第203話 消えなかった記憶

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「俺様はそいつの名前、知らないんだ。顔もゼンゼン覚えてない。ただ、姿を変えてカシアと名乗っていたのはなんとなく覚えてる」

 ふてくされたような表情を浮かべ、馬車の外を眺めながらパエニアが言う。
 何処となく苛立つ様子を見せるのは、思い出そうとしてもハッキリと思い出せないモヤモヤに対するものなのかもしれない。

「やっぱりパエニアくん、その人のことを……」

 パエニアは最初から全く知らないという素振りではなかった。
 ミモザもそれを何となく察していたところもある。

「凄いですね! パエニアくん! ボクなんてカシアさんって名前も覚えてなくて、自分で書いた手紙を見てやっと思い出したんですよ。……ああと、正確にはこの人誰だっけと思って色々調べて発覚しただけなんですけど」

 興奮気味にコリウスが割って入ってくるが、それだと今も思い出せてないのでは。
 そんな疑問もわいていたが、パエニアもミモザもあえて黙った。

「気味が悪いぜ。覚えてもねえし知らない女の情報がおぼろげに頭ん中にこびりついてんのはよ」
「多分、記憶を変える魔法のせいでふ。幻惑系統だと思うんれすが」
「あ、ソレ学校で学びました!」

 水を差すようにコリウスが言う。
 同じ学校に通っていたのだからお互いに知っていても当然ではあるのだが。

「この手の魔法は在る記憶を別の記憶に置き換えるのが基本なのれ、元々持っていた情報のしょーきょまではできないんでふよ。親しい人の記憶を、よく知らない人の記憶に置き換えてしまえば、思い出しにくくなる。そういう仕組みれす」
「理屈は分かったけど、随分と中途半端なんだな。オレ様もお前も結局ソイツのことをなんとなく覚えてるんだからよ」

 ふと考え込むようにふぅぅん、とミモザが唸る。

「多分でしゅけど……二通りのパターンがあわしゃってると思うんれす」
「二通り?」
「ところで、パエニアくんは、フィーしゃん……フィテウマ・サタナムーンという名前を憶えていましゅか?」

 急に何のことを言っているのか分からないといった顔でパエニアが首をかしげる。

「実は、これが私たちが今探している人の名前なんでふよ。パエニアくんはこの名前でもピンとこなかったみたいれすね」
「でもカシアさんの名前は知っているみたいでしたね」

 何処か空気も読まずワクワクとしているコリウスを横目にミモザが言葉を続ける。

「きっと違う名前、違う姿をしていたから、記憶の認識が分かれてしまったんだと思うんれす。つまり私たちの中からフィーしゃんの思い出は小さく見えなくなってしまったけれど、カシア・アレフヘイムの思い出は分離して残ったんでふよ」

 カシア・アレフヘイムという名前は偽名。その容姿も、本来の姿ではない。
 フィテウマ・サタナムーンの記憶とは別の領域に結び付けられているということ。
 それが今の「なんとなく覚えている」状態の要因なのだろう。

「じゃあ、もう一つのパターンってなんだ?」
「単純れす。記憶自体は消えてないでふから、別の思い出からなんとなく連鎖的に引っ張り出されてるだけでしゅ。いかに幻惑系でも全ての思い出と記憶の関係を断ち切るのは難しいでふしね。そこまでやると別人の記憶になりましゅから。無理にやろうとすると矛盾だらけになって壊れてしまいまふよ」

 隣でコリウスがうんうんと頷いて見せるが、果たして彼がこの話をどれだけ理解できているかは不明だ。

「幻惑系魔法は認識を変えるものでふ。逆を言えば、認識を変える側の認識次第で、そういう穴も生じたりするんれすよ」
「どういう意味だ? もっと簡単に言ってくれよ」
「そうれすね……例えば、美味いと思った料理を不味いと認識させるようにしても、人にとっての美味いって曖昧じゃないでふか。とびっきり美味しい程度なのか、少し美味しい程度なのか。美味いの認識が食い違えば、全ての料理が不味くなることもありましゅし、逆にどんな料理も変わらないままにもなりえるんれふよ」

 そういえば、とパエニアがハッとする。
 ネルムフィラ魔導士学院でもそのようなことを学んだ記憶があったからだ。

「なるほどな。普通の連中相手なら名前くらいしか知らない奴の認識なんてどうとでも簡単に変えられるが、深く関わりあってて他とは違う認識を持っていたらそれだけズレちまうってことだな」
「おお、パエニアくん、理解が早いですね。ボクは正直よく分からなかったです」

 要らぬ一言を加えるコリウスに半ば呆れつつ、パエニアはため息まじりに言う。

「俺様とミモザは結構覚えてることがあったみたいだが、王子。お前はそのフィテウマって奴のこと、何か覚えてないのかよ」
「うーん、それがさっぱりなんですよね。えへへ」

 何笑ってるんだ、と言いたくなるくらいのスマイルを見せる。
 だが、それはそれとして違和感があった。
 覚えてないにしても、あまりに記憶がごっそりとなくなりすぎている。

「コリウスくんは念入りに記憶を書き換えられたのかもしれましぇん」
「そんなことってあるのか? コイツが単純に忘れっぽいだけだろ」
「それがれすね、気になることがあるんでふよ。ほら、さっきの手紙」

 そう言われてパエニアは先ほどミモザから渡された開封済みの手紙に目を落とす。
 恋文とか言っていた。何故だかコリウスからカシアへのものだと察せていたが、その内容はまだ読んでいない。

「何通かあったんでふけど、その宛先は全部カシア……私のお姉しゃんってことになってるんれすよ」
「それの何がおかしいんだ?」
「らって、フィーしゃんとカシアは別の人物だと認識しているはずなのに、コリウスくんはそのどちらも覚えてないんでふよ?」

 それだと先ほどの話と食い違う。

 ミモザの仮説では、フィテウマという人物は別人を装っていたからこそ記憶改竄から逃れられていた、あるいは他の記憶から連鎖的に引っ張り出され、結果としておぼろげながらも思い出すことができていた。

 カシアという分離された認識が記憶改竄から逃れた要因とするならば、何度もカシアに対して恋文を送っていたコリウスがカシアのことを覚えていないのはおかしい。
 仮説の通りなら逆に、カシアのことだけは記憶しているはずだ。

「つまりそれが念入りに書き換えられたと思う理由か。でもなんでだよ。フィテウマって奴のことも、カシアって奴のことも丸ごと忘れさせられるんなら最初っからそうしなかったんだよ」

 結果としてパエニアもミモザも、カシアの記憶からフィテウマに辿り着いた。
 どうしてコリウスだけがカシアの記憶も書き換えられているのか。

「そんなに消さなきゃならない理由でもあったんですかね?」
 当事者がまるで他人事のようにきょとんとして言う。

「お前にだけはカシアのこともひっくるめて覚えてほしくなかったんだろうな」
 特に根拠はなかったが、なんとなくパエニアはそう言い放つ。

「きっとそこに何か秘密があると思うんでふよ」
 ミモザが思うところがあるように言う。対するパエニアは「ねーよ」と言いたげだったが、否定しきれず言葉を飲み込む。

「ここにあるのはレッドアイズから届いたコリウスくんの手紙だけ。もしかしたら、フィーしゃんからコリウスくんに宛てて送られた手紙が何処かにあるかもしれない。何でもないことでも、今は少しでも情報が欲しいれすから」
「あー、だから一緒にレッドアイズに来てくれるんですね」

 まるでたった今、それに気づいたかのようにコリウスが相槌を打つ。
 その顔を見て、パエニアはまた溜め息をついた。


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「俺様はそいつの名前、知らないんだ。顔もゼンゼン覚えてない。ただ、姿を変えてカシアと名乗っていたのはなんとなく覚えてる」
 ふてくされたような表情を浮かべ、馬車の外を眺めながらパエニアが言う。
 何処となく苛立つ様子を見せるのは、思い出そうとしてもハッキリと思い出せないモヤモヤに対するものなのかもしれない。
「やっぱりパエニアくん、その人のことを……」
 パエニアは最初から全く知らないという素振りではなかった。
 ミモザもそれを何となく察していたところもある。
「凄いですね! パエニアくん! ボクなんてカシアさんって名前も覚えてなくて、自分で書いた手紙を見てやっと思い出したんですよ。……ああと、正確にはこの人誰だっけと思って色々調べて発覚しただけなんですけど」
 興奮気味にコリウスが割って入ってくるが、それだと今も思い出せてないのでは。
 そんな疑問もわいていたが、パエニアもミモザもあえて黙った。
「気味が悪いぜ。覚えてもねえし知らない女の情報がおぼろげに頭ん中にこびりついてんのはよ」
「多分、記憶を変える魔法のせいでふ。幻惑系統だと思うんれすが」
「あ、ソレ学校で学びました!」
 水を差すようにコリウスが言う。
 同じ学校に通っていたのだからお互いに知っていても当然ではあるのだが。
「この手の魔法は在る記憶を別の記憶に置き換えるのが基本なのれ、元々持っていた情報のしょーきょまではできないんでふよ。親しい人の記憶を、よく知らない人の記憶に置き換えてしまえば、思い出しにくくなる。そういう仕組みれす」
「理屈は分かったけど、随分と中途半端なんだな。オレ様もお前も結局ソイツのことをなんとなく覚えてるんだからよ」
 ふと考え込むようにふぅぅん、とミモザが唸る。
「多分でしゅけど……二通りのパターンがあわしゃってると思うんれす」
「二通り?」
「ところで、パエニアくんは、フィーしゃん……フィテウマ・サタナムーンという名前を憶えていましゅか?」
 急に何のことを言っているのか分からないといった顔でパエニアが首をかしげる。
「実は、これが私たちが今探している人の名前なんでふよ。パエニアくんはこの名前でもピンとこなかったみたいれすね」
「でもカシアさんの名前は知っているみたいでしたね」
 何処か空気も読まずワクワクとしているコリウスを横目にミモザが言葉を続ける。
「きっと違う名前、違う姿をしていたから、記憶の認識が分かれてしまったんだと思うんれす。つまり私たちの中からフィーしゃんの思い出は小さく見えなくなってしまったけれど、カシア・アレフヘイムの思い出は分離して残ったんでふよ」
 カシア・アレフヘイムという名前は偽名。その容姿も、本来の姿ではない。
 フィテウマ・サタナムーンの記憶とは別の領域に結び付けられているということ。
 それが今の「なんとなく覚えている」状態の要因なのだろう。
「じゃあ、もう一つのパターンってなんだ?」
「単純れす。記憶自体は消えてないでふから、別の思い出からなんとなく連鎖的に引っ張り出されてるだけでしゅ。いかに幻惑系でも全ての思い出と記憶の関係を断ち切るのは難しいでふしね。そこまでやると別人の記憶になりましゅから。無理にやろうとすると矛盾だらけになって壊れてしまいまふよ」
 隣でコリウスがうんうんと頷いて見せるが、果たして彼がこの話をどれだけ理解できているかは不明だ。
「幻惑系魔法は認識を変えるものでふ。逆を言えば、認識を変える側の認識次第で、そういう穴も生じたりするんれすよ」
「どういう意味だ? もっと簡単に言ってくれよ」
「そうれすね……例えば、美味いと思った料理を不味いと認識させるようにしても、人にとっての美味いって曖昧じゃないでふか。とびっきり美味しい程度なのか、少し美味しい程度なのか。美味いの認識が食い違えば、全ての料理が不味くなることもありましゅし、逆にどんな料理も変わらないままにもなりえるんれふよ」
 そういえば、とパエニアがハッとする。
 ネルムフィラ魔導士学院でもそのようなことを学んだ記憶があったからだ。
「なるほどな。普通の連中相手なら名前くらいしか知らない奴の認識なんてどうとでも簡単に変えられるが、深く関わりあってて他とは違う認識を持っていたらそれだけズレちまうってことだな」
「おお、パエニアくん、理解が早いですね。ボクは正直よく分からなかったです」
 要らぬ一言を加えるコリウスに半ば呆れつつ、パエニアはため息まじりに言う。
「俺様とミモザは結構覚えてることがあったみたいだが、王子。お前はそのフィテウマって奴のこと、何か覚えてないのかよ」
「うーん、それがさっぱりなんですよね。えへへ」
 何笑ってるんだ、と言いたくなるくらいのスマイルを見せる。
 だが、それはそれとして違和感があった。
 覚えてないにしても、あまりに記憶がごっそりとなくなりすぎている。
「コリウスくんは念入りに記憶を書き換えられたのかもしれましぇん」
「そんなことってあるのか? コイツが単純に忘れっぽいだけだろ」
「それがれすね、気になることがあるんでふよ。ほら、さっきの手紙」
 そう言われてパエニアは先ほどミモザから渡された開封済みの手紙に目を落とす。
 恋文とか言っていた。何故だかコリウスからカシアへのものだと察せていたが、その内容はまだ読んでいない。
「何通かあったんでふけど、その宛先は全部カシア……私のお姉しゃんってことになってるんれすよ」
「それの何がおかしいんだ?」
「らって、フィーしゃんとカシアは別の人物だと認識しているはずなのに、コリウスくんはそのどちらも覚えてないんでふよ?」
 それだと先ほどの話と食い違う。
 ミモザの仮説では、フィテウマという人物は別人を装っていたからこそ記憶改竄から逃れられていた、あるいは他の記憶から連鎖的に引っ張り出され、結果としておぼろげながらも思い出すことができていた。
 カシアという分離された認識が記憶改竄から逃れた要因とするならば、何度もカシアに対して恋文を送っていたコリウスがカシアのことを覚えていないのはおかしい。
 仮説の通りなら逆に、カシアのことだけは記憶しているはずだ。
「つまりそれが念入りに書き換えられたと思う理由か。でもなんでだよ。フィテウマって奴のことも、カシアって奴のことも丸ごと忘れさせられるんなら最初っからそうしなかったんだよ」
 結果としてパエニアもミモザも、カシアの記憶からフィテウマに辿り着いた。
 どうしてコリウスだけがカシアの記憶も書き換えられているのか。
「そんなに消さなきゃならない理由でもあったんですかね?」
 当事者がまるで他人事のようにきょとんとして言う。
「お前にだけはカシアのこともひっくるめて覚えてほしくなかったんだろうな」
 特に根拠はなかったが、なんとなくパエニアはそう言い放つ。
「きっとそこに何か秘密があると思うんでふよ」
 ミモザが思うところがあるように言う。対するパエニアは「ねーよ」と言いたげだったが、否定しきれず言葉を飲み込む。
「ここにあるのはレッドアイズから届いたコリウスくんの手紙だけ。もしかしたら、フィーしゃんからコリウスくんに宛てて送られた手紙が何処かにあるかもしれない。何でもないことでも、今は少しでも情報が欲しいれすから」
「あー、だから一緒にレッドアイズに来てくれるんですね」
 まるでたった今、それに気づいたかのようにコリウスが相槌を打つ。
 その顔を見て、パエニアはまた溜め息をついた。