第201話 誰かのいない卒業式
ー/ー 少し時が過ぎて、ほんのり暖かな春が訪れた。
パエデロスの活気は相変わらずだったが、目まぐるしい都市にも変化は訪れる。
今日はネルムフィラ魔導士学院の卒業式の日だった。
貴族や王族を主な対象とした魔力の才に恵まれなかった者でも魔法を習得できる画期的な学校として設立され、記念すべき一期生がそのカリキュラムを修了したのだ。
当初こそ、不可能と言われ続けていたが、無事に生徒たちは自在に魔法を扱えるくらいにまで上達し、様々な不安や批判を払拭するに至る。
卒業後には遠方の魔法大国に就職や進学する者もいれば、家業を継がされる者や、中にはネルムフィラ魔導士学院の素晴らしさを布教する者もいた。
ちなみに、パエデロスの魔具店を営むミモザは、卒業しても変わることはない。
いつも通りに新しい魔具を開発しては提供していくだけ。
……その予定のつもりでいた。
「皆さん、卒業おめでとうございます。長命種にはほんの一瞬のことだったかもしれません。それでも無事に魔法を習得できたことは皆さんの努力の賜物でしょう」
壇上で、赤髪の魔女ダリア・ノベルティが挨拶する。先代の校長にしてこの学院の創設者ロータス・ネルムフィラは不幸な事故で亡くなってしまったため、彼女が事実上、校長を継いでいた。
学校で通ってきた生徒たちにとってはそれほど威厳もなかった印象だが、入学してきた当初よりも教師としての彼女の顔つきは大分変わってきたように思えた。
それだけ学院で教鞭を振るい、ダリア自身も成長してきたということなのだろう。
あるいは、ロータスがいなくなったことが彼女の心境の変化に関わっているのかもしれない。
そんなダリアの言葉を聞いていたミモザもまた、複雑な心境を抱えていた。
(誰が……隣に……)
おそらく初めてこの学校に足を踏み入れたときには誰かがいた。
学校生活もともに過ごしていた。だけど、その誰かは今はいない。
涙を蓄えて華々しく卒業していく今この瞬間を、一番に分かち合うべきその誰かが隣にいないという喪失感。それが誰かなのかも分からない虚無感。
「フィーしゃん……」
ミモザの心はここに在らず、ネルムフィラ魔導士学院の卒業式は静かに終えた。
※ ※ ※
校門の前を馬車が行き交い、ネルムフィラ魔導士学院の生徒たちがそれぞれの道を行く。その中でミモザはポツリと一人、誰かを待っているようだった。
「なんだ、ミモザ。お前、誰か待ってるのか?」
「あ、パエニアくん。まあ、そうれふね」
ボーッと立ち尽くす眼鏡エルフ少女に声を掛けてきたのは資産家の子息パエニア・ラクトフロニアだ。学校でもミモザとは同じクラスではあったが、待ち合わせの相手ではない様子。
「パエニアくんも卒業おめでとうれす」
「……ん、ああ。お前もな」
何処となく歯切れの悪い調子で返す。
「ひょっとしてパエニアくんも誰か待ってるんでふか?」
「いいや、そんな奴はいないんだが……」
そういいつつも、誰かを探しているかのようにこっそりと周囲に視線を送る。どうにも挙動不審な感じだ。
しばらく言葉を切らしていると、意を決したのか、一歩踏み込む。
「おいミモザ。ずっと気になってたことなんだが、お前っていつも一人だったか?」
「……。そんなことないれすよ。学校では友達もいっぱいいて、パエニアくんも同じクラスメイトだったじゃないでふか」
的を射ない問いかけに意図を得たような顔で答える。
はぐらかした答えだったが、パエニアが何を言いたかったのか、そしてミモザが何を言い放ったのかをお互いに察する。
微妙な沈黙。お互いに言いたい言葉あるのに、その結論が消失している気味の悪い空気が流れる。そんな空気を破って、空気を読まずにソレが到着する。
「ミモザさん、お待たせしました。ええと改めまして、卒業おめでとうございます」
校門を潜り抜けてきて、一際大きい馬車が通りすがるのかと思いきや、その窓からコリウスが顔を乗り出してきていた。
「コリウスくん、えへへ、ありがとうございましゅ」
「ゲッ、お前の待ち合わせ相手ってクソ王子かよ……」
「あ、パエニアくんも、卒業おめでとう!」
気さくに手を振るコリウスに対し、パエニアは露骨なまでにそっぽ向く。
クラスこそ違っていたが、この二人はかなり仲が悪いことが窺えた。
というよりか、パエニアからの一方的な嫌悪感がオーラになって見えるようだ。
対するコリウスはそんなオーラを微塵も感じないのか、ヘラヘラとしている。
「それで、例の話は考えてくれましたか?」
「ええ、お店の皆しゃんには悪いれすけど、決めました」
「例の話?」
完全なる部外者と化したパエニアを横目に、コリウスが淡々と話を進めるものだから思わず疑問を投げ掛ける。
答える必要もなく、むしろ混乱を招きそうな話題ではあったものの、コリウスは飄々と答える。
「これからミモザさんのお姉さんを探しに行くんです」
その屈託のない笑顔のなんと眩しいことか。
なんならパエニアはコリウスの顔面をぶん殴ってやりたいくらいだったが、思考が少し緩やかになる。
何の話なのかは依然として分からないままのはずで、ミモザの姉に会いに行くなんて言われてもそう興味のそそる話ではないはず。
別に、ミモザとパエニアも同じクラスメイトだったからといってそこまで仲良くもなかったように記憶している。
だが。
それでもパエニアには引っ掛かるものを感じていた。
「なあ、それは遠いのか?」
そう聞き返したパエニアは、むしろ自分の発した言葉に驚いてしまったくらいだ。
「ちょっと分からないですね。何処にいるかも分からないもので」
事情も知らないくせにペラペラとヘラヘラ喋るコリウスに対し、パエニアは何故か歯を食い縛る。普段の彼なら「あてもねえのかよ! そんな行方不明の奴を探しにいくとかとんだお人好しだな」と答えていたところだ。
「丁度卒業して暇になったとこだ。俺様も連れていけよ」
そう答えてしまったのは何故なのか。
言い放った後のパエニアが一番困惑していた。
「別にボクは構いませんが、ミモザさんは?」
「私もいいでしゅよ」
二人とも、すっとんきょうに答える。
あまりにもあっさりとした承諾に、パエニアはますます困惑を極める。
完全に引き際を失ってしまった。
その実、ミモザの方もパエニアの心境を半々くらい察しているところもあった。記憶はないものの、これから探そうとしている人物と深い関心があるのだと。
コリウスの方は「仲間が多い方が心強い」程度にしか思ってなさそうだったが。
「……出発はいつの予定なんだ?」
とうとうパエニアは自分の言葉に観念する。どうしてそこまでミモザの姉と称する人物に対して執着しているのか理解できてはいなかったが、心の何処か片隅に残る欠片ほどの面影が彼の背を押していたのは間違いない。
「ボクの方はいつでも出発できますよ。ああ、卒業報告ついでにレッドアイズに帰るつもりだったので。今日ミモザさんの意志を聞いてからと思いまして」
「私はお店のことがありましゅので、今日色々と準備しておいて、明日コリウスくんと一緒にレッドアイズに出発しようと思ってましら」
既に出発準備が着々と進んでいることに、パエニアは少し気落ちする。何故だか酷く出遅れてしまったような気がしたからだ。
「明日、だな。じゃあ俺様も乗らせてもらうぜ。何処の誰だか知らねえが、行く当てのない旅とやらによ」
こうしてネルムフィラ魔導士学院の卒業式の日。
三人の進路は同じところへと決まった。
パエデロスの活気は相変わらずだったが、目まぐるしい都市にも変化は訪れる。
今日はネルムフィラ魔導士学院の卒業式の日だった。
貴族や王族を主な対象とした魔力の才に恵まれなかった者でも魔法を習得できる画期的な学校として設立され、記念すべき一期生がそのカリキュラムを修了したのだ。
当初こそ、不可能と言われ続けていたが、無事に生徒たちは自在に魔法を扱えるくらいにまで上達し、様々な不安や批判を払拭するに至る。
卒業後には遠方の魔法大国に就職や進学する者もいれば、家業を継がされる者や、中にはネルムフィラ魔導士学院の素晴らしさを布教する者もいた。
ちなみに、パエデロスの魔具店を営むミモザは、卒業しても変わることはない。
いつも通りに新しい魔具を開発しては提供していくだけ。
……その予定のつもりでいた。
「皆さん、卒業おめでとうございます。長命種にはほんの一瞬のことだったかもしれません。それでも無事に魔法を習得できたことは皆さんの努力の賜物でしょう」
壇上で、赤髪の魔女ダリア・ノベルティが挨拶する。先代の校長にしてこの学院の創設者ロータス・ネルムフィラは不幸な事故で亡くなってしまったため、彼女が事実上、校長を継いでいた。
学校で通ってきた生徒たちにとってはそれほど威厳もなかった印象だが、入学してきた当初よりも教師としての彼女の顔つきは大分変わってきたように思えた。
それだけ学院で教鞭を振るい、ダリア自身も成長してきたということなのだろう。
あるいは、ロータスがいなくなったことが彼女の心境の変化に関わっているのかもしれない。
そんなダリアの言葉を聞いていたミモザもまた、複雑な心境を抱えていた。
(誰が……隣に……)
おそらく初めてこの学校に足を踏み入れたときには誰かがいた。
学校生活もともに過ごしていた。だけど、その誰かは今はいない。
涙を蓄えて華々しく卒業していく今この瞬間を、一番に分かち合うべきその誰かが隣にいないという喪失感。それが誰かなのかも分からない虚無感。
「フィーしゃん……」
ミモザの心はここに在らず、ネルムフィラ魔導士学院の卒業式は静かに終えた。
※ ※ ※
校門の前を馬車が行き交い、ネルムフィラ魔導士学院の生徒たちがそれぞれの道を行く。その中でミモザはポツリと一人、誰かを待っているようだった。
「なんだ、ミモザ。お前、誰か待ってるのか?」
「あ、パエニアくん。まあ、そうれふね」
ボーッと立ち尽くす眼鏡エルフ少女に声を掛けてきたのは資産家の子息パエニア・ラクトフロニアだ。学校でもミモザとは同じクラスではあったが、待ち合わせの相手ではない様子。
「パエニアくんも卒業おめでとうれす」
「……ん、ああ。お前もな」
何処となく歯切れの悪い調子で返す。
「ひょっとしてパエニアくんも誰か待ってるんでふか?」
「いいや、そんな奴はいないんだが……」
そういいつつも、誰かを探しているかのようにこっそりと周囲に視線を送る。どうにも挙動不審な感じだ。
しばらく言葉を切らしていると、意を決したのか、一歩踏み込む。
「おいミモザ。ずっと気になってたことなんだが、お前っていつも一人だったか?」
「……。そんなことないれすよ。学校では友達もいっぱいいて、パエニアくんも同じクラスメイトだったじゃないでふか」
的を射ない問いかけに意図を得たような顔で答える。
はぐらかした答えだったが、パエニアが何を言いたかったのか、そしてミモザが何を言い放ったのかをお互いに察する。
微妙な沈黙。お互いに言いたい言葉あるのに、その結論が消失している気味の悪い空気が流れる。そんな空気を破って、空気を読まずにソレが到着する。
「ミモザさん、お待たせしました。ええと改めまして、卒業おめでとうございます」
校門を潜り抜けてきて、一際大きい馬車が通りすがるのかと思いきや、その窓からコリウスが顔を乗り出してきていた。
「コリウスくん、えへへ、ありがとうございましゅ」
「ゲッ、お前の待ち合わせ相手ってクソ王子かよ……」
「あ、パエニアくんも、卒業おめでとう!」
気さくに手を振るコリウスに対し、パエニアは露骨なまでにそっぽ向く。
クラスこそ違っていたが、この二人はかなり仲が悪いことが窺えた。
というよりか、パエニアからの一方的な嫌悪感がオーラになって見えるようだ。
対するコリウスはそんなオーラを微塵も感じないのか、ヘラヘラとしている。
「それで、例の話は考えてくれましたか?」
「ええ、お店の皆しゃんには悪いれすけど、決めました」
「例の話?」
完全なる部外者と化したパエニアを横目に、コリウスが淡々と話を進めるものだから思わず疑問を投げ掛ける。
答える必要もなく、むしろ混乱を招きそうな話題ではあったものの、コリウスは飄々と答える。
「これからミモザさんのお姉さんを探しに行くんです」
その屈託のない笑顔のなんと眩しいことか。
なんならパエニアはコリウスの顔面をぶん殴ってやりたいくらいだったが、思考が少し緩やかになる。
何の話なのかは依然として分からないままのはずで、ミモザの姉に会いに行くなんて言われてもそう興味のそそる話ではないはず。
別に、ミモザとパエニアも同じクラスメイトだったからといってそこまで仲良くもなかったように記憶している。
だが。
それでもパエニアには引っ掛かるものを感じていた。
「なあ、それは遠いのか?」
そう聞き返したパエニアは、むしろ自分の発した言葉に驚いてしまったくらいだ。
「ちょっと分からないですね。何処にいるかも分からないもので」
事情も知らないくせにペラペラとヘラヘラ喋るコリウスに対し、パエニアは何故か歯を食い縛る。普段の彼なら「あてもねえのかよ! そんな行方不明の奴を探しにいくとかとんだお人好しだな」と答えていたところだ。
「丁度卒業して暇になったとこだ。俺様も連れていけよ」
そう答えてしまったのは何故なのか。
言い放った後のパエニアが一番困惑していた。
「別にボクは構いませんが、ミモザさんは?」
「私もいいでしゅよ」
二人とも、すっとんきょうに答える。
あまりにもあっさりとした承諾に、パエニアはますます困惑を極める。
完全に引き際を失ってしまった。
その実、ミモザの方もパエニアの心境を半々くらい察しているところもあった。記憶はないものの、これから探そうとしている人物と深い関心があるのだと。
コリウスの方は「仲間が多い方が心強い」程度にしか思ってなさそうだったが。
「……出発はいつの予定なんだ?」
とうとうパエニアは自分の言葉に観念する。どうしてそこまでミモザの姉と称する人物に対して執着しているのか理解できてはいなかったが、心の何処か片隅に残る欠片ほどの面影が彼の背を押していたのは間違いない。
「ボクの方はいつでも出発できますよ。ああ、卒業報告ついでにレッドアイズに帰るつもりだったので。今日ミモザさんの意志を聞いてからと思いまして」
「私はお店のことがありましゅので、今日色々と準備しておいて、明日コリウスくんと一緒にレッドアイズに出発しようと思ってましら」
既に出発準備が着々と進んでいることに、パエニアは少し気落ちする。何故だか酷く出遅れてしまったような気がしたからだ。
「明日、だな。じゃあ俺様も乗らせてもらうぜ。何処の誰だか知らねえが、行く当てのない旅とやらによ」
こうしてネルムフィラ魔導士学院の卒業式の日。
三人の進路は同じところへと決まった。
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