第204話 馬車は揺れる

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 一行は長いこと馬車に揺られていた。そうなると、いかに豪華で、快適さを求めた車内といえど、退屈さだけはどうしようもない。
 かといって、沈黙だけは耐えられないのか、誰かが話し出せば誰かが返す。そんなサイクルを何度か繰り返した。

 学校を卒業したばかりの三人にとっては、まだネルムフィラ魔導士学園のことはついぞ昨日のようなもので、口々にその思い出話が募る。
 ただ、やはり何かのピースが抜けていた。話の筋は通っているはずなのに、記憶の登場人物に整合性が合わないことが度々あった。

 おそらくそれがフィテウマ・サタナムーンなのだろう。その確信を強めていく。

「それで? フィーって奴のことを調べてどうするんだ?」
 不意に、パエニア訊ねる。

「どうするって、フィーさんに会いに行くんですよね。ねえ、ミモザさん?」
 何を当たり前のことを、といった顔でコリウスはミモザに振る。しかし、ミモザは首を縦には振らなかった。

「……多分フィーしゃんには会えないと思いまふ。いや、フィーしゃんはもう、何処にもいないと思ってましゅ」
 思いの外、遠い目をして言う。

「知ってるみたいに言うんだな。どうしてそんな風に思ってるのかは知らねえけど、だったらなおさら、なんでいない奴のことを追うような真似をするんだよ」
「私、多分、記憶を変えられる前からフィーしゃんのこと、そんなに多くは知らなかったんでふ。だから今さられすけど、フィーしゃんがどんな人だったのか知りたくなったんでしゅ」
「そりゃあまた本当に今さらだな」

 呆れた顔をするわけでもなく、哀れむ顔をするわけでもなく、パエニアはミモザから視線を外し、馬車の外に泳がす。

「じゃあパエニアくんはどうしてフィーしゃんのことを?」
「知らん。お前と同じ理由でいい」
 ぶっきらぼうに答え、振り向きもしない。

「コリウスくんはどうれすか?」
「ボクは正直分からないことばかりなんですけど、でも凄い興味があるのは確かです。だって、ボクが憧れる女性なんていると思ってなかったですし、あんな恋文を束になるほど書いてたってことはそれだけ素晴らしい人だったってことですよね」

 顔どころか名前すらも思い出せなかったという割には、妙な説得力のある言い回しで、ミモザも納得しかけた表情を浮かべる。

「そういえば、オキザリスしゃんに調査をお願いしてたって聞きましらけど」
「うーん、やっぱりそこははっきりとは覚えてないんですよね。オキザリスの報告書が残っていたから辛うじて発覚したようなものですし」
「そもそもよ、王子。あのメイドとお前はどういう関係なんだよ。前は城の使用人だったってのは聞いてたが、今はそうじゃないだろ」

 どういうわけかあまり触れられてこなかった当然の疑問がパエニアから飛び出す。
 依然としてパエニアは窓の外を眺めたままだが。

「実はまだ主従関係、ということになっているんですよ。あはは」
「ふぇ……? オキザリスしゃんはレッドアイズから追い出されたからパエデロスに来たはじゅでは?」
「ボクがパエデロスに送り込んだらしいですよ。カシアさんの情報を探るために」

 要領を得ない答えだった。何故「ということになっている」や「らしい」と曖昧なのか。おそらく当人の記憶がすっぽ抜けているからなのだろう。

「あー、そりゃ今の雇い主も災難だったな。まさかこんなスパイが潜り込んでるとは思わなかっただろうよ」
「その人には悪いと思いますけど、ボク、全然覚えてないですし」

 悪びれもしない顔で言う。今は確かに記憶がないかもしれない。しかし、潜入するように命令したのは記憶のある頃のコリウス自身であることに変わりない。

「って、あれ? そういえばオキザリスって学校にも来ていなかったか?」
「そうでふね。使用人れすし」
「いやいや待てよ、誰の使用人だったんだよ。生徒でもない使用人が一人で学校にくるわけないだろ」

 記憶の糸をたどると、ネルムフィラ魔導士学院での思い出の中にオキザリスの姿がありありと鮮明に残っている。それはミモザも、パエニアも、そしてコリウスにも共通だったようだ。

「あれ? ミモザさんといつも一緒にいたような気がします」
「私も、なんだかオキザリスしゃんにはずっと守られていた気がしまふ」
「これも記憶の改竄って奴か?」

 パエニアはふと、頬に手を触れる。いつだったか、オキザリスに蹴り飛ばされたのを今も明瞭に思い出すことができる。この記憶が実は作り替えられたものなのかと思うと、ゾッとしてしまった。

「いや、さすがにそれはないれす。あくまで在る記憶を置き換えるものなのれ、いなかった人がいたように書き換えることはできないはずでふ」
「じゃあ、オキザリスと思い込んでる人がフィテウマさんだったってことですか?」
「それも多分ないと思いましゅ。どれだけ認識を書き換えても現実が変わるわけでもないのれ、フィーしゃんがオキザリスしゃんみたいな身体能力でもない限り、記憶が矛盾してしまいまふよ」

 三人各々がオキザリスを想像する。

 目つきが悪くて、傍から見ると威圧的で、質素なメイド服の下はバッキバキの筋肉が詰まっていて、真面目さを体現したかのようでいて意外と融通の利かない狂犬。
 アレと同じ身体能力を持つ者が身近にいたかというと、そんな記憶は微塵もない。

「じゃあ、なんであのメイドはお前の身の回りの世話をしてたんだ? 雇っていたというわけじゃないんだろ?」
「きっと潜入の一環だったんじゃないですか? ほら、ボクはミモザさんの姉のことを調べるように言ってたみたいですから、ミモザさんの周囲を徹底して見てくれていたんですよ」

 糸も繋がらないコリウスの理屈に、パエニアは釈然としない表情をする。
 雇ってもいないのに面倒を見るメイドがいたら不審感しか煽らないし、そもそも潜入としては本末転倒過ぎる。

「多分れすけど……フィーしゃんがオキザリスしゃんを雇っていたんじゃないでふか? 私は従業員しゃんは雇いましらけど、メイドしゃんは雇ってませんれしたし」
「それでも主じゃなくてお前の面倒を見てた理由の説明になってないけどな。あんなムキムキメイドをつけるくらい過保護だったってことか?」

 そこでコリウスがハッとした表情を浮かべ、いかにもな笑みを見せる。

「フィーさんっていう人とカシアさんって同じ人なんですよね。それでオキザリスをスパイに送ったのはボクなんだから、あえてフィーさんの下に就くように命令したんですよ。きっとボクは二人が同一人物だって早くに見抜いていたから」

 確信をもって答えるコリウスに対し、二人の視線はやや冷ややかだ。
 仮に、同一人物だと分かっていたなら本人の元にスパイを送り込むなんて大胆すぎるし、リスキーが過ぎる。
 ただ、コリウスほどの思慮の浅さならそれもありうると思えてしまった。

「で、自分ではなくミモザさんにオキザリスをつけていたのは、きっと身の回りにいたら不都合だったからですよ。きっとそうに違いありません!」

 一見筋が通っているような気もしないでもなかったが、結局のところ潜入相手に距離を置かれているという点では、やはり本末転倒といえるだろう。

 いくらでも反論の余地はあったような気がしたが、長旅の疲れからか、元気いっぱい自信たっぷりに力説を垂れるコリウスに対し、言葉を返す気力もなかった。

 そこからはしばらくの長い沈黙が訪れ、気が付いた時には馬車はいよいよ目的地であるレッドアイズ国の領地に差し掛かろうとしていた。


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 かといって、沈黙だけは耐えられないのか、誰かが話し出せば誰かが返す。そんなサイクルを何度か繰り返した。
 学校を卒業したばかりの三人にとっては、まだネルムフィラ魔導士学園のことはついぞ昨日のようなもので、口々にその思い出話が募る。
 ただ、やはり何かのピースが抜けていた。話の筋は通っているはずなのに、記憶の登場人物に整合性が合わないことが度々あった。
 おそらくそれがフィテウマ・サタナムーンなのだろう。その確信を強めていく。
「それで? フィーって奴のことを調べてどうするんだ?」
 不意に、パエニア訊ねる。
「どうするって、フィーさんに会いに行くんですよね。ねえ、ミモザさん?」
 何を当たり前のことを、といった顔でコリウスはミモザに振る。しかし、ミモザは首を縦には振らなかった。
「……多分フィーしゃんには会えないと思いまふ。いや、フィーしゃんはもう、何処にもいないと思ってましゅ」
 思いの外、遠い目をして言う。
「知ってるみたいに言うんだな。どうしてそんな風に思ってるのかは知らねえけど、だったらなおさら、なんでいない奴のことを追うような真似をするんだよ」
「私、多分、記憶を変えられる前からフィーしゃんのこと、そんなに多くは知らなかったんでふ。だから今さられすけど、フィーしゃんがどんな人だったのか知りたくなったんでしゅ」
「そりゃあまた本当に今さらだな」
 呆れた顔をするわけでもなく、哀れむ顔をするわけでもなく、パエニアはミモザから視線を外し、馬車の外に泳がす。
「じゃあパエニアくんはどうしてフィーしゃんのことを?」
「知らん。お前と同じ理由でいい」
 ぶっきらぼうに答え、振り向きもしない。
「コリウスくんはどうれすか?」
「ボクは正直分からないことばかりなんですけど、でも凄い興味があるのは確かです。だって、ボクが憧れる女性なんていると思ってなかったですし、あんな恋文を束になるほど書いてたってことはそれだけ素晴らしい人だったってことですよね」
 顔どころか名前すらも思い出せなかったという割には、妙な説得力のある言い回しで、ミモザも納得しかけた表情を浮かべる。
「そういえば、オキザリスしゃんに調査をお願いしてたって聞きましらけど」
「うーん、やっぱりそこははっきりとは覚えてないんですよね。オキザリスの報告書が残っていたから辛うじて発覚したようなものですし」
「そもそもよ、王子。あのメイドとお前はどういう関係なんだよ。前は城の使用人だったってのは聞いてたが、今はそうじゃないだろ」
 どういうわけかあまり触れられてこなかった当然の疑問がパエニアから飛び出す。
 依然としてパエニアは窓の外を眺めたままだが。
「実はまだ主従関係、ということになっているんですよ。あはは」
「ふぇ……? オキザリスしゃんはレッドアイズから追い出されたからパエデロスに来たはじゅでは?」
「ボクがパエデロスに送り込んだらしいですよ。カシアさんの情報を探るために」
 要領を得ない答えだった。何故「ということになっている」や「らしい」と曖昧なのか。おそらく当人の記憶がすっぽ抜けているからなのだろう。
「あー、そりゃ今の雇い主も災難だったな。まさかこんなスパイが潜り込んでるとは思わなかっただろうよ」
「その人には悪いと思いますけど、ボク、全然覚えてないですし」
 悪びれもしない顔で言う。今は確かに記憶がないかもしれない。しかし、潜入するように命令したのは記憶のある頃のコリウス自身であることに変わりない。
「って、あれ? そういえばオキザリスって学校にも来ていなかったか?」
「そうでふね。使用人れすし」
「いやいや待てよ、誰の使用人だったんだよ。生徒でもない使用人が一人で学校にくるわけないだろ」
 記憶の糸をたどると、ネルムフィラ魔導士学院での思い出の中にオキザリスの姿がありありと鮮明に残っている。それはミモザも、パエニアも、そしてコリウスにも共通だったようだ。
「あれ? ミモザさんといつも一緒にいたような気がします」
「私も、なんだかオキザリスしゃんにはずっと守られていた気がしまふ」
「これも記憶の改竄って奴か?」
 パエニアはふと、頬に手を触れる。いつだったか、オキザリスに蹴り飛ばされたのを今も明瞭に思い出すことができる。この記憶が実は作り替えられたものなのかと思うと、ゾッとしてしまった。
「いや、さすがにそれはないれす。あくまで在る記憶を置き換えるものなのれ、いなかった人がいたように書き換えることはできないはずでふ」
「じゃあ、オキザリスと思い込んでる人がフィテウマさんだったってことですか?」
「それも多分ないと思いましゅ。どれだけ認識を書き換えても現実が変わるわけでもないのれ、フィーしゃんがオキザリスしゃんみたいな身体能力でもない限り、記憶が矛盾してしまいまふよ」
 三人各々がオキザリスを想像する。
 目つきが悪くて、傍から見ると威圧的で、質素なメイド服の下はバッキバキの筋肉が詰まっていて、真面目さを体現したかのようでいて意外と融通の利かない狂犬。
 アレと同じ身体能力を持つ者が身近にいたかというと、そんな記憶は微塵もない。
「じゃあ、なんであのメイドはお前の身の回りの世話をしてたんだ? 雇っていたというわけじゃないんだろ?」
「きっと潜入の一環だったんじゃないですか? ほら、ボクはミモザさんの姉のことを調べるように言ってたみたいですから、ミモザさんの周囲を徹底して見てくれていたんですよ」
 糸も繋がらないコリウスの理屈に、パエニアは釈然としない表情をする。
 雇ってもいないのに面倒を見るメイドがいたら不審感しか煽らないし、そもそも潜入としては本末転倒過ぎる。
「多分れすけど……フィーしゃんがオキザリスしゃんを雇っていたんじゃないでふか? 私は従業員しゃんは雇いましらけど、メイドしゃんは雇ってませんれしたし」
「それでも主じゃなくてお前の面倒を見てた理由の説明になってないけどな。あんなムキムキメイドをつけるくらい過保護だったってことか?」
 そこでコリウスがハッとした表情を浮かべ、いかにもな笑みを見せる。
「フィーさんっていう人とカシアさんって同じ人なんですよね。それでオキザリスをスパイに送ったのはボクなんだから、あえてフィーさんの下に就くように命令したんですよ。きっとボクは二人が同一人物だって早くに見抜いていたから」
 確信をもって答えるコリウスに対し、二人の視線はやや冷ややかだ。
 仮に、同一人物だと分かっていたなら本人の元にスパイを送り込むなんて大胆すぎるし、リスキーが過ぎる。
 ただ、コリウスほどの思慮の浅さならそれもありうると思えてしまった。
「で、自分ではなくミモザさんにオキザリスをつけていたのは、きっと身の回りにいたら不都合だったからですよ。きっとそうに違いありません!」
 一見筋が通っているような気もしないでもなかったが、結局のところ潜入相手に距離を置かれているという点では、やはり本末転倒といえるだろう。
 いくらでも反論の余地はあったような気がしたが、長旅の疲れからか、元気いっぱい自信たっぷりに力説を垂れるコリウスに対し、言葉を返す気力もなかった。
 そこからはしばらくの長い沈黙が訪れ、気が付いた時には馬車はいよいよ目的地であるレッドアイズ国の領地に差し掛かろうとしていた。