表示設定
表示設定
目次 目次




第209話 いつものような、いつかのような

ー/ー



 カーテンを通り抜けて、淡い光が差し込んでくる。
 それとともに聞こえてくる小鳥のさえずりが朝を報せる。

 眠気が体をベッドに張り付けるかのようで、まだあまり動けない。
 ただ、何故か覆いかぶさる毛布が浮いた。
 それはあたかも、すぐ隣に誰かが寝ていて、今起き上がったかのよう。

「おはよう、ミモザ。まだ眠いか? 昨日も遅くまで工房に籠っておったしな」

 瞼が重く、声の主がよく見えない。誰かがそこにいることは確かなのに。
 ソレはベッドから降りていって、カーテンを開き、眩い日差しを取り込む。

「今日も気持ちの良い朝だぞ。ふははははははははははっ!!!!」

 心を弾ませるような大きな笑い声。
 重い体を起こし、目を見開いて、光の中に溶けるその姿を確かめようとする。

「フィーしゃんっ!!」

 毛布をひっくり返した、そのとき。視界に広がる光景に違和感を覚えた。
 カーテンは開いてなどいないし、朝の日差しも遮られている。
 おまけに、小鳥のさえずりも聞こえてはいなかった。

「はれ……?」

 見渡しても、そこはミモザの他に誰もいない寝室でしかなく、隣で誰かが寝ていた形跡なんてものもあるはずがない。

「夢……れしたか……」

 頭が冴えてくる。昨日はコリウスに案内され、レッドアイズ城を巡り、魔具の研究施設で大はしゃぎした後、遅めの夕食をいただき、そのまま眠ってしまったのだ。
 長旅のこともあるが、大分疲れていたようで外はもう明け方だ。

 ミモザはベッドからゆっくりと起き上がり、カーテンを開く。
 夜明けの太陽が燃えるような赤色に輝き、眠気も一気に覚ましてくれた。

 どうやら記憶の奥底にあった誰かのことを思い出していたらしい。
 どんな顔だったのか、どんな姿だったのかまでは思い出すことができなかったが、それでも、いつも自分のそばにいてくれたことだけははっきりと分かった。

 彼女こそが、フィテウマ・サタナムーンであると確信も抱く。
 ふと気付いた時には、ミモザの目尻から一筋のソレが零れ落ちていた。

 ※ ※ ※

 それからミモザは朝食に招かれ、長身のムキムキメイドに案内されるがまま食堂へと向かうと、既にコリウスとパエニアはテーブルについていた。

 王宮の食事ともなればさぞかし豪華なものが出てくるものかと思いきや、少し拍子抜けしてしまうくらいには簡素なものだった。
 朝食だからではない。先日の夕食もそのような感じだった。

 何より、ミモザを含む三人はネルムフィラ魔導士学院の学生食堂を知っているからこそ尚のこと質素に感じてしまう。あの学校はレッドアイズが支援していた貴族学校なのだから、それ以上か同等くらいのはずでは、と思うところだ。

 軍事国家レッドアイズは軍備にばかり投資していて国としては財政難に陥っているという事実を今、明確に目の当たりにすることができたと言ってもいいだろう。

「さてと。今日はどうしましょうか」
 パンをちぎりながらコリウスが会話を切り出す。

「お前の手紙があてにならないんならこの国の歴史が分かる本を探すしかないだろ」
「やっぱりそうなりますよねぇ……」
 パンの欠片をパクリとつまんで食べる。あまり乗り気ではない様子だ。

「燃え残った本はいくつか倉庫の方に移したんですけど、焦げてたり、破れてたり、読めそうにないものばかりで」
「でも手掛かりになるなら見たいれす」
 ミモザの押しに負けたのか、コリウスも覚悟を決めたようだ。

「分かりました。結構数があったので覚悟してくださいね」

 ※ ※ ※

 朝食を終えて数分後。
 倉庫の中へと案内されたミモザとパエニアはさすがに後悔が頭をよぎった。

 コリウスから燃え残った本がある、と聞かされた時点で、嫌な予感はしていたが、倉庫にあったのは本と形容していいのか分からないものだった。
 どう見ても山となった黒い塊がいくつも並んでいる。大型戦車も何百台と保管できそうな広い倉庫なのにその一つ一つが天井まで届きそうな量だ。

「これは燃え残りじゃなくて燃えカスだろ」
「同じ意味じゃないんですか?」

 微妙なニュアンスの違いに疑問を浮かべるコリウスだったが、パエニアもそれ以上ツッコミを返しきれなかった。

「大切な本をこんなにしちゃうなんて酷いでふね」

 ミモザが黒い山から本をそっと引き抜く。するとそれは手の中でボロボロと崩れて落ちていってしまい、残ったのは汚れた手のひらだけだった。

「いくら古いものが嫌いだったからって図書館とか書庫だけを狙って燃やすか? だったら直接城を叩いた方が手っ取り早いだろうに」
「宣戦布告みたいなものだったんじゃないですか? 兄上もいつか本気で攻めてくると予測して警戒態勢を強くしていますし」
「いや、だから、警戒されちまったら攻めにくくなるだろ。実質予告してんだから」

 燃えカス山から本らしきものを探しながら言う。
 読める以前に中身を開くことが困難な有様だ。

「ボクもロベリアさんの性格までは分かってないんですけど、本気を出せばいつでも城を制圧できる実力はあるみたいですし、警戒されることも計画の上なのかと」
「そんな奴が今までレッドアイズの偉人みたいに言われてたのが驚きだわ」

 事実、賢者ロベリアと呼ばれる人物はレッドアイズに様々な貢献をしてきた。
 この現状を見るに、それは彼にとってさほど重要ではない通過点か、あるいは副次的なものに過ぎなかったのかもしれない。

「チッ! これで何も手がかりなかったらどうすんだよ、王子!」
「困りましたねぇ。情報をまとめて次の目的地を決める予定だったんですけど」
「どんだけ行き当たりばったりなんだよ、お前は!」

 もはやパエニアには溜め息も出す気力すらなかった。

「そもそも城が厳戒態勢に入っちゃったせいで、外出も却下されちゃいましたしね。あ、もちろん、ミモザさんもパエニアくんもしばらくは出られないですよ」
「何もかもが最悪だよコノヤロー!」

 炭の塊を床に叩きつけて悪態をつく。
 コリウスの手紙に関しては目算が甘かったと諦めがつくが、焚書目的のクーデターも、それによる厳戒態勢も予想外のことで、あまりにもタイミングが悪かったとしか言いようがない。
 そんな状況だと分かっていたらレッドアイズ城に向かうこともなかっただろう。

 どうやらコリウスがレッドアイズに帰国した頃合いに決まったことらしい。
 王子の安全は元より、その大切な学友を守るためにレッドアイズ城に匿おうと。

「おーい、ミモザ。そっちはどうだ。何か見つかったか?」

 さっきから会話に入ってこないミモザを不思議に思ってか、パエニアが振り向く。
 その直後、ギョっとした。

 あろうことか、黒い山のふもとから足が逆さまに生えていたからだ。その正体は言わずもがな、頭から燃えカスに突っ込んで身動きがとれなくなったミモザである。

「って、おい!? 何やってんだよ!!」

 慌ててパエニアとコリウスが駆けつけて、足だけのミモザを救出する。
 全身が煤だらけになった真っ黒ミモザが姿を現す。

「ふえぇぇ~~~~……助かりましらぁ……」
「ったく、ずいぶんと静かだと思ったら。気を付けろよ」
「あれ? ミモザさん、その本は?」

 ふと気付くと、ミモザの両腕の中に一冊の本があった。
 表面は真っ黒になってはいるものの、形は崩れてなさそうだった。

「もがいてるときに夢中で掴んでましら。何の本でふかね?」

 そっと煤けた表紙を手で払う。すると何かの絵本であることが分かった。
 何処か古めかしいが燃えた様子はなく、表面に灰が付着しているだけのよう。

 ミモザは、そっと慎重に本を開いた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第210話 ほんのわずかな手がかり


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 カーテンを通り抜けて、淡い光が差し込んでくる。
 それとともに聞こえてくる小鳥のさえずりが朝を報せる。
 眠気が体をベッドに張り付けるかのようで、まだあまり動けない。
 ただ、何故か覆いかぶさる毛布が浮いた。
 それはあたかも、すぐ隣に誰かが寝ていて、今起き上がったかのよう。
「おはよう、ミモザ。まだ眠いか? 昨日も遅くまで工房に籠っておったしな」
 瞼が重く、声の主がよく見えない。誰かがそこにいることは確かなのに。
 ソレはベッドから降りていって、カーテンを開き、眩い日差しを取り込む。
「今日も気持ちの良い朝だぞ。ふははははははははははっ!!!!」
 心を弾ませるような大きな笑い声。
 重い体を起こし、目を見開いて、光の中に溶けるその姿を確かめようとする。
「フィーしゃんっ!!」
 毛布をひっくり返した、そのとき。視界に広がる光景に違和感を覚えた。
 カーテンは開いてなどいないし、朝の日差しも遮られている。
 おまけに、小鳥のさえずりも聞こえてはいなかった。
「はれ……?」
 見渡しても、そこはミモザの他に誰もいない寝室でしかなく、隣で誰かが寝ていた形跡なんてものもあるはずがない。
「夢……れしたか……」
 頭が冴えてくる。昨日はコリウスに案内され、レッドアイズ城を巡り、魔具の研究施設で大はしゃぎした後、遅めの夕食をいただき、そのまま眠ってしまったのだ。
 長旅のこともあるが、大分疲れていたようで外はもう明け方だ。
 ミモザはベッドからゆっくりと起き上がり、カーテンを開く。
 夜明けの太陽が燃えるような赤色に輝き、眠気も一気に覚ましてくれた。
 どうやら記憶の奥底にあった誰かのことを思い出していたらしい。
 どんな顔だったのか、どんな姿だったのかまでは思い出すことができなかったが、それでも、いつも自分のそばにいてくれたことだけははっきりと分かった。
 彼女こそが、フィテウマ・サタナムーンであると確信も抱く。
 ふと気付いた時には、ミモザの目尻から一筋のソレが零れ落ちていた。
 ※ ※ ※
 それからミモザは朝食に招かれ、長身のムキムキメイドに案内されるがまま食堂へと向かうと、既にコリウスとパエニアはテーブルについていた。
 王宮の食事ともなればさぞかし豪華なものが出てくるものかと思いきや、少し拍子抜けしてしまうくらいには簡素なものだった。
 朝食だからではない。先日の夕食もそのような感じだった。
 何より、ミモザを含む三人はネルムフィラ魔導士学院の学生食堂を知っているからこそ尚のこと質素に感じてしまう。あの学校はレッドアイズが支援していた貴族学校なのだから、それ以上か同等くらいのはずでは、と思うところだ。
 軍事国家レッドアイズは軍備にばかり投資していて国としては財政難に陥っているという事実を今、明確に目の当たりにすることができたと言ってもいいだろう。
「さてと。今日はどうしましょうか」
 パンをちぎりながらコリウスが会話を切り出す。
「お前の手紙があてにならないんならこの国の歴史が分かる本を探すしかないだろ」
「やっぱりそうなりますよねぇ……」
 パンの欠片をパクリとつまんで食べる。あまり乗り気ではない様子だ。
「燃え残った本はいくつか倉庫の方に移したんですけど、焦げてたり、破れてたり、読めそうにないものばかりで」
「でも手掛かりになるなら見たいれす」
 ミモザの押しに負けたのか、コリウスも覚悟を決めたようだ。
「分かりました。結構数があったので覚悟してくださいね」
 ※ ※ ※
 朝食を終えて数分後。
 倉庫の中へと案内されたミモザとパエニアはさすがに後悔が頭をよぎった。
 コリウスから燃え残った本がある、と聞かされた時点で、嫌な予感はしていたが、倉庫にあったのは本と形容していいのか分からないものだった。
 どう見ても山となった黒い塊がいくつも並んでいる。大型戦車も何百台と保管できそうな広い倉庫なのにその一つ一つが天井まで届きそうな量だ。
「これは燃え残りじゃなくて燃えカスだろ」
「同じ意味じゃないんですか?」
 微妙なニュアンスの違いに疑問を浮かべるコリウスだったが、パエニアもそれ以上ツッコミを返しきれなかった。
「大切な本をこんなにしちゃうなんて酷いでふね」
 ミモザが黒い山から本をそっと引き抜く。するとそれは手の中でボロボロと崩れて落ちていってしまい、残ったのは汚れた手のひらだけだった。
「いくら古いものが嫌いだったからって図書館とか書庫だけを狙って燃やすか? だったら直接城を叩いた方が手っ取り早いだろうに」
「宣戦布告みたいなものだったんじゃないですか? 兄上もいつか本気で攻めてくると予測して警戒態勢を強くしていますし」
「いや、だから、警戒されちまったら攻めにくくなるだろ。実質予告してんだから」
 燃えカス山から本らしきものを探しながら言う。
 読める以前に中身を開くことが困難な有様だ。
「ボクもロベリアさんの性格までは分かってないんですけど、本気を出せばいつでも城を制圧できる実力はあるみたいですし、警戒されることも計画の上なのかと」
「そんな奴が今までレッドアイズの偉人みたいに言われてたのが驚きだわ」
 事実、賢者ロベリアと呼ばれる人物はレッドアイズに様々な貢献をしてきた。
 この現状を見るに、それは彼にとってさほど重要ではない通過点か、あるいは副次的なものに過ぎなかったのかもしれない。
「チッ! これで何も手がかりなかったらどうすんだよ、王子!」
「困りましたねぇ。情報をまとめて次の目的地を決める予定だったんですけど」
「どんだけ行き当たりばったりなんだよ、お前は!」
 もはやパエニアには溜め息も出す気力すらなかった。
「そもそも城が厳戒態勢に入っちゃったせいで、外出も却下されちゃいましたしね。あ、もちろん、ミモザさんもパエニアくんもしばらくは出られないですよ」
「何もかもが最悪だよコノヤロー!」
 炭の塊を床に叩きつけて悪態をつく。
 コリウスの手紙に関しては目算が甘かったと諦めがつくが、焚書目的のクーデターも、それによる厳戒態勢も予想外のことで、あまりにもタイミングが悪かったとしか言いようがない。
 そんな状況だと分かっていたらレッドアイズ城に向かうこともなかっただろう。
 どうやらコリウスがレッドアイズに帰国した頃合いに決まったことらしい。
 王子の安全は元より、その大切な学友を守るためにレッドアイズ城に匿おうと。
「おーい、ミモザ。そっちはどうだ。何か見つかったか?」
 さっきから会話に入ってこないミモザを不思議に思ってか、パエニアが振り向く。
 その直後、ギョっとした。
 あろうことか、黒い山のふもとから足が逆さまに生えていたからだ。その正体は言わずもがな、頭から燃えカスに突っ込んで身動きがとれなくなったミモザである。
「って、おい!? 何やってんだよ!!」
 慌ててパエニアとコリウスが駆けつけて、足だけのミモザを救出する。
 全身が煤だらけになった真っ黒ミモザが姿を現す。
「ふえぇぇ~~~~……助かりましらぁ……」
「ったく、ずいぶんと静かだと思ったら。気を付けろよ」
「あれ? ミモザさん、その本は?」
 ふと気付くと、ミモザの両腕の中に一冊の本があった。
 表面は真っ黒になってはいるものの、形は崩れてなさそうだった。
「もがいてるときに夢中で掴んでましら。何の本でふかね?」
 そっと煤けた表紙を手で払う。すると何かの絵本であることが分かった。
 何処か古めかしいが燃えた様子はなく、表面に灰が付着しているだけのよう。
 ミモザは、そっと慎重に本を開いた。