【???】異世界転生
ー/ー 眩しかった。光が我を照らしていた。全てが真っ白に染まり、何も見えない。
そして、妙な浮遊感があった。我の体が浮いている。
いや、違う。巨大な手が我を持ち上げていた。
腰から腹までをぐるりと包むような巨大な手。
まるでそれはトロールのよう。だが、トロール独特の腐臭はしてこない。
その代わり、酒のような匂い。むしろこれは、ただのアルコールだろうか。
医療で使われる、ソレの匂いが鼻を突く。我は今、どうなっていて、何をされているのかが分からない。何故か感情がとめどなく溢れてくる。
洪水のように心の内から流れてきて、止まらない。
だから、堪らず我は、声を挙げてしまった。
「おぎゃああぁぁっ!! おぎゃあああぁぁっ!!!」
明瞭な発音ができない。口の中に歯の感触がない。それどころか、どうしたことか、自分でも驚くような声が出た。
泣き声だった。間違いなくそれは泣き声だった。
我が最後に泣いたのはいつのことだっただろう。
「産まれましたよ、元気な女の子です」
我の体を持ち上げる巨人が言う。聞いたことのない言語だ。何を言っているのかが分からない。そして、まだ目の前はよく見えない。
そもそも、目を開くことも適わない。
光の中で、我は両手で持ち上げられ、そして赤子のように泣き明かした。
記憶が混濁する。感情が奔流する。
自分が自分でなくなった。その強烈な実感に、頭を叩かれているかのよう。
ああ、なんだ。もう、なんだ。
何が起きているのか、理解するのも、何故だか難しい。考えるという機能が、著しく衰えているような気がする。億劫なのではない。思考が上手く巡らないんだ。
そうこうしているうちにも、浮遊感は柔らかな感触に変わっていた。
よくは、分からない。ただ、とても落ち着いた。
心地よい。身体の全てが包み込まれているみたいな。
温かい。それが、いっぱいに膨らんでいくような、そんな感覚。
分かった。ようやく分かった。
母だ。我は今、母に抱かれている。それだけは確信できた。
我の知る母ではない。我は生まれ変わったのだから。
そうだ。これは我の、母。この世界での母。
そう、そして、我は今、赤子なんだ。分かった。そういうことなんだ。
我は今、生まれた。我を持ち上げた腕は、巨人なんかではない。きっと普通の大きさなのだろう。
我が小さかっただけなのだ。そして今、母親に抱かれ、そのぬくもりの中にいる。
こんなにも心地よく、こんなにも安らかな気持ちになるとは。
過去の記憶が溶かされていくかのようだ。
過去の。それはつまり、前世の記憶。我にはもう縁もない世界。
その世界でも、我には母はいたはずだ。だが、もう遠い記憶。
そういえば、こんな感覚だっただろうか。優しく抱かれている。この感覚。
「これが、私の赤ちゃんなんですね……」
我を優しく抱いている母は、何かを喋っているようだが、よくは分からない。
多分、言語が我の知っているものと違うんだ。
だが、それでもその優しく語りかける口調は、愛がこもっている。
それだけは確信できた。
我は、愛されている。今この世界に生まれ、祝福されている。
それだけは、間違いない。
どうしてだか、どうしようもなく、嬉しいという感情が込み上げてきた。
我は、幸せだ。溢れかえるような感情が、幸せをリフレインさせる。
ああ、なんて幸せなのだろう。
生まれたことに幸せを感じる。我は、幸せなんだ。
きっと目の前にいるであろう我の母親も、それを実感している。
だって、こんなにも優しく接してくれているのだから。
ああ、我はこの世界で、幸せに生きていこう。
我はただただそう願った。
※ ※ ※ ※ ※
※ ※ ※ ※
※ ※ ※
※ ※
※
この違和感を覚えたのは、かなり早かったと思う。
この世界は、我の知っている世界とは何もかもが違っていた。
一言では言い表せないほどに、とてつもない異世界だった。
見たことのないものばかりで溢れかえっている。
それまで生きてきた経験の全てがなかったことにされてしまったかのよう。
あれも知らない、これも知らない。まさしく異世界。
とりあえず分かった範囲として、どうやらこの世界には魔法の概念がないらしい。
誰も魔法というものを使う気配もなく、その知識もないようだった。
ただ、母親に読み聞かせられた御伽噺。あれには魔法は登場していた。
魔法を使う老婆が、困っている人を助けるような物語などがあった。
思うに、この世界における魔法とは、架空の存在でしかないようだ。
もしや、この世界では魔法を使うことができないのか。
そう思って試してみたが、魔法を発動させることは可能だった。
つまりは魔法という文化が根底からないだけらしい。
ただ、うっかり使っちゃってしまったものだから、そのせいでちょいと騒動になった。両親も大慌てで病院を巡り、テレビとかいうのにも取り上げられたり、しまいにはよく分からん施設に送られて実験させられかけた。
さすがにこれはまずいということに気付き、徹底して使えないフリをして、事なきことを得た。マリッジブルーだとか育児ノイローゼだとかで変な幻覚を見た。そういうことで片づけられたらしい。よく分からんけど。
他に分かったことといえば、種族もそう多くはないらしい。エルフやらドワーフやら獣人やらオーガといったものもない。これがまたなかなか戸惑ったところだ。
分類されるほどの種族がないとは。少なくとも言えることは、我はただの人間だということ。外敵となる種族がいなかったのは幸いだと言える。
あと、言葉についても少々戸惑った。根本的に知らない言語しかないのだから。
世界中の言語は掌握していたつもりだったが、完全にその知識はゴミと化した。
だが、我はまだ赤ん坊である。
それが幸いして、色々な言葉を覚える機会が多かった。
母の読み聞かせる話もそう。後は、こっそり父の書斎から書物をバレぬよう読みふけったりし、この世界の言葉はもう大分覚えられた。
とはいえ、赤子の身体というものはこれがなかなか不便なもので、魔法を使えれば多少はどうにかなる場面もあるのだが、それも適わない。
体力も思うほどないからすぐに疲れてしまう。
調べては休み、調べては休み。ちょっと赤子としては異常な行動ではあるのだが、この異文化やら違和感だらけの異世界の知識も蓄えられてきた。
これも我の生涯を平穏に過ごすため。
そう、我は平穏な世界を平穏に生きる。その望みのために生まれたのだから。
過去の我はもう全て前世に捨ててきた。もう我は我などではない。
この世界での我。つまり今の我の名は、真央という。母が名付けてくれた名だ。
小結の家に生まれた一人娘の真央。
前世にいた国では馴染みもなかったが、漢字というものがあるらしい。読み方としては「まお」で、文字としても「まお」なのだが、「真央」とも書くっぽい。
その辺りはまだまだ勉強の余地がありそうだ。
我は真央。この名を噛みしめて我は生きていく。
ただの一人の人間として。そうさ、だって我は普通の人間なのだから。
ただの人間として生きていくのだ。
……とはまあ思ってはいるものの、なまじ前世の記憶と魔法を持ってきてしまったのは間違いだったような気がする。
前世で関わってきたものの記憶はバッチリ残っているが、異世界では関わりようがないし、というか魔法のない世界なのに魔法使えてどうするんだという話だ。
平穏に過ごしたいのが本音なのだが、果たしてこの願いは叶うのか。
何にせよ、前途多難な小結真央の人生がここに幕を開けたのだった。
そして、妙な浮遊感があった。我の体が浮いている。
いや、違う。巨大な手が我を持ち上げていた。
腰から腹までをぐるりと包むような巨大な手。
まるでそれはトロールのよう。だが、トロール独特の腐臭はしてこない。
その代わり、酒のような匂い。むしろこれは、ただのアルコールだろうか。
医療で使われる、ソレの匂いが鼻を突く。我は今、どうなっていて、何をされているのかが分からない。何故か感情がとめどなく溢れてくる。
洪水のように心の内から流れてきて、止まらない。
だから、堪らず我は、声を挙げてしまった。
「おぎゃああぁぁっ!! おぎゃあああぁぁっ!!!」
明瞭な発音ができない。口の中に歯の感触がない。それどころか、どうしたことか、自分でも驚くような声が出た。
泣き声だった。間違いなくそれは泣き声だった。
我が最後に泣いたのはいつのことだっただろう。
「産まれましたよ、元気な女の子です」
我の体を持ち上げる巨人が言う。聞いたことのない言語だ。何を言っているのかが分からない。そして、まだ目の前はよく見えない。
そもそも、目を開くことも適わない。
光の中で、我は両手で持ち上げられ、そして赤子のように泣き明かした。
記憶が混濁する。感情が奔流する。
自分が自分でなくなった。その強烈な実感に、頭を叩かれているかのよう。
ああ、なんだ。もう、なんだ。
何が起きているのか、理解するのも、何故だか難しい。考えるという機能が、著しく衰えているような気がする。億劫なのではない。思考が上手く巡らないんだ。
そうこうしているうちにも、浮遊感は柔らかな感触に変わっていた。
よくは、分からない。ただ、とても落ち着いた。
心地よい。身体の全てが包み込まれているみたいな。
温かい。それが、いっぱいに膨らんでいくような、そんな感覚。
分かった。ようやく分かった。
母だ。我は今、母に抱かれている。それだけは確信できた。
我の知る母ではない。我は生まれ変わったのだから。
そうだ。これは我の、母。この世界での母。
そう、そして、我は今、赤子なんだ。分かった。そういうことなんだ。
我は今、生まれた。我を持ち上げた腕は、巨人なんかではない。きっと普通の大きさなのだろう。
我が小さかっただけなのだ。そして今、母親に抱かれ、そのぬくもりの中にいる。
こんなにも心地よく、こんなにも安らかな気持ちになるとは。
過去の記憶が溶かされていくかのようだ。
過去の。それはつまり、前世の記憶。我にはもう縁もない世界。
その世界でも、我には母はいたはずだ。だが、もう遠い記憶。
そういえば、こんな感覚だっただろうか。優しく抱かれている。この感覚。
「これが、私の赤ちゃんなんですね……」
我を優しく抱いている母は、何かを喋っているようだが、よくは分からない。
多分、言語が我の知っているものと違うんだ。
だが、それでもその優しく語りかける口調は、愛がこもっている。
それだけは確信できた。
我は、愛されている。今この世界に生まれ、祝福されている。
それだけは、間違いない。
どうしてだか、どうしようもなく、嬉しいという感情が込み上げてきた。
我は、幸せだ。溢れかえるような感情が、幸せをリフレインさせる。
ああ、なんて幸せなのだろう。
生まれたことに幸せを感じる。我は、幸せなんだ。
きっと目の前にいるであろう我の母親も、それを実感している。
だって、こんなにも優しく接してくれているのだから。
ああ、我はこの世界で、幸せに生きていこう。
我はただただそう願った。
※ ※ ※ ※ ※
※ ※ ※ ※
※ ※ ※
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※
この違和感を覚えたのは、かなり早かったと思う。
この世界は、我の知っている世界とは何もかもが違っていた。
一言では言い表せないほどに、とてつもない異世界だった。
見たことのないものばかりで溢れかえっている。
それまで生きてきた経験の全てがなかったことにされてしまったかのよう。
あれも知らない、これも知らない。まさしく異世界。
とりあえず分かった範囲として、どうやらこの世界には魔法の概念がないらしい。
誰も魔法というものを使う気配もなく、その知識もないようだった。
ただ、母親に読み聞かせられた御伽噺。あれには魔法は登場していた。
魔法を使う老婆が、困っている人を助けるような物語などがあった。
思うに、この世界における魔法とは、架空の存在でしかないようだ。
もしや、この世界では魔法を使うことができないのか。
そう思って試してみたが、魔法を発動させることは可能だった。
つまりは魔法という文化が根底からないだけらしい。
ただ、うっかり使っちゃってしまったものだから、そのせいでちょいと騒動になった。両親も大慌てで病院を巡り、テレビとかいうのにも取り上げられたり、しまいにはよく分からん施設に送られて実験させられかけた。
さすがにこれはまずいということに気付き、徹底して使えないフリをして、事なきことを得た。マリッジブルーだとか育児ノイローゼだとかで変な幻覚を見た。そういうことで片づけられたらしい。よく分からんけど。
他に分かったことといえば、種族もそう多くはないらしい。エルフやらドワーフやら獣人やらオーガといったものもない。これがまたなかなか戸惑ったところだ。
分類されるほどの種族がないとは。少なくとも言えることは、我はただの人間だということ。外敵となる種族がいなかったのは幸いだと言える。
あと、言葉についても少々戸惑った。根本的に知らない言語しかないのだから。
世界中の言語は掌握していたつもりだったが、完全にその知識はゴミと化した。
だが、我はまだ赤ん坊である。
それが幸いして、色々な言葉を覚える機会が多かった。
母の読み聞かせる話もそう。後は、こっそり父の書斎から書物をバレぬよう読みふけったりし、この世界の言葉はもう大分覚えられた。
とはいえ、赤子の身体というものはこれがなかなか不便なもので、魔法を使えれば多少はどうにかなる場面もあるのだが、それも適わない。
体力も思うほどないからすぐに疲れてしまう。
調べては休み、調べては休み。ちょっと赤子としては異常な行動ではあるのだが、この異文化やら違和感だらけの異世界の知識も蓄えられてきた。
これも我の生涯を平穏に過ごすため。
そう、我は平穏な世界を平穏に生きる。その望みのために生まれたのだから。
過去の我はもう全て前世に捨ててきた。もう我は我などではない。
この世界での我。つまり今の我の名は、真央という。母が名付けてくれた名だ。
小結の家に生まれた一人娘の真央。
前世にいた国では馴染みもなかったが、漢字というものがあるらしい。読み方としては「まお」で、文字としても「まお」なのだが、「真央」とも書くっぽい。
その辺りはまだまだ勉強の余地がありそうだ。
我は真央。この名を噛みしめて我は生きていく。
ただの一人の人間として。そうさ、だって我は普通の人間なのだから。
ただの人間として生きていくのだ。
……とはまあ思ってはいるものの、なまじ前世の記憶と魔法を持ってきてしまったのは間違いだったような気がする。
前世で関わってきたものの記憶はバッチリ残っているが、異世界では関わりようがないし、というか魔法のない世界なのに魔法使えてどうするんだという話だ。
平穏に過ごしたいのが本音なのだが、果たしてこの願いは叶うのか。
何にせよ、前途多難な小結真央の人生がここに幕を開けたのだった。
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