言う。
「城中全部です。他の研究棟や地下貯蔵庫、あと駅舎や城の外にも繋がってますよ」
「それじゃ侵入者入り放題じゃねえか」
間髪入れずパエニアが言い放つ。
「いやいや普段は魔法錠が掛かってますし、いっつも護衛隊の人もついてますから。一番厳重に警戒されているところですよ」
「でも相手は元レッドアイズ側の人間だろ? 魔法錠なんて簡単に解けそうだしよ、護衛隊よりも強い連中だったら意味ないんじゃねえのか?」
カルミアやサフランの侵入を許している点がよほど気に掛かっているらしい。
実際のところ、魔法のエキスパートや格闘のエキスパートが揃っていた。
加えて、城に勤めていたともなれば、隠し通路の事情も把握しているはずだ。
「わ、私の方からも説明いたしましょう……はぁはぁ」
先頭を走る研究員の男が息を切らせながら言う。あまり普段は運動しない様子。
「一口に魔法錠といっても城の者なら誰でも開けるわけではありません。研究棟なら研究棟の職員のみ。駅舎なら当然管理人のみが開けられるようにしてあります」
「それは面白い仕組みでふね。興味がありましゅ」
横からミモザが入り込んでくる。
「護衛隊の中にも魔導機兵がおりますし、異常があれば即座に増援が参ります」
さも研究員は誇らしげに言う。
「じゃあ、なんで侵入されたんだよ」
パエニアの容赦ないツッコミに、研究員も足が鈍くなる。
「それはロベリア様たちには空間魔法の心得があるからです」
「空間魔法……って壁をすり抜けたり、遠くへ一瞬で移動する魔法か?」
「ええ、その通りです。勿論対策はしているのですが、高度な魔法には、より高度な魔法で対策するのが定石。我々の技術力では到底ロベリア様たちには及びません」
言い換えると、どれだけ強固な守りにしたところで意味がないように聞こえる。
魔法錠だとか魔導機兵だとか、いくらあっても飛び越えられてしまうのだから。
「高位魔導士でもレッドアイズ城内で空間魔法を使おうものならただちに隔離され、牢獄に幽閉されるようになってはいるのですが……」
そもそも空間魔法そのものが高度な魔法であり、並みの魔導士では発動することもできないくらい敷居の高い部類。それに対策ができていることも実際、高度な話で、対策を対策することなんてまさに次元が違う。
「そういえば前に、臨海学校の時にありましたよね、空間魔法」
ハッとしたようにコリウスが声を上げる。
あまりの明るい声にパエニアどころかミモザまで変な顔をする。
「あのときは確か、コリウスくんの命が狙われてましらね……」
「そうです、そうです!」
自分が殺されていたかもしれなかったというのに嬉々として語るコリウスの純粋な笑みは一周回って引いてしまう。
「気付いたら馬車ごと霧の中にいたから覚えてねえが……マーガが空間魔法を破ったんだっけか?」
「おお、キッキバル様ですか。あの方も呪術師でありながら空間魔法の扱いに長けておりました。何せ、空間魔法対策を施したのもキッキバル様ですから」
意外なところから歓喜の声が飛んでくる。
研究員からもよほど慕われている様子がうかがえた。
パエデロスでは学校の先生という立場で、生徒だったミモザたちにとっては印象が少し異なる。勿論優れた呪術師であることは知識としては持ち合わせてはいたものの普段が普段、ずぼらな調子が滲み出ていた記憶の方が濃い。
「ほへ~……やっぱりすごい人らったんですね、マーガしぇんしぇい」
「対策してても侵入許してるし攻撃もされてるけどな」
地下通路の中で延々と談話が続き、ややもすると正面に大扉が見えてきた。
鉄板でできた四角い扉で、鍵穴どころか取っ手のようなものも見当たらない。
「行き止まりれすか?」
「いえ、これは地上に向かうエレベーターです」
「えれべーたー?」
聞きなれない単語に、ミモザが首を傾げる。
「滑車を利用した大型の昇降機です。レッドアイズ国では高低差のある建物も多く、各所に普及しております。起動にはこちらの端末に魔法鍵を当てます」
そういって研究員は懐から鍵というよりも水晶のような石を取り出す。
それを壁側にあったでっぱりに押し当てると、水晶が光りだし、鉄の大扉が勝手に左右へスライドして開いていった。
「ふおぉ~、面白い仕組みれす!」
「さあ、王子、皆様、上へまいりましょう」
研究員の男にうながされるまま、一行はエレベーターの中へと入る。
中は鉄板で囲まれた箱のようになっており、広さはあるものの、閉塞的だった。
窓すらなく、全員が入ったのを見計らったかのようにまた大扉が閉まっていく。
またあの水晶のような鍵を壁に当てるとほんわりと光り始め、そのまま壁に文字が浮かび上がっていく。どうやら階層を示しているらしい。
研究員が一番上の文字に触れると、部屋全体が動き出す。
「わわわ……、しゅごいれす、体が浮かんでるみたいでふ!」
言葉通りに、滑車によって部屋ごと持ち上げられている感覚だった。
感動するミモザ、平然な顔をしているコリウス、そして足がガクガクに震えているのに何もないように振舞おうとしているパエニアを乗せたエレベーターは上昇する。
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