第215話 その男、危険につき

ー/ー



無垢なる蒼き(ブルーローズ)薔薇の芳香(イノセンス)!」

 咄嗟にそう唱えたのはミモザだった。
 床を突き破る勢いで無数の蔦が伸びてくる。そうしてそれは壁のように覆い隠し、瞬く間に茨の防御壁を完成させる。

「笑止!」

 バキボキメキメキ。
 そんな巨木の枝をへし折るような音を立てて、壁がいともたやすく破壊される。

 次の瞬間、ミモザの視界に映ったのは蔦を薙ぎ払う剛腕だった。
 ありえないと思ったときにはミモザの首元が掴まれており、両足が宙に浮く。

「自己紹介をさせていただく。某の名はサフラン・クロッカス。この腕一本で地位も名誉も手中に収めてきた。我が剛腕を植物の蔓如きで止められると思うな」
「あ、が……ッ!」

 ギチギチとミモザの首がサフランの右腕で締め上げられる。

 サフランの攻撃の予備動作を見切ったまでは良かった。
 鉄のように硬い茨の壁で防御する選択も誤りではなかった。
 ただ、誤算があったとするならば、その筋肉隆々の大男にとっては大した障壁にはならなかったということだ。

「み、ミモザさんっ! サフランさん放してください! このままではミモザさんが死んじゃいますよ!」
 どう見ても殺しに掛かっている相手に向かって言う言葉でもないが、コリウスには他に思いつく言葉もなく、対抗する手段すら思いつきもしなかった。

 片腕一本で吊り上げられたミモザは首の骨ごと折られてもおかしくはなかった。
 おそらくサフランはこれでも手加減しているのだろう。

「カルミアを退けたからにはさぞかし腕が立つのかと思えば、所詮この程度か」
「ミモザを放しやがれこの野郎! 夜明けの白い閃光(ドーンブレイカー)!!」

 パエニアが横から魔法を放つ。

 すると、サフランの足と腕を集中的に爆発が連鎖する。
 先ほどのカルミアの爆発魔法と比べれば威力は見劣りするが、並大抵の人間ならば手足を爆破されて平然としていられるはずはなかった。

「う、嘘だろ……?」

 ただ、相手は筋肉の鎧を身に纏うサフラン。
 拳法着が少し焦げただけで、当の本人は怯みもしない。
 確かに目の前で爆破したはずなのに、その形跡すら見当たらないほど。

「仮にも仲間をとられている状況下で攻撃を加えるのは賢いとは言えんな。その上、仲間が爆風に巻き込まれるのを恐れて加減したな? 愚か者めッ!!」

 サフランが吼える。
 その一言に、パエニアはたじろぎ、危うく尻餅をつきそうになる。

「殺意の込められていない攻撃に脅威などないわァ!!」

 サフランの言葉はその通りだ。
 パエニアの放った魔法はミモザに当たらないよう、爆風の威力を調整していた。
 本気で攻撃していれば間違いなくミモザにも当たっていたことだろう。

 何より今はサフランも手加減してミモザの首を締めあげている状態だというのに、そこであえて怒らせるような真似をすれば首の骨を折られてもおかしくはなかった。

 だったら、多少巻き込んででもミモザを助けるために全力で攻撃すべきだった。
 攻撃することも悪手なら、攻撃を加減したことも悪手。
 パエニアには言い返す言葉もなかった。

「某に弱き者を嬲る趣味などはない。だが、牙を剥くというのであれば容赦はせぬ。せめて苦しまぬよう一瞬で息の根を止めてやろう」

 腕の中、何の反撃もしないミモザから関心が薄れてしまったのか。
 サフランは失意の表情を浮かべつつ、その手に力を込める。
 今度こそ、本当に命を絶たれる。それはその場にいた誰もが容易に想像できた。

 右腕が高々とミモザの体を持ち上げ、左腕の拳が握り固められていく。

 何の抵抗もしない者を相手にしているとは思えない無慈悲さ。
 例え味方だったとしても直ぐに切り離せる冷徹さ。

 種族や性別などよりも、純粋な強さにしか関心を持たない狂気の強者。
 鍛え抜かれた筋肉が彼の全てを物語るかのよう。

 ペキ。

 刹那、骨がひしゃげるようなか細い音が聞こえた気がした。
 ミモザの死が確定した――と思ったそのときだ。

「――うぐおおぉぉぉっ!?」

 まさかの野太い悲鳴をあげたのは、サフランの方だった。
 どういうわけかミモザの首を締めあげていた腕に茨が這っており、肝心のミモザの姿がそこにはなかった。

 正確に言えば、先ほどまでミモザの身体を片腕で持ち上げていたように見えたが、実際に今持ち上がっていたのは蔓の塊でできた人形だった。
 いつすり替わったのかは定かではない。あるいは、最初からミモザは蔓の人形で、何の抵抗しなかったのではなく、人形だったからできなかったのが正しいのか。

 そして蔓の人形を伝ってサフランの腕から皮膚下に潜り込み、鉄の硬度を持つ茨がまとわりついて簡単には剝がせない状態となっていた。

 腕の中に蔓が伸びていく感覚も、皮膚下から鉄の茨が突き出す感覚も、当人にしか分かりようのないことだが、両手両足を爆破されてもビクともしなかったサフランが悲鳴を上げた時点で想像を絶する痛みだったことは間違いないだろう。

「い……いつの間に? 詠唱する間も与えなかったはずだ」

 喉元を抑え込んでいれば魔法を唱えることができない。
 おそらくは、サフランはそのような認識でいたのだろう。それもまた誤算。

「けほっ……ですから」

 息苦しそうに喉をさするミモザが、いつの間にかサフランの背後に立っていた。
 振り返ろうとしたサフランだったが、体内にまで入り込んだ茨の蔓によるものか、思うように身動きがとれなかった。

「そうか、うぬが最初に唱えた魔法だったか」

 未だ激痛が走る状態でありながら、サフランは納得の表情を浮かべる。

 サフランが攻撃を仕掛けようとしたとき、ミモザは真っ先に防御壁として鉄の茨を伸ばし、自分の周囲を覆い隠した。
 それは直ぐにサフランの剛腕の前に破られて、終わったものと思われたが、決してそれがそのまま消えたわけではなかった。

 ミモザも腕に首を締め上げられたときも、掴まれていたのだ。
 そのことに気付かれないよう、蔓で自身の体を模した人形を作り出し、あたかも、無抵抗のまま捕まっているように見せかけておいて、ミモザ本体はこっそり抜け出しサフランの背後をとったというわけだ。

 意図せずしてコリウスやパエニアが時間を稼いだことも功を奏したのだろう。
 それでも、本人と見間違う蔓の人形を一瞬で作って、あまつさえ気づかれぬように抜け出すなどという芸当は、並みの魔法使いにできることではないのだが。

「あっぱれ……と言いたいところだが、我が剛腕を蔓如きで止められると思うな、とさっきも言ったところだったな。フンヌっ!!」

 サフランは腕に力こぶを作り、一気に筋肉を膨張させる。
 するとバキバキバキと、皮膚下で何かが砕け散る音が鳴った。
 どうやら体内に伸びた鉄の茨を筋肉だけで丸ごと粉砕したらしい。
 これもこれで人間業ではない、常人ならざる力技だ。

「某の肉体は鋼鉄をも凌駕する! 魔法にかまけた弱者など恐るるに足らぬ!!」

 膨張したサフランの筋肉は肉体をさらに巨大に見せた。
 ただでさえ巨漢だったというのに、一回り大きくなり、まるで巨人だ。

「――私の親友は、オリハルコンだって砕けますよ」

 ミモザは何の曇りもない顔でそっと笑った。まるで太陽のような眩しさ。

鋼鉄巨神の黒弾丸(キャノンボーラー)

 ミモザが手を翳すと、巨大な鉄球が目の前に生成され、放たれる。
 その大きさは筋肉の膨張したサフランよりも大きく、大砲の如く飛び立つ。

「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 巨大な鉄球を両腕いっぱいで掴むがそれでも手に余る大きさ。
 サフランは両足で踏ん張り、食い止めようとするが、それも敵わなかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第216話 失言


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「|無垢なる蒼き《ブルーローズ》|薔薇の芳香《イノセンス》!」
 咄嗟にそう唱えたのはミモザだった。
 床を突き破る勢いで無数の蔦が伸びてくる。そうしてそれは壁のように覆い隠し、瞬く間に茨の防御壁を完成させる。
「笑止!」
 バキボキメキメキ。
 そんな巨木の枝をへし折るような音を立てて、壁がいともたやすく破壊される。
 次の瞬間、ミモザの視界に映ったのは蔦を薙ぎ払う剛腕だった。
 ありえないと思ったときにはミモザの首元が掴まれており、両足が宙に浮く。
「自己紹介をさせていただく。某の名はサフラン・クロッカス。この腕一本で地位も名誉も手中に収めてきた。我が剛腕を植物の蔓如きで止められると思うな」
「あ、が……ッ!」
 ギチギチとミモザの首がサフランの右腕で締め上げられる。
 サフランの攻撃の予備動作を見切ったまでは良かった。
 鉄のように硬い茨の壁で防御する選択も誤りではなかった。
 ただ、誤算があったとするならば、その筋肉隆々の大男にとっては大した障壁にはならなかったということだ。
「み、ミモザさんっ! サフランさん放してください! このままではミモザさんが死んじゃいますよ!」
 どう見ても殺しに掛かっている相手に向かって言う言葉でもないが、コリウスには他に思いつく言葉もなく、対抗する手段すら思いつきもしなかった。
 片腕一本で吊り上げられたミモザは首の骨ごと折られてもおかしくはなかった。
 おそらくサフランはこれでも手加減しているのだろう。
「カルミアを退けたからにはさぞかし腕が立つのかと思えば、所詮この程度か」
「ミモザを放しやがれこの野郎! |夜明けの白い閃光《ドーンブレイカー》!!」
 パエニアが横から魔法を放つ。
 すると、サフランの足と腕を集中的に爆発が連鎖する。
 先ほどのカルミアの爆発魔法と比べれば威力は見劣りするが、並大抵の人間ならば手足を爆破されて平然としていられるはずはなかった。
「う、嘘だろ……?」
 ただ、相手は筋肉の鎧を身に纏うサフラン。
 拳法着が少し焦げただけで、当の本人は怯みもしない。
 確かに目の前で爆破したはずなのに、その形跡すら見当たらないほど。
「仮にも仲間をとられている状況下で攻撃を加えるのは賢いとは言えんな。その上、仲間が爆風に巻き込まれるのを恐れて加減したな? 愚か者めッ!!」
 サフランが吼える。
 その一言に、パエニアはたじろぎ、危うく尻餅をつきそうになる。
「殺意の込められていない攻撃に脅威などないわァ!!」
 サフランの言葉はその通りだ。
 パエニアの放った魔法はミモザに当たらないよう、爆風の威力を調整していた。
 本気で攻撃していれば間違いなくミモザにも当たっていたことだろう。
 何より今はサフランも手加減してミモザの首を締めあげている状態だというのに、そこであえて怒らせるような真似をすれば首の骨を折られてもおかしくはなかった。
 だったら、多少巻き込んででもミモザを助けるために全力で攻撃すべきだった。
 攻撃することも悪手なら、攻撃を加減したことも悪手。
 パエニアには言い返す言葉もなかった。
「某に弱き者を嬲る趣味などはない。だが、牙を剥くというのであれば容赦はせぬ。せめて苦しまぬよう一瞬で息の根を止めてやろう」
 腕の中、何の反撃もしないミモザから関心が薄れてしまったのか。
 サフランは失意の表情を浮かべつつ、その手に力を込める。
 今度こそ、本当に命を絶たれる。それはその場にいた誰もが容易に想像できた。
 右腕が高々とミモザの体を持ち上げ、左腕の拳が握り固められていく。
 何の抵抗もしない者を相手にしているとは思えない無慈悲さ。
 例え味方だったとしても直ぐに切り離せる冷徹さ。
 種族や性別などよりも、純粋な強さにしか関心を持たない狂気の強者。
 鍛え抜かれた筋肉が彼の全てを物語るかのよう。
 ペキ。
 刹那、骨がひしゃげるようなか細い音が聞こえた気がした。
 ミモザの死が確定した――と思ったそのときだ。
「――うぐおおぉぉぉっ!?」
 まさかの野太い悲鳴をあげたのは、サフランの方だった。
 どういうわけかミモザの首を締めあげていた腕に茨が這っており、肝心のミモザの姿がそこにはなかった。
 正確に言えば、先ほどまでミモザの身体を片腕で持ち上げていたように見えたが、実際に今持ち上がっていたのは蔓の塊でできた人形だった。
 いつすり替わったのかは定かではない。あるいは、最初からミモザは蔓の人形で、何の抵抗しなかったのではなく、人形だったからできなかったのが正しいのか。
 そして蔓の人形を伝ってサフランの腕から皮膚下に潜り込み、鉄の硬度を持つ茨がまとわりついて簡単には剝がせない状態となっていた。
 腕の中に蔓が伸びていく感覚も、皮膚下から鉄の茨が突き出す感覚も、当人にしか分かりようのないことだが、両手両足を爆破されてもビクともしなかったサフランが悲鳴を上げた時点で想像を絶する痛みだったことは間違いないだろう。
「い……いつの間に? 詠唱する間も与えなかったはずだ」
 喉元を抑え込んでいれば魔法を唱えることができない。
 おそらくは、サフランはそのような認識でいたのだろう。それもまた誤算。
「けほっ……《《詠唱は済ませた後》》ですから」
 息苦しそうに喉をさするミモザが、いつの間にかサフランの背後に立っていた。
 振り返ろうとしたサフランだったが、体内にまで入り込んだ茨の蔓によるものか、思うように身動きがとれなかった。
「そうか、うぬが最初に唱えた魔法だったか」
 未だ激痛が走る状態でありながら、サフランは納得の表情を浮かべる。
 サフランが攻撃を仕掛けようとしたとき、ミモザは真っ先に防御壁として鉄の茨を伸ばし、自分の周囲を覆い隠した。
 それは直ぐにサフランの剛腕の前に破られて、終わったものと思われたが、決してそれがそのまま消えたわけではなかった。
 ミモザも腕に首を締め上げられたときも、《《鉄の茨ごと》》掴まれていたのだ。
 そのことに気付かれないよう、蔓で自身の体を模した人形を作り出し、あたかも、無抵抗のまま捕まっているように見せかけておいて、ミモザ本体はこっそり抜け出しサフランの背後をとったというわけだ。
 意図せずしてコリウスやパエニアが時間を稼いだことも功を奏したのだろう。
 それでも、本人と見間違う蔓の人形を一瞬で作って、あまつさえ気づかれぬように抜け出すなどという芸当は、並みの魔法使いにできることではないのだが。
「あっぱれ……と言いたいところだが、我が剛腕を蔓如きで止められると思うな、とさっきも言ったところだったな。フンヌっ!!」
 サフランは腕に力こぶを作り、一気に筋肉を膨張させる。
 するとバキバキバキと、皮膚下で何かが砕け散る音が鳴った。
 どうやら体内に伸びた鉄の茨を筋肉だけで丸ごと粉砕したらしい。
 これもこれで人間業ではない、常人ならざる力技だ。
「某の肉体は鋼鉄をも凌駕する! 魔法にかまけた弱者など恐るるに足らぬ!!」
 膨張したサフランの筋肉は肉体をさらに巨大に見せた。
 ただでさえ巨漢だったというのに、一回り大きくなり、まるで巨人だ。
「――私の親友は、オリハルコンだって砕けますよ」
 ミモザは何の曇りもない顔でそっと笑った。まるで太陽のような眩しさ。
「|鋼鉄巨神の黒弾丸《キャノンボーラー》」
 ミモザが手を翳すと、巨大な鉄球が目の前に生成され、放たれる。
 その大きさは筋肉の膨張したサフランよりも大きく、大砲の如く飛び立つ。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
 巨大な鉄球を両腕いっぱいで掴むがそれでも手に余る大きさ。
 サフランは両足で踏ん張り、食い止めようとするが、それも敵わなかった。