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11輪:過保護

ー/ー




 翌日。

美鎖子(みさこ)の母は朝一で業務用スーパーに向かった。

そして「命の恩人なんだからカートンにしました」と満足げに戦利品を持って帰ってきた。


 美鎖子は玄関先でシュガーシガレットが入った保冷バックを受け取った。

けれど20箱にしてはバックが妙に膨らんでいて重たい。

チャックを開けて確認してみると、ビニール袋に入ったシュガーシガレットの箱が透けて見えた。

その透けた箱に書かれた文字をよく見てみると…
〈シュガーシガレット 30個入り〉。


神楽(かぐら)美鎖子(みさこ)「…ママありがとう。
でもこれ1箱でカートン入ってるから、もうこれじゃカートンなんだよね」

 母は「あらやだぁ」と口に手を当てた。

けれどあまり“カートン”の意味が分かっていないのか、
「もうそろそろ時間じゃない?」と腕時計のない手首を確認して話を逸らした。

それから「気をつけていってらっしゃい」と追い出すように美鎖子を送り出した。


美鎖子(…あれ?単位の授業で「カートンは10箱だ」なんて習ったかな?
なんで知ってるんだっけ?)

 美鎖子はそんなことを考えながら歩いていたけれど、
すぐに稜太郎(りょうたろう)に何と言ってシュガーシガレット(お詫びの品)を渡そうか考え始めた。


美鎖子(ごめんなさい?ありがとうございます?粗品ですが?

…あっ、そういえば病院から帰って来た後、タスク帳が見当たらなかったような。
三毛(みけ)くん見てないかな?
いやっ、この話はシュガーシガレットを渡してから言うべきだよね。

んー、この度は私めが倒れてしまったばかりに……。
ぁああああああああああああああああどうしよう!!)

 学校が近づくに連れ、美鎖子はどんどんどんどん何と言って渡そうか、考えがまとまらなくなってきた。


 そんな美鎖子が俯き加減で歩いていると、
「神楽さん!」という声が遠くから聞こえた。

顔を上げてみると、体育祭委員の2・3年生たちが校門の前で手を振っているのが見えた。


 そこからは2・3年生のマシンガントーク。

「大丈夫だった?」「荷物持つよ」「三毛くんと何かあったの?」
「もう今日も明日も何もしなくていいから」と同時に話し始めた。

美鎖子はパニックになり「ありがとうございます!もう大丈夫です!元気です!」と大声で言い切って、
2年生にぬるっと取られた荷物を取り返すと、昇降口に駆け込んだ。



 ────なぜこうなった?


 美鎖子は気がつくと、3年生に渡された日傘を差し、アームカバーもつけられていた。

2年生には水で冷やしたタオルを頭上に乗せられ、首にひんやりとするリングもつけられた。

足元には体育の先生が持ってきたクーラーボックスがあり、その中には冷えたスポーツドリンクと氷嚢が入っていた。

クーラーボックスの上には保健室の先生が置いた充電式扇風機があり、生ぬるい風を送っている。


美鎖子(『大丈夫』って言ったはずなのに…)

 そう思いながらも、美鎖子はこの過保護措置を少し嬉しく思っていた。

しかし他の生徒たちの視線を受け始めると、恥ずかしさの方が勝った。

けれど先輩たちの気遣いを無碍(むげ)にすることも出来ず、結局予行練習を快適な空間から観戦し続けた。


美鎖子(そういえば三毛くんとは会えずじまいだなぁ。
…というか今日、三毛くん見かけてないな)

 そんなことを考えながら、美鎖子はクーラーボックスの上で生ぬるい風を送り続けている扇風機をぼーっと眺めた。


 すると視界の端に、学校指定のものではないジャージが映った。

そのジャージの持ち主に「ちょっと」と冷たく声をかけられたので、美鎖子はビクッと身体を跳ね上げた。

そして恐る恐る顔を上げると、目の前に立っていたのは、稜太郎の担任である大石先生だった。


大石先生「あなた何してるの?」

美鎖子「あっ…その」

 運動会を見に来た、子どもの出番を待っている母親くらいくつろいでいた美鎖子は、先生の質問に分かりやすく動揺してしまった。


大石先生「出場競技は?そこで何しているの?応援は?
日傘にアームカバー、ひんやりリングと扇風機とクーラーボック…これって学校に持ってきて良いものかしら?」

美鎖子(いやぁ全部、先輩たちと先生たちの私物…。
ハンディ扇風機は保健室の先生のデスクにいつも置いてある学校の備品だから、分かりやすく私の物じゃないって分かるはずだし…。
それにクーラーボックスに至っては、油性ペンで大きく荒々しい字で先生のフルネームが書かれてますけど…?)

 美鎖子は頭の中で言い訳を並べたけれど、そんなこと言い出せる訳もなく。


美鎖子「え、えっと…」

 美鎖子は大石先生から視線を逸らした。

そしてどう見ても怒っている先生の神経を逆撫でしないような説明を必死に考えた。

けれど謝る以外に良い方法が思いつかなかったので、
仕方なく“謝りますか”と思ったその時。

「僕が持って来ました」という男の子の声が聞こえた。

大石先生の方を見てみると、その後ろに深緑色のサングラスをかけた稜太郎が立っていた。

先生も驚いたような顔をして、彼の方を振り返った。


三毛(みけ)稜太郎(りょうたろう)「神楽さんが昨日、体育祭のお手伝いのし過ぎて倒れたので、それで心配で。
ほらその証拠に」

 稜太郎は包帯が巻かれた左手をヒラヒラと振った。

包帯は左肘辺りから指先まで巻かれていて、
それを見た美鎖子は目を見開いて“そっそんな雑に動かさないで…!”と目配せをした。

けれど稜太郎は真っ直ぐに先生を見ていたので、美鎖子の目配せに気づかなかった。


 さらに稜太郎は「神楽さんが後ろに倒れて、頭を打ちそうだったので、手で支えたらこうなりました」と左手をグーパーグーパーと動かし始めた。

その様子を見た美鎖子は“あああああごめんなさい!ごめんなさいなんですけど動かさないでぇぇ!”と心の中で叫んだ。


大石先生「あっあぁ、そうなの」

 大石先生はバツが悪そうな声で返事をすると、
「気をつけて」と美鎖子に軽い挨拶をした。

美鎖子も釣られて会釈した。

しかし心の中では“…え、これで許されたの(いいの)?”と思っていた。


 美鎖子は去って行く先生の後ろ姿を、目をぱちくりさせながら見送った。





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 翌日。
|美鎖子《みさこ》の母は朝一で業務用スーパーに向かった。
そして「命の恩人なんだから《《ツー》》カートンにしました」と満足げに戦利品を持って帰ってきた。
 美鎖子は玄関先でシュガーシガレットが入った保冷バックを受け取った。
けれど20箱にしてはバックが妙に膨らんでいて重たい。
チャックを開けて確認してみると、ビニール袋に入ったシュガーシガレットの箱が透けて見えた。
その透けた箱に書かれた文字をよく見てみると…
〈シュガーシガレット 30個入り〉。
|神楽《かぐら》|美鎖子《みさこ》「…ママありがとう。
でもこれ1箱で《《スリー》》カートン入ってるから、もうこれじゃ《《シックス》》カートンなんだよね」
 母は「あらやだぁ」と口に手を当てた。
けれどあまり“カートン”の意味が分かっていないのか、
「もうそろそろ時間じゃない?」と腕時計のない手首を確認して話を逸らした。
それから「気をつけていってらっしゃい」と追い出すように美鎖子を送り出した。
美鎖子(…あれ?単位の授業で「カートンは10箱だ」なんて習ったかな?
なんで知ってるんだっけ?)
 美鎖子はそんなことを考えながら歩いていたけれど、
すぐに|稜太郎《りょうたろう》に何と言って|シュガーシガレット《お詫びの品》を渡そうか考え始めた。
美鎖子(ごめんなさい?ありがとうございます?粗品ですが?
…あっ、そういえば病院から帰って来た後、タスク帳が見当たらなかったような。
|三毛《みけ》くん見てないかな?
いやっ、この話はシュガーシガレットを渡してから言うべきだよね。
んー、この度は私めが倒れてしまったばかりに……。
ぁああああああああああああああああどうしよう!!)
 学校が近づくに連れ、美鎖子はどんどんどんどん何と言って渡そうか、考えがまとまらなくなってきた。
 そんな美鎖子が俯き加減で歩いていると、
「神楽さん!」という声が遠くから聞こえた。
顔を上げてみると、体育祭委員の2・3年生たちが校門の前で手を振っているのが見えた。
 そこからは2・3年生のマシンガントーク。
「大丈夫だった?」「荷物持つよ」「三毛くんと何かあったの?」
「もう今日も明日も何もしなくていいから」と同時に話し始めた。
美鎖子はパニックになり「ありがとうございます!もう大丈夫です!元気です!」と大声で言い切って、
2年生にぬるっと取られた荷物を取り返すと、昇降口に駆け込んだ。
 ────なぜこうなった?
 美鎖子は気がつくと、3年生に渡された日傘を差し、アームカバーもつけられていた。
2年生には水で冷やしたタオルを頭上に乗せられ、首にひんやりとするリングもつけられた。
足元には体育の先生が持ってきたクーラーボックスがあり、その中には冷えたスポーツドリンクと氷嚢が入っていた。
クーラーボックスの上には保健室の先生が置いた充電式扇風機があり、生ぬるい風を送っている。
美鎖子(『大丈夫』って言ったはずなのに…)
 そう思いながらも、美鎖子はこの過保護措置を少し嬉しく思っていた。
しかし他の生徒たちの視線を受け始めると、恥ずかしさの方が勝った。
けれど先輩たちの気遣いを|無碍《むげ》にすることも出来ず、結局予行練習を快適な空間から観戦し続けた。
美鎖子(そういえば三毛くんとは会えずじまいだなぁ。
…というか今日、三毛くん見かけてないな)
 そんなことを考えながら、美鎖子はクーラーボックスの上で生ぬるい風を送り続けている扇風機をぼーっと眺めた。
 すると視界の端に、学校指定のものではないジャージが映った。
そのジャージの持ち主に「ちょっと」と冷たく声をかけられたので、美鎖子はビクッと身体を跳ね上げた。
そして恐る恐る顔を上げると、目の前に立っていたのは、稜太郎の担任である大石先生だった。
大石先生「あなた何してるの?」
美鎖子「あっ…その」
 運動会を見に来た、子どもの出番を待っている母親くらいくつろいでいた美鎖子は、先生の質問に分かりやすく動揺してしまった。
大石先生「出場競技は?そこで何しているの?応援は?
日傘にアームカバー、ひんやりリングと扇風機とクーラーボック…これって学校に持ってきて良いものかしら?」
美鎖子(いやぁ全部、先輩たちと先生たちの私物…。
ハンディ扇風機は保健室の先生のデスクにいつも置いてある学校の備品だから、分かりやすく私の物じゃないって分かるはずだし…。
それにクーラーボックスに至っては、油性ペンで大きく荒々しい字で先生のフルネームが書かれてますけど…?)
 美鎖子は頭の中で言い訳を並べたけれど、そんなこと言い出せる訳もなく。
美鎖子「え、えっと…」
 美鎖子は大石先生から視線を逸らした。
そしてどう見ても怒っている先生の神経を逆撫でしないような説明を必死に考えた。
けれど謝る以外に良い方法が思いつかなかったので、
仕方なく“謝りますか”と思ったその時。
「僕が持って来ました」という男の子の声が聞こえた。
大石先生の方を見てみると、その後ろに深緑色のサングラスをかけた稜太郎が立っていた。
先生も驚いたような顔をして、彼の方を振り返った。
|三毛《みけ》|稜太郎《りょうたろう》「神楽さんが昨日、体育祭のお手伝いのし過ぎて倒れたので、それで心配で。
ほらその証拠に」
 稜太郎は包帯が巻かれた左手をヒラヒラと振った。
包帯は左肘辺りから指先まで巻かれていて、
それを見た美鎖子は目を見開いて“そっそんな雑に動かさないで…!”と目配せをした。
けれど稜太郎は真っ直ぐに先生を見ていたので、美鎖子の目配せに気づかなかった。
 さらに稜太郎は「神楽さんが後ろに倒れて、頭を打ちそうだったので、手で支えたらこうなりました」と左手をグーパーグーパーと動かし始めた。
その様子を見た美鎖子は“あああああごめんなさい!ごめんなさいなんですけど動かさないでぇぇ!”と心の中で叫んだ。
大石先生「あっあぁ、そうなの」
 大石先生はバツが悪そうな声で返事をすると、
「気をつけて」と美鎖子に軽い挨拶をした。
美鎖子も釣られて会釈した。
しかし心の中では“…え、これで|許されたの《いいの》?”と思っていた。
 美鎖子は去って行く先生の後ろ姿を、目をぱちくりさせながら見送った。