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第211話 レッドアイズ魔導研究棟

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 翌日の朝。コリウスのお願いの甲斐もあって、ミモザとパエニアの二人は軍事国家レッドアイズが誇る研究棟のひとつに案内されていた。

 通常なら王子の頼みとあっても関係者以外立ち入り禁止の領域だが、先日のミモザの驚異的な技術力を知ってしまった研究員たちからの強い要望もあり、城の上層部には内密にという建前で立ち入りを許可された。

 レッドアイズ城を初めて案内されたときに訪れた研究所は、既に完成した魔具の最終調整をする程度の一般公開しても問題なさそうなオープンな施設だった。
 研究棟の中となるとその様相は格段と異なる。

 おそらく、何も知らない一般人であれば多くのものは異世界の扉を開いてしまったと思うに違いない。巨人トロールが丸々一人分は収容できそうな天井の高い円柱型の室内に、数十人はいるであろう研究員たちがひっきりなしに動き回っている。

 何より目に付くのは椅子やテーブル、階段や棚に至るまでは宙に浮いていることだろうか。重力はあるようだったが、言葉通りに縦横無尽に目まぐるしく動いている。
 コードやパイプに繋がれた無数の機械の塊も、そのあまりの複雑怪奇な仰々しさから新手のゴーレムか何かにも見えそうだった。

「これはこれはミモザ様。よくぞおいでなさいました」

 白衣に眼鏡の初老の男が深々と丁重な挨拶をする。
 つられてミモザも首から折り、お辞儀で返す。

「さすがレッドアイズれすね。私の見たことのないもので溢れてましゅ……」

 首が疲れるほど見上げても飽きることのない情景に、ミモザの口はポカンと開いたまま閉じない。機械というもの自体、レッドアイズの外ではあまり見かけないというのに、無数の機械が空中に浮かんでいる光景は圧倒される。

「それにしても、ここには本が残ってるんでふね。書庫は壊されて、ほとんどの本が燃やされてましらが」
「ああ、あれらはロベリア様とナルシス様の著書ですよ。この国の技術の根幹、言ってみれば基礎マニュアルのようなものですね」

 ちょうど本棚が目の前をふわふわと通過してきたので、研究員の男は一冊取り出し、ミモザに渡す。とんでもなくびっしりと魔導駆動の論文が書かれており、図解があっても半ページ読むのも頓挫しそうな文章量だった。

 ご丁寧に、ロベリアとナルシスの顔の写真も張り付けられており、その自己主張っぷりが伺える。どうやら歴史とは関係ないらしいことを悟ると静かに本を閉じる。

「自分の本なら燃やさないってことか?」
 宙を浮いている本棚を目で追っかけながらパエニアが言う。

「いえいえ、ここにある本も何度焚書されたことか。新しい技術を開発する度、過去の自分に制裁するかの如く、回収して処分するんです。いやはや、私ども研究員としては内容を理解するのも一苦労でして」

 気難しいを通り越して、かなり偏執的な考えを持っているらしい。

「ロベリア様たちがレッドアイズを離反してもう長いですが、いつかこうなるだろうことは何となく予想はできていましたね」
「じゃあ、ここも襲われるってことれすか?」
「間違いないでしょう。少しずつ破壊工作を繰り返し、一気に城を潰せるときになったらおそらく……」

 聞いていた以上にとんでもない人物だったことに、ミモザも唖然とする。
 仮にも身内側の人間がこうまで言うこともそうはあるまい。

「おいおい、だったらのんびり研究なんて続けてる場合か? ついこないだも城の書庫が半壊させられたばかりじゃねえか。ここにいたら襲われるんだろ?」
 パエニアは至極真っ当なことを言う。だが、初老の研究員は子供をあやすような態度で笑ってみせる。

「私ども研究員は自分を守る術ならございますので。それに新しい魔法を開発する意欲には誰も敵いません。さあ、ミモザ殿。どうぞ私どもの研究室へ」

 ロベリアも相当ではあったが、ここの研究員たちもまた相当らしい。
 国の意向、城の意向に背いてまで部外者すら中に入れようとするのだから、思ってみれば今更のようにさえ感じるくらいだ。

「お前んとこの城、どうなってんだよ」
「えへへ……皆さん優秀な方ばかりですよ」

 と、ヘラヘラ笑っているのは家出の常習犯の王子である。
 王子の頭のネジが外れていると、こうもみんなおかしくなるのか。
 国の文化レベルを引き上げた偉人もクーデター起こしたのも必然に思えるほど。

「ふぉぉぉぉ! これは何れしゅか?」
「はい、そちらはですね――」

 秒で場に馴染むミモザを見て、何処となく危機感を覚えるのも、パエニア以外には誰もいない様子だ。はたしてこのまま見守ってていいものだろうかと悩む。
 放っておくと、国が亡ぶ兵器が誕生してしまいそうな予感さえあった。

「おや、ミモザ殿。こちらの魔道具は?」
「あ、はい、これはれすね、こういう仕組みで――」
「ふむふむふむ、それは興味深い! それでしたらこちらの素材を――」

 これからひょっとすればロベリアとその一行が国をひっくり返しにくるかもしれないという瀬戸際に、何故あんなにも楽しそうにできるのか。
 あるいは、自分だけがおかしいのだろうか。パエニアは奇妙な疎外感を覚える。

「よかった、ミモザさん楽しそうですね」
「いいのかよ。許可もらったといっても国の機密にどっぷり漬かってるんだぞ」
「ロベリアさんたちが去ってからこの研究所も寂しくなってしまいましたしね。それこそ歴史が停止してしまったみたいに。それが動き出してるってことが感動ですよ」

 さも、返答したように受け答えているが、国の機密についての重大性に触れていない辺り、根本的な危機感の欠如を感じた。

 さらにいえば、とどのつまり国の文化レベルを数十年先まで引き上げた伝説級の偉人並みの技術力を、目の前ではしゃいでいるミモザが有しているということなのでは、とパエニアは思ってしまったが、あえてそれ以上考えるのはやめておいた。

 傍から見ている分には今の置かれた状況も、本来の目的も忘れさせてくれるくらいには楽しんでいるのは事実で、水を差したところで何が変わるということでもない。

 しばらくミモザはそうして研究棟内を一通り徘徊していた。
 瞬く間に世界に誇るレッドアイズの技術を吸収する様は、感服するほかない。

 それからどれくらい経っただろうか。
 ミモザからしてみれば時間が経つのも忘れるくらいのひと時だったが、研究棟に飛び込んできたのはソレを遮る者だった。

「大変です! クーデターが起きました!」

 飛び込んできた研究員は血相を変えた表情で叫ぶ。
 さすがの研究員たちも手を止めないわけにはいかない。

「被害状況はどうなっていますか。今度は何処が襲撃されているのですか」
 初老の研究員が冷静に問い尋ねる。

「それが……レッドアイズ国の各所です。同時多発的に暴動が起きています!」
「何ですって?」
 研究棟にざわめいた声が反響していく。

「皆さん、皆さん、冷静に、冷静に。まずは身の安全を確保しましょう」
 混乱が起きないように、冷静を装いつつ、各々に指示を与える。

 そうして研究棟内の研究員たちは足早に、自身のテープルの上を簡単に片付けつつもそれぞれ避難していく。

「ボクたちも早く避難しましょう!」
 慌ただしい研究棟の中、三人が合流し、出口へと向かおうとしたそのときだ。

 ドゴォォォーーンッ! バゴオォォォーーンッ!
 床が大きく揺れ、とんでもなく大きな音が反響した。

 ハッと見上げれば、研究棟の上部から瓦礫が落ちてきていた。
 攻撃されていると理解するよりも早く、眼前に窮地が飛び込んできていた。


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 翌日の朝。コリウスのお願いの甲斐もあって、ミモザとパエニアの二人は軍事国家レッドアイズが誇る研究棟のひとつに案内されていた。
 通常なら王子の頼みとあっても関係者以外立ち入り禁止の領域だが、先日のミモザの驚異的な技術力を知ってしまった研究員たちからの強い要望もあり、城の上層部には内密にという建前で立ち入りを許可された。
 レッドアイズ城を初めて案内されたときに訪れた研究所は、既に完成した魔具の最終調整をする程度の一般公開しても問題なさそうなオープンな施設だった。
 研究棟の中となるとその様相は格段と異なる。
 おそらく、何も知らない一般人であれば多くのものは異世界の扉を開いてしまったと思うに違いない。巨人トロールが丸々一人分は収容できそうな天井の高い円柱型の室内に、数十人はいるであろう研究員たちがひっきりなしに動き回っている。
 何より目に付くのは椅子やテーブル、階段や棚に至るまでは宙に浮いていることだろうか。重力はあるようだったが、言葉通りに縦横無尽に目まぐるしく動いている。
 コードやパイプに繋がれた無数の機械の塊も、そのあまりの複雑怪奇な仰々しさから新手のゴーレムか何かにも見えそうだった。
「これはこれはミモザ様。よくぞおいでなさいました」
 白衣に眼鏡の初老の男が深々と丁重な挨拶をする。
 つられてミモザも首から折り、お辞儀で返す。
「さすがレッドアイズれすね。私の見たことのないもので溢れてましゅ……」
 首が疲れるほど見上げても飽きることのない情景に、ミモザの口はポカンと開いたまま閉じない。機械というもの自体、レッドアイズの外ではあまり見かけないというのに、無数の機械が空中に浮かんでいる光景は圧倒される。
「それにしても、ここには本が残ってるんでふね。書庫は壊されて、ほとんどの本が燃やされてましらが」
「ああ、あれらはロベリア様とナルシス様の著書ですよ。この国の技術の根幹、言ってみれば基礎マニュアルのようなものですね」
 ちょうど本棚が目の前をふわふわと通過してきたので、研究員の男は一冊取り出し、ミモザに渡す。とんでもなくびっしりと魔導駆動の論文が書かれており、図解があっても半ページ読むのも頓挫しそうな文章量だった。
 ご丁寧に、ロベリアとナルシスの顔の写真も張り付けられており、その自己主張っぷりが伺える。どうやら歴史とは関係ないらしいことを悟ると静かに本を閉じる。
「自分の本なら燃やさないってことか?」
 宙を浮いている本棚を目で追っかけながらパエニアが言う。
「いえいえ、ここにある本も何度焚書されたことか。新しい技術を開発する度、過去の自分に制裁するかの如く、回収して処分するんです。いやはや、私ども研究員としては内容を理解するのも一苦労でして」
 気難しいを通り越して、かなり偏執的な考えを持っているらしい。
「ロベリア様たちがレッドアイズを離反してもう長いですが、いつかこうなるだろうことは何となく予想はできていましたね」
「じゃあ、ここも襲われるってことれすか?」
「間違いないでしょう。少しずつ破壊工作を繰り返し、一気に城を潰せるときになったらおそらく……」
 聞いていた以上にとんでもない人物だったことに、ミモザも唖然とする。
 仮にも身内側の人間がこうまで言うこともそうはあるまい。
「おいおい、だったらのんびり研究なんて続けてる場合か? ついこないだも城の書庫が半壊させられたばかりじゃねえか。ここにいたら襲われるんだろ?」
 パエニアは至極真っ当なことを言う。だが、初老の研究員は子供をあやすような態度で笑ってみせる。
「私ども研究員は自分を守る術ならございますので。それに新しい魔法を開発する意欲には誰も敵いません。さあ、ミモザ殿。どうぞ私どもの研究室へ」
 ロベリアも相当ではあったが、ここの研究員たちもまた相当らしい。
 国の意向、城の意向に背いてまで部外者すら中に入れようとするのだから、思ってみれば今更のようにさえ感じるくらいだ。
「お前んとこの城、どうなってんだよ」
「えへへ……皆さん優秀な方ばかりですよ」
 と、ヘラヘラ笑っているのは家出の常習犯の王子である。
 王子の頭のネジが外れていると、こうもみんなおかしくなるのか。
 国の文化レベルを引き上げた偉人もクーデター起こしたのも必然に思えるほど。
「ふぉぉぉぉ! これは何れしゅか?」
「はい、そちらはですね――」
 秒で場に馴染むミモザを見て、何処となく危機感を覚えるのも、パエニア以外には誰もいない様子だ。はたしてこのまま見守ってていいものだろうかと悩む。
 放っておくと、国が亡ぶ兵器が誕生してしまいそうな予感さえあった。
「おや、ミモザ殿。こちらの魔道具は?」
「あ、はい、これはれすね、こういう仕組みで――」
「ふむふむふむ、それは興味深い! それでしたらこちらの素材を――」
 これからひょっとすればロベリアとその一行が国をひっくり返しにくるかもしれないという瀬戸際に、何故あんなにも楽しそうにできるのか。
 あるいは、自分だけがおかしいのだろうか。パエニアは奇妙な疎外感を覚える。
「よかった、ミモザさん楽しそうですね」
「いいのかよ。許可もらったといっても国の機密にどっぷり漬かってるんだぞ」
「ロベリアさんたちが去ってからこの研究所も寂しくなってしまいましたしね。それこそ歴史が停止してしまったみたいに。それが動き出してるってことが感動ですよ」
 さも、返答したように受け答えているが、国の機密についての重大性に触れていない辺り、根本的な危機感の欠如を感じた。
 さらにいえば、とどのつまり国の文化レベルを数十年先まで引き上げた伝説級の偉人並みの技術力を、目の前ではしゃいでいるミモザが有しているということなのでは、とパエニアは思ってしまったが、あえてそれ以上考えるのはやめておいた。
 傍から見ている分には今の置かれた状況も、本来の目的も忘れさせてくれるくらいには楽しんでいるのは事実で、水を差したところで何が変わるということでもない。
 しばらくミモザはそうして研究棟内を一通り徘徊していた。
 瞬く間に世界に誇るレッドアイズの技術を吸収する様は、感服するほかない。
 それからどれくらい経っただろうか。
 ミモザからしてみれば時間が経つのも忘れるくらいのひと時だったが、研究棟に飛び込んできたのはソレを遮る者だった。
「大変です! クーデターが起きました!」
 飛び込んできた研究員は血相を変えた表情で叫ぶ。
 さすがの研究員たちも手を止めないわけにはいかない。
「被害状況はどうなっていますか。今度は何処が襲撃されているのですか」
 初老の研究員が冷静に問い尋ねる。
「それが……レッドアイズ国の各所です。同時多発的に暴動が起きています!」
「何ですって?」
 研究棟にざわめいた声が反響していく。
「皆さん、皆さん、冷静に、冷静に。まずは身の安全を確保しましょう」
 混乱が起きないように、冷静を装いつつ、各々に指示を与える。
 そうして研究棟内の研究員たちは足早に、自身のテープルの上を簡単に片付けつつもそれぞれ避難していく。
「ボクたちも早く避難しましょう!」
 慌ただしい研究棟の中、三人が合流し、出口へと向かおうとしたそのときだ。
 ドゴォォォーーンッ! バゴオォォォーーンッ!
 床が大きく揺れ、とんでもなく大きな音が反響した。
 ハッと見上げれば、研究棟の上部から瓦礫が落ちてきていた。
 攻撃されていると理解するよりも早く、眼前に窮地が飛び込んできていた。