第214話 喋らせてはいけない女

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 やがて、空中を逃げ回り、悶え続けていたカルミアは、煙に燻された羽虫のようにあっけなく、そして無様に、力なく落ちていった。

弾ける泡沫の壁(ポッピンソーダ)

 ミモザがそう唱えると、カルミアの落下地点に目掛けて泡が放たれていく。
 ブクブクと泡は大きく膨らんでいき、カルミアの身体が床に激突するよりも早く、クッションのように広がっていった。

 直後、カルミアは泡の上に落ちるが、ぽよんぽよんとした弾力に衝撃が吸収され、とりあえずは大事には至らなかった様子。
 命に別状はないものの、全身は無数の魔法による攻撃でボロボロだ。

「安心してください。即席で作った魔法薬ですから直ぐに効力は失われます」

 聞こえているかどうかも定かではないが、泡の上に横たわるカルミアに向かって、ミモザもゆっくりと空中から降りてきた。

「予知による体感の影響もそのうち収まりますよ」

 そう言い終わるか否かのところで、見る見るうちカルミアの傷が消失していくのが見えた。治癒されたとは違う。最初からなかったかのように消えたのだ。

「ミモザさん、凄いですね! あのカルミアさんを倒してしまうなんて!」
 興奮気味にコリウスが駆け寄ってくる。その瞳は何処か、爛々と輝いて見えた。

「この人にはまだ、聞きたいことが沢山あります。もう気が付いていますよね?」
「……ほんとマジウザいわ、このエルフ」

 泡に包まれ、仰向けのままカルミアが呟く。
 怪我はすっかりなくなっているようだったが、今度は泡が全身を拘束し、身動きがとれない状態になっていた。

「あなたは混乱を起こしたくてクーデターに協力したのは分かりました。それでは、あなたたちのリーダー、ロベリアさんの目的は何なんですか?」
「そんなの聞いてどうすんのよ。アンタには関係のないことじゃない。つーかさぁ、レッドアイズを潰すっつってんだからソレ以外に何があるってのよ」
じゃないですか。レッドアイズの軍事力は強大です。でもそれらを築き上げたのは誰でもないロベリアさんたちですし、あえて手のひらを返すメリットがあるとは思えません」

 戦いの歴史を持つレッドアイズに加担し、新しい兵器の開発を率先して進めたのは賢者ロベリアを率いる名だたる面々。
 王政に不満を持ち反旗を翻すにしても、今彼らがやろうとしていることは歴史ごとレッドアイズを葬ろうとしている行為であり、幾分か矛盾があるように感じられた。

 世界に名を轟かす軍事国家の圧倒的な兵力や武力を恐れて排除しようとしたなら、その目的には略奪が含まれていなければ奇妙だ。
 今、賢者ロベリアたちが行っているのは破壊活動が主であり、その先には世界中を混乱の渦に巻き込むという結果も見えている。

 だとすれば、レッドアイズの襲撃は脅威の排除が目的であるはずがない。

「あは……あはは♪ そっかぁ~……そ~いやアンタら記憶がないんだったもんね」
 そんなカルミアの思いもよらぬ一言に、表情が一変する。

「それはどういう意味ですか? あなたたちは過去の記憶を持っているんですか?」

 まくし立てるミモザに対し、カルミアはまた愉快そうな笑みを浮かべる。
 その表情は、劣勢に置かれた者の顔ではない。弱みを握った者のソレだ。

「ぁ~ぁ、かわいそ。なぁんにも知らないまま、作り変えられた記憶を抱いたまま、死んでいくのね。ぁ~ぁ、かわいそ~。この国が何をしたかも覚えてないなぁんて。あは、あはははは、あはははははは♪」

 狂ったように笑いだすカルミアに、憤りを覚えたミモザは拳を握りしめる。
 本気を出せば目の前の女などどうとでもできてしまえる。
 そんな感情を押し殺しながら、ミモザは歯噛みし、冷静さを保とうと必死だ。

「……あなたは、フィテウマ・サタナムーンを、覚えているんですか?」
「ふぅん。そこまではたどり着いたんだ。でもそれ以上は分からないのねん♪」

 気が狂いそうなほど、ミモザは自身を抑えつける。
 溢れんばかりの感情は表情にもにじみ出てしまいそうだった。

「さっき予測できない未来を見せてもらったお礼にひとつヒントあげちゃおっかぁ。ロータス・ネルムフィラ。ろ~ちゃんのことを、アンタらはただのえらぁい人だって思い込んでるけど、ホントのろ~ちゃんが何者なのか思い出すことはできる?」

 不意に、予測もしていなかった名前を出されて、困惑の色を見せる。
 ロータス・ネルムフィラという名前を知らない者はいないはずだ。
 特にパエデロスで過ごしてきたミモザにとって偉大なる開拓者という認識が強い。

 ただ、フィテウマ・サタナムーンとの関連性が全く繋がらない。
 この期に及んでカルミアは、まだ混乱させるつもりなのかとさえ思うほど。

「あなたこそ、ロータスさんの何を知っているんですか?」
「ろ~ちゃんのことは……よぉく知ってるつもりよ。きゃは♪ 他人のために平然と泥を被っていられる底なしのお人好し。くだらない、くだらないオバカさん」

 てんで話が繋がらない。カルミアは一体何が言いたいのか。
 やはり話をはぐらかして困惑させようという魂胆なのか。
 ミモザの中で渦巻く感情がもうそろそろ溢れかえりそうだった。

「ろ~ちゃんはね、フィテウマ・サタナムーンを殺しちゃったの。多分それが全ての始まりだったのかな、なんてね。ウチらにとっちゃ終わりだったんだけどねん」
「フィーさんを、殺した?」
「けっけっけ♪ ぶっさいくな顔♪ アンタが何者か知らないけど、アンタはアレを何者かも知らないのが本当ウケるわ」

 この女は、他人の神経を逆撫でするのがよほど得意らしい。
 支離滅裂な言葉で混乱させるのが目的のようにさえ思えてくる。
 知っているフリをしているだけなのか、しらを切っているだけなのかも分からなくなってくる。ミモザの怒りは明瞭に膨らんでいく一方。

「フィテウマ・サタナムーン――フィーさんは私の親友です。あなたよりも私の方がフィーさんのことをよく知っています」
「あっそ。じゃあさ、アンタはそのフィ~ちゃんがこの世界の記憶を書き換えたって事実も知ってる? ……くっくっく、けっけっけ……あっひゃひゃひゃひゃ♪」

 堪えきれなかったのは、カルミアの方だったらしい。
 何がおかしいのかも分からないほど、狂ったように笑い転げる。
 それ以上は聞くに堪えない。ミモザもまた限界だった。

 このふざけた女を黙らせなければ。そう思った矢先のことだ。

 何かが飛来してきた。そう理解するまでに時間を要した。
 研究棟の天井から落下してきたソレは、カルミアの真上に着地し、彼女の高らかな笑い声は中断された。

「――げはッ!?」

 泡の上だったなら衝撃を吸収できたのかもしれない。ただその飛来してきたものはカルミアをクッションにして落ちてきたため、全ての衝撃はカルミアが受ける。

「喋りすぎだ。何故黙るという至極単純なこともできぬのだ」

 落ちてきたものが人間だということに気付いたときには、カルミアは無残なまでに圧し潰されていた。息があるのかどうかは定かではないが、意識がないのは確かだ。

「愚かな女よ。己の敗北すら認められぬとは」

 ソレが立ち上がる。まず怒張した筋肉が目に付いた。
 どれほど鍛えればあんなに岩のような肉体を獲得できるというのか。
 拳法着を身にまとうその男は、立ち姿だけでも威圧感が迸る。

「あ、あなたの仲間じゃないんですか?」
 ミモザは、ようやく出た言葉を投げかける。

「かつては同胞だった。、そうではなくなっただけのこと」
 男は静かに拳を構え、深く呼吸する。


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 やがて、空中を逃げ回り、悶え続けていたカルミアは、煙に燻された羽虫のようにあっけなく、そして無様に、力なく落ちていった。
「|弾ける泡沫の壁《ポッピンソーダ》」
 ミモザがそう唱えると、カルミアの落下地点に目掛けて泡が放たれていく。
 ブクブクと泡は大きく膨らんでいき、カルミアの身体が床に激突するよりも早く、クッションのように広がっていった。
 直後、カルミアは泡の上に落ちるが、ぽよんぽよんとした弾力に衝撃が吸収され、とりあえずは大事には至らなかった様子。
 命に別状はないものの、全身は無数の魔法による攻撃でボロボロだ。
「安心してください。即席で作った魔法薬ですから直ぐに効力は失われます」
 聞こえているかどうかも定かではないが、泡の上に横たわるカルミアに向かって、ミモザもゆっくりと空中から降りてきた。
「予知による体感の影響もそのうち収まりますよ」
 そう言い終わるか否かのところで、見る見るうちカルミアの傷が消失していくのが見えた。治癒されたとは違う。最初からなかったかのように消えたのだ。
「ミモザさん、凄いですね! あのカルミアさんを倒してしまうなんて!」
 興奮気味にコリウスが駆け寄ってくる。その瞳は何処か、爛々と輝いて見えた。
「この人にはまだ、聞きたいことが沢山あります。もう気が付いていますよね?」
「……ほんとマジウザいわ、このエルフ」
 泡に包まれ、仰向けのままカルミアが呟く。
 怪我はすっかりなくなっているようだったが、今度は泡が全身を拘束し、身動きがとれない状態になっていた。
「あなたは混乱を起こしたくてクーデターに協力したのは分かりました。それでは、あなたたちのリーダー、ロベリアさんの目的は何なんですか?」
「そんなの聞いてどうすんのよ。アンタには関係のないことじゃない。つーかさぁ、レッドアイズを潰すっつってんだからソレ以外に何があるってのよ」
「《《そもそも潰す意味がない》》じゃないですか。レッドアイズの軍事力は強大です。でもそれらを築き上げたのは誰でもないロベリアさんたちですし、あえて手のひらを返すメリットがあるとは思えません」
 戦いの歴史を持つレッドアイズに加担し、新しい兵器の開発を率先して進めたのは賢者ロベリアを率いる名だたる面々。
 王政に不満を持ち反旗を翻すにしても、今彼らがやろうとしていることは歴史ごとレッドアイズを葬ろうとしている行為であり、幾分か矛盾があるように感じられた。
 世界に名を轟かす軍事国家の圧倒的な兵力や武力を恐れて排除しようとしたなら、その目的には略奪が含まれていなければ奇妙だ。
 今、賢者ロベリアたちが行っているのは破壊活動が主であり、その先には世界中を混乱の渦に巻き込むという結果も見えている。
 だとすれば、レッドアイズの襲撃は脅威の排除が目的であるはずがない。
「あは……あはは♪ そっかぁ~……そ~いやアンタら記憶がないんだったもんね」
 そんなカルミアの思いもよらぬ一言に、表情が一変する。
「それはどういう意味ですか? あなたたちは過去の記憶を持っているんですか?」
 まくし立てるミモザに対し、カルミアはまた愉快そうな笑みを浮かべる。
 その表情は、劣勢に置かれた者の顔ではない。弱みを握った者のソレだ。
「ぁ~ぁ、かわいそ。なぁんにも知らないまま、作り変えられた記憶を抱いたまま、死んでいくのね。ぁ~ぁ、かわいそ~。この国が何をしたかも覚えてないなぁんて。あは、あはははは、あはははははは♪」
 狂ったように笑いだすカルミアに、憤りを覚えたミモザは拳を握りしめる。
 本気を出せば目の前の女などどうとでもできてしまえる。
 そんな感情を押し殺しながら、ミモザは歯噛みし、冷静さを保とうと必死だ。
「……あなたは、フィテウマ・サタナムーンを、覚えているんですか?」
「ふぅん。そこまではたどり着いたんだ。でもそれ以上は分からないのねん♪」
 気が狂いそうなほど、ミモザは自身を抑えつける。
 溢れんばかりの感情は表情にもにじみ出てしまいそうだった。
「さっき予測できない未来を見せてもらったお礼にひとつヒントあげちゃおっかぁ。ロータス・ネルムフィラ。ろ~ちゃんのことを、アンタらはただのえらぁい人だって思い込んでるけど、ホントのろ~ちゃんが何者なのか思い出すことはできる?」
 不意に、予測もしていなかった名前を出されて、困惑の色を見せる。
 ロータス・ネルムフィラという名前を知らない者はいないはずだ。
 特にパエデロスで過ごしてきたミモザにとって偉大なる開拓者という認識が強い。
 ただ、フィテウマ・サタナムーンとの関連性が全く繋がらない。
 この期に及んでカルミアは、まだ混乱させるつもりなのかとさえ思うほど。
「あなたこそ、ロータスさんの何を知っているんですか?」
「ろ~ちゃんのことは……よぉく知ってるつもりよ。きゃは♪ 他人のために平然と泥を被っていられる底なしのお人好し。くだらない、くだらないオバカさん」
 てんで話が繋がらない。カルミアは一体何が言いたいのか。
 やはり話をはぐらかして困惑させようという魂胆なのか。
 ミモザの中で渦巻く感情がもうそろそろ溢れかえりそうだった。
「ろ~ちゃんはね、フィテウマ・サタナムーンを殺しちゃったの。多分それが全ての始まりだったのかな、なんてね。ウチらにとっちゃ終わりだったんだけどねん」
「フィーさんを、殺した?」
「けっけっけ♪ ぶっさいくな顔♪ アンタが何者か知らないけど、アンタはアレを何者かも知らないのが本当ウケるわ」
 この女は、他人の神経を逆撫でするのがよほど得意らしい。
 支離滅裂な言葉で混乱させるのが目的のようにさえ思えてくる。
 知っているフリをしているだけなのか、しらを切っているだけなのかも分からなくなってくる。ミモザの怒りは明瞭に膨らんでいく一方。
「フィテウマ・サタナムーン――フィーさんは私の親友です。あなたよりも私の方がフィーさんのことをよく知っています」
「あっそ。じゃあさ、アンタはそのフィ~ちゃんがこの世界の記憶を書き換えたって事実も知ってる? ……くっくっく、けっけっけ……あっひゃひゃひゃひゃ♪」
 堪えきれなかったのは、カルミアの方だったらしい。
 何がおかしいのかも分からないほど、狂ったように笑い転げる。
 それ以上は聞くに堪えない。ミモザもまた限界だった。
 このふざけた女を黙らせなければ。そう思った矢先のことだ。
 何かが飛来してきた。そう理解するまでに時間を要した。
 研究棟の天井から落下してきたソレは、カルミアの真上に着地し、彼女の高らかな笑い声は中断された。
「――げはッ!?」
 泡の上だったなら衝撃を吸収できたのかもしれない。ただその飛来してきたものはカルミアをクッションにして落ちてきたため、全ての衝撃はカルミアが受ける。
「喋りすぎだ。何故黙るという至極単純なこともできぬのだ」
 落ちてきたものが人間だということに気付いたときには、カルミアは無残なまでに圧し潰されていた。息があるのかどうかは定かではないが、意識がないのは確かだ。
「愚かな女よ。己の敗北すら認められぬとは」
 ソレが立ち上がる。まず怒張した筋肉が目に付いた。
 どれほど鍛えればあんなに岩のような肉体を獲得できるというのか。
 拳法着を身にまとうその男は、立ち姿だけでも威圧感が迸る。
「あ、あなたの仲間じゃないんですか?」
 ミモザは、ようやく出た言葉を投げかける。
「かつては同胞だった。《《たった今》》、そうではなくなっただけのこと」
 男は静かに拳を構え、深く呼吸する。