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第19話 エージェントへの隠し事

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「……報告は、以上になります」

 クルクスの報告が一通り終わると、部屋は静まり返った。
「そうか、トーマスがいたのか。──後で連絡をしておくか」
 ヴァレンタインは一度、考えるように視線を落とすも、間を置かずに顔を上げた。
 そして、クルクスに言葉が静かに紡がれる。
「下がれ──」
「……了解(コピー)
 クルクスは彼女に敬礼し、部屋を後にする。
 それと入れ替わる形で、屈強で褐色の肌をした2人の護衛が部屋へ戻って来た。

「──(あね)さん」
「何だい……?」
「あの子に伝えなくて、いいんですか……?」
 扉が閉まり、クルクスの足音が遠ざかるのを見計らって、護衛を務める男の1人がそう言った。
「昔は、関係が悪くなかったん……ですよね?」
 護衛の男はそう続ける。
「昔のことは忘れたよ。あの子も、きっと同じさっ」
「そんなことは──」
「伝えなくていいのか⋯⋯お前はそう言ったな。 それこそ、もう数え切れないくらいには、はっきりとあの子に伝えたさ。だが──届かなかった。どうすることが最善だったんだろうな⋯⋯」
「それ、は…………いえ」
 ​何かを言いかけて、男は結局口籠ってしまった。
「仲良しごっこを再開するのか? 今のあの子と? ふっ、笑わせるなッ。嫌がらせにしては、悪質極まるな」
 吸い殻でいっぱいの灰皿に置かれた、吸いかけのタバコをヴァレンタインは口に咥えた。
「ずっと、側で(あね)さんを見てきました。自分にも息子がいるので、心中察するに余りあります」
 もう1人の護衛がフォローに入り、場の空気を和ませようとする。
「姐さん。の使用中止を、申し出ま──どぅわぁっ!?」
 ソファから立ち上がったヴァレンタインに胸ぐらを摑まれ、間髪入れずに護衛は頭から机に突っ込んだ。
「いでででで…………」
 苦痛のあまり、男は唸り声を上げる。
「泥にまみれるベトナムと湾岸の戦場で鍛え上げた体は──そう簡単に衰えちゃいないよ! ……ったく、無駄口なんか叩いてないで仕事しなッ! 少しはお口にチャックしておき」
 そう言い放ち、彼女はソファにどっしりと腰を下ろした。
「すぅーー⋯⋯ふぅーーーーっ。何度も言わせるんじゃないよ……。あの子に記憶は──もうないんだから」
 自嘲気味にヴァレンタインは吐き捨てる。
「親の手を離れたんだ。御法度(ごはっと)だよ。無断で手を出しちゃ、こっちがクビを切られかねない。幹部とはいえ、公私の線引きくらいは弁えている。だがまあ、お前たちの気持ちだけは、ありがたく受け取ろう」
 彼女のサングラスにうっすらと靄がかかった。
「……杞憂だと思うが、念の為トーマスにも連絡する。それと──OREOだ」
「「はっ!」」
 各々護衛の男たちは、連絡と茶菓子の準備を始める。
 皿に積まれたサンド・クッキーとコップに注がれた牛乳が、ヴァレンタインに前に用意された。
「繋がりました、どうぞ」
 こんがり護衛は、ストレートボディ型の携帯を彼女に手渡す。
「声が聞こえるか、トーマス? 少し話がある──」
 そして、ヴァレンタインは牛乳に浸したOREOに(かぶ)り付いた。



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「……報告は、以上になります」
 クルクスの報告が一通り終わると、部屋は静まり返った。
「そうか、トーマスがいたのか。──後で連絡をしておくか」
 ヴァレンタインは一度、考えるように視線を落とすも、間を置かずに顔を上げた。
 そして、クルクスに言葉が静かに紡がれる。
「下がれ──」
「……了解《コピー》」
 クルクスは彼女に敬礼し、部屋を後にする。
 それと入れ替わる形で、屈強で褐色の肌をした2人の護衛が部屋へ戻って来た。
「──姐《あね》さん」
「何だい……?」
「あの子に伝えなくて、いいんですか……?」
 扉が閉まり、クルクスの足音が遠ざかるのを見計らって、護衛を務める男の1人がそう言った。
「昔は、関係が悪くなかったん……ですよね?」
 護衛の男はそう続ける。
「昔のことは忘れたよ。あの子も、きっと同じさっ」
「そんなことは──」
「伝えなくていいのか⋯⋯お前はそう言ったな。 それこそ、もう数え切れないくらいには、はっきりとあの子に伝えたさ。だが──届かなかった。どうすることが最善だったんだろうな⋯⋯」
「それ、は…………いえ」
 ​何かを言いかけて、男は結局口籠ってしまった。
「仲良しごっこを再開するのか? 今のあの子と? ふっ、笑わせるなッ。嫌がらせにしては、悪質極まるな」
 吸い殻でいっぱいの灰皿に置かれた、吸いかけのタバコをヴァレンタインは口に咥えた。
「ずっと、側で姐《あね》さんを見てきました。自分にも息子がいるので、心中察するに余りあります」
 もう1人の護衛がフォローに入り、場の空気を和ませようとする。
「姐さん。《《精神改竄兵器》》の使用中止を、申し出ま──どぅわぁっ!?」
 ソファから立ち上がったヴァレンタインに胸ぐらを摑まれ、間髪入れずに護衛は頭から机に突っ込んだ。
「いでででで…………」
 苦痛のあまり、男は唸り声を上げる。
「泥にまみれるベトナムと湾岸の戦場で鍛え上げた体は──そう簡単に衰えちゃいないよ! ……ったく、無駄口なんか叩いてないで仕事しなッ! 少しはお口にチャックしておき」
 そう言い放ち、彼女はソファにどっしりと腰を下ろした。
「すぅーー⋯⋯ふぅーーーーっ。何度も言わせるんじゃないよ……。あの子に記憶は──もうないんだから」
 自嘲気味にヴァレンタインは吐き捨てる。
「親の手を離れたんだ。御法度《ごはっと》だよ。無断で手を出しちゃ、こっちがクビを切られかねない。幹部とはいえ、公私の線引きくらいは弁えている。だがまあ、お前たちの気持ちだけは、ありがたく受け取ろう」
 彼女のサングラスにうっすらと靄がかかった。
「……杞憂だと思うが、念の為トーマスにも連絡する。それと──OREOだ」
「「はっ!」」
 各々護衛の男たちは、連絡と茶菓子の準備を始める。
 皿に積まれたサンド・クッキーとコップに注がれた牛乳が、ヴァレンタインに前に用意された。
「繋がりました、どうぞ」
 こんがり護衛は、ストレートボディ型の携帯を彼女に手渡す。
「声が聞こえるか、トーマス? 少し話がある──」
 そして、ヴァレンタインは牛乳に浸したOREOに齧《かぶ》り付いた。