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第26話 不吉な雨

ー/ー



 夜の闇を切り裂き、大型車両がオレンジ色の境界ポールを通過した。
 施設周辺に張り巡らされた最新鋭のセキュリティ設備も潜り、目的地であった『エリア0』​へと到着する。
 ドアを開けたヴァレンタインを待っていたのは、この地には珍しい荒い夜雨だった。
 低く垂れ込めた雨雲が月明かりを遮り、滑走路の誘導灯だけが、濡れたコンクリートに不気味な光を反射させる。
 その滑走路上に居座る巨大エンジン4機を搭載した中型輸送機。
 機体の横腹に刻まれ​る「U.S. AIR FORCE」という文字。
 それは今から彼女が搭乗する機体でもあった。

 ──ネバダ州レイチェル、砂漠地帯に位置する、Groom Lake(グルーム・レイク)Air Force Base(空軍基地) ──通称“エリア0”。
 米国極秘研究組織NSTF機関が軍と共同で行う極秘プロジェクトを扱う、軍事施設として利用されてきた場所だ。
 飛行制限空域に指定されるその上空では、特に厳しい警戒態勢が敷かれており、常に空軍に監視されている。
 通常の空軍基地同様に、既存軍用機をカモフラージュとして離着陸を繰り返しているが、国家最重要軍事機密として運用数は徹底して制限されていた。

「──中佐、お久しぶりです。いえ……今は、でしたか」

 降りしきる雨の中、ヴァレンタインは傘も差さず、正面に立つ男を見据える。
「ハッハッハッ、中佐と呼ばれるのに懐かしさを覚えるな。もう6年か……時の流れを残酷に感じるよ」
 中佐もとい少将と呼ばれた将官は、特徴的なティアドロップのサングラスを指先で直し、傘を傾けながら一歩前へ出た。
 手の届く距離まで来た2人は、互いに胸を張り力強く握手を交わす。
「──湾岸以来の再会ですね」
「あぁ。ミスも元気そうでなによりだ。どうだ? 私の昇進祝いに1杯だけ付き合ってもらえないか? 先日昇進して将官に成り立てのひよっこなんだ」
 ビリヤードシェイプのブライヤーパイプを口に咥えながら、おどけて酒を飲むジェスチャーを見せる少将。
「光栄ではありますが……今は立て込んでおります──」
 ヴァレンタインが申し訳なさそうに首を振ると、少将は表情を引き締めた。
「だろうな。では事務的だが連絡事項だ。道中では、他拠点より友軍機が護衛する。合流地点(ランデブーポイント)に無事到着するよう祈っている。不測の事態が起きた場合、その限りではないがね……。まあ、うちには優秀なパイロットが多数揃っている。大船に乗ったつもりで任せてくれ。ミス・ヴァレンタイン」
「それは心強い限りです。本日はよろしくお願いします」
 その言葉を合図にするかのように、中型輸送機C-130のエンジンが唸りを上げる。
 巨大な4枚のプロペラが重々しく回転し始めた。
 まず動き出したのは右翼内側の第3エンジン。
 続いて第4、第2、第1と順次ブレードが起動していく。
 撥ね飛ばされた雨粒が、プロペラの回転に従って白い霧の輪を描き出す。
 全4発のエンジンはキィィィィンという金属音を高めて、輸送機は離陸準備へと入った。

「名残惜しいが──そろそろ時間だ」

 少将が左手首の腕時計を確認すると、出発時刻が間近に迫っていた。
「搭乗を急げ。……良い空の旅を」
「はい。それでは──っ!」
「うむっ」
 少将にヴァレンタインはビシッと鮮やかな敬礼を送る。
 そうして彼女を含めた搭乗員たちは、中型輸送機C-130に乗り込んで行くのだった。

──────────────────
 
 同刻。某米空軍基地にて──。
「……わざわざライトで合図を送るなんて、大戦中に逆戻りした気分だな」
 出撃前のロッカールームで、一人のパイロットが吐き捨てた。
「通信傍受対策としてあちらとは無線封止──通信を行わない──状態で合流するからな。無線技術が発達した現代だからこそ、こんな古典的な方法でのやり取りが逆に情報漏洩に役立つんだとよ」
「空中で輸送機を発見したら、発光信号を送り護衛する。それが今回の任務、だったよな……? ──ブレッド」
「あぁ、それで間違いない」
 問いかけに、ブレッドと呼ばれた男が静かに頷く。
「でもよ、空中で見失ったらどうすんだよ。無灯火(ブラックアウト)なんだろ?」
「向こうから接近してくる手はずだ。心配するな」
 彼の言葉を聞き不安そうな仲間の表情は和らいだ。
「とはいえ、組織が提供してくる技術はどれも化け物じみてる。俺たちの機体だってそうだ。そこまで警戒する必要があるのか疑問だ……」
 仲間の考えにブレッドは述べる。
「例えそうだとして、細心の注意を払わない理由はどこにもない。最重要国家機密なんだ。徹底して当然だろ?」
 ブレッドの言葉に仲間のパイロットは頭を上下に振り頷き返した。
​「俺たちが守るのは機体じゃない。その中にある『技術』だ。例えやり方が回りくどくても、命令は絶対だ」
「分かってるよ。ま、俺たちゃ言われた通り、責務を果たすだけだ──」
 2人はヘルメットを手に取り、ロッカールームを出る。
 その先に待つのは、時代の先を行く最新鋭の戦闘機。
 それが守るべき「貨物」の重さが、想像するよりも重大なのことを、彼らは知らなかった。


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 夜の闇を切り裂き、大型車両がオレンジ色の境界ポールを通過した。 施設周辺に張り巡らされた最新鋭のセキュリティ設備も潜り、目的地であった『エリア0』​へと到着する。
 ドアを開けたヴァレンタインを待っていたのは、この地には珍しい荒い夜雨だった。
 低く垂れ込めた雨雲が月明かりを遮り、滑走路の誘導灯だけが、濡れたコンクリートに不気味な光を反射させる。
 その滑走路上に居座る巨大エンジン4機を搭載した中型輸送機。
 機体の横腹に刻まれ​る「U.S. AIR FORCE」という文字。
 それは今から彼女が搭乗する機体でもあった。
 ──ネバダ州レイチェル、砂漠地帯に位置する、|Groom Lake《グルーム・レイク》|Air Force Base《空軍基地》 ──通称“エリア0”。
 米国極秘研究組織NSTF機関が軍と共同で行う極秘プロジェクトを扱う、軍事施設として利用されてきた場所だ。
 飛行制限空域に指定されるその上空では、特に厳しい警戒態勢が敷かれており、常に空軍に監視されている。
 通常の空軍基地同様に、既存軍用機をカモフラージュとして離着陸を繰り返しているが、国家最重要軍事機密として運用数は徹底して制限されていた。
「──中佐、お久しぶりです。いえ……今は《《少将》》、でしたか」
 降りしきる雨の中、ヴァレンタインは傘も差さず、正面に立つ男を見据える。
「ハッハッハッ、中佐と呼ばれるのに懐かしさを覚えるな。もう6年か……時の流れを残酷に感じるよ」
 中佐もとい少将と呼ばれた将官は、特徴的なティアドロップのサングラスを指先で直し、傘を傾けながら一歩前へ出た。
 手の届く距離まで来た2人は、互いに胸を張り力強く握手を交わす。
「──湾岸以来の再会ですね」
「あぁ。ミスも元気そうでなによりだ。どうだ? 私の昇進祝いに1杯だけ付き合ってもらえないか? 先日昇進して将官に成り立てのひよっこなんだ」
 ビリヤードシェイプのブライヤーパイプを口に咥えながら、おどけて酒を飲むジェスチャーを見せる少将。
「光栄ではありますが……今は立て込んでおります──」
 ヴァレンタインが申し訳なさそうに首を振ると、少将は表情を引き締めた。
「だろうな。では事務的だが連絡事項だ。道中では、他拠点より友軍機が護衛する。合流地点《ランデブーポイント》に無事到着するよう祈っている。不測の事態が起きた場合、その限りではないがね……。まあ、うちには優秀なパイロットが多数揃っている。大船に乗ったつもりで任せてくれ。ミス・ヴァレンタイン」
「それは心強い限りです。本日はよろしくお願いします」
 その言葉を合図にするかのように、中型輸送機C-130のエンジンが唸りを上げる。
 巨大な4枚のプロペラが重々しく回転し始めた。
 まず動き出したのは右翼内側の第3エンジン。
 続いて第4、第2、第1と順次ブレードが起動していく。
 撥ね飛ばされた雨粒が、プロペラの回転に従って白い霧の輪を描き出す。
 全4発のエンジンはキィィィィンという金属音を高めて、輸送機は離陸準備へと入った。
「名残惜しいが──そろそろ時間だ」
 少将が左手首の腕時計を確認すると、出発時刻が間近に迫っていた。
「搭乗を急げ。……良い空の旅を」
「はい。それでは──っ!」
「うむっ」
 少将にヴァレンタインはビシッと鮮やかな敬礼を送る。
 そうして彼女を含めた搭乗員たちは、中型輸送機C-130に乗り込んで行くのだった。
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 同刻。某米空軍基地にて──。
「……わざわざライトで合図を送るなんて、大戦中に逆戻りした気分だな」
 出撃前のロッカールームで、一人のパイロットが吐き捨てた。
「通信傍受対策としてあちらとは無線封止──通信を行わない──状態で合流するからな。無線技術が発達した現代だからこそ、こんな古典的な方法でのやり取りが逆に情報漏洩に役立つんだとよ」
「空中で輸送機を発見したら、発光信号を送り護衛する。それが今回の任務、だったよな……? ──ブレッド」
「あぁ、それで間違いない」
 問いかけに、ブレッドと呼ばれた男が静かに頷く。
「でもよ、空中で見失ったらどうすんだよ。無灯火《ブラックアウト》なんだろ?」
「向こうから接近してくる手はずだ。心配するな」
 彼の言葉を聞き不安そうな仲間の表情は和らいだ。
「とはいえ、組織が提供してくる技術はどれも化け物じみてる。俺たちの機体だってそうだ。そこまで警戒する必要があるのか疑問だ……」
 仲間の考えにブレッドは述べる。
「例えそうだとして、細心の注意を払わない理由はどこにもない。最重要国家機密なんだ。徹底して当然だろ?」
 ブレッドの言葉に仲間のパイロットは頭を上下に振り頷き返した。
​「俺たちが守るのは機体じゃない。その中にある『技術』だ。例えやり方が回りくどくても、命令は絶対だ」
「分かってるよ。ま、俺たちゃ言われた通り、責務を果たすだけだ──」
 2人はヘルメットを手に取り、ロッカールームを出る。
 その先に待つのは、時代の先を行く最新鋭の戦闘機。
 それが守るべき「貨物」の重さが、想像するよりも重大なのことを、彼らは知らなかった。