【???】令嬢でもない

ー/ー



「これはワレのなのだ!」
「ちがうよー! ぼくのだよー! ……ふぇ~んっ!!」
「ああ、ダメでしょ真央ちゃん。おともだちとは仲良くしましょ。ね?」

 保育士が慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。我の手に持っていた積み木を横から奪い取ろうとしたから取られまいと引っ張っただけだというのに。
 全く、子供というのは行動原理もよく分からんし、自分の行動の良し悪しもまともに判断できないから困る。泣くだけで被害者ぶれるなんていいご身分だ。

「別にワレは悪くない!」
「そんなこと言わないで、ね? ケンカにならないようにやさしくしましょう?」
 前世の記憶がチラついてくる。あの説教おっぱいに顔が似てる気がしてならない。

「それに、真央ちゃん。そんなえらそうな態度しちゃダメよ。そんな態度だとみんながおこりんぼさんになっちゃうのよ。自分のことは、わ・た・しって言おうね?」
「うぅ……」

 人間として生まれ変わって早数年。幼稚園に入園して数カ月。
 子供らしさの極みともいえる生活を経てきて、なおも前世を未だ断ち切れていない自分がいた。本当に平穏のままで過ごしたいのならばこの世界の理の通りに流されるべきなのだろう。

「わ、わたし……」
「はい、よくできました~」

 保育士の懸命な笑顔を見ながらも、我――、は少しづつ変わろうと思った。

 ※ ※ ※

 世界樹(ユグドラシル)に導かれ、この異世界に転生して早いもので、十年近く経とうとしていた。
 戦争のない平和な国を願った甲斐もあって、私の日々は穏やかなものだ。

 前世の私がどれだけ目まぐるしい環境に置かれていたのかを再認識させられる。
 まあ、魔王だった経験なんてそうあるものでもない。

 この頃の悩み事も随分とちっぽけなものばかりだ。
 それこそまさに思春期真っただ中の乙女そのもの。

 思い起こせば、前世の晩年は力の大半を失い、令嬢を自称して忍び込んでいたりもしたが、あれもその実、普通の人間の生活ではなかった。
 今の私こそ、本当の意味で令嬢でもない、ただの小娘なのだ。

 とはいえ、正真正銘の普通の人間なのかと言われれば、そんなことはなく、大きな悩み事もいくつかある。

 前世から魔力を引っ張ってきてしまったものだから、謎に魔法が使えてしまう点。
 普段は使わないように注意してはいるのだが、これがどうにも扱いに困る。

 てっきり前世の私は種族丸ごと人間になっていたし、普通の魔法が使える程度の認識だったのだけれども、世界樹(ユグドラシル)がどう判断したのか、何故か全盛期並みの魔力が今の私に宿っている。

 もちろん、魔法の知識もばっちり残っているから問題ない……かと思いきや、体は人間そのものだし、というか、十歳半ばという幼い身。
 単刀直入に、コントロールできないことが多く、暴発しがちなのだ。

 使わなければどうとでもなると思っていた頃もあったが、むしろ逆。
 魔法という奴は使わないでいると、体の方が使い方を忘れてしまい、ネジの壊れた蛇口みたいにふとした瞬間、魔力が漏れ出してしまったりする。

 なんとも難儀な願いごとをしてしまったものだ。
 ここが戦争の多い国だったのならまだどうにかできたかもしれないが、ここは呆れかえるほどに平和な国。パエデロスよりももっと治安がいいくらい。
 ポンポンと魔法を使ってしまえばそれだけ広く反響してしまう。

 実際問題として、既に怪しげな研究機関に目をつけられていた時期もあったし、なんなら今も何処かで謎の組織に狙われている可能性も否めない。
 魔法の腕前が錆びないように何処かで魔法を使わなければならない。かつ、目立たないようにという条件を踏まえると、これがなかなか難題である。

 何はともあれ、今日も今日とて、小学生である私は、学校へと向かうのだった。



 何かが始まりそうなワクワクを体現するような陽気の降り注ぐ、穏やかな日差しを浴びて、桜の花が舞い散る通学路を歩く。
 今ではすっかり慣れてしまったが、自動車やら電車やらが走り回る街並みも日常の中に溶け込んでいた。魔法で動かない列車の仕組みを理解するのは時間を要した。

「真央~、おっはよ~」
 背中からパーンと勢いよく背中を叩かれる。相変わらずこの子は加減を覚えない。

「う、うん、おはよう、百合丘」
 痛みに耐えつつ振り返ると、そこには同級生のポニーテール娘、百合丘リリが立っていた。元気ハツラツを絵に描いたような女の子だ。

 百合丘の笑顔以外の表情を見たことは正直、あんまりない。それくらいに私は日頃から彼女にその元気っぷりを分けてもらっている。

「ねえねえ、真央、昨日のゴーダッシュ見た? 凄かったよね!」
「そうだね。まさか家具屋さんが宇宙人を椅子に変えちゃうなんてね」

 ナチュラルにアニメの話になる。
 この世界は面白いもので、映像をご家庭に出力する技術がある。今の話も何処かの会社が玩具を販売促進するために放映しているフィクションの番組だ。

 話題合わせ程度に観ているが、ここまで熱狂的になれるのも凄いものだ。
 私の認識ではあのアニメは小学生向けではあるものの女児向けという印象はない。男の子が燃え上がるような系統だ。明朗活発な百合丘には波長が合うのだろう。

「今度アプリにも登場するんだって。ワイズでプチバズってたよ。楽しみ!」
「百合丘って自分のスマホとか持ってたっけ?」
「お母さんの借りるよ! 大丈夫、無料だから。廃課金しないから!」

 前世のままの私だったら話半分も分からなかっただろうが、これでいてこの世界で十年は生きているのだ。これくらいの話題にはついていける。
 それにしたってよく分からん言葉が多いことには変わりないのだが。

「そういえば、真央は宿題終わった?」
「ふふん、私を誰だと思ってるの。ちゃんとやってあるって」

 話題の切り替えっぷりが爆速だが、これは子供特有のものなのだろうか。それとも百合丘だからなのだろうか。一時期はこの速さに慣れるのも大変だった。

「じゃあさ、ちょっと、ちょっとでいいから見せてよ」
「いやぁ、さすがに自分でやってほしいな」
「えぇー!? 友達が困ってるのに助けないの、なぁぜなぁぜ!? 頼むよ~」

 今の私の日常はこんなものだ。平和そのもの。

 世界の何処かには戦争が起きていても、今、目の前の日常にはそんなものは影も形もない。こんな国でもちょっと不平不満が出ると文句を垂れる輩がいるみたいだが、それもまた平和の証拠と言えるだろう。

 別に使命でも何でもないが、この平和を守っていくのが今の私の生きていく理由だと思うようになっていた。そこらへんは前世に引っ張られている感も否めないが。

「あ、やっば。そろそろ始業のチャイム鳴っちゃう。走ろう、真央!」
「え、あ、ちょっと待ってよ、百合丘」

 のんびりと歩いていたから結構時間が経っていることに気付く。それでも慌てるほどの時間でもないのだけれども、ビューンと百合丘が駆け抜ける。
 目を離すとすぐに走り出すエキサイトガールな彼女を制止するのも叶わないが、まあこれくらいなら振り回されているうちにも入らないな。

 魔王もいない。勇者もいない。人間と亜人が争うこともない。
 面倒なことを運んでくる連中も、超絶危険な生物らもいない。
 こんなにも幸せな日常を過ごしていいのだろうか。

 そんなことをふと思ってしまうくらいには、やっぱり私の頭はまだ前世の記憶に囚われたままなのかもしれない。
 やれやれ……考えないように意識してるのに。ま、向こうの世界も今頃は平和なはずだ。何せ私に関する記憶はスパッと消してあるはずなのだから。


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「これはワレのなのだ!」
「ちがうよー! ぼくのだよー! ……ふぇ~んっ!!」
「ああ、ダメでしょ真央ちゃん。おともだちとは仲良くしましょ。ね?」
 保育士が慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。我の手に持っていた積み木を横から奪い取ろうとしたから取られまいと引っ張っただけだというのに。
 全く、子供というのは行動原理もよく分からんし、自分の行動の良し悪しもまともに判断できないから困る。泣くだけで被害者ぶれるなんていいご身分だ。
「別にワレは悪くない!」
「そんなこと言わないで、ね? ケンカにならないようにやさしくしましょう?」
 前世の記憶がチラついてくる。あの説教おっぱいに顔が似てる気がしてならない。
「それに、真央ちゃん。そんなえらそうな態度しちゃダメよ。そんな態度だとみんながおこりんぼさんになっちゃうのよ。自分のことは、わ・た・しって言おうね?」
「うぅ……」
 人間として生まれ変わって早数年。幼稚園に入園して数カ月。
 子供らしさの極みともいえる生活を経てきて、なおも前世を未だ断ち切れていない自分がいた。本当に平穏のままで過ごしたいのならばこの世界の理の通りに流されるべきなのだろう。
「わ、わたし……」
「はい、よくできました~」
 保育士の懸命な笑顔を見ながらも、我――《《私》》、は少しづつ変わろうと思った。
 ※ ※ ※
 |世界樹《ユグドラシル》に導かれ、この異世界に転生して早いもので、十年近く経とうとしていた。
 戦争のない平和な国を願った甲斐もあって、私の日々は穏やかなものだ。
 前世の私がどれだけ目まぐるしい環境に置かれていたのかを再認識させられる。
 まあ、魔王だった経験なんてそうあるものでもない。
 この頃の悩み事も随分とちっぽけなものばかりだ。
 それこそまさに思春期真っただ中の乙女そのもの。
 思い起こせば、前世の晩年は力の大半を失い、令嬢を自称して忍び込んでいたりもしたが、あれもその実、普通の人間の生活ではなかった。
 今の私こそ、本当の意味で令嬢でもない、ただの小娘なのだ。
 とはいえ、正真正銘の普通の人間なのかと言われれば、そんなことはなく、大きな悩み事もいくつかある。
 前世から魔力を引っ張ってきてしまったものだから、謎に魔法が使えてしまう点。
 普段は使わないように注意してはいるのだが、これがどうにも扱いに困る。
 てっきり前世の私は種族丸ごと人間になっていたし、普通の魔法が使える程度の認識だったのだけれども、|世界樹《ユグドラシル》がどう判断したのか、何故か全盛期並みの魔力が今の私に宿っている。
 もちろん、魔法の知識もばっちり残っているから問題ない……かと思いきや、体は人間そのものだし、というか、十歳半ばという幼い身。
 単刀直入に、コントロールできないことが多く、暴発しがちなのだ。
 使わなければどうとでもなると思っていた頃もあったが、むしろ逆。
 魔法という奴は使わないでいると、体の方が使い方を忘れてしまい、ネジの壊れた蛇口みたいにふとした瞬間、魔力が漏れ出してしまったりする。
 なんとも難儀な願いごとをしてしまったものだ。
 ここが戦争の多い国だったのならまだどうにかできたかもしれないが、ここは呆れかえるほどに平和な国。パエデロスよりももっと治安がいいくらい。
 ポンポンと魔法を使ってしまえばそれだけ広く反響してしまう。
 実際問題として、既に怪しげな研究機関に目をつけられていた時期もあったし、なんなら今も何処かで謎の組織に狙われている可能性も否めない。
 魔法の腕前が錆びないように何処かで魔法を使わなければならない。かつ、目立たないようにという条件を踏まえると、これがなかなか難題である。
 何はともあれ、今日も今日とて、小学生である私は、学校へと向かうのだった。
 何かが始まりそうなワクワクを体現するような陽気の降り注ぐ、穏やかな日差しを浴びて、桜の花が舞い散る通学路を歩く。
 今ではすっかり慣れてしまったが、自動車やら電車やらが走り回る街並みも日常の中に溶け込んでいた。魔法で動かない列車の仕組みを理解するのは時間を要した。
「真央~、おっはよ~」
 背中からパーンと勢いよく背中を叩かれる。相変わらずこの子は加減を覚えない。
「う、うん、おはよう、百合丘」
 痛みに耐えつつ振り返ると、そこには同級生のポニーテール娘、百合丘リリが立っていた。元気ハツラツを絵に描いたような女の子だ。
 百合丘の笑顔以外の表情を見たことは正直、あんまりない。それくらいに私は日頃から彼女にその元気っぷりを分けてもらっている。
「ねえねえ、真央、昨日のゴーダッシュ見た? 凄かったよね!」
「そうだね。まさか家具屋さんが宇宙人を椅子に変えちゃうなんてね」
 ナチュラルにアニメの話になる。
 この世界は面白いもので、映像をご家庭に出力する技術がある。今の話も何処かの会社が玩具を販売促進するために放映しているフィクションの番組だ。
 話題合わせ程度に観ているが、ここまで熱狂的になれるのも凄いものだ。
 私の認識ではあのアニメは小学生向けではあるものの女児向けという印象はない。男の子が燃え上がるような系統だ。明朗活発な百合丘には波長が合うのだろう。
「今度アプリにも登場するんだって。ワイズでプチバズってたよ。楽しみ!」
「百合丘って自分のスマホとか持ってたっけ?」
「お母さんの借りるよ! 大丈夫、無料だから。廃課金しないから!」
 前世のままの私だったら話半分も分からなかっただろうが、これでいてこの世界で十年は生きているのだ。これくらいの話題にはついていける。
 それにしたってよく分からん言葉が多いことには変わりないのだが。
「そういえば、真央は宿題終わった?」
「ふふん、私を誰だと思ってるの。ちゃんとやってあるって」
 話題の切り替えっぷりが爆速だが、これは子供特有のものなのだろうか。それとも百合丘だからなのだろうか。一時期はこの速さに慣れるのも大変だった。
「じゃあさ、ちょっと、ちょっとでいいから見せてよ」
「いやぁ、さすがに自分でやってほしいな」
「えぇー!? 友達が困ってるのに助けないの、なぁぜなぁぜ!? 頼むよ~」
 今の私の日常はこんなものだ。平和そのもの。
 世界の何処かには戦争が起きていても、今、目の前の日常にはそんなものは影も形もない。こんな国でもちょっと不平不満が出ると文句を垂れる輩がいるみたいだが、それもまた平和の証拠と言えるだろう。
 別に使命でも何でもないが、この平和を守っていくのが今の私の生きていく理由だと思うようになっていた。そこらへんは前世に引っ張られている感も否めないが。
「あ、やっば。そろそろ始業のチャイム鳴っちゃう。走ろう、真央!」
「え、あ、ちょっと待ってよ、百合丘」
 のんびりと歩いていたから結構時間が経っていることに気付く。それでも慌てるほどの時間でもないのだけれども、ビューンと百合丘が駆け抜ける。
 目を離すとすぐに走り出すエキサイトガールな彼女を制止するのも叶わないが、まあこれくらいなら振り回されているうちにも入らないな。
 魔王もいない。勇者もいない。人間と亜人が争うこともない。
 面倒なことを運んでくる連中も、超絶危険な生物らもいない。
 こんなにも幸せな日常を過ごしていいのだろうか。
 そんなことをふと思ってしまうくらいには、やっぱり私の頭はまだ前世の記憶に囚われたままなのかもしれない。
 やれやれ……考えないように意識してるのに。ま、向こうの世界も今頃は平和なはずだ。何せ私に関する記憶はスパッと消してあるはずなのだから。