表示設定
表示設定
目次 目次




第14話:壊されていくセリス

ー/ー



白と金で統一された豪奢な空間。
静謐な空気が漂い、香が淡く焚かれている。

窓辺に佇むセリスは、遠くを見つめていた。
目に映る景色は変わらぬ王都――
だが心は、何かが崩れたまま戻らない。

そこへ、王エルヴァンが静かに足音を忍ばせて現れる。

「セリス」

セリスは驚き、すぐにひざまずこうとする。
だが王は手を上げて制した。

「立て。君は、もはや臣下ではない。
 神に選ばれし聖女なのだから」

セリスは戸惑いながら、立ち上がる。
王は微笑を浮かべ、窓のそばに立ち、静かに語り始めた。

「カインの事を想っているのか?」

セリスは、微かに唇を噛んだ。
その名を聞いたのは、久しぶりだった。
誰もが触れようとしない――処刑の日から避けられてきた名。

「……いえ、私は……」

声が震える。
否定の言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。
その日からずっと、彼の最期が頭から離れなかった。

玉座の前で、縄をかけられた彼。
あのとき何もできなかった自分。
そして、何も言えなかった自分。

王はそんな彼女の内面を見透かすように、柔らかく続けた。

「それは当然だ。
 彼は、君にとって想い人でもあったのだろう」

セリスは、はっと顔を上げた。
王の声音に、あざけりも怒りもなかった。
ただ――不気味なほどの静けさがあった。

「だが、それも過去の話だ」

王の目が細くなる。

「カインは、もはや魔族と通じた王国を裏切り者だ。
 そして君は――神に選ばれ、我らの聖女としてこの国を導く存在になった」

「もし、彼が現れたとき、君が情に流されれば……
 それは、神に背く行為だ」

「わかるかい? セリス。
 君の一言が、国を救う。
 君の一歩が、民を導く。
 君の迷いは、すべてを破滅へ導くのだよ」

セリスは震える指を組み、俯いた。

(カインは……本当に裏切ったの?
 それとも……誰かに、そう仕組まれたの?)

答えは出ない。

王は微笑を深め、セリスの頬にそっと手を伸ばした。
その指先は冷たく、まるで氷のように彼女の肌を刺した。

「全てを捨てなさい。君の過去、君の感情、君の自我を。聖女に必要なのは、神と王である私への絶対的な服従だけだ。」

彼の手が離れると同時に、セリスは膝から力が抜けるのを感じた。彼女は床に崩れ落ち、涙が頬を伝った。だが、王はそんな彼女を見下ろし、なおも言葉を続けた。

「泣くことは許されない。聖女は弱さを見せてはならない。君はこれから、私の手で完璧に作り上げられる。聖女として、君は生まれ変わるのだ。」

王の言葉は、まるで呪文のようにセリスの心に絡みつき、彼女の精神を締め付けた。彼女は抵抗する力を失い、ただ王の声に支配されていくのを感じた。

エルヴァンはその姿を見て微笑んでいた。

部屋には再び静寂が戻り、セリスは立ち上がることもできず、床に跪いたまま、王の次の言葉を待った。彼女の心は、すでに砕け始めていた。

「カイン……」

セリスは無意識にその名を呟き、震える手で胸を押さえた。彼女の心は、王の冷酷な言葉とカインへの想いの間で引き裂かれていた。

セリスがうつむきながらも、わずかに頷いた瞬間――
王エルヴァンの口元に、目には見えぬ笑みが浮かんだ。

(そうだ……そうやって、自分で決めたつもりになればいい)

この国には、絶対の掟がある。
「聖女は、その国の王に逆らえない」――
それは神から下された法。

(命じれば簡単に従う。だが、それではつまらない)

(私は、逆らえない者に選ばせるのが好きなのだ)

彼はあえて、命令という形を取らない。
代わりに、民の不安、王の落胆、神意への背信――
拒めば何が起こるかを、丁寧に提示してやるだけ。

(従ったのではない。自分で選んだと思い込んだまま堕ちていく……
 その崩れ落ちる過程こそ、何より美しい)

セリスの目には、涙が浮かんでいた。
だが王は、それすら誇らしげに眺めた。

(泣いてもいい。苦しんでもいい。
 だが私に逆らえないという絶対が、お前を縛っている限り――
 お前は、私の手のひらの中だ)

(カインめ・・・いつでも来るがいい。早く来ないと聖女セリスは完全に私の虜となるぞ。ふははははは!)

王の心はどこまでも歪んでいた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



白と金で統一された豪奢な空間。
静謐な空気が漂い、香が淡く焚かれている。
窓辺に佇むセリスは、遠くを見つめていた。
目に映る景色は変わらぬ王都――
だが心は、何かが崩れたまま戻らない。
そこへ、王エルヴァンが静かに足音を忍ばせて現れる。
「セリス」
セリスは驚き、すぐにひざまずこうとする。
だが王は手を上げて制した。
「立て。君は、もはや臣下ではない。
 神に選ばれし聖女なのだから」
セリスは戸惑いながら、立ち上がる。
王は微笑を浮かべ、窓のそばに立ち、静かに語り始めた。
「カインの事を想っているのか?」
セリスは、微かに唇を噛んだ。
その名を聞いたのは、久しぶりだった。
誰もが触れようとしない――処刑の日から避けられてきた名。
「……いえ、私は……」
声が震える。
否定の言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。
その日からずっと、彼の最期が頭から離れなかった。
玉座の前で、縄をかけられた彼。
あのとき何もできなかった自分。
そして、何も言えなかった自分。
王はそんな彼女の内面を見透かすように、柔らかく続けた。
「それは当然だ。
 彼は、君にとって想い人でもあったのだろう」
セリスは、はっと顔を上げた。
王の声音に、あざけりも怒りもなかった。
ただ――不気味なほどの静けさがあった。
「だが、それも過去の話だ」
王の目が細くなる。
「カインは、もはや魔族と通じた王国を裏切り者だ。
 そして君は――神に選ばれ、我らの聖女としてこの国を導く存在になった」
「もし、彼が現れたとき、君が情に流されれば……
 それは、神に背く行為だ」
「わかるかい? セリス。
 君の一言が、国を救う。
 君の一歩が、民を導く。
 君の迷いは、すべてを破滅へ導くのだよ」
セリスは震える指を組み、俯いた。
(カインは……本当に裏切ったの?
 それとも……誰かに、そう仕組まれたの?)
答えは出ない。
王は微笑を深め、セリスの頬にそっと手を伸ばした。
その指先は冷たく、まるで氷のように彼女の肌を刺した。
「全てを捨てなさい。君の過去、君の感情、君の自我を。聖女に必要なのは、神と王である私への絶対的な服従だけだ。」
彼の手が離れると同時に、セリスは膝から力が抜けるのを感じた。彼女は床に崩れ落ち、涙が頬を伝った。だが、王はそんな彼女を見下ろし、なおも言葉を続けた。
「泣くことは許されない。聖女は弱さを見せてはならない。君はこれから、私の手で完璧に作り上げられる。聖女として、君は生まれ変わるのだ。」
王の言葉は、まるで呪文のようにセリスの心に絡みつき、彼女の精神を締め付けた。彼女は抵抗する力を失い、ただ王の声に支配されていくのを感じた。
エルヴァンはその姿を見て微笑んでいた。
部屋には再び静寂が戻り、セリスは立ち上がることもできず、床に跪いたまま、王の次の言葉を待った。彼女の心は、すでに砕け始めていた。
「カイン……」
セリスは無意識にその名を呟き、震える手で胸を押さえた。彼女の心は、王の冷酷な言葉とカインへの想いの間で引き裂かれていた。
セリスがうつむきながらも、わずかに頷いた瞬間――
王エルヴァンの口元に、目には見えぬ笑みが浮かんだ。
(そうだ……そうやって、自分で決めたつもりになればいい)
この国には、絶対の掟がある。
「聖女は、その国の王に逆らえない」――
それは神から下された法。
(命じれば簡単に従う。だが、それではつまらない)
(私は、逆らえない者に選ばせるのが好きなのだ)
彼はあえて、命令という形を取らない。
代わりに、民の不安、王の落胆、神意への背信――
拒めば何が起こるかを、丁寧に提示してやるだけ。
(従ったのではない。自分で選んだと思い込んだまま堕ちていく……
 その崩れ落ちる過程こそ、何より美しい)
セリスの目には、涙が浮かんでいた。
だが王は、それすら誇らしげに眺めた。
(泣いてもいい。苦しんでもいい。
 だが私に逆らえないという絶対が、お前を縛っている限り――
 お前は、私の手のひらの中だ)
(カインめ・・・いつでも来るがいい。早く来ないと聖女セリスは完全に私の虜となるぞ。ふははははは!)
王の心はどこまでも歪んでいた。