第205話 田舎エルフ、都会へ
ー/ー「ほへぇ~~~~~~」
お口をあんぐりと開け、夢の中にでも飛び込んだかのような表情で、ミモザは馬車窓越しにその高い高い建造物の数々を見上げていた。目につく多くのものが見たことのないものばかりで埋め尽くされており、思考回路はショート寸前だった。
「パエデロスよりも人がいっぱいいましゅね!」
窓にべったりと頬を押し付けて、ぎゅうぎゅうと外の様子に関心するばかりだ。
パエデロスも今や世界的に名を轟かす大国になりつつはあるが、あくまで有名なのは異種族が平穏に暮らしている点であり、世界一大きな国という意味合いではない。
軍事国家レッドアイズに比べてしまえば、文化レベルも人口密度も段違いだった。
「おい、こっちが恥ずかしいからそんながっつくな」
呆れ顔でパエニアが目を伏せる。
ミモザたちの乗っている馬車は王族御用達のもので、護衛までついていたりするものだから端的に目立っていた。通りがかりの人の注目を浴びる中、窓の中から外を眺めるミモザの顔は傍から見れば見世物のようにも見えなくはなかっただろう。
とはいっても、ミモザの好奇心はそんなもので抑えられるはずもなく、グイグイとドアに体をこすりつける勢いだ。
「ひゃわぁっ!?」
ふと、馬車が曲がり角に差し掛かり、車体がやや揺れる。普通に座っていればどうとでもない揺れだったが、立ち上がっていて中途半端な姿勢だったミモザはバランスを崩し、思いっきりドアに体を押し付ける形になってしまう。
そのまま勢い余ってドアがガチャリと開いてしまい、当然ドアに体を寄せていたミモザの体は外へとゴロンゴロンと飛び出していく。
「ミモザさぁん!?」
人ごみの中に、文字通り頭から飛び込んでいったミモザは、道路の上にべたぁんと落っこちる。これには慌ててコリウスもパエニアも追いかけるが……。
馬車の外出た瞬間「終わったわ」と察する。ミモザは見えてるのに進めない。人込み多すぎて、お亡くなりかと思わされる。
実際には、どうにかミモザはそこまで雑踏に踏まれずに済んでいたようだった。
「ふぇ~……」
すっかり髪がぐしゃぐしゃになっており、寝起きのミモザの頭はヤシの木状態だ。
どうすべき、と思うよりも前にとりあえず二人はミモザの体を起こす。
「おいおい、どうした?」
後方から馬に跨るリンドーも駆け寄る。すかさず馬から降りて人払いをしつつ、三人を馬車の中へと戻す。教師をやっていたこともありなかなかの迅速な手際だ。
「よいせっと。はしゃぐのはいいが、ほどほどにな」
特に叱るわけでもなく、一先ずリンドーも再び自分の馬に跨る。
「まったく、気をつけろよな」
「めんぼくないれしゅ……」
「でも大きな怪我がなくてよかったですね」
馬車の座席について一息ついたところで、ふとミモザが忙しなく動く。
きょとんとした表情を浮かべ、首をかしげる。
「財布が、ないでふ……」
これにはコリウスも苦笑し、パエニアは溜め息もつく。
「お前の落ちてたとこには何もなかったぜ。スられたんだろうよ」
「パエデロスと違ってレッドアイズは治安も悪いですからね。こういうことも珍しくないんですよ」
「すっかり油断してましら……最近誰かに盗まれることってなかったのれ」
治安という話をすると、ミモザが過ごしてきたパエデロスは、元々はそれほど治安の良いところではなかった。それこそ、文化や価値観の異なる異種族がごった返す掃きだめとも言われていたくらいだ。
現在は自警団たちの活躍の甲斐あって、町中で堂々とスリに遭うことは早々ない。そんな環境に馴染んでしまったのだと、ミモザは今更のように思った。
「んー……」
そこでまた、ミモザはふと思い返す。
まだパエデロスの治安が悪かった頃に、ゴロツキに絡まれたときのことを。
そのときは市場で商売していて、ちょっと目を離したら商品が盗まれても仕方のないような状態だった。
記憶を辿ると、ゴロツキに襲われていたところを魔女ダリアと自警団リーダーのロータスに助けてもらったことになっている。それで、これからは悪い客につかまらないように自分の店を持とうとしたのだと。
ただ、それも奇妙な違和感がある。
店を持とうという発想が自分にできたのかという疑問だ。
金勘定すら危うくて、そもそもそんなに儲けが出ていたわけでもない。
それに、従業員のこともだ。人を雇う金がなかったから、何処かの貴族の使用人を借りてきた、と記憶している。それもまたおかしい。その優しい貴族は一体何処から現れたというのか。そこまでしてもらったのに、顔も名前も浮かばない。
こうして意識してはっきりと思い返した途端、その不自然さに思い当たる。
きっとこれも記憶の改竄なのだと確信がつくほど。
「フィーしゃん……、きっとその頃から既に……」
パエデロスで危険な目に遭ったという記憶が薄れていったのは、いつからか誰かが自分のことを大切に思って見守ってくれるようになったからだ。
顔も名前も覚えていない、その誰かが、フィテウマ・サタナムーンなのだと。
「おい、ミモザ。大丈夫か? なんで財布盗まれたのにヘラヘラしてんだよ」
「ふぁっ!? いえいえ、なんでもないでふよ!」
ミモザはパンパンと頬を叩き、気を取り直す。
「なくなったのは財布だけでふね。中身はシルバ銀貨とゴルド金貨が数枚程度れしたし、そこまで痛手じゃないでしゅよ」
「ラチナ白貨が入ってなかったのは幸いだったかもですね」
「……全然幸いじゃねえだろ」
大分金銭感覚のズレた会話に、仮にも貴族のパエニアが思わずツッコミを入れる。
物価は土地によりけりだが、今いるレッドアイズでは普通に食事を摂るだけでもシルバ銀貨で十数枚掛かる。小銭と呼ぶほどのはした金ではない。
レッドアイズ国の王子であるコリウスも然ることながら、平和大国のパエデロスにて魔具を売るだけで遠方の国々まで轟く名声を築き上げたミモザもまた金銭感覚が庶民とは離れつつあるのかもしれない。
少なくとも、まだブロン銅貨で買い物できた時期にゴルド金貨を小遣いでもらって大威張りしていたパエニアとは大違いということだ。
「パエデロスと違って、こっちの物価は高いんだろ? 無一文で大丈夫なのか?」
「長く滞在するつもりもないでふし、いざとなれば何か作って売りましゅから」
発想がおかしいと思ったのはパエニアだけだったらしい。金がないのに何処でどうやって材料を調達するんだという疑問には誰も触れなかった。
「まあ、必要なことがあればボクもお手伝いしますよ」
軍事国家レッドアイズの王子が気抜けするほど笑って見せる。
こいつらは町の往来で兵器でも販売するつもりなのかよ、という冷ややかな視線でパエニアは言葉を飲み込んだ。
「そういえば、パエニアくんはレッドアイズに来たのは初めてれすか?」
「幼い頃に少しだけ住んでた、っぽいが覚えてないな。既に親父も騎士を引退しててすぐ移り住んだからパエデロスのが長いし」
目に見える光景に見覚えもないのか、何処か知らない土地に来ているかのような表情を浮かべながら言う。
「パエニアのおとうしゃんって凄いおっきな人れしたね。今も強そうなのにどうして引退しちゃったんでふか?」
「俺様も聞いた話だけど……昔はリンドーのような騎士だったが、膝に矢を受けてしまってな……」
何故か、そこでパエニアが言葉を止め、硬直する。
「一体誰にやられたんれすか?」
ミモザが首を傾げる。だが、パエニアは答えが出ない。
ただただ顔を青くするばかりだった。
お口をあんぐりと開け、夢の中にでも飛び込んだかのような表情で、ミモザは馬車窓越しにその高い高い建造物の数々を見上げていた。目につく多くのものが見たことのないものばかりで埋め尽くされており、思考回路はショート寸前だった。
「パエデロスよりも人がいっぱいいましゅね!」
窓にべったりと頬を押し付けて、ぎゅうぎゅうと外の様子に関心するばかりだ。
パエデロスも今や世界的に名を轟かす大国になりつつはあるが、あくまで有名なのは異種族が平穏に暮らしている点であり、世界一大きな国という意味合いではない。
軍事国家レッドアイズに比べてしまえば、文化レベルも人口密度も段違いだった。
「おい、こっちが恥ずかしいからそんながっつくな」
呆れ顔でパエニアが目を伏せる。
ミモザたちの乗っている馬車は王族御用達のもので、護衛までついていたりするものだから端的に目立っていた。通りがかりの人の注目を浴びる中、窓の中から外を眺めるミモザの顔は傍から見れば見世物のようにも見えなくはなかっただろう。
とはいっても、ミモザの好奇心はそんなもので抑えられるはずもなく、グイグイとドアに体をこすりつける勢いだ。
「ひゃわぁっ!?」
ふと、馬車が曲がり角に差し掛かり、車体がやや揺れる。普通に座っていればどうとでもない揺れだったが、立ち上がっていて中途半端な姿勢だったミモザはバランスを崩し、思いっきりドアに体を押し付ける形になってしまう。
そのまま勢い余ってドアがガチャリと開いてしまい、当然ドアに体を寄せていたミモザの体は外へとゴロンゴロンと飛び出していく。
「ミモザさぁん!?」
人ごみの中に、文字通り頭から飛び込んでいったミモザは、道路の上にべたぁんと落っこちる。これには慌ててコリウスもパエニアも追いかけるが……。
馬車の外出た瞬間「終わったわ」と察する。ミモザは見えてるのに進めない。人込み多すぎて、お亡くなりかと思わされる。
実際には、どうにかミモザはそこまで雑踏に踏まれずに済んでいたようだった。
「ふぇ~……」
すっかり髪がぐしゃぐしゃになっており、寝起きのミモザの頭はヤシの木状態だ。
どうすべき、と思うよりも前にとりあえず二人はミモザの体を起こす。
「おいおい、どうした?」
後方から馬に跨るリンドーも駆け寄る。すかさず馬から降りて人払いをしつつ、三人を馬車の中へと戻す。教師をやっていたこともありなかなかの迅速な手際だ。
「よいせっと。はしゃぐのはいいが、ほどほどにな」
特に叱るわけでもなく、一先ずリンドーも再び自分の馬に跨る。
「まったく、気をつけろよな」
「めんぼくないれしゅ……」
「でも大きな怪我がなくてよかったですね」
馬車の座席について一息ついたところで、ふとミモザが忙しなく動く。
きょとんとした表情を浮かべ、首をかしげる。
「財布が、ないでふ……」
これにはコリウスも苦笑し、パエニアは溜め息もつく。
「お前の落ちてたとこには何もなかったぜ。スられたんだろうよ」
「パエデロスと違ってレッドアイズは治安も悪いですからね。こういうことも珍しくないんですよ」
「すっかり油断してましら……最近誰かに盗まれることってなかったのれ」
治安という話をすると、ミモザが過ごしてきたパエデロスは、元々はそれほど治安の良いところではなかった。それこそ、文化や価値観の異なる異種族がごった返す掃きだめとも言われていたくらいだ。
現在は自警団たちの活躍の甲斐あって、町中で堂々とスリに遭うことは早々ない。そんな環境に馴染んでしまったのだと、ミモザは今更のように思った。
「んー……」
そこでまた、ミモザはふと思い返す。
まだパエデロスの治安が悪かった頃に、ゴロツキに絡まれたときのことを。
そのときは市場で商売していて、ちょっと目を離したら商品が盗まれても仕方のないような状態だった。
記憶を辿ると、ゴロツキに襲われていたところを魔女ダリアと自警団リーダーのロータスに助けてもらったことになっている。それで、これからは悪い客につかまらないように自分の店を持とうとしたのだと。
ただ、それも奇妙な違和感がある。
店を持とうという発想が自分にできたのかという疑問だ。
金勘定すら危うくて、そもそもそんなに儲けが出ていたわけでもない。
それに、従業員のこともだ。人を雇う金がなかったから、何処かの貴族の使用人を借りてきた、と記憶している。それもまたおかしい。その優しい貴族は一体何処から現れたというのか。そこまでしてもらったのに、顔も名前も浮かばない。
こうして意識してはっきりと思い返した途端、その不自然さに思い当たる。
きっとこれも記憶の改竄なのだと確信がつくほど。
「フィーしゃん……、きっとその頃から既に……」
パエデロスで危険な目に遭ったという記憶が薄れていったのは、いつからか誰かが自分のことを大切に思って見守ってくれるようになったからだ。
顔も名前も覚えていない、その誰かが、フィテウマ・サタナムーンなのだと。
「おい、ミモザ。大丈夫か? なんで財布盗まれたのにヘラヘラしてんだよ」
「ふぁっ!? いえいえ、なんでもないでふよ!」
ミモザはパンパンと頬を叩き、気を取り直す。
「なくなったのは財布だけでふね。中身はシルバ銀貨とゴルド金貨が数枚程度れしたし、そこまで痛手じゃないでしゅよ」
「ラチナ白貨が入ってなかったのは幸いだったかもですね」
「……全然幸いじゃねえだろ」
大分金銭感覚のズレた会話に、仮にも貴族のパエニアが思わずツッコミを入れる。
物価は土地によりけりだが、今いるレッドアイズでは普通に食事を摂るだけでもシルバ銀貨で十数枚掛かる。小銭と呼ぶほどのはした金ではない。
レッドアイズ国の王子であるコリウスも然ることながら、平和大国のパエデロスにて魔具を売るだけで遠方の国々まで轟く名声を築き上げたミモザもまた金銭感覚が庶民とは離れつつあるのかもしれない。
少なくとも、まだブロン銅貨で買い物できた時期にゴルド金貨を小遣いでもらって大威張りしていたパエニアとは大違いということだ。
「パエデロスと違って、こっちの物価は高いんだろ? 無一文で大丈夫なのか?」
「長く滞在するつもりもないでふし、いざとなれば何か作って売りましゅから」
発想がおかしいと思ったのはパエニアだけだったらしい。金がないのに何処でどうやって材料を調達するんだという疑問には誰も触れなかった。
「まあ、必要なことがあればボクもお手伝いしますよ」
軍事国家レッドアイズの王子が気抜けするほど笑って見せる。
こいつらは町の往来で兵器でも販売するつもりなのかよ、という冷ややかな視線でパエニアは言葉を飲み込んだ。
「そういえば、パエニアくんはレッドアイズに来たのは初めてれすか?」
「幼い頃に少しだけ住んでた、っぽいが覚えてないな。既に親父も騎士を引退しててすぐ移り住んだからパエデロスのが長いし」
目に見える光景に見覚えもないのか、何処か知らない土地に来ているかのような表情を浮かべながら言う。
「パエニアのおとうしゃんって凄いおっきな人れしたね。今も強そうなのにどうして引退しちゃったんでふか?」
「俺様も聞いた話だけど……昔はリンドーのような騎士だったが、膝に矢を受けてしまってな……」
何故か、そこでパエニアが言葉を止め、硬直する。
「一体誰にやられたんれすか?」
ミモザが首を傾げる。だが、パエニアは答えが出ない。
ただただ顔を青くするばかりだった。
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