第210話 ほんのわずかな手がかり
ー/ー「おつきさまとまほう?」
絵本の中身はどうやら無事なようで、焦げた箇所や穴が空いている様子もない。
「なんだ、ただのおとぎ話か」
「わぁ、なつかしいな。ボク、これが好きで何度も読み返しましたよ!」
横からパエニアとコリウスが覗き込んでくる。二人の表情は実に対照的だ。
ミモザは黙々とページを読み進めていくが、変わったところはない。
表面が煤けているだけの絵本だ。
「そんなもん読んだとこで何になるんだ。ほら、さっさとフィーの手がかりになる本を探すぞ。あるのかどうかも知らねえけどよ」
呆れ顔で言うパエニアに対し、ミモザの方は真剣な眼差しで何度も絵本を最初から読み返していく。
何のことはない絵本だ。何か隠されたメモがあるわけでもなく、暗号が隠されているわけでもない、何処にでもあるような絵本そのもの。
「その本って何度も改訂されて、それこそレッドアイズも国じゃなかった時代からある有名なおとぎ話なんですよ」
「知ってるよ。元々魔力の根源は地中に埋まってて、流れ星に押し出されて空の月になったっていう変な話だろ?」
「そうそう。パエニアくんもよく知ってますね! 月がなくなってしまったから地の底から恐ろしい住人たちが……」
「月の民、れす」
コリウスとパエニアの会話に割り込むように、コリウスとパエニアの間に挟まるミモザが呟く。
「それそれ、月の民でした。魔力を独り占めしようとする悪い民で、人間とは長いこと争い……を……?」
ふとコリウスの言葉が止まる。何か記憶の中にあるとっかかりに引っかかってしまったかのように。月の民という言葉が重要な意味を持っていたような気がしていた。
「フィーしゃんは、月の民。確か、誰かがそう教えてくれた気がしましら」
今度はミモザは記憶を振り絞る。
もう手が届くほどの距離に、その欠片が見えていた。
「月の民っておとぎ話の中だけじゃねえのか?」
「いえ、歴史上には確かに実在したはずですよ。魔法の技術は月の民が原初とまで言われているくらいですから」
調べようにも肝心の資料は燃えカスの山となっている。
ここから探し出すのは骨が折れるだろう。
「月の民は何処に住んでいるんでふか?」
「ボクの覚えている限りでは地中の奥底だったような……あ、あと、世界樹の根っこの近くって言われてた気がします」
「そりゃあおとぎ話の設定だろう。仮に今も実在していたとして、何処をどう探せっていうんだよ」
折角手に入れた貴重な情報ではあるものの、それはあくまで記憶に引っかかっただけのこと。フィテウマ・サタナムーンが月の民であることの確証ではない。
それに、今あるのはたった一冊の絵本でしかない。あまりに心もとない。
「じゃあ引き続き、読めそうな本を探しましょう。レッドアイズのことだけじゃなく、月の民について載っていそうな本を」
「そうれすね……今はどんな手がかりでも欲しいでふから」
そうは言ってみたものの、天井まで届くほどの真っ黒な山がいくつもあるのを見てしまうと絶望感を覚えてしまう。
「……せめて使用人とか使えないのかよ」
心折れそうなパエニアが希望の一言を投げかける。
「ここに運び出すのにお願いしましたしね。あまり何度も人員は割けないんですよ。ただでさえ状況が状況ですし、二度目は断られてしまいました」
考えてもみれば、半壊した書庫からこれだけの量を倉庫に運ぶのにだって相当な労力がかかったはずだろう。その上、読めそうな本を漁るとなるとまた相当な人員を割かなければならない。
それが現状で意味のあること、価値のあることなら王子の命令にも応じられるだろうが、タイミングの悪いことにクーデターが起きてしまった。
いつ、また襲撃が来るのかも分からないような状況下で、燃えカスだらけの山から本探しなどという雑務ができるほど余裕はない。
「チッ。わぁーったよ」
渋々、パエニアは燃えカス山へと向かう。
そんな後姿を、ミモザはふと眺めていた。
ミモザの覚えている限りでは、初めて出会った頃のパエニアは、資産家である親のすねをかじり、威張り散らしているような小僧だった。
それというのも、元々治安が悪く、物価や流通もまともではない頃のパエデロスで育ってきたこともあり、金貨があれば何もかも全部が買えるようなときを知っていたことが何より大きかっただろう。
誰と関わることもないが、不自由しない生活。
それは何処かで、他人への関心の薄れにもなり、自己顕示欲の種にもなっていた。
そんなプライドだけが人一倍膨らんでいた彼が、今は触れれば汚れるような燃えカスに手を突っ込んでは読めるかどうかも分からない本を探している。
同じ学校、同じクラスで過ごしてきたミモザは、一体いつから、何処から彼が変わっていったのか疑問に感じていた。
何の確証もない、一本の糸切れにも満たないような、か細いソレを手繰ろうとするのはどうしてなのか。フィテウマ・サタナムーンとは、彼にとって何なのか。
ミモザは胸の内に、小さなジクリとした何かを覚えた。
それは果たして何の感情だったのだろう。
ともあれ気を取り直し、ミモザはまた燃えカス山へと臨んだ。
※ ※ ※
それから、結果として新しい成果はあげられなかった。
あの絵本を除いても、読めそうな本はいくつかあったが、レッドアイズの歴史に関わりそうなものや、月の民についてを綴ったものはなく、三人とも全身が焦げ臭くなっただけで日が暮れてしまった。
召使いに囲まれて湯あみで体を綺麗にし、レッドアイズの新しい服に着替えた後、夕食をいただくべく食堂に集まった三人だったが、空気は実に気まずいものだった。
見た目だけなら貴族が同じテーブルにつき、談話している光景だ。
だが、これからの目的を失ったも同然で、出鼻をくじかれたようなもの。
そうでなくとも、レッドアイズからはしばらく出られそうにない。
今後の予定を考える前に、まずは目先の状況が解決しないことには何もできない。
「いやぁ、残念でしたね。でもあの絵本を見つけられただけでも一歩前進ですよ」
割と空気を読んだようで読んでないような笑顔でコリウスが切り出す。
「月の民がどうとか言われてもな。レッドアイズとどう関係してくるんだか。そもそも、フィーがレッドアイズと関係してるのかも分からねえんだぜ」
今日一日分を無駄にして不貞腐れた様子でパエニアが言う。
「私は、大きな成果らったと思いまふ。絵本はたまたまれしたが、これはきっと大きな手掛かりでしゅ。フィーしゃんが月の民だというのなら、そこにフィーしゃんが何を考えて、どう生きてきたのか分かるような気がしまふ」
漠然とした答えだ。ただ、ミモザにとっては、フィテウマ・サタナムーンという人物がどういうものであったのかが一番知りたいことだった。
おとぎ話の登場人物と重ねて彼女に近付けるのかどうかは定かではないが、種族が分かっただけでも幸いだったと言える。
「明日からどうしましょうか。また本を探しますか?」
「さすがに勘弁してくれよ、もうくったくただ」
しばらくは焦げたものを見るのもうんざりだと言わんばかり。
「私はちょっと別な切り口から……記憶改竄を治せないか探ってみたいれす」
「そんなことできんのか?」
「分からないでふ。触れたことのない分野れすし……」
「それなら魔導研究室に案内しますよ。ほら昨日の。あれから研究員たちもミモザさんとお話がしたいって言ってましたしね」
そういって、コリウスはまた満面の笑みを浮かべて見せた。
絵本の中身はどうやら無事なようで、焦げた箇所や穴が空いている様子もない。
「なんだ、ただのおとぎ話か」
「わぁ、なつかしいな。ボク、これが好きで何度も読み返しましたよ!」
横からパエニアとコリウスが覗き込んでくる。二人の表情は実に対照的だ。
ミモザは黙々とページを読み進めていくが、変わったところはない。
表面が煤けているだけの絵本だ。
「そんなもん読んだとこで何になるんだ。ほら、さっさとフィーの手がかりになる本を探すぞ。あるのかどうかも知らねえけどよ」
呆れ顔で言うパエニアに対し、ミモザの方は真剣な眼差しで何度も絵本を最初から読み返していく。
何のことはない絵本だ。何か隠されたメモがあるわけでもなく、暗号が隠されているわけでもない、何処にでもあるような絵本そのもの。
「その本って何度も改訂されて、それこそレッドアイズも国じゃなかった時代からある有名なおとぎ話なんですよ」
「知ってるよ。元々魔力の根源は地中に埋まってて、流れ星に押し出されて空の月になったっていう変な話だろ?」
「そうそう。パエニアくんもよく知ってますね! 月がなくなってしまったから地の底から恐ろしい住人たちが……」
「月の民、れす」
コリウスとパエニアの会話に割り込むように、コリウスとパエニアの間に挟まるミモザが呟く。
「それそれ、月の民でした。魔力を独り占めしようとする悪い民で、人間とは長いこと争い……を……?」
ふとコリウスの言葉が止まる。何か記憶の中にあるとっかかりに引っかかってしまったかのように。月の民という言葉が重要な意味を持っていたような気がしていた。
「フィーしゃんは、月の民。確か、誰かがそう教えてくれた気がしましら」
今度はミモザは記憶を振り絞る。
もう手が届くほどの距離に、その欠片が見えていた。
「月の民っておとぎ話の中だけじゃねえのか?」
「いえ、歴史上には確かに実在したはずですよ。魔法の技術は月の民が原初とまで言われているくらいですから」
調べようにも肝心の資料は燃えカスの山となっている。
ここから探し出すのは骨が折れるだろう。
「月の民は何処に住んでいるんでふか?」
「ボクの覚えている限りでは地中の奥底だったような……あ、あと、世界樹の根っこの近くって言われてた気がします」
「そりゃあおとぎ話の設定だろう。仮に今も実在していたとして、何処をどう探せっていうんだよ」
折角手に入れた貴重な情報ではあるものの、それはあくまで記憶に引っかかっただけのこと。フィテウマ・サタナムーンが月の民であることの確証ではない。
それに、今あるのはたった一冊の絵本でしかない。あまりに心もとない。
「じゃあ引き続き、読めそうな本を探しましょう。レッドアイズのことだけじゃなく、月の民について載っていそうな本を」
「そうれすね……今はどんな手がかりでも欲しいでふから」
そうは言ってみたものの、天井まで届くほどの真っ黒な山がいくつもあるのを見てしまうと絶望感を覚えてしまう。
「……せめて使用人とか使えないのかよ」
心折れそうなパエニアが希望の一言を投げかける。
「ここに運び出すのにお願いしましたしね。あまり何度も人員は割けないんですよ。ただでさえ状況が状況ですし、二度目は断られてしまいました」
考えてもみれば、半壊した書庫からこれだけの量を倉庫に運ぶのにだって相当な労力がかかったはずだろう。その上、読めそうな本を漁るとなるとまた相当な人員を割かなければならない。
それが現状で意味のあること、価値のあることなら王子の命令にも応じられるだろうが、タイミングの悪いことにクーデターが起きてしまった。
いつ、また襲撃が来るのかも分からないような状況下で、燃えカスだらけの山から本探しなどという雑務ができるほど余裕はない。
「チッ。わぁーったよ」
渋々、パエニアは燃えカス山へと向かう。
そんな後姿を、ミモザはふと眺めていた。
ミモザの覚えている限りでは、初めて出会った頃のパエニアは、資産家である親のすねをかじり、威張り散らしているような小僧だった。
それというのも、元々治安が悪く、物価や流通もまともではない頃のパエデロスで育ってきたこともあり、金貨があれば何もかも全部が買えるようなときを知っていたことが何より大きかっただろう。
誰と関わることもないが、不自由しない生活。
それは何処かで、他人への関心の薄れにもなり、自己顕示欲の種にもなっていた。
そんなプライドだけが人一倍膨らんでいた彼が、今は触れれば汚れるような燃えカスに手を突っ込んでは読めるかどうかも分からない本を探している。
同じ学校、同じクラスで過ごしてきたミモザは、一体いつから、何処から彼が変わっていったのか疑問に感じていた。
何の確証もない、一本の糸切れにも満たないような、か細いソレを手繰ろうとするのはどうしてなのか。フィテウマ・サタナムーンとは、彼にとって何なのか。
ミモザは胸の内に、小さなジクリとした何かを覚えた。
それは果たして何の感情だったのだろう。
ともあれ気を取り直し、ミモザはまた燃えカス山へと臨んだ。
※ ※ ※
それから、結果として新しい成果はあげられなかった。
あの絵本を除いても、読めそうな本はいくつかあったが、レッドアイズの歴史に関わりそうなものや、月の民についてを綴ったものはなく、三人とも全身が焦げ臭くなっただけで日が暮れてしまった。
召使いに囲まれて湯あみで体を綺麗にし、レッドアイズの新しい服に着替えた後、夕食をいただくべく食堂に集まった三人だったが、空気は実に気まずいものだった。
見た目だけなら貴族が同じテーブルにつき、談話している光景だ。
だが、これからの目的を失ったも同然で、出鼻をくじかれたようなもの。
そうでなくとも、レッドアイズからはしばらく出られそうにない。
今後の予定を考える前に、まずは目先の状況が解決しないことには何もできない。
「いやぁ、残念でしたね。でもあの絵本を見つけられただけでも一歩前進ですよ」
割と空気を読んだようで読んでないような笑顔でコリウスが切り出す。
「月の民がどうとか言われてもな。レッドアイズとどう関係してくるんだか。そもそも、フィーがレッドアイズと関係してるのかも分からねえんだぜ」
今日一日分を無駄にして不貞腐れた様子でパエニアが言う。
「私は、大きな成果らったと思いまふ。絵本はたまたまれしたが、これはきっと大きな手掛かりでしゅ。フィーしゃんが月の民だというのなら、そこにフィーしゃんが何を考えて、どう生きてきたのか分かるような気がしまふ」
漠然とした答えだ。ただ、ミモザにとっては、フィテウマ・サタナムーンという人物がどういうものであったのかが一番知りたいことだった。
おとぎ話の登場人物と重ねて彼女に近付けるのかどうかは定かではないが、種族が分かっただけでも幸いだったと言える。
「明日からどうしましょうか。また本を探しますか?」
「さすがに勘弁してくれよ、もうくったくただ」
しばらくは焦げたものを見るのもうんざりだと言わんばかり。
「私はちょっと別な切り口から……記憶改竄を治せないか探ってみたいれす」
「そんなことできんのか?」
「分からないでふ。触れたことのない分野れすし……」
「それなら魔導研究室に案内しますよ。ほら昨日の。あれから研究員たちもミモザさんとお話がしたいって言ってましたしね」
そういって、コリウスはまた満面の笑みを浮かべて見せた。
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