第206話 曖昧な記憶

ー/ー



「昔のことだから忘れてしまっただけですよね?」
 コリウスが言う。黙りこくったパエニアの表情は未だ硬い。

「そんなはずない。だってこれは親父の武勇伝で、何度も聞かされてた。なんで、なんでだ……? 一番肝心なところが思い出せねえ……」

 記憶の改竄が脳裏を過るが、それはそれで意味が分からない。
 これまでフィテウマ・サタナムーンに関する記憶が何かしらの形に変えられ、補完されてきた。そこに何かしらの意図があるはずだから。

 では、パエニアの父親についての記憶まで書き換えられているのはどんな意図があるというのか。それとも、単なる記憶の改竄による弊害なのか。

「パエニアくん、おちちゅいれくらしゃい。おとうしゃんはレッドアイズで何かと戦っていたから怪我をしたんれふよね? その何かが思い出せないらけれしゅよね?」

 落ち着かせるように言葉を整理させようとするが、その呂律の回らなさっぷりからしてミモザの相当な動揺っぷりも伺えた。
 すかさず助けを乞うようにコリウスの方へと向き直る。

「コリウスくん、レッドアイズって昔、何処と戦ったんでふか?」
「え? そりゃあもう、軍事国家ですから戦いの歴史は沢山……あれ? なんか、ちょっと思い出せないかもしれません」
 今度はコリウスの方が困惑した表情を浮かべる。

 軍事国家として名を馳せているのは、それだけ戦争を繰り広げていたことに他ならない。だとすれば、パエニアの父親であるクヤック・ラクトフロニア騎士団長も何処かに遠征し、そこで引退のきっかけとなった怪我を負ったはずだ。

「おいおい、自分の国のことだろ?」
「そんなこと言われましても、おかしいなぁ……ボクの国って何処と戦争してたんでしたっけ?」

 しかし、根本的な話として、何処かと戦った記憶がないのはおかしい。
 特に、その国の王子であるコリウスなら尚更。

「どういうことだよ。レッドアイズの歴史が書き換えられているってことか?」
「ええ、それは困りますよ! でもきっと何処かに記録が残ってるはず。なんといっても歴史ですし!」

 その場で何より思いつめた顔をしていたのはミモザだった。

 フィテウマ・サタナムーンの記憶が消されていっているのは、その存在を残したくなかったからだと予測できる。そこに加えて、レッドアイズの歴史も消されているとなればその二つには何らかの繋がりがあると考えるのが自然だろう。

「コリウスくん、お城に行けばこの国の歴史は見られましゅか?」
「そりゃあもちろん! 国立図書館なんて目じゃないくらい、どっさりと! まあ、ボクはそこまで目を通したことはないんですけど……」
 コリウスは何故だか語尾を弱めに言う。

「自分の国のことくらいきっちり勉強しとけよ、王子」
 ボソッと呟くようにパエニアが付け足す。

「で、でも、どうしてレッドアイズの歴史なんですか?」
「私も分からないれすけど……そもそもフィーしゃんの記憶を改竄した理由が分かってないでふから」
「よっぽどフィーの奴には不都合なことが多かったんだろうな」

 だんだんぼやけていた箇所の輪郭が見えてきていた。
 まだ、はっきりと理解できるような状況ではないが、追い求めていたフィテウマ・サタナムーンに近づくためのヒントがそこにある。

「そういえば……コリウスくん、フィーしゃんのことも、カシア・アレフヘイムのことも覚えてなかったれすよね」
「ええと、まあ、そうですね。正体に近づきすぎたからかなぁ、なんて」

 多分それは違うとして、おそらくはレッドアイズ国の関係者の記憶がミモザやパエニアよりも広範囲に改竄されていると考えられた。
 とどのつまり、その理由を知るためにもまず、レッドアイズ国の過去に何があったのかを知る必要がある。少なくともミモザとパエニアだけはそこまでは察せた。

「コリウスくん、お城についたらこの国のことを調べてもいいれすか?」
「もちろんいいですよっ! 本当は門外不出のものばかりなんですけど、兄上に頼んで書庫から古いのから新しいのまで揃えますよ! 絶対です!」

 門外不出の者を部外者に見せたらダメなのでは。
 それとも王子ならではの特権か。
 疑問を浮かべつつも、パエニアは言葉にはしないでおいた。

「まあ、俺らの目的はフィーを調べ上げることだ。レッドアイズのことも絡んでいるのかもしれないが、必要以上に追求することもねえよ」
「最悪、国の誰かに聞けば戦争のことなんていくらでも教えてくれそうですけどね」
「そうらといいんでふけど……」

 はたして、記憶の改竄の影響はどれくらいにまで広がっているのか。
 パエデロスだけなのか、それともレッドアイズも含まれているのか。はたまた全世界が丸ごと改竄されてしまっているのか。
 それが分からないうちはあまり楽観的にはなれなかった。

 ※ ※ ※

「ほひゃぁぁ~~~~……」
「な、なんだこれ。これも乗り物か?」
「魔法で動く鉄馬車といったところですね。魔導列車っていうんですよ」

 駅舎に停まる、その巨大な車両を眺めて、ミモザとパエニアは茫然とする。
 何も知らない者が見たら、白くて大きな鉄製の芋虫だと思うことだろう。

 それはレッドアイズ国の技術によって生み出された最新の乗り物だった。三つの車両が連結された三両編成になっており、馬車のように馬は繋がれていない。
 コリウスの言った通り、魔法で動く仕組みになっている。

 王族専用の特別線ということもあり、駅のホームも貸し切り状態。他の乗客たちはおらず、代わりにリンドーを含む護衛の兵士たちがズラリと並んでいる。

「そういえば誰かに列車の模型をもらったような気がしまふね」
「それもまたフィーなんじゃねえの?」
「きっとそう思いましゅ。一度乗ってみたいと思ってましら」

 ミモザは車両に触れてみたり、線路の上に立ってみたりと、他の客がいたら割と普通に迷惑極まりない行動に走る。そんなところも何処か田舎臭さが丸出しだ。
 はしゃぐミモザを見ていたせいか、パエニアの方の関心はやや削がれた。

「発車の準備が整ったぜ。みんな乗ってくれ。城に直通だからあっという間に着く」

 車掌やら何やらと話し込んでいたリンドーが戻ってくる。色々と段取りを進めてきていたようだ。従業員たちが次々に車両へと乗り込んでいったかと思えば、不意に列車はポォーっと笛のような音を立て、ぼんやりと発光しだした。

「しゅごい魔力が巡ってきてまふ! 面白い仕組みでしゅね! こんなに複雑で大きな機構は初めてみましら! いつか自分でも作ってみたいれす!」
 おそらくこの場で一番興奮気味のミモザは目を爛々と輝かせていた。

「ああ、ミモザさん。発車間際の列車には近寄らないでください。危険ですから」
 生まれて初めて列車の実物を見たミモザを前に、さすがのコリウスも止めに入る。

「もしよろしければあとで城内の列車工場も案内しますよ」
「ほ、ホントれすか!? ぜひ! ぜひぜひ!」

 一体何のためにここまできたのか、その目的もそっくりそのままさっぱり忘れ去ってしまったかのように、ミモザの関心はすっかりそっちに向いたようだ。

「……いいから早く乗ろうぜ」

 溜め息交じりに言うパエニアもその実、初めて乗る列車にそこはかとなくワクワクしていた。こちらもこちらで早く乗りたくてうずうずしている様子だった。

「そうれすね、早く城に向かいましょう!」

 先ほどまでの空気も何処かに飛んでいったように、思いの外、楽しげな満面の笑みでミモザは列車に駆け込んでいき、その後ろにパエニア、コリウスとついていった。


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 コリウスが言う。黙りこくったパエニアの表情は未だ硬い。
「そんなはずない。だってこれは親父の武勇伝で、何度も聞かされてた。なんで、なんでだ……? 一番肝心なところが思い出せねえ……」
 記憶の改竄が脳裏を過るが、それはそれで意味が分からない。
 これまでフィテウマ・サタナムーンに関する記憶が何かしらの形に変えられ、補完されてきた。そこに何かしらの意図があるはずだから。
 では、パエニアの父親についての記憶まで書き換えられているのはどんな意図があるというのか。それとも、単なる記憶の改竄による弊害なのか。
「パエニアくん、おちちゅいれくらしゃい。おとうしゃんはレッドアイズで何かと戦っていたから怪我をしたんれふよね? その何かが思い出せないらけれしゅよね?」
 落ち着かせるように言葉を整理させようとするが、その呂律の回らなさっぷりからしてミモザの相当な動揺っぷりも伺えた。
 すかさず助けを乞うようにコリウスの方へと向き直る。
「コリウスくん、レッドアイズって昔、何処と戦ったんでふか?」
「え? そりゃあもう、軍事国家ですから戦いの歴史は沢山……あれ? なんか、ちょっと思い出せないかもしれません」
 今度はコリウスの方が困惑した表情を浮かべる。
 軍事国家として名を馳せているのは、それだけ戦争を繰り広げていたことに他ならない。だとすれば、パエニアの父親であるクヤック・ラクトフロニア騎士団長も何処かに遠征し、そこで引退のきっかけとなった怪我を負ったはずだ。
「おいおい、自分の国のことだろ?」
「そんなこと言われましても、おかしいなぁ……ボクの国って何処と戦争してたんでしたっけ?」
 しかし、根本的な話として、何処かと戦った記憶がないのはおかしい。
 特に、その国の王子であるコリウスなら尚更。
「どういうことだよ。レッドアイズの歴史が書き換えられているってことか?」
「ええ、それは困りますよ! でもきっと何処かに記録が残ってるはず。なんといっても歴史ですし!」
 その場で何より思いつめた顔をしていたのはミモザだった。
 フィテウマ・サタナムーンの記憶が消されていっているのは、その存在を残したくなかったからだと予測できる。そこに加えて、レッドアイズの歴史も消されているとなればその二つには何らかの繋がりがあると考えるのが自然だろう。
「コリウスくん、お城に行けばこの国の歴史は見られましゅか?」
「そりゃあもちろん! 国立図書館なんて目じゃないくらい、どっさりと! まあ、ボクはそこまで目を通したことはないんですけど……」
 コリウスは何故だか語尾を弱めに言う。
「自分の国のことくらいきっちり勉強しとけよ、王子」
 ボソッと呟くようにパエニアが付け足す。
「で、でも、どうしてレッドアイズの歴史なんですか?」
「私も分からないれすけど……そもそもフィーしゃんの記憶を改竄した理由が分かってないでふから」
「よっぽどフィーの奴には不都合なことが多かったんだろうな」
 だんだんぼやけていた箇所の輪郭が見えてきていた。
 まだ、はっきりと理解できるような状況ではないが、追い求めていたフィテウマ・サタナムーンに近づくためのヒントがそこにある。
「そういえば……コリウスくん、フィーしゃんのことも、カシア・アレフヘイムのことも覚えてなかったれすよね」
「ええと、まあ、そうですね。正体に近づきすぎたからかなぁ、なんて」
 多分それは違うとして、おそらくはレッドアイズ国の関係者の記憶がミモザやパエニアよりも広範囲に改竄されていると考えられた。
 とどのつまり、その理由を知るためにもまず、レッドアイズ国の過去に何があったのかを知る必要がある。少なくともミモザとパエニアだけはそこまでは察せた。
「コリウスくん、お城についたらこの国のことを調べてもいいれすか?」
「もちろんいいですよっ! 本当は門外不出のものばかりなんですけど、兄上に頼んで書庫から古いのから新しいのまで揃えますよ! 絶対です!」
 門外不出の者を部外者に見せたらダメなのでは。
 それとも王子ならではの特権か。
 疑問を浮かべつつも、パエニアは言葉にはしないでおいた。
「まあ、俺らの目的はフィーを調べ上げることだ。レッドアイズのことも絡んでいるのかもしれないが、必要以上に追求することもねえよ」
「最悪、国の誰かに聞けば戦争のことなんていくらでも教えてくれそうですけどね」
「そうらといいんでふけど……」
 はたして、記憶の改竄の影響はどれくらいにまで広がっているのか。
 パエデロスだけなのか、それともレッドアイズも含まれているのか。はたまた全世界が丸ごと改竄されてしまっているのか。
 それが分からないうちはあまり楽観的にはなれなかった。
 ※ ※ ※
「ほひゃぁぁ~~~~……」
「な、なんだこれ。これも乗り物か?」
「魔法で動く鉄馬車といったところですね。魔導列車っていうんですよ」
 駅舎に停まる、その巨大な車両を眺めて、ミモザとパエニアは茫然とする。
 何も知らない者が見たら、白くて大きな鉄製の芋虫だと思うことだろう。
 それはレッドアイズ国の技術によって生み出された最新の乗り物だった。三つの車両が連結された三両編成になっており、馬車のように馬は繋がれていない。
 コリウスの言った通り、魔法で動く仕組みになっている。
 王族専用の特別線ということもあり、駅のホームも貸し切り状態。他の乗客たちはおらず、代わりにリンドーを含む護衛の兵士たちがズラリと並んでいる。
「そういえば誰かに列車の模型をもらったような気がしまふね」
「それもまたフィーなんじゃねえの?」
「きっとそう思いましゅ。一度乗ってみたいと思ってましら」
 ミモザは車両に触れてみたり、線路の上に立ってみたりと、他の客がいたら割と普通に迷惑極まりない行動に走る。そんなところも何処か田舎臭さが丸出しだ。
 はしゃぐミモザを見ていたせいか、パエニアの方の関心はやや削がれた。
「発車の準備が整ったぜ。みんな乗ってくれ。城に直通だからあっという間に着く」
 車掌やら何やらと話し込んでいたリンドーが戻ってくる。色々と段取りを進めてきていたようだ。従業員たちが次々に車両へと乗り込んでいったかと思えば、不意に列車はポォーっと笛のような音を立て、ぼんやりと発光しだした。
「しゅごい魔力が巡ってきてまふ! 面白い仕組みでしゅね! こんなに複雑で大きな機構は初めてみましら! いつか自分でも作ってみたいれす!」
 おそらくこの場で一番興奮気味のミモザは目を爛々と輝かせていた。
「ああ、ミモザさん。発車間際の列車には近寄らないでください。危険ですから」
 生まれて初めて列車の実物を見たミモザを前に、さすがのコリウスも止めに入る。
「もしよろしければあとで城内の列車工場も案内しますよ」
「ほ、ホントれすか!? ぜひ! ぜひぜひ!」
 一体何のためにここまできたのか、その目的もそっくりそのままさっぱり忘れ去ってしまったかのように、ミモザの関心はすっかりそっちに向いたようだ。
「……いいから早く乗ろうぜ」
 溜め息交じりに言うパエニアもその実、初めて乗る列車にそこはかとなくワクワクしていた。こちらもこちらで早く乗りたくてうずうずしている様子だった。
「そうれすね、早く城に向かいましょう!」
 先ほどまでの空気も何処かに飛んでいったように、思いの外、楽しげな満面の笑みでミモザは列車に駆け込んでいき、その後ろにパエニア、コリウスとついていった。