第207話 明確な記録

ー/ー



「ほえー! 馬車よりはやーい! 馬車より、ずっとはやい!! すごいれふ!!」
 車窓から走る町並みを見下ろして、はしゃぐエルフの少女が一人。

 生まれて初めての魔導列車の旅は文句なしの大満足の様子で、先ほどからずっとあの調子だ。そんなほのぼのしい光景をよそに、どういうわけか車内の方は実にものものしい空気をまとっていた。

 通常の車両とは異なり、王族のためにあしらわれたその車内は、豪華絢爛をそのまま表したかのような内装をしており、大きなソファや高級そうなテーブルなど、長時間でもくつろげるゆったりスペースが広がっていた。

 そんな移動式プライベートルーム内には護衛の兵士であろうゴツゴツでムキムキのむさくるしい男たちが、これでもかというほど配備されていた。
 もはや、くしゃみひとつできないくらいピリピリとした緊張をまとっている。

 そんな中でキャッキャと列車を堪能できるミモザの好奇心には感服するほど。

「おい、コリウス。なんか護衛多くねえか?」
「そうですね。何かあったんでしょうか」
「ああ、それについては俺の方から説明しようか」

 高級ソファに腰かけたパエニアとコリウスの間を割るように、ノッシノシと巨体がやってくる。説明するまでもなくリンドーである。

「実は最近クーデターがあってな。色々と厳戒態勢を引いてるところだ」
「治安悪いとは聞いてたけど全然穏やかじゃないな、レッドアイズ」
「そういえば列車の発車にも準備が掛かってましたね」

 改めて護衛の多さを見て、状況は想像しているよりも深刻だということに気付く。

「ったく、もうある程度の鎮圧はできてはいるんだが、国立図書館が燃やされたり、城の書庫まで半壊させられたりと散々だ」

 そこまで聞くとコリウスもパエニアもギョッとする。何せ、ミモザも含めた三人はレッドアイズの歴史を調べようと思っていた矢先のことだったからだ。
 まるで狙いすましたかのように情報源が襲撃されている。

「誰が主犯格なのか分かっているんですか?」
「ん? まあ、すぐに分かることだから隠す必要もないし別にいいか。リーダーは、ロベリア・エリナスだ」
「ええ!? あのロベリアさんが!?」

 あまりにも大げさに驚くコリウスをよそに、パエニアはそれが誰だったかを思い出そうとする。何処かで聞いたことのあるような名前だった気がしていた。

「ロベリアというと、賢者ロベリアか? 軍事国家レッドアイズの文化レベルを一気に数十年分は引き上げたっていう」
 少しの間を置いて、教科書を読み上げたかのような知識を引っ張り出す。

「あの人って何かの罪で捕まってませんでしたっけ?」
「もちろん脱獄だよ。カルミアやサフラン、ナルシスも引き連れてな」
「最近捕まった連中ばっかじゃねえか。なんでこの国にテロリストがいんだよ……。衛兵はどうした衛兵は」

 さすがにざわついた空気を察して、ミモザが窓辺から戻ってくる。
 車窓の眺めを堪能したものの、その表情は感化され不穏をまとっていた。

「なんかあったんでふか?」

 何も知らない無垢な瞳がその場の空気を僅かばかりに緩和する。
 おそらく延々とはしゃいでいたから話の半分も耳には入っていないであろうことがうかがえた。

 ※ ※ ※

 一頻り、現状把握ができた辺りで、リンドーが口火を切る。

「後出しで言うのもなんだが、お前たちが言う記憶の改竄って奴は、実は俺たちの方――レッドアイズでもある程度は把握済みなんだ」
「え、そうだったんですか!?」

 てっきりそのことに気付いていたのは自分たちぐらいだと思い込んでいたコリウスは、思いの外、驚愕する。そもそも、そのレッドアイズ側に王子が含まれていないことに、ミモザとパエニアも驚いたが。

「記憶と記録にズレが生じているんだ。気付かない方がおかしいだろ。今のところは極力混乱させないために不必要に周知させないように努めてる」
「じゃ、じゃあ、リンドーしゃん。誰が何の目的でこんなことをしたのか分かってるんでふか?」

 フィテウマ・サタナムーンのことを知りたいあまりにミモザは前のめりになって問い尋ねる。

「こっちの方の主犯格は、まあ、まだ分かってない。よって目的もまだ不明だ。分かっている範囲としては、レッドアイズの歴史の大部分と、パエデロスに関する一部の情報が世界規模でごっそりと書き換わっているということだ」
「おいおい……せ、世界規模って、そんな大げさな」

 急に規模が大きくなり、パエニアもたじろぐ。
 実際問題ごく一部の国や土地だけで記憶が書き換わっている程度ならいずれにせよ記憶との齟齬が生じて、そこから一気に混乱が巻き起こることは容易に想像できる。
 だとしたら、当然、ごく一部などとケチケチした話ではなく、世界中で記憶を書き換えなければ意味がないとも言えるだろう。

「俺もふざけた話だとは思ったがな。これでも色々と調べた結果、出た推論だ」

 無茶が過ぎる暴論だと片付けない辺り、リンドーやその他のレッドアイズの者たちが相当広範囲に渡って調べ尽くしたであろうことは容易に想像できた。

「リンドーしぇんしぇい! 聞いてもいいでしゅか?」
「うん、いいぞ。今は学校じゃないけどな。だっはっは!」

 リンドーは軽く笑い飛ばしつつ、真剣な眼差しで問いを待つ。

「フィーしゃん……フィテウマ・サタナムーンについて、何か知ってることってありまふか?」
「ああ、お前らが追っている女のことか。答えたいのは山々だが、そいつに関しては記録が殆ど残っていない。忽然とパエデロスに現れたことになってるみてえでな」
「忽然と、れすか?」

 レッドアイズで調べたところによれば、かなりの富豪であることと、他国にも名を轟かせていたことは記録の中から探り当てることはできたらしい。
 しかし、パエデロスにやってくる以前は何処にいたのか、そもそも何処から資産が湧いて出たのかも分かっていないそうだ。

 それこそ急に忽然とフィーと名乗る女がパエデロスに登場し、謎の令嬢として有名になっていったという記録しかない。

「何処かで追放されてきたのかどうかまでは知らんが、相当長いこと金にものを言わせてパエデロスの悪役令嬢として忍び込んでいたみたいだな」
「悪役ってなんだよ、悪役って」
「記録によれば、相当経済をぶん回していたそうだ。あのロータスも何度も彼女に頭を下げに行ったという記述も大量に残っていた。かなりの困らせもんだぜ、こりゃ」

 どうしてそんな記録が残されていたのかという疑問も沸いたが、ミモザが今知りたいのはフィテウマ・サタナムーンが何者であるかということ。
 今ある情報だけでは突然現れた大金持ちというだけでしかなく、核心に迫るようなことは何も知れていない。

「ああ、そうそう。そのフィテウマって奴の情報源なんだが、コリウス王子」
「はい? ボク?」

 急にリンドーから名指しされてコリウスも首をかしげる。

「件の、カシアだよ。レッドアイズの密使を使って何度も恋文を送り付けていたり、オキザリス使って情報調べさせていただろう。おかげでその辺の記録が一気にとれて助かったぜ」
「え? そのやりとりって上でも把握されていたんですか?」

 思い返せば、考えなくても分かりきった答えではあった。
 一国の王子が外に手紙を送りつけたり、情報収集をさせていたのだから、把握していない方がおかしい。
 下手すればレッドアイズ国の機密が外に漏れてしまうのだから。

「いやぁ、それはさすがに恥ずかしいですね!」
 そこまでは考え至ってはいない様子だったが。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第208話 田舎エルフ、突入


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「ほえー! 馬車よりはやーい! 馬車より、ずっとはやい!! すごいれふ!!」
 車窓から走る町並みを見下ろして、はしゃぐエルフの少女が一人。
 生まれて初めての魔導列車の旅は文句なしの大満足の様子で、先ほどからずっとあの調子だ。そんなほのぼのしい光景をよそに、どういうわけか車内の方は実にものものしい空気をまとっていた。
 通常の車両とは異なり、王族のためにあしらわれたその車内は、豪華絢爛をそのまま表したかのような内装をしており、大きなソファや高級そうなテーブルなど、長時間でもくつろげるゆったりスペースが広がっていた。
 そんな移動式プライベートルーム内には護衛の兵士であろうゴツゴツでムキムキのむさくるしい男たちが、これでもかというほど配備されていた。
 もはや、くしゃみひとつできないくらいピリピリとした緊張をまとっている。
 そんな中でキャッキャと列車を堪能できるミモザの好奇心には感服するほど。
「おい、コリウス。なんか護衛多くねえか?」
「そうですね。何かあったんでしょうか」
「ああ、それについては俺の方から説明しようか」
 高級ソファに腰かけたパエニアとコリウスの間を割るように、ノッシノシと巨体がやってくる。説明するまでもなくリンドーである。
「実は最近クーデターがあってな。色々と厳戒態勢を引いてるところだ」
「治安悪いとは聞いてたけど全然穏やかじゃないな、レッドアイズ」
「そういえば列車の発車にも準備が掛かってましたね」
 改めて護衛の多さを見て、状況は想像しているよりも深刻だということに気付く。
「ったく、もうある程度の鎮圧はできてはいるんだが、国立図書館が燃やされたり、城の書庫まで半壊させられたりと散々だ」
 そこまで聞くとコリウスもパエニアもギョッとする。何せ、ミモザも含めた三人はレッドアイズの歴史を調べようと思っていた矢先のことだったからだ。
 まるで狙いすましたかのように情報源が襲撃されている。
「誰が主犯格なのか分かっているんですか?」
「ん? まあ、すぐに分かることだから隠す必要もないし別にいいか。リーダーは、ロベリア・エリナスだ」
「ええ!? あのロベリアさんが!?」
 あまりにも大げさに驚くコリウスをよそに、パエニアはそれが誰だったかを思い出そうとする。何処かで聞いたことのあるような名前だった気がしていた。
「ロベリアというと、賢者ロベリアか? 軍事国家レッドアイズの文化レベルを一気に数十年分は引き上げたっていう」
 少しの間を置いて、教科書を読み上げたかのような知識を引っ張り出す。
「あの人って何かの罪で捕まってませんでしたっけ?」
「もちろん脱獄だよ。カルミアやサフラン、ナルシスも引き連れてな」
「最近捕まった連中ばっかじゃねえか。なんでこの国にテロリストがいんだよ……。衛兵はどうした衛兵は」
 さすがにざわついた空気を察して、ミモザが窓辺から戻ってくる。
 車窓の眺めを堪能したものの、その表情は感化され不穏をまとっていた。
「なんかあったんでふか?」
 何も知らない無垢な瞳がその場の空気を僅かばかりに緩和する。
 おそらく延々とはしゃいでいたから話の半分も耳には入っていないであろうことがうかがえた。
 ※ ※ ※
 一頻り、現状把握ができた辺りで、リンドーが口火を切る。
「後出しで言うのもなんだが、お前たちが言う記憶の改竄って奴は、実は俺たちの方――レッドアイズでもある程度は把握済みなんだ」
「え、そうだったんですか!?」
 てっきりそのことに気付いていたのは自分たちぐらいだと思い込んでいたコリウスは、思いの外、驚愕する。そもそも、そのレッドアイズ側に王子が含まれていないことに、ミモザとパエニアも驚いたが。
「記憶と記録にズレが生じているんだ。気付かない方がおかしいだろ。今のところは極力混乱させないために不必要に周知させないように努めてる」
「じゃ、じゃあ、リンドーしゃん。誰が何の目的でこんなことをしたのか分かってるんでふか?」
 フィテウマ・サタナムーンのことを知りたいあまりにミモザは前のめりになって問い尋ねる。
「こっちの方の主犯格は、まあ、まだ分かってない。よって目的もまだ不明だ。分かっている範囲としては、レッドアイズの歴史の大部分と、パエデロスに関する一部の情報が世界規模でごっそりと書き換わっているということだ」
「おいおい……せ、世界規模って、そんな大げさな」
 急に規模が大きくなり、パエニアもたじろぐ。
 実際問題ごく一部の国や土地だけで記憶が書き換わっている程度ならいずれにせよ記憶との齟齬が生じて、そこから一気に混乱が巻き起こることは容易に想像できる。
 だとしたら、当然、ごく一部などとケチケチした話ではなく、世界中で記憶を書き換えなければ意味がないとも言えるだろう。
「俺もふざけた話だとは思ったがな。これでも色々と調べた結果、出た推論だ」
 無茶が過ぎる暴論だと片付けない辺り、リンドーやその他のレッドアイズの者たちが相当広範囲に渡って調べ尽くしたであろうことは容易に想像できた。
「リンドーしぇんしぇい! 聞いてもいいでしゅか?」
「うん、いいぞ。今は学校じゃないけどな。だっはっは!」
 リンドーは軽く笑い飛ばしつつ、真剣な眼差しで問いを待つ。
「フィーしゃん……フィテウマ・サタナムーンについて、何か知ってることってありまふか?」
「ああ、お前らが追っている女のことか。答えたいのは山々だが、そいつに関しては記録が殆ど残っていない。忽然とパエデロスに現れたことになってるみてえでな」
「忽然と、れすか?」
 レッドアイズで調べたところによれば、かなりの富豪であることと、他国にも名を轟かせていたことは記録の中から探り当てることはできたらしい。
 しかし、パエデロスにやってくる以前は何処にいたのか、そもそも何処から資産が湧いて出たのかも分かっていないそうだ。
 それこそ急に忽然とフィーと名乗る女がパエデロスに登場し、謎の令嬢として有名になっていったという記録しかない。
「何処かで追放されてきたのかどうかまでは知らんが、相当長いこと金にものを言わせてパエデロスの悪役令嬢として忍び込んでいたみたいだな」
「悪役ってなんだよ、悪役って」
「記録によれば、相当経済をぶん回していたそうだ。あのロータスも何度も彼女に頭を下げに行ったという記述も大量に残っていた。かなりの困らせもんだぜ、こりゃ」
 どうしてそんな記録が残されていたのかという疑問も沸いたが、ミモザが今知りたいのはフィテウマ・サタナムーンが何者であるかということ。
 今ある情報だけでは突然現れた大金持ちというだけでしかなく、核心に迫るようなことは何も知れていない。
「ああ、そうそう。そのフィテウマって奴の情報源なんだが、コリウス王子」
「はい? ボク?」
 急にリンドーから名指しされてコリウスも首をかしげる。
「件の、カシアだよ。レッドアイズの密使を使って何度も恋文を送り付けていたり、オキザリス使って情報調べさせていただろう。おかげでその辺の記録が一気にとれて助かったぜ」
「え? そのやりとりって上でも把握されていたんですか?」
 思い返せば、考えなくても分かりきった答えではあった。
 一国の王子が外に手紙を送りつけたり、情報収集をさせていたのだから、把握していない方がおかしい。
 下手すればレッドアイズ国の機密が外に漏れてしまうのだから。
「いやぁ、それはさすがに恥ずかしいですね!」
 そこまでは考え至ってはいない様子だったが。