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第28話 イレギュラーな事態

ー/ー




「グハッ──!?」

 ヴァレンタインが扉を開けた途端、断末魔に近い声が響いたかと思うも一瞬。
 床に敷かれる鉄板の上を、突如見慣れた仮面がこちらに滑ってきた。
 その勢いは徐々に失われていき、仮面はヴァレンタインの足元にぶつかる手前で動きを止めた。
 仮面には真新しい血が付着しているも、彼女は汚れることを厭わず、躊躇なくそれを拾い上げる。

 地面に転がってきたもの、それは────カラスマスク。

「……毎度毎度。こうも暴れられては困る。兵士の補充は大変なんだ。多少なりとも、こちらの身にもなってもらいたいもんだ。クルクス、彼女の手綱はしっかり握っておけと、あれほど言っておいただろう……?」
 犯人におおよその心当たりがあったため、大して驚くこともないヴァレンタイン。
 監視役のクルクスを叱るため地面に落としていた視線をゆっくりと上げると、彼女の予想が打ち砕かれる────なんてことには当然ならなかった。

「派手にやってくれたもんだな、ったく」

 興味を失ったかのように仮面を投げ捨てる。
 ヴァレンタインの視界に飛び込んだのは、見渡す限りの亡骸の山。
 彼らが理不尽な暴力に抵抗した形跡も確認し、視界に入ってきた情報は概ね正しかった。
 兵士のものが多数ではあったが、非戦闘員のものも少なくない。
 目に見える範囲に生き残った者はおらず、巻き添えになり全員死亡したと、早くも彼女はそう結論出した。
 しかし、妙なことに……現場にある半数以上の死体はほとんど無傷のものばかりであった。
 ヴァレンタインは慣れた手つきで左から右へ、胸に十字を切り神に祈りを捧げる。
 次に目線が向かったのは──後ろ向きで中央に立ち尽くしたまま、床にある何かを呆然と見つめる1人の少女。
 
 …………しかし、ここで1つ。まさかイレギュラーな事態が発生しているとは、彼女は夢にも思わなかった。

「なっ──?! ……っ!!」

 あまりにも衝撃的な光景に脳の処理が間に合わず、思わず漏れ出た言葉。
 幸い口元に手を当てていたので、彼女の声量は抑えられていた。
 うさ耳パーカーを着た少女を一瞥した後、瞬時にもう1人の人物に目を向けるヴァレンタイン。
 彼女が驚くのにも無理はなかった。
 その少女の少し離れた所で『あの子』が地に伏し、赤いスタビライザーと(おぼ)しき目印が、首元に刺さっていたのだ。
 ヴァレンタインは眼前の者が、麻酔銃の弾を放ったのだろう……と、そう推測した。
 状況を察し護衛の1人が、ピストル型の麻酔銃を取り出し姐御に手渡す。
 ヴァレンタインはそれを受け取り、慣れた手つきで素早く麻酔銃に麻酔弾の装填を行う。
 急を(よう)していたため、使用する物は有効射程が長く、命中精度の高いオール火薬式。
 そして、この麻酔弾はニナニナ専用に特注した代物であること。
 クルクスの首元にあるものが、実は彼女の考えている麻酔弾ではない……そんなアリもしないことを念頭に置いて思考する暇など、この場にありはしないのだ。
 原因はどうあれ、現状として彼女の目は数時間覚めない……その事実だけがある。
 ならば、目を背けてはならない。逸らしてはならない。
 それは問題解決を放棄したのと同義であり、破滅の先延ばしのために回り道をするようなものだからだ。

 つまるところ…………絶体絶命の崖っぷちであるということ。

 幼女のストッパー役──クルクスが起きない以上、この状況は絶望的。
 これを打破するのは困難を極める……が、ニナニナは現在背を向けている。
 ラッキーなことに背後にいるヴァレンタインたちを少女は認識していなかった。
 こんな絶好のチャンスをやすやすと見逃す彼女ではない。
 タイミングを見計らい、ヴァレンタインが麻酔銃のトリガーに手を掛け引いた──まさにその時だった。
 何を察したのか、彼女たちの方にニナニナが振り返る。

「────ッ!?!?」

 突然の出来事に驚き、ヴァレンタインは目を見開いた。
 しかしその間にも──発射された麻酔弾は放物線の軌道を描きながら、捕らえた少女の首元目掛けて距離を詰めていく。

 そして──振り向き際にふっと口角を上げると、少女は場にそぐわない奇妙な言葉を口にした。

「……ドゥーム……ノア────リバース ……っ」
 



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「グハッ──!?」
 ヴァレンタインが扉を開けた途端、断末魔に近い声が響いたかと思うも一瞬。
 床に敷かれる鉄板の上を、突如見慣れた仮面がこちらに滑ってきた。
 その勢いは徐々に失われていき、仮面はヴァレンタインの足元にぶつかる手前で動きを止めた。
 仮面には真新しい血が付着しているも、彼女は汚れることを厭わず、躊躇なくそれを拾い上げる。
 地面に転がってきたもの、それは────カラスマスク。
「……毎度毎度。こうも暴れられては困る。兵士の補充は大変なんだ。多少なりとも、こちらの身にもなってもらいたいもんだ。クルクス、彼女の手綱はしっかり握っておけと、あれほど言っておいただろう……?」
 犯人におおよその心当たりがあったため、大して驚くこともないヴァレンタイン。
 監視役のクルクスを叱るため地面に落としていた視線をゆっくりと上げると、彼女の予想が打ち砕かれる────なんてことには当然ならなかった。
「派手にやってくれたもんだな、ったく」
 興味を失ったかのように仮面を投げ捨てる。
 ヴァレンタインの視界に飛び込んだのは、見渡す限りの亡骸の山。
 彼らが理不尽な暴力に抵抗した形跡も確認し、視界に入ってきた情報は概ね正しかった。
 兵士のものが多数ではあったが、非戦闘員のものも少なくない。
 目に見える範囲に生き残った者はおらず、巻き添えになり全員死亡したと、早くも彼女はそう結論出した。
 しかし、妙なことに……現場にある半数以上の死体はほとんど無傷のものばかりであった。
 ヴァレンタインは慣れた手つきで左から右へ、胸に十字を切り神に祈りを捧げる。
 次に目線が向かったのは──後ろ向きで中央に立ち尽くしたまま、床にある何かを呆然と見つめる1人の少女。
 …………しかし、ここで1つ。まさかイレギュラーな事態が発生しているとは、彼女は夢にも思わなかった。
「なっ──?! 《《クルクス》》……っ!!」
 あまりにも衝撃的な光景に脳の処理が間に合わず、思わず漏れ出た言葉。
 幸い口元に手を当てていたので、彼女の声量は抑えられていた。
 うさ耳パーカーを着た少女を一瞥した後、瞬時にもう1人の人物に目を向けるヴァレンタイン。
 彼女が驚くのにも無理はなかった。
 その少女の少し離れた所で『あの子』が地に伏し、赤いスタビライザーと思《おぼ》しき目印が、首元に刺さっていたのだ。
 ヴァレンタインは眼前の者が、麻酔銃の弾を放ったのだろう……と、そう推測した。
 状況を察し護衛の1人が、ピストル型の麻酔銃を取り出し姐御に手渡す。
 ヴァレンタインはそれを受け取り、慣れた手つきで素早く麻酔銃に麻酔弾の装填を行う。
 急を要《よう》していたため、使用する物は有効射程が長く、命中精度の高いオール火薬式。
 そして、この麻酔弾はニナニナ専用に特注した代物であること。
 クルクスの首元にあるものが、実は彼女の考えている麻酔弾ではない……そんなアリもしないことを念頭に置いて思考する暇など、この場にありはしないのだ。
 原因はどうあれ、現状として彼女の目は数時間覚めない……その事実だけがある。
 ならば、目を背けてはならない。逸らしてはならない。
 それは問題解決を放棄したのと同義であり、破滅の先延ばしのために回り道をするようなものだからだ。
 つまるところ…………絶体絶命の崖っぷちであるということ。
 幼女のストッパー役──クルクスが起きない以上、この状況は絶望的。
 これを打破するのは困難を極める……が、ニナニナは現在背を向けている。
 ラッキーなことに背後にいるヴァレンタインたちを少女は認識していなかった。
 こんな絶好のチャンスをやすやすと見逃す彼女ではない。
 タイミングを見計らい、ヴァレンタインが麻酔銃のトリガーに手を掛け引いた──まさにその時だった。
 何を察したのか、彼女たちの方にニナニナが振り返る。
「────ッ!?!?」
 突然の出来事に驚き、ヴァレンタインは目を見開いた。
 しかしその間にも──発射された麻酔弾は放物線の軌道を描きながら、捕らえた少女の首元目掛けて距離を詰めていく。
 そして──振り向き際にふっと口角を上げると、少女は場にそぐわない奇妙な言葉を口にした。
「……ドゥーム……ノア────リバース ……っ」