第216話 失言
ー/ー 巨大な鉄球を抱え込んだまま、サフランは押されていた。
押し返せなければ壁に激突して潰されるだろう。
そう予測したサフランは渾身の力を振り絞り、鉄球の軌道をズラす。
常人なら腕がへし折れていたところだ。だが、サフランの鋼鉄をも凌駕する豪腕は寸でのところで鉄球を受け流すことに成功した。
「うおおおりああぁぁっっ!! なめるな、小娘ぇぇぇえ!!」
鉄球を退けて、今度こそミモザの首を握り潰す。サフランはそのつもりでいた。
だが、そうはならなかった。
「ぐおっ!?」
目の前に退けたはずの鉄球がまた迫ってきていた。いつの間にまた放たれたのか。
避ける間もなく、再び自慢の豪腕で鉄球を押さえ込み、受け流そうとする。しかし悲しいかな、パワー不足だ。
渾身の力で一個退けた後にまたもう一個の軌道を逸らすのは無理があった。
このままでは、鉄球に押し潰されてしまうと悟ったサフランは受け流すのを諦め、避ける選択肢を選ぶ。
だが、またしても避けた先に巨大な鉄球が襲い掛かってきていた。
今度は受け止める余裕もなく、むしろ直前に避けるために踏み込んだことにより、自ら鉄球に体当たりする形になってしまっていた。
「ぐあああぉぁぁぁああっ!!」
巨大な鉄球の前では、サフランの体格など棒きれにも及ばない。
むしろ無駄に丈夫な肉体を持っていたからこそ、金属と金属がぶつかり合うようにより大きな衝撃となってサフランの身体は弾き飛ばされていった。
めり込むほどに壁に打ち付けられ、床へと落下する。
悶絶どころでは済まされないレベルのダメージのはずだったが、その頑強な筋肉は伊達ではないのか、すぐに立ち上がる。
「……覚えがある。これは魔王が得意としていた魔法だったな」
ボソリと、サフランが呟く。
息も切らせず、それでいて殺意の漲る感情を御して、その全てを筋肉に込めた。
鋼鉄の如き屈強なる肉体はまだ動ける。
「魔王?」
ミモザは、聞きなじみのない――いや、むしろいつか何処か、遠い記憶の果てに、聞いたことのある単語を反芻した。
それが自分にとってどれだけ意味のある言葉なのかは分からない。
ただ、聞き漏らしてはいけない。忘れてはいけないと、心の奥底が告げている。
そんなミモザの一瞬の隙を突くように、サフランも動き出す。
足を踏み込み、秒の速さで距離を詰める。
今度こそ詠唱させる猶予もなく一撃で仕留めるつもりで。
「ッ!? ぬぐおおおぉぉっっ!?」
ところが、次の瞬間、サフランの身体は後方に跳ね飛ばされた。
何故なら、そこには忽然とまたあの巨大な鉄球が発射されていたからだ。
加えて、また壁に叩きつけられようとしていたその直前、さらに鉄球が追い打ちをかけてくる。
「がはァッ!? ぐあッ!? バカなァ!?」
鉄球に撥ねられ、鉄球に押し付けられ、さらには鉄球の上から鉄球で追撃。
まるで釘を打ち込むかのように鉄球の連撃だ。
鉄球、鉄球、鉄球の連続攻撃にサフランはなすすべなく、壁に埋め込まれていく。
詠唱する猶予もなかったはずなのに、何故こんなにも連続的に魔法を放てるのか。
サフランは疑問を解消する猶予すら与えられない。
ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン――……。
研究棟の分厚い壁があたかもクッキーのように脆く崩れ、大穴が空けられる。
もはや大砲の発射口だ。無数の鉄球に押し出され、サフランの身体が空の彼方へと吹っ飛ばされていった。
最初に天井の方に空けられた大穴よりも、ミモザの鉄球による被害の方がよっぽど大きかったようで、研究棟は随分と風通しがよくなった様子。
少し考え、申し訳なさそうにミモザは変身を解く。
「ちょっぴり、はしゃぎすぎてしまいましら。ごめんなしゃい」
くるりと振り向き様、小さいエルフの少女がはにかんで誤魔化そうとする。
先ほどまで大暴れしたあの太陽に照らされる小麦の如く金髪で、澄み渡る空の如く青い瞳の大人なエルフは何処へと行ったのやら。
「いえ、とんでもございません。助けていただきありがとうございました」
その場に残されたパエニアとコリウス。
そしてその他逃げ遅れた研究員数名は、唖然とするしかなかった。
「……と、ともあれミモザ様。この場に留まるのは危険でしょう。あのカルミア様とサフラン様の後にまた誰がくるとも分かりませぬ。緊急脱出口へ急ぎましょう」
気を取り直して、研究員はマニュアル通りに従うように避難を促す。
あのミモザの攻防を目の当たりにしておいて、逃げる必要性があったのかどうかは正直怪しいところではあったが、今はレッドアイズ国全域が襲撃を受けている事態。
安易な判断を下すほど、研究員も浅はかではなかった。
「あ、あの! ちょっといいでふか?」
「はい、なんでしょう?」
さあ逃げ出そう、というところで急にミモザが引き留める。
「ここに落ちてる魔石を拾っていってもいいれすかね。実はさっきので魔力が尽きてしまったのれ、補充しないと……」
「どうぞ! どうぞどうぞ! 存分に持っていってください! ええ!」
先ほどまでのミモザの魔法は、あくまで魔具を使い魔力を増幅させていたからこそできていた芸当なので、普段の小さなエルフ小娘たるミモザでは心許ない。
あのような高度な魔法を使えないとなると、現状においては死活問題。
研究者たちにそれを許可しない道理はなかった。
幸いにもここはレッドアイズが誇る魔導研究棟。すっかり荒れ果ててボロボロにはなっているが、魔力の宿った結晶石はいくらでも転がっていた。
それこそ血眼になりながら研究員たちも使えそうな魔石を一緒に拾い集め始めた。
「ったく、瓦礫の下で石拾いとかしまらねえな」
「でもミモザさんのおかげで助かりましたよ。今度こそ避難しましょう」
こんな状況下で笑みを浮かべるコリウスから視線を外し、パエニアはそこで倒れるカルミアの方を見る。何か、とんでもなく重要そうなことを言っていた気がするが、ぺしゃんこに潰れている彼女を救出する気にはなれなかった。
はたして、骨が何本残っているのだろう。
鋼鉄を凌駕しているらしいサフランの跳び蹴りを頭上から受けてしまっていたし、生きているのかどうかも怪しいところだった。
仮に生きていたとして、目を覚ますのも何週間後になることか。
かといって怪我人を、それも確実に命を狙いに来た者を連れ出すのも危険だ。
こういうとき、ミモザが真っ先に駆け寄って手当しそうなものだったが、見向きもしていない辺り、割とガチめに怒っていたらしい。
普段温厚そうに振舞っているミモザもあんなに怒ることがあることに驚きだった。
なんとなくもやもやした気持ちを抱えたパエニアは、つい声を掛けてしまう。
「おい、ミモザ。あの女はどうする? 聞き出せることがあるんじゃないか?」
はっきり言ってパエニアは失言だとは思っていた。
そんなことを言って、ミモザがどんな表情をするのか怖かったくらいだ。
「……そうれふね。れも、もう聞き出すころはないと思いしゅよ。あの人からも話を聞けましらから。……応急手当だけれもしまふか」
普通の、いつものミモザには見えた。優しい顔、温厚な顔、素朴な顔。
それなのに、何処か陰って見えてしまったのはパエニアの思い込みだろうか。
もしも、それがパエニアの思い込みなんじゃなかったら、一体ミモザは今どういう心境を抱えているのか。
倒れたままピクリとも動かないカルミアに自前の魔法薬を塗り、包帯を巻いているミモザは、どう見たって心優しいエルフ以外の何物でもないはずだった。
押し返せなければ壁に激突して潰されるだろう。
そう予測したサフランは渾身の力を振り絞り、鉄球の軌道をズラす。
常人なら腕がへし折れていたところだ。だが、サフランの鋼鉄をも凌駕する豪腕は寸でのところで鉄球を受け流すことに成功した。
「うおおおりああぁぁっっ!! なめるな、小娘ぇぇぇえ!!」
鉄球を退けて、今度こそミモザの首を握り潰す。サフランはそのつもりでいた。
だが、そうはならなかった。
「ぐおっ!?」
目の前に退けたはずの鉄球がまた迫ってきていた。いつの間にまた放たれたのか。
避ける間もなく、再び自慢の豪腕で鉄球を押さえ込み、受け流そうとする。しかし悲しいかな、パワー不足だ。
渾身の力で一個退けた後にまたもう一個の軌道を逸らすのは無理があった。
このままでは、鉄球に押し潰されてしまうと悟ったサフランは受け流すのを諦め、避ける選択肢を選ぶ。
だが、またしても避けた先に巨大な鉄球が襲い掛かってきていた。
今度は受け止める余裕もなく、むしろ直前に避けるために踏み込んだことにより、自ら鉄球に体当たりする形になってしまっていた。
「ぐあああぉぁぁぁああっ!!」
巨大な鉄球の前では、サフランの体格など棒きれにも及ばない。
むしろ無駄に丈夫な肉体を持っていたからこそ、金属と金属がぶつかり合うようにより大きな衝撃となってサフランの身体は弾き飛ばされていった。
めり込むほどに壁に打ち付けられ、床へと落下する。
悶絶どころでは済まされないレベルのダメージのはずだったが、その頑強な筋肉は伊達ではないのか、すぐに立ち上がる。
「……覚えがある。これは魔王が得意としていた魔法だったな」
ボソリと、サフランが呟く。
息も切らせず、それでいて殺意の漲る感情を御して、その全てを筋肉に込めた。
鋼鉄の如き屈強なる肉体はまだ動ける。
「魔王?」
ミモザは、聞きなじみのない――いや、むしろいつか何処か、遠い記憶の果てに、聞いたことのある単語を反芻した。
それが自分にとってどれだけ意味のある言葉なのかは分からない。
ただ、聞き漏らしてはいけない。忘れてはいけないと、心の奥底が告げている。
そんなミモザの一瞬の隙を突くように、サフランも動き出す。
足を踏み込み、秒の速さで距離を詰める。
今度こそ詠唱させる猶予もなく一撃で仕留めるつもりで。
「ッ!? ぬぐおおおぉぉっっ!?」
ところが、次の瞬間、サフランの身体は後方に跳ね飛ばされた。
何故なら、そこには忽然とまたあの巨大な鉄球が発射されていたからだ。
加えて、また壁に叩きつけられようとしていたその直前、さらに鉄球が追い打ちをかけてくる。
「がはァッ!? ぐあッ!? バカなァ!?」
鉄球に撥ねられ、鉄球に押し付けられ、さらには鉄球の上から鉄球で追撃。
まるで釘を打ち込むかのように鉄球の連撃だ。
鉄球、鉄球、鉄球の連続攻撃にサフランはなすすべなく、壁に埋め込まれていく。
詠唱する猶予もなかったはずなのに、何故こんなにも連続的に魔法を放てるのか。
サフランは疑問を解消する猶予すら与えられない。
ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン、ドッゴン――……。
研究棟の分厚い壁があたかもクッキーのように脆く崩れ、大穴が空けられる。
もはや大砲の発射口だ。無数の鉄球に押し出され、サフランの身体が空の彼方へと吹っ飛ばされていった。
最初に天井の方に空けられた大穴よりも、ミモザの鉄球による被害の方がよっぽど大きかったようで、研究棟は随分と風通しがよくなった様子。
少し考え、申し訳なさそうにミモザは変身を解く。
「ちょっぴり、はしゃぎすぎてしまいましら。ごめんなしゃい」
くるりと振り向き様、小さいエルフの少女がはにかんで誤魔化そうとする。
先ほどまで大暴れしたあの太陽に照らされる小麦の如く金髪で、澄み渡る空の如く青い瞳の大人なエルフは何処へと行ったのやら。
「いえ、とんでもございません。助けていただきありがとうございました」
その場に残されたパエニアとコリウス。
そしてその他逃げ遅れた研究員数名は、唖然とするしかなかった。
「……と、ともあれミモザ様。この場に留まるのは危険でしょう。あのカルミア様とサフラン様の後にまた誰がくるとも分かりませぬ。緊急脱出口へ急ぎましょう」
気を取り直して、研究員はマニュアル通りに従うように避難を促す。
あのミモザの攻防を目の当たりにしておいて、逃げる必要性があったのかどうかは正直怪しいところではあったが、今はレッドアイズ国全域が襲撃を受けている事態。
安易な判断を下すほど、研究員も浅はかではなかった。
「あ、あの! ちょっといいでふか?」
「はい、なんでしょう?」
さあ逃げ出そう、というところで急にミモザが引き留める。
「ここに落ちてる魔石を拾っていってもいいれすかね。実はさっきので魔力が尽きてしまったのれ、補充しないと……」
「どうぞ! どうぞどうぞ! 存分に持っていってください! ええ!」
先ほどまでのミモザの魔法は、あくまで魔具を使い魔力を増幅させていたからこそできていた芸当なので、普段の小さなエルフ小娘たるミモザでは心許ない。
あのような高度な魔法を使えないとなると、現状においては死活問題。
研究者たちにそれを許可しない道理はなかった。
幸いにもここはレッドアイズが誇る魔導研究棟。すっかり荒れ果ててボロボロにはなっているが、魔力の宿った結晶石はいくらでも転がっていた。
それこそ血眼になりながら研究員たちも使えそうな魔石を一緒に拾い集め始めた。
「ったく、瓦礫の下で石拾いとかしまらねえな」
「でもミモザさんのおかげで助かりましたよ。今度こそ避難しましょう」
こんな状況下で笑みを浮かべるコリウスから視線を外し、パエニアはそこで倒れるカルミアの方を見る。何か、とんでもなく重要そうなことを言っていた気がするが、ぺしゃんこに潰れている彼女を救出する気にはなれなかった。
はたして、骨が何本残っているのだろう。
鋼鉄を凌駕しているらしいサフランの跳び蹴りを頭上から受けてしまっていたし、生きているのかどうかも怪しいところだった。
仮に生きていたとして、目を覚ますのも何週間後になることか。
かといって怪我人を、それも確実に命を狙いに来た者を連れ出すのも危険だ。
こういうとき、ミモザが真っ先に駆け寄って手当しそうなものだったが、見向きもしていない辺り、割とガチめに怒っていたらしい。
普段温厚そうに振舞っているミモザもあんなに怒ることがあることに驚きだった。
なんとなくもやもやした気持ちを抱えたパエニアは、つい声を掛けてしまう。
「おい、ミモザ。あの女はどうする? 聞き出せることがあるんじゃないか?」
はっきり言ってパエニアは失言だとは思っていた。
そんなことを言って、ミモザがどんな表情をするのか怖かったくらいだ。
「……そうれふね。れも、もう聞き出すころはないと思いしゅよ。あの人からも話を聞けましらから。……応急手当だけれもしまふか」
普通の、いつものミモザには見えた。優しい顔、温厚な顔、素朴な顔。
それなのに、何処か陰って見えてしまったのはパエニアの思い込みだろうか。
もしも、それがパエニアの思い込みなんじゃなかったら、一体ミモザは今どういう心境を抱えているのか。
倒れたままピクリとも動かないカルミアに自前の魔法薬を塗り、包帯を巻いているミモザは、どう見たって心優しいエルフ以外の何物でもないはずだった。
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