第200話 記憶のはざまに立つ女

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 翌日のこと。ミモザはネルムフィラ魔導士学院の校門をくぐっていた。いつも通りの通学風景だが、いつも何かが足りないような気がしていた。

 ひょっとすると普段から彼女が隣に並んでいたのかもしれない。そう思うと、ミモザは早く彼女のことを思い出したくてたまらなくなった。

 オキザリスによれば、件の依頼人はここにいるのだという。ミモザの知っている人でもあるとも告げられた。もったいぶった言い方だったが、身分の都合上あまりおいそれと名前を明かせないとも言っていた。

 となれば貴族か王族か。このパエデロスではさして珍しくはないが、魔具店の店主にすぎないミモザにとっては身分の差が天地ほどあることに変わりない。

 予定では、午前の授業を終えて昼休みの時間に連れてくるらしい。ミモザの中で緊張が高まるばかりだ。

 記憶が改竄されているともなれば何の情報も得られないことも十分考えられる。そうなれば王族か貴族か、いずれにせよ偉い人に無駄足踏ませることになる。そう思うとますますミモザもあがってしまう。

 結局のところ、ミモザもエルフの集落アレフヘイムの元族長の娘ではあるものの、一度は才能のなさを失望され追放された身。身分の高い者には見合わないという悲観的思考があった。

 もちろん、それはミモザ自身がそう思い込んでいるだけの話で、ミモザの持つ能力はとうに族長だった母を凌駕する域に達している。決して王族の前に顔を出して恥ずかしいことなどない。

 ネガティブに気負うのはミモザばかり。昼休みの時間まで、どんな偉い人が現れるのだろうか、とただただ悶々とするのだった。

 ※ ※ ※

 キーンコーンカーンコーンとチャイムの鐘が鳴り響く。昼休みを告げる音だ。生徒たちはまばらに教室から出ていく。当然、ミモザもその中に含まれる。

 向かう先は食堂だった。たかが学生食堂と侮るなかれ。
 貴族や王族たちの援助で賄われ、レッドアイズ国から取り寄せられた最新鋭の設備が整った、もはや高級レストランだ。

 しかし、ミモザはここに昼食を取りに来たわけではない。
 ここで待ち合わせをしていたのだ。

「ミモザ様、お待ちしておりました」

 食堂の入り口に佇むメイドが会釈を添える。その様はあたかも最初からそこの給仕を担当しているかのように錯覚するが、彼女の本来の勤め先はここではない。

「オキザリスしゃん!」

 何処ぞの貴族に仕えるメイドにして、ミモザの店の常連客であり、だれの記憶にもない謎の人物についての話を持ち込んできたオキザリスだ。

「話をつけてまいりました。個室でお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」

 そういってテキパキと案内する姿はやはり専属の給仕のように見えてしまうが、本職がメイドである以上、そこは仕方のないことなのかもしれない。
 ともあれミモザはオキザリスに案内されるがまま、個室へと向かう。

 ちなみに、この学生食堂は貴族や王族の御用達ということもあってか、特に仲の良いもの同士で食事を楽しむための数人用の個室もいくつか用意されていた。
 ただ、ミモザはあまり利用した記憶はなかった。どちらかといえば壁で隔てたりせず大人数で囲まれて食事した方が楽しいと思っているからだ。

「こちらになります」
「こちられすか」

 プライベートを保つためにご丁寧に扉までつけられた個室の前に立つ。
 そしてオキザリスは、そっとノックをした。

「失礼致します。ミモザ様をお連れしてまいりました」

 扉が開かれると、そこには窮屈さを感じない程度のスペースと、いかにも高級そうなテーブルが鎮座し、やはり学生食堂というよりかは何処かの国の重鎮がお忍びで来るような格式の高い場所のように思わされた。

 果たして、一体何者がそこにいるというのか。

「って、コリウスくん!? どうしてこんなところに!?」
「どうも、こんにちは。といってもいつも顔をあわせてますけどね」

 まるで一国の主みたくボトルからグラスにドリンクを注ぐ少年が座っていた。
 彼こそ、軍事国家の王子、コリウス・レッドアイズその人だ。
 ネルムフィラ魔導士学院に通う生徒としてはトップクラスの有名人で、ミモザとはクラスも違うがそれなりに交流はあった。

「ということは、フィーしゃんのことを調べるように命令してたのって、コリウスくんだったんでふか?」
「そういうことになる……んだと思うけど、ボクも正直分かってなくて」

 記憶の改竄。何者かに操られていたのか、はたまた消されたのか。
 いずれにせよ聞いていた通り、重要なことについては何も知らない様子だ。

「オキザリスに何か頼んでいたのは間違いない。でも何か違うような気がするんだ」
「ほえ? 違うというのは?」
「覚えている限りでは、ボクが知りたかったのはフィテウマ・サタナムーンという人物ではなかったということ。オキザリスからボクの手元に渡った情報にも殆どその名前はなかったんだよ」

 ミモザは、なんだか話の雲行きがおかしくなっていくのを感じていた。

「何処かで情報が書き換わったのか、それとも現実の方がおかしくなったのか……」
「ええと、じゃあ、コリウスくんは誰のことを調べてたんでふか?」
「……その前に逆にミモザさんに聞いてもいいかな」

 聞きたいことは沢山あったのに、急に質問を突き付けられてドキっとする。

「よくわからないけど、どうぞ?」
「うん。確かボクとミモザさんは以前、巨大蜂(ビッグホーネット)の棲む森で出会ったはずだよね」
「そうれすよ。そのときが初対面れした」

 ふとまたミモザの脳裏にもやがかかるような違和感がわいてくる。
 確かあのときは店で売る新商品を開発するための素材が欲しくて、危険な蜂のいる森を冒険し、そこでコリウスと出会った。それだけのはず。

?」

 頭のてっぺんから針を刺されるような衝撃。
 存在しない記憶を辿るような、夢の中を彷徨う感覚。
 ミモザの答えは、、だ。

 すると、そこで記憶の中に矛盾が生じる。

「ボクは、誰かに助けてもらったはずなんだ。誰かは覚えていない。でも、ボクはその後にその人に会いにパエデロスに戻ってきた」
「お、覚えて……ましゅ」

 記憶が混濁する。パエデロスにレッドアイズ国の王子が馬車に乗って現れたのはその当時も大騒ぎになっていたはず。
 そのせいでミモザの店も客が押し寄せて大変なことになったことも覚えている。

 だが、肝心なのはその核心だ。
 コリウスは誰に会うためにミモザの店を訪れたのか。

「コリウスくんは、私に会いに来たんじゃない、でふか? ほら、あの蜂の巣の探索の仕方も教えた気がしまふし……、それに、脱出のときも……」

 記憶の糸を辿る。あのとき、極大女王蜂(クイーンホーネット)と遭遇したが、炎の魔石を使って対処したはず。それで、巣ごと燃えてしまい、あえなくして落下し、そして、そして……。

「あれ……どうやって助かったんれしたっけ……?」

 その当時はミモザも自力では魔法も使えなかった。
 魔石を作る技術はあったが、それでも限度はある。

「ボクはミモザさんのお姉さんに助けてもらったんです」
「え、でも、私にはお姉しゃんなんて……」

――いた。

 記憶のはざまに、自分に似たような姿をした人物の後ろ髪が見えた。
 太陽に照らされる小麦の如く金髪に、空のように透き通る蒼い瞳の女が。

 自分ではない。ましてや自分の母、プディカ・アレフヘイムですらない。

「カシア・アレフヘイム。その名前を憶えていますか?」

 そこでミモザは、強烈な頭痛を覚え、酷い眩暈に苛まれた。


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 翌日のこと。ミモザはネルムフィラ魔導士学院の校門をくぐっていた。いつも通りの通学風景だが、いつも何かが足りないような気がしていた。
 ひょっとすると普段から彼女が隣に並んでいたのかもしれない。そう思うと、ミモザは早く彼女のことを思い出したくてたまらなくなった。
 オキザリスによれば、件の依頼人はここにいるのだという。ミモザの知っている人でもあるとも告げられた。もったいぶった言い方だったが、身分の都合上あまりおいそれと名前を明かせないとも言っていた。
 となれば貴族か王族か。このパエデロスではさして珍しくはないが、魔具店の店主にすぎないミモザにとっては身分の差が天地ほどあることに変わりない。
 予定では、午前の授業を終えて昼休みの時間に連れてくるらしい。ミモザの中で緊張が高まるばかりだ。
 記憶が改竄されているともなれば何の情報も得られないことも十分考えられる。そうなれば王族か貴族か、いずれにせよ偉い人に無駄足踏ませることになる。そう思うとますますミモザもあがってしまう。
 結局のところ、ミモザもエルフの集落アレフヘイムの元族長の娘ではあるものの、一度は才能のなさを失望され追放された身。身分の高い者には見合わないという悲観的思考があった。
 もちろん、それはミモザ自身がそう思い込んでいるだけの話で、ミモザの持つ能力はとうに族長だった母を凌駕する域に達している。決して王族の前に顔を出して恥ずかしいことなどない。
 ネガティブに気負うのはミモザばかり。昼休みの時間まで、どんな偉い人が現れるのだろうか、とただただ悶々とするのだった。
 ※ ※ ※
 キーンコーンカーンコーンとチャイムの鐘が鳴り響く。昼休みを告げる音だ。生徒たちはまばらに教室から出ていく。当然、ミモザもその中に含まれる。
 向かう先は食堂だった。たかが学生食堂と侮るなかれ。
 貴族や王族たちの援助で賄われ、レッドアイズ国から取り寄せられた最新鋭の設備が整った、もはや高級レストランだ。
 しかし、ミモザはここに昼食を取りに来たわけではない。
 ここで待ち合わせをしていたのだ。
「ミモザ様、お待ちしておりました」
 食堂の入り口に佇むメイドが会釈を添える。その様はあたかも最初からそこの給仕を担当しているかのように錯覚するが、彼女の本来の勤め先はここではない。
「オキザリスしゃん!」
 何処ぞの貴族に仕えるメイドにして、ミモザの店の常連客であり、だれの記憶にもない謎の人物についての話を持ち込んできたオキザリスだ。
「話をつけてまいりました。個室でお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」
 そういってテキパキと案内する姿はやはり専属の給仕のように見えてしまうが、本職がメイドである以上、そこは仕方のないことなのかもしれない。
 ともあれミモザはオキザリスに案内されるがまま、個室へと向かう。
 ちなみに、この学生食堂は貴族や王族の御用達ということもあってか、特に仲の良いもの同士で食事を楽しむための数人用の個室もいくつか用意されていた。
 ただ、ミモザはあまり利用した記憶はなかった。どちらかといえば壁で隔てたりせず大人数で囲まれて食事した方が楽しいと思っているからだ。
「こちらになります」
「こちられすか」
 プライベートを保つためにご丁寧に扉までつけられた個室の前に立つ。
 そしてオキザリスは、そっとノックをした。
「失礼致します。ミモザ様をお連れしてまいりました」
 扉が開かれると、そこには窮屈さを感じない程度のスペースと、いかにも高級そうなテーブルが鎮座し、やはり学生食堂というよりかは何処かの国の重鎮がお忍びで来るような格式の高い場所のように思わされた。
 果たして、一体何者がそこにいるというのか。
「って、コリウスくん!? どうしてこんなところに!?」
「どうも、こんにちは。といってもいつも顔をあわせてますけどね」
 まるで一国の主みたくボトルからグラスにドリンクを注ぐ少年が座っていた。
 彼こそ、軍事国家の王子、コリウス・レッドアイズその人だ。
 ネルムフィラ魔導士学院に通う生徒としてはトップクラスの有名人で、ミモザとはクラスも違うがそれなりに交流はあった。
「ということは、フィーしゃんのことを調べるように命令してたのって、コリウスくんだったんでふか?」
「そういうことになる……んだと思うけど、ボクも正直分かってなくて」
 記憶の改竄。何者かに操られていたのか、はたまた消されたのか。
 いずれにせよ聞いていた通り、重要なことについては何も知らない様子だ。
「オキザリスに何か頼んでいたのは間違いない。でも何か違うような気がするんだ」
「ほえ? 違うというのは?」
「覚えている限りでは、ボクが知りたかったのはフィテウマ・サタナムーンという人物ではなかったということ。オキザリスからボクの手元に渡った情報にも殆どその名前はなかったんだよ」
 ミモザは、なんだか話の雲行きがおかしくなっていくのを感じていた。
「何処かで情報が書き換わったのか、それとも現実の方がおかしくなったのか……」
「ええと、じゃあ、コリウスくんは誰のことを調べてたんでふか?」
「……その前に逆にミモザさんに聞いてもいいかな」
 聞きたいことは沢山あったのに、急に質問を突き付けられてドキっとする。
「よくわからないけど、どうぞ?」
「うん。確かボクとミモザさんは以前、|巨大蜂《ビッグホーネット》の棲む森で出会ったはずだよね」
「そうれすよ。そのときが初対面れした」
 ふとまたミモザの脳裏にもやがかかるような違和感がわいてくる。
 確かあのときは店で売る新商品を開発するための素材が欲しくて、危険な蜂のいる森を冒険し、そこでコリウスと出会った。それだけのはず。
「《《そのとき、ミモザさんの他に誰かいなかったかい》》?」
 頭のてっぺんから針を刺されるような衝撃。
 存在しない記憶を辿るような、夢の中を彷徨う感覚。
 ミモザの答えは、《《そんな人物がいるはずもない》》、だ。
 すると、そこで記憶の中に矛盾が生じる。
「ボクは、誰かに助けてもらったはずなんだ。誰かは覚えていない。でも、ボクはその後にその人に会いにパエデロスに戻ってきた」
「お、覚えて……ましゅ」
 記憶が混濁する。パエデロスにレッドアイズ国の王子が馬車に乗って現れたのはその当時も大騒ぎになっていたはず。
 そのせいでミモザの店も客が押し寄せて大変なことになったことも覚えている。
 だが、肝心なのはその核心だ。
 コリウスは誰に会うためにミモザの店を訪れたのか。
「コリウスくんは、私に会いに来たんじゃない、でふか? ほら、あの蜂の巣の探索の仕方も教えた気がしまふし……、それに、脱出のときも……」
 記憶の糸を辿る。あのとき、|極大女王蜂《クイーンホーネット》と遭遇したが、炎の魔石を使って対処したはず。それで、巣ごと燃えてしまい、あえなくして落下し、そして、そして……。
「あれ……どうやって助かったんれしたっけ……?」
 その当時はミモザも自力では魔法も使えなかった。
 魔石を作る技術はあったが、それでも限度はある。
「ボクはミモザさんのお姉さんに助けてもらったんです」
「え、でも、私にはお姉しゃんなんて……」
――いた。
 記憶のはざまに、自分に似たような姿をした人物の後ろ髪が見えた。
 太陽に照らされる小麦の如く金髪に、空のように透き通る蒼い瞳の女が。
 自分ではない。ましてや自分の母、プディカ・アレフヘイムですらない。
「カシア・アレフヘイム。その名前を憶えていますか?」
 そこでミモザは、強烈な頭痛を覚え、酷い眩暈に苛まれた。