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【???】闇の騎士団ナイト・シェード

ー/ー



 軍事国家と呼ばれる大国レッドアイズには長い長い戦争の歴史が束ねられ、良くも悪くも世界からは注目されており、敵対国が多い一方、その圧倒的な武力差、兵力差の前に同盟を結ぶ国も決して少なくはない。

 レッドアイズの誇る技術力は遥か未来をゆくとまで言われ、他国には決して追いつけないほどの領域に達しており、武具を輸入できればお粗末な兵力であっても、数千人規模の弱小国を壊滅させることも容易なほど。

 驚異的な影響力を持つレッドアイズだが、技術開発への投資が著しい側面があり、端的に言えば資金難に陥っている状況下でもあった。それは国民への負担にもなりつつあり、貴族と平民との貧富の差は広がる一方。

 同じ城壁で囲まれた国内でありながらも、日々の食事もままならないような劣悪な環境と、十数人もの大家族を養っても有り余るほどの裕福な環境が隣り合うほど。
 何せ如何にレッドアイズの軍備が整おうと、それが国民に還元されるはずもない。搾取されるばかりで、先立つもののない平民にはただただ苦行でしかない。

 それは悪循環といえばその通りで、恩恵を賜れる富裕層以外、レッドアイズに定住するメリットもないに等しい。
 しかしレッドアイズには他国にはない優れた技術力を持っている側面もあるため、民が国境をまたぐのにも制限や制約も多く、結果として国から出られない民も多い。

 そうして昨今では、レッドアイズの中心に富裕層が集まり、一見すると大都会の如く賑わっているが、外周のほとんどは打って変わってハリボテのように貧困街が広がっており、それは今も徐々に富裕層に侵食しつつある状況下だった。

 無論、貧困層の民がいつまでも黙っているということもなく、技術大国にして軍事国家であるレッドアイズの水面下では、国家転覆を目論むレジスタンスが徒党を組むのも自然のことだった。

 国の中心から外れた位置にある貧困街の片隅、殺風景な廃墟の並ぶその通りに、彼らのアジトはあった。治安の悪さ以外に特筆することのないその場所をわざわざ訪れようとする者もいない。都合の良い隠れ家だった。

 一見すると石造りの古いアパート。奥へと進むと地下に続く階段があり、降りた先にはみすぼらしい恰好をした民がぞろぞろと集っていた。
 中には身なりの整った者も何人か混じっていた。おそらくは元貴族だったのだろう。いずれにせよ、瞳は酷く濁っており、正気を保っているようには見えない。

 表の静寂さとは真逆で、そこは憎悪のたまり場といっても良かった。

 口々に漏れる言葉は呪詛の如く。何も知らない者がここに足を踏み入れようものならば、骨すらも残らない負の感情に取り巻かれてしまうことだろう。

 あまり統率のとれた集団には見えなかったが、ふとそこに身なりの整った男が現れる。場違いとまで思わされるほど、高位な衣を身に纏うその男が視界に入った途端、民たちは、突如として降臨された神を崇拝するかの如く、その場でひれ伏す。

「哀れなる民よ。下等なる民よ。愚劣なる民よ。耳を傾けるがよい」

 厳かで、威圧的な口調が廃墟に響き渡る。つい先ほどまでざわめいていた声はピタリと止み、一言たりとも聞き漏らすものかと言わんばかりに静まり返る。

「此度、諸君らの働きにより、レッドアイズへ一矢を報いた。そのことには感謝の言葉を述べよう。実に大儀であった」

 そんな言葉も勿体ないとでも言わんばかりに、民たちは一同に嗚咽を漏らし、涙を流す者が固く冷たい床に額を擦り付ける。

「だが、諸君らがこれまで味わってきた苦汁に比べれば、これもまだ序章に過ぎぬ。今は次なる作戦の前に英気を養うといい」

 パチン。男が指を鳴らすと、闇の中から這い出るようにして何者かが数人ほど姿を現す。すると、食欲をあおるような香ばしい匂いが沸き立つ。

「みんなぁ~、お疲れ様~♪ おなかすいちゃってるよね~。い~っぱい持ってきたから分け合って食べるのよん。きゃはっ」

 賭博場を思わせるような勝負服に身を包む女が台車を転がす。その上には無造作なまでにパンや肉の積まれた箱が乗っかっていた。
 そして勢いのまま台車をガツンと蹴り飛ばすと、ガラガラと音を立てて民の方へと走り出していき、逆に民たちは飛びつくように我先にと箱に群がる。

「あ~、キモいキモい。ホ~ント猿みたいだわ」

 その女は、ガツガツとむさぼる民の姿を眺めながら悪態をつく。同じ人間として見ていないのは明白だったが、民たちは気にすることもなく腹を満たす。

「そう言ってやるな。彼らも同胞なのだから」

 その隣で拳法着の男が腕を組みながら言う。対する女は納得した表情を見せず、返事の代わりに腕を組みながら溜め息をついた。

「こんな連中の力が必要なのかねえ? 僕は正直、魔導機兵(オートマタ)とかちゃっちゃと造っちゃった方がまだ効率がいいと思うんだけど」

 吟遊詩人のような恰好をした細身の男が嫌味のようにぼやく。
 その男もまた不服そうな面持ちだ。

「行動を起こすだけならそうだろう。だが、我々の目的はただレッドアイズを転覆させるだけではない。そこを履き違えるな」

 三人が高位な衣の男に向き直る。
 どうやら彼らがこの場を統括するリーダー格であることは間違いなかった。

「へいへい、偉大なるロベリアさんに従っておきますよ、っと」
「や~いや~い、な~ちゃん怒られてやんの~」
「そこまでにしておけ、カルミア」

 彼らこそ、かつてこのレッドアイズで名を馳せた生きる伝説。
 賢者ロベリア、未来視のカルミア、剛腕のサフラン、魔導技師ナルシスだ。

「じゃあ、それで? ロベリアさんはこの後、どんなことを企んでいるんで?」
 退屈そうにあくび交じりでナルシスが問い尋ねる。

「そう急くでない、ナルシス。まずは明後日をもって城を攻め落とす。貴様も英気を養っておけ」
「分かりやしたよ。まずは地道にね」
 ナルシスは、あたかも軍事国家の中枢を担うレッドアイズ城を落とすことなど造作もないような口調で言う。

「その次は何処を攻めていくのかな~♪ たっのしみだなぁ~♪」
 カルミアに至ってはまるでピクニック感覚だ。

「それにしても未だに信じがたいことだな、ロベリア殿。某らの記憶が書き換えられていたなどとは」
「実に屈辱である。だがそれは事実だ。あの小娘どもの手のひらで踊らされていたと思うと虫唾が走る。古代の民の思い通りになるなどあってはならぬこと」

 ロベリアが拳を握り締める。その憎悪の深さたるや、手の内から血が滴るほど。

「あのフィテウマ・サタナムーンが逝ってしまったのはこの際好都合としておこう。だが、奴の思い通りの世界などこの手で破壊せねば気が済まない」

 歯が軋むほどに食いしばり、ロベリアは怨恨に心を浸す。その傍らで、サフランはそれ以上声を掛けるわけでもなく、ただ見守る。それが彼に対する敬意だったから。

「リコリス・ルキフェルナはおそらくまだ世界の何処かにいるはずだ。いずれはそいつも探り出し、始末する。それこそが今の我々の目的なのだ」

 果たして、みすぼらしく浅ましいのはそこに集まっている民だけのことだったのだろうか。落ちぶれたレッドアイズの民を利用しようと考える、その男もまた憎悪にまみれて同じ色に染まっているように見えなくもなかった。

「――そう、我らは闇の騎士団ナイト・シェード。悪辣にして愚劣なる、この世界の支配構造を作り替えるべく立ち上がった崇高なる存在である」

 泥水よりも黒く濁り切った眼で、ロベリアはそこにはいない何かを嘲笑っていた。


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 レッドアイズの誇る技術力は遥か未来をゆくとまで言われ、他国には決して追いつけないほどの領域に達しており、武具を輸入できればお粗末な兵力であっても、数千人規模の弱小国を壊滅させることも容易なほど。
 驚異的な影響力を持つレッドアイズだが、技術開発への投資が著しい側面があり、端的に言えば資金難に陥っている状況下でもあった。それは国民への負担にもなりつつあり、貴族と平民との貧富の差は広がる一方。
 同じ城壁で囲まれた国内でありながらも、日々の食事もままならないような劣悪な環境と、十数人もの大家族を養っても有り余るほどの裕福な環境が隣り合うほど。
 何せ如何にレッドアイズの軍備が整おうと、それが国民に還元されるはずもない。搾取されるばかりで、先立つもののない平民にはただただ苦行でしかない。
 それは悪循環といえばその通りで、恩恵を賜れる富裕層以外、レッドアイズに定住するメリットもないに等しい。
 しかしレッドアイズには他国にはない優れた技術力を持っている側面もあるため、民が国境をまたぐのにも制限や制約も多く、結果として国から出られない民も多い。
 そうして昨今では、レッドアイズの中心に富裕層が集まり、一見すると大都会の如く賑わっているが、外周のほとんどは打って変わってハリボテのように貧困街が広がっており、それは今も徐々に富裕層に侵食しつつある状況下だった。
 無論、貧困層の民がいつまでも黙っているということもなく、技術大国にして軍事国家であるレッドアイズの水面下では、国家転覆を目論むレジスタンスが徒党を組むのも自然のことだった。
 国の中心から外れた位置にある貧困街の片隅、殺風景な廃墟の並ぶその通りに、彼らのアジトはあった。治安の悪さ以外に特筆することのないその場所をわざわざ訪れようとする者もいない。都合の良い隠れ家だった。
 一見すると石造りの古いアパート。奥へと進むと地下に続く階段があり、降りた先にはみすぼらしい恰好をした民がぞろぞろと集っていた。
 中には身なりの整った者も何人か混じっていた。おそらくは元貴族だったのだろう。いずれにせよ、瞳は酷く濁っており、正気を保っているようには見えない。
 表の静寂さとは真逆で、そこは憎悪のたまり場といっても良かった。
 口々に漏れる言葉は呪詛の如く。何も知らない者がここに足を踏み入れようものならば、骨すらも残らない負の感情に取り巻かれてしまうことだろう。
 あまり統率のとれた集団には見えなかったが、ふとそこに身なりの整った男が現れる。場違いとまで思わされるほど、高位な衣を身に纏うその男が視界に入った途端、民たちは、突如として降臨された神を崇拝するかの如く、その場でひれ伏す。
「哀れなる民よ。下等なる民よ。愚劣なる民よ。耳を傾けるがよい」
 厳かで、威圧的な口調が廃墟に響き渡る。つい先ほどまでざわめいていた声はピタリと止み、一言たりとも聞き漏らすものかと言わんばかりに静まり返る。
「此度、諸君らの働きにより、レッドアイズへ一矢を報いた。そのことには感謝の言葉を述べよう。実に大儀であった」
 そんな言葉も勿体ないとでも言わんばかりに、民たちは一同に嗚咽を漏らし、涙を流す者が固く冷たい床に額を擦り付ける。
「だが、諸君らがこれまで味わってきた苦汁に比べれば、これもまだ序章に過ぎぬ。今は次なる作戦の前に英気を養うといい」
 パチン。男が指を鳴らすと、闇の中から這い出るようにして何者かが数人ほど姿を現す。すると、食欲をあおるような香ばしい匂いが沸き立つ。
「みんなぁ~、お疲れ様~♪ おなかすいちゃってるよね~。い~っぱい持ってきたから分け合って食べるのよん。きゃはっ」
 賭博場を思わせるような勝負服に身を包む女が台車を転がす。その上には無造作なまでにパンや肉の積まれた箱が乗っかっていた。
 そして勢いのまま台車をガツンと蹴り飛ばすと、ガラガラと音を立てて民の方へと走り出していき、逆に民たちは飛びつくように我先にと箱に群がる。
「あ~、キモいキモい。ホ~ント猿みたいだわ」
 その女は、ガツガツとむさぼる民の姿を眺めながら悪態をつく。同じ人間として見ていないのは明白だったが、民たちは気にすることもなく腹を満たす。
「そう言ってやるな。彼らも同胞なのだから」
 その隣で拳法着の男が腕を組みながら言う。対する女は納得した表情を見せず、返事の代わりに腕を組みながら溜め息をついた。
「こんな連中の力が必要なのかねえ? 僕は正直、|魔導機兵《オートマタ》とかちゃっちゃと造っちゃった方がまだ効率がいいと思うんだけど」
 吟遊詩人のような恰好をした細身の男が嫌味のようにぼやく。
 その男もまた不服そうな面持ちだ。
「行動を起こすだけならそうだろう。だが、我々の目的はただレッドアイズを転覆させるだけではない。そこを履き違えるな」
 三人が高位な衣の男に向き直る。
 どうやら彼らがこの場を統括するリーダー格であることは間違いなかった。
「へいへい、偉大なるロベリアさんに従っておきますよ、っと」
「や~いや~い、な~ちゃん怒られてやんの~」
「そこまでにしておけ、カルミア」
 彼らこそ、かつてこのレッドアイズで名を馳せた生きる伝説。
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「じゃあ、それで? ロベリアさんはこの後、どんなことを企んでいるんで?」
 退屈そうにあくび交じりでナルシスが問い尋ねる。
「そう急くでない、ナルシス。まずは明後日をもって城を攻め落とす。貴様も英気を養っておけ」
「分かりやしたよ。まずは地道にね」
 ナルシスは、あたかも軍事国家の中枢を担うレッドアイズ城を落とすことなど造作もないような口調で言う。
「その次は何処を攻めていくのかな~♪ たっのしみだなぁ~♪」
 カルミアに至ってはまるでピクニック感覚だ。
「それにしても未だに信じがたいことだな、ロベリア殿。某らの記憶が書き換えられていたなどとは」
「実に屈辱である。だがそれは事実だ。あの小娘どもの手のひらで踊らされていたと思うと虫唾が走る。古代の民の思い通りになるなどあってはならぬこと」
 ロベリアが拳を握り締める。その憎悪の深さたるや、手の内から血が滴るほど。
「あのフィテウマ・サタナムーンが逝ってしまったのはこの際好都合としておこう。だが、奴の思い通りの世界などこの手で破壊せねば気が済まない」
 歯が軋むほどに食いしばり、ロベリアは怨恨に心を浸す。その傍らで、サフランはそれ以上声を掛けるわけでもなく、ただ見守る。それが彼に対する敬意だったから。
「リコリス・ルキフェルナはおそらくまだ世界の何処かにいるはずだ。いずれはそいつも探り出し、始末する。それこそが今の我々の目的なのだ」
 果たして、みすぼらしく浅ましいのはそこに集まっている民だけのことだったのだろうか。落ちぶれたレッドアイズの民を利用しようと考える、その男もまた憎悪にまみれて同じ色に染まっているように見えなくもなかった。
「――そう、我らは闇の騎士団ナイト・シェード。悪辣にして愚劣なる、この世界の支配構造を作り替えるべく立ち上がった崇高なる存在である」
 泥水よりも黒く濁り切った眼で、ロベリアはそこにはいない何かを嘲笑っていた。