【???】厄災に影は無し

ー/ー



 闇の騎士団ナイト・シェードが軍事国家レッドアイズを襲撃開始してから数刻。
 首謀者は、かつて賢者と呼ばれ、国の腹心として仕えてきたロベリアとされるが、その当の本人の姿は捕捉されてはいなかった。

 貧困層の民衆が集団で武装し、街々を破壊し続けるも、指揮官すらいない無作為な活動はレッドアイズ側としては思いの外容易に御しきれた。
 大量製造された魔導機兵(オートマタ)の存在もそうだが、腐っても軍事国家の名に恥じぬ兵力はいかに高技術の魔具で武装されていても所詮は民間人。制圧できないはずもない。

 ややもすれば、レッドアイズ全土を巻き込んだ一連の襲撃も目算を誤った浅はかな作戦だったように思わされたが、中枢である王城が攻め込まれたことにより一転。

 王城を取り囲む中央都市の襲撃を食い止めていれば、必然とその中心にある王城を守れると思い込まされていた。その実、既に伏兵は中枢にまで潜り込んでいたのだ。

 レッドアイズの護衛隊長を務めるリンドーもまた、一杯食わされた身。
 中央都市に駆り出された直後に城へ戻る羽目になり、後れを取ってしまっていた。

 慌てて城門まで戻ったリンドーの前に兵士が駆け込んでくる。

「リンドー隊長! 報告します!」
「うむ。被害状況はどうなってやがる?」

 魔導機兵と見間違うほどガチガチに武装したリンドーが渋い顔で耳を傾ける。

「はっ! レッドアイズ城の研究施設三棟が半壊、軍備工場も壁が倒壊し瓦礫により封鎖されております! うち、第三研究棟にカルミア、サフラン両名の姿を確認」

 そこでまたリンドーの表情に渋みが増す。
 そのどちらも武装した民衆など比にならないほど厄介だと知っているからだ。

「何ぃ? 今二人はどうしてる?」
「はっ! カルミアは半壊した棟内で意識を失っておりました。重傷を負っており、応急手当を施された形跡あり。サフランにつきましては研究棟から鉄球らしきものと飛来していく姿を確認されましたが、そのままレッドアイズの領空から失踪。現在の消息は不明です」

 その報告を受けて、リンドーの表情が崩れた。
 あまりに奇妙な状況に、理解が遅れてしまったためだ。

 カルミアを重症に追い込めるものなどこのレッドアイズ国内でもそう多くはない。
 しかも、応急手当されていた点も腑に落ちない。

 その状況では、サフランに手当されたと考えるのが妥当なのだろうが、リンドーはその男のことをよく理解している。

 サフランは力を絶対主義とする堅物の男であり、弱者や敗北者に情けは掛けない。
 例え相手が女であろうとサフランの判断基準は絶対的力であり、他人を手当てする優しさなど持ち合わせてなどいないはず。

 そもそも手当しただけで重傷な状態のカルミアを研究棟に残すのも妙だ。
 向こうからすれば敵の本拠地なのだから、連れて帰るべきだろう。
 もし、そこに仲間がいたとするならば。

 加えて、最も理解に苦しむのは、鉄球とともにレッドアイズの領空を飛んでいったサフランの存在だ。簡単に言ってのけるが、国外までどうすれば飛べるのか。
 いくらサフランが鋼鉄を凌駕する剛腕の持ち主でも空は飛べない。
 己の腕力だけを信じるサフランは魔法も使えないし、習得するつもりもないはず。

 まさかサフランが自分で投げた鉄球に跨って脱出を試みたとでもいうのか。

 レッドアイズ城が直接襲撃されている現状、これ以上誤った判断はできない。
 だが、報告された情報だけでは状況を把握しきれない。

「……カルミアは戦闘不能、サフランは戦線離脱でいいんだな?」
「はっ!」
「じゃあ、ロベリアとナルシスは城内、あるいは中央都市にいたか?」
「いえ、その両名は未だ確認しておりません!」
「よし、分かった。カルミアは厳重に拘束。ロベリアとナルシスを全力で探せ!」

 リンドーは少し悩んだ後、指示を出す。
 あまりごちゃごちゃ考えすぎても仕方ない、と一旦保留することにした様子。

 まだ、レッドアイズの中央都市の暴動も完全には沈静化してはいない。
 それも時間の問題と思われるが、レッドアイズ城も襲撃されてしまっている現状、優先順位を逐一切り替えていかなければならない。

 どうやら危険視すべき脅威である二名は事実上排除されたようだったが、二人よりさらに要注意人物であるロベリアとナルシスの姿が確認されていないのはあまりにも不穏としか言いようがない。

 何を隠そう、リンドーも彼らとは肩を並べていた。その当時でも、危うさの片鱗を幾度と感じ取っていたものの、彼らほど頼りになる仲間はいなかったと今も思う。
 かつてレッドアイズ側についていた頃は、救世主とされるほどの活躍を見せたが、完全な敵側に回ってしまった今は、厄災以外の何ものでもない。

 考えうることの何が起きたとしても不思議ではない。
 予想もできない何かが起きたとしてもおかしくはない。

 長年軍事国家として名を馳せ、他国を寄せ付けない脅威を持つレッドアイズの城がものの短期間に数度襲撃されていることの異常性を理解できないものはいない。
 無数の魔導機兵や騎士団によって堅牢に守られているというのに、何故、侵入者を許しているのか。それは決して慢心などではない。彼らが厄災だからだ。

 無論、長年問題視されていた貧困層に積もり重なる憎悪を解消しきれなかったのは国としての落ち度といえるかもしれないが、それを束ねて簡易な兵に仕上げる手腕はやはり常人ならざる技量と言えよう。

「くそ……あいつらが何を考えてるのかサッパリ分からん! こんなときロータスがいてくれたらな……」

 ロータス・ネルムフィラ。このレッドアイズでその名を知らぬ者はいない。
 元は辺境の田舎から傭兵業で食いつないでいただけの放浪者だった。
 気付いた頃にはレッドアイズに流れ着いていて、英雄にまで上り詰めた。

 世界を恐怖に陥れた「  」を討伐するにまで至った真なる「  」ロータス。
 人々の記憶が改竄されている今、ロータスが「  」だったと認識している者も、そう多くはないが、それでも人々の記憶には残っている。

 この国を治める王族以外で、この地、レッドアイズにその名を刻んだ英雄。
 「  」ロータスを始めとし、リンドー、ダリア、マルペル、シゲル。
 そしてロベリア、カルミア、サフラン、ナルシスの八人。

 出生や身分もバラバラな彼らをまとめていたのは誰でもないロータスだった。
 同じ目的を掲げ、ともに「  」を打ち滅ぼした仲間だった。

 はたして、「  」とは何だったのか。
 どうして、「  」と呼ばれるようになったのか。
 その記憶ばかりはリンドーでも思い返すのは難しい。

 だが、それでも。
 ロータス・ネルムフィラという男が、偉大なことを成し遂げたという事実だけは、はっきりと思い返すことができる。

 何処までもお人好しで、他人の泥まで平気で被る、正義面した正義感。
 そんな彼の面影が滲んだりはしない。

 だからこそリンドーたちはロータスとともに歩んでいた。
 だからこそロベリアたちはロータスのもとから離れていった。

 ロータスが「  」を倒したあの日から全てが分岐したのだ。
 誰も予想だにしていなかったことだろう。
 かつてのレッドアイズの英雄が二つに分かれ、厄災に成ろうとは。

 例えこの場にロータスがいようと決して彼らを引き留めることはできないだろう。
 それでも、心強い味方になってくれることだけは確信できる。

 かつて「  」と戦った友なのだから。

「ちっ、感傷に浸ってる場合じゃあないな。……アイツはもう、いないんだから」

 頭を振り、小さくぼやきつつ、リンドーはレッドアイズ場内へと歩を進めた。


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次のエピソードへ進む 第217話 緊急脱出口


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 闇の騎士団ナイト・シェードが軍事国家レッドアイズを襲撃開始してから数刻。
 首謀者は、かつて賢者と呼ばれ、国の腹心として仕えてきたロベリアとされるが、その当の本人の姿は捕捉されてはいなかった。
 貧困層の民衆が集団で武装し、街々を破壊し続けるも、指揮官すらいない無作為な活動はレッドアイズ側としては思いの外容易に御しきれた。
 大量製造された|魔導機兵《オートマタ》の存在もそうだが、腐っても軍事国家の名に恥じぬ兵力はいかに高技術の魔具で武装されていても所詮は民間人。制圧できないはずもない。
 ややもすれば、レッドアイズ全土を巻き込んだ一連の襲撃も目算を誤った浅はかな作戦だったように思わされたが、中枢である王城が攻め込まれたことにより一転。
 王城を取り囲む中央都市の襲撃を食い止めていれば、必然とその中心にある王城を守れると思い込まされていた。その実、既に伏兵は中枢にまで潜り込んでいたのだ。
 レッドアイズの護衛隊長を務めるリンドーもまた、一杯食わされた身。
 中央都市に駆り出された直後に城へ戻る羽目になり、後れを取ってしまっていた。
 慌てて城門まで戻ったリンドーの前に兵士が駆け込んでくる。
「リンドー隊長! 報告します!」
「うむ。被害状況はどうなってやがる?」
 魔導機兵と見間違うほどガチガチに武装したリンドーが渋い顔で耳を傾ける。
「はっ! レッドアイズ城の研究施設三棟が半壊、軍備工場も壁が倒壊し瓦礫により封鎖されております! うち、第三研究棟にカルミア、サフラン両名の姿を確認」
 そこでまたリンドーの表情に渋みが増す。
 そのどちらも武装した民衆など比にならないほど厄介だと知っているからだ。
「何ぃ? 今二人はどうしてる?」
「はっ! カルミアは半壊した棟内で意識を失っておりました。重傷を負っており、応急手当を施された形跡あり。サフランにつきましては研究棟から鉄球らしきものと飛来していく姿を確認されましたが、そのままレッドアイズの領空から失踪。現在の消息は不明です」
 その報告を受けて、リンドーの表情が崩れた。
 あまりに奇妙な状況に、理解が遅れてしまったためだ。
 カルミアを重症に追い込めるものなどこのレッドアイズ国内でもそう多くはない。
 しかも、応急手当されていた点も腑に落ちない。
 その状況では、サフランに手当されたと考えるのが妥当なのだろうが、リンドーはその男のことをよく理解している。
 サフランは力を絶対主義とする堅物の男であり、弱者や敗北者に情けは掛けない。
 例え相手が女であろうとサフランの判断基準は絶対的力であり、他人を手当てする優しさなど持ち合わせてなどいないはず。
 そもそも手当しただけで重傷な状態のカルミアを研究棟に残すのも妙だ。
 向こうからすれば敵の本拠地なのだから、連れて帰るべきだろう。
 もし、そこに仲間がいたとするならば。
 加えて、最も理解に苦しむのは、鉄球とともにレッドアイズの領空を飛んでいったサフランの存在だ。簡単に言ってのけるが、国外までどうすれば飛べるのか。
 いくらサフランが鋼鉄を凌駕する剛腕の持ち主でも空は飛べない。
 己の腕力だけを信じるサフランは魔法も使えないし、習得するつもりもないはず。
 まさかサフランが自分で投げた鉄球に跨って脱出を試みたとでもいうのか。
 レッドアイズ城が直接襲撃されている現状、これ以上誤った判断はできない。
 だが、報告された情報だけでは状況を把握しきれない。
「……カルミアは戦闘不能、サフランは戦線離脱でいいんだな?」
「はっ!」
「じゃあ、ロベリアとナルシスは城内、あるいは中央都市にいたか?」
「いえ、その両名は未だ確認しておりません!」
「よし、分かった。カルミアは厳重に拘束。ロベリアとナルシスを全力で探せ!」
 リンドーは少し悩んだ後、指示を出す。
 あまりごちゃごちゃ考えすぎても仕方ない、と一旦保留することにした様子。
 まだ、レッドアイズの中央都市の暴動も完全には沈静化してはいない。
 それも時間の問題と思われるが、レッドアイズ城も襲撃されてしまっている現状、優先順位を逐一切り替えていかなければならない。
 どうやら危険視すべき脅威である二名は事実上排除されたようだったが、二人よりさらに要注意人物であるロベリアとナルシスの姿が確認されていないのはあまりにも不穏としか言いようがない。
 何を隠そう、リンドーも彼らとは肩を並べていた。その当時でも、危うさの片鱗を幾度と感じ取っていたものの、彼らほど頼りになる仲間はいなかったと今も思う。
 かつてレッドアイズ側についていた頃は、救世主とされるほどの活躍を見せたが、完全な敵側に回ってしまった今は、厄災以外の何ものでもない。
 考えうることの何が起きたとしても不思議ではない。
 予想もできない何かが起きたとしてもおかしくはない。
 長年軍事国家として名を馳せ、他国を寄せ付けない脅威を持つレッドアイズの城がものの短期間に数度襲撃されていることの異常性を理解できないものはいない。
 無数の魔導機兵や騎士団によって堅牢に守られているというのに、何故、侵入者を許しているのか。それは決して慢心などではない。彼らが厄災だからだ。
 無論、長年問題視されていた貧困層に積もり重なる憎悪を解消しきれなかったのは国としての落ち度といえるかもしれないが、それを束ねて簡易な兵に仕上げる手腕はやはり常人ならざる技量と言えよう。
「くそ……あいつらが何を考えてるのかサッパリ分からん! こんなときロータスがいてくれたらな……」
 ロータス・ネルムフィラ。このレッドアイズでその名を知らぬ者はいない。
 元は辺境の田舎から傭兵業で食いつないでいただけの放浪者だった。
 気付いた頃にはレッドアイズに流れ着いていて、英雄にまで上り詰めた。
 世界を恐怖に陥れた「《《  》》」を討伐するにまで至った真なる「《《  》》」ロータス。
 人々の記憶が改竄されている今、ロータスが「《《  》》」だったと認識している者も、そう多くはないが、それでも人々の記憶には残っている。
 この国を治める王族以外で、この地、レッドアイズにその名を刻んだ英雄。
 「《《  》》」ロータスを始めとし、リンドー、ダリア、マルペル、シゲル。
 そしてロベリア、カルミア、サフラン、ナルシスの八人。
 出生や身分もバラバラな彼らをまとめていたのは誰でもないロータスだった。
 同じ目的を掲げ、ともに「《《  》》」を打ち滅ぼした仲間だった。
 はたして、「《《  》》」とは何だったのか。
 どうして、「《《  》》」と呼ばれるようになったのか。
 その記憶ばかりはリンドーでも思い返すのは難しい。
 だが、それでも。
 ロータス・ネルムフィラという男が、偉大なことを成し遂げたという事実だけは、はっきりと思い返すことができる。
 何処までもお人好しで、他人の泥まで平気で被る、正義面した正義感。
 そんな彼の面影が滲んだりはしない。
 だからこそリンドーたちはロータスとともに歩んでいた。
 だからこそロベリアたちはロータスのもとから離れていった。
 ロータスが「《《  》》」を倒したあの日から全てが分岐したのだ。
 誰も予想だにしていなかったことだろう。
 かつてのレッドアイズの英雄が二つに分かれ、厄災に成ろうとは。
 例えこの場にロータスがいようと決して彼らを引き留めることはできないだろう。
 それでも、心強い味方になってくれることだけは確信できる。
 かつて「《《  》》」と戦った友なのだから。
「ちっ、感傷に浸ってる場合じゃあないな。……アイツはもう、いないんだから」
 頭を振り、小さくぼやきつつ、リンドーはレッドアイズ場内へと歩を進めた。