12輪:罪悪感の所在
ー/ー ────「大丈夫?」
大石先生が見えなくなると、早速稜太郎が声をかけてきた。
彼の存在を思い出した美鎖子は日傘を放り投げると、飛び上がるように立ち上がった。
そして「手!手!」と言いながら近づいていった。
稜太郎は「ん?手?」と怪我をしている左手をヒラヒラと動かした。
美鎖子は「そんな雑にっ!」と大きな声が出てしまったので、
今度は小さな声で「そんな雑に動かしたら傷口に障りますよ…!」と小声で言った。
すると稜太郎は左手を動かすのを止めて、その手を観察し始めた。
そうそう、丁寧に、丁寧に扱ってください、と美鎖子が安心した瞬間。
美鎖子「なんでなんでなんでなんで?!」
なぜか稜太郎は、先ほどよりも速いペースでグーパーグーパーと左手を動かし始めた。
稜太郎「こんな怪我したの初めてだから」
分かりやすくあたふたしている美鎖子とは裏腹に、稜太郎は落ち着いた口調でそう言った。
その言葉を聞いて、美鎖子は口を真一文字に結ぶと、
背中を丸めて「ごっごめんなさい…」と情けない声で謝った。
昨日母から“稜太郎が小学生の時、4階から飛び降りたけれど無傷で済んだ”という話を聞かされたばかりだったので、余計に肩身が狭くなった。
稜太郎「いやなんか面白くて。
僕にもちゃんと血が通ってたんだなぁって」
稜太郎は左手を何度も裏表にして観察していた。
美鎖子はまた「すみませぇん」と情けない声で謝り、さらに背中を丸めた。
背中を丸めたことにより、目線が自然と下がった。
すると稜太郎の右手にプラスチックのバケツが握られていることに気がついた。
そのバケツの中には、茶色く変色したブラシが入っている。
美鎖子(バケツ、水、ブラシ、茶色……。
大石先生が見えなくなると、早速稜太郎が声をかけてきた。
彼の存在を思い出した美鎖子は日傘を放り投げると、飛び上がるように立ち上がった。
そして「手!手!」と言いながら近づいていった。
稜太郎は「ん?手?」と怪我をしている左手をヒラヒラと動かした。
美鎖子は「そんな雑にっ!」と大きな声が出てしまったので、
今度は小さな声で「そんな雑に動かしたら傷口に障りますよ…!」と小声で言った。
すると稜太郎は左手を動かすのを止めて、その手を観察し始めた。
そうそう、丁寧に、丁寧に扱ってください、と美鎖子が安心した瞬間。
美鎖子「なんでなんでなんでなんで?!」
なぜか稜太郎は、先ほどよりも速いペースでグーパーグーパーと左手を動かし始めた。
稜太郎「こんな怪我したの初めてだから」
分かりやすくあたふたしている美鎖子とは裏腹に、稜太郎は落ち着いた口調でそう言った。
その言葉を聞いて、美鎖子は口を真一文字に結ぶと、
背中を丸めて「ごっごめんなさい…」と情けない声で謝った。
昨日母から“稜太郎が小学生の時、4階から飛び降りたけれど無傷で済んだ”という話を聞かされたばかりだったので、余計に肩身が狭くなった。
稜太郎「いやなんか面白くて。
僕にもちゃんと血が通ってたんだなぁって」
稜太郎は左手を何度も裏表にして観察していた。
美鎖子はまた「すみませぇん」と情けない声で謝り、さらに背中を丸めた。
背中を丸めたことにより、目線が自然と下がった。
すると稜太郎の右手にプラスチックのバケツが握られていることに気がついた。
そのバケツの中には、茶色く変色したブラシが入っている。
美鎖子(バケツ、水、ブラシ、茶色……。
ちちちち血?!しょっ証拠隠滅?!
あっあの場所で倒れたことが先生たちにバレたら、三毛くんの憩いの場かもしれないあそこが閉鎖されちゃうかもしれないから、今まで証拠隠滅してたってこと?!
わっ私がするべきことなのに…)
美鎖子「ショっ証拠、イン、隠滅、ワっワタ私ガ…」
美鎖子は壊れた機械音声のような声で喋りながら、震える手でバケツを指差した。
稜太郎「ん?…あぁバケツ?」
稜太郎はバケツを美鎖子に近づけて見せた。
稜太郎「証拠隠滅?じゃないよ。
人間の皮って、めくれてもすぐに血が出ないんだね?
僕初めて知った」
美鎖子(衝撃の事実!人体の不思議!…じゃなくて!)
美鎖子は焦り過ぎて、心の中でノリツッコミをしてしまった。
美鎖子「えっえ?え、えじゃぁなんで?」
稜太郎は「あぁ」と言うと、バケツを雑にガシャンッと地面に置いた。
そしてジャージのポケットに手を突っ込み、何かを探し始めた。
美鎖子(あれ、よく見たら三毛くんのジャージが新しくなってる。
体操着も白い…血?!やっぱり血のせいかな?!)
美鎖子が歯をガタガタと揺らしていると、稜太郎は何かを取り出してみせた。
稜太郎「これ返したいんだけど、僕の血が」
稜太郎の右手には、美鎖子が探していたタスク帳があった。
タスク帳は茶色く変色した血で所々が染まっていた。
美鎖子は大惨事になっているタスク帳を見て、背筋がビクッと反射的に伸びた。
しかしタスク帳をよく見てみると、チェックボックスに美鎖子が書いていないはずのチェックマークが書かれていた。
美鎖子「あ、え?ななんでチェックマーク?」
美鎖子がチェックマークを指差すと、稜太郎は首を傾けて覗き込むようにしながら答えた。
稜太郎「え?いつまでとか期限が書かれてたから?」
美鎖子「え?」
美鎖子は目をぱちくりさせる。
美鎖子「三毛くんがやってくれたんですか?」
稜太郎「ん?ぅん」
美鎖子「なっなんで三毛くんが?」
稜太郎「え?
これって神楽さんがやらなきゃいけないことでも、神楽さんしかやっちゃいけないことでもないでしょ?
だからだけど?」
稜太郎はタスク帳を自分の方に向け直すと、パラパラとめくった。
稜太郎「だってこれ、体育祭委員の仕事でしょ?
あれ、これ野球部もやってなかったっけ?」
美鎖子は少し考えてから、首を傾げた。
美鎖子「…私、体育祭委員じゃないって言いましたっけ?」
稜太郎はタスク帳から目線を外すと美鎖子を見て、同じように首を傾げた。
稜太郎「…あれ?学級委員じゃなかったっけ?
ほら朝会の時、皆に『並んでー』って」
美鎖子(あっなるほどぉ…)
美鎖子はゆっくりと数回頷いた。
美鎖子「あっでもなんで、私の代わりにやってくれたんですか?この仕事」
美鎖子はなぜ稜太郎が代わりに仕事をしてくれたのか、もう一度尋ねた。
稜太郎「え?神楽さんが倒れた時、保健室に運ぼうと思って持ち上げたら、タスク帳がポケットから出てきたから?」
美鎖子は目を丸くさせて“もっ持ち上げっ…!”と驚いた。
美鎖子(いやいや!そうじゃなくて!
なんかさっきから三毛くん、私の質問に答えているようで答えていない気がする。
私は事実じゃなくて、三毛くんが何を思って手伝ってくれたか知りたいのであって…)
美鎖子は少し頬を膨らませて、聞き方を考えた。
けれどこれ以上稜太郎に尋ねたとしても、また答えを逸らされそうな気がしたので、きちんと謝りなおすことにした。
美鎖子「あの、その…私が倒れちゃったことで、そっその手を、左手を怪我させてしまってすみませんでした。
あと怪我してるのに私のことを運ばせてしまって、それも本当にすみません。
でっでも、タスク帳を見たからって、そこに書かれていたことが三毛くんの仕事になる訳ではないので…。
もし罪悪感?を持たせてしまったのであれば、ごめんなさい」
美鎖子は勢いよく頭を下げて謝罪した。
しかし稜太郎が何も答えないので、2人の間に静寂が流れた。
美鎖子(なっなんだ?このタイミングでの沈黙時は。
三毛くんは言葉を選んでるの?
それとも私の謝罪内容が悪かった?
謝罪のタイミングかな?
えっもしかして私の頭に何かついてる?
旋毛押そうとしてる?)
美鎖子はそんなことを考えながら、彼が履いている赤い靴下のクマの刺繍としばらく見つめ合った。
すると視界の隅に白い布…いや、包帯が垂れ下がってきた。
美鎖子「なんでなんでなんでぇ?!」
美鎖子は頭を勢いよく上げた。
しかし稜太郎は大声に動じることなく、黙々と包帯を外しきり、傷口を覆ったガーゼをラップ越しに眺めた。
ガーゼには血と、得体の知れない黄緑色の液体が染み出していた。
傷口が直接見えていないのにも関わらず、凄まじい傷を負ってしまったことがよく分かる。
稜太郎「…あれ?意外と治ってる?」
すると稜太郎はつまらなそうな、拍子抜けしたような声で言った。
もちろん美鎖子は「治ってませんよ?!」と大声で叫んだ。
そして彼から素早く包帯を奪い取った。
美鎖子(わっわからないよぉ。
なんで今包帯外してみようって思ったのかわからないよぉ。
もはや怖いまであるよぉ)
美鎖子は稜太郎の左手をそっと引き寄せ、傷口に障らないように丁寧に包帯を巻き始めた。
傷を覆ったガーゼからはツンと刺すような消毒液の臭いがして、口の中に紅茶のような苦い味が広がったので、思わず顔を顰めた。
稜太郎「…罪悪感はないよ」
稜太郎がいきなり謝罪に対しての回答を始めたので、
美鎖子は“タっタイミング…”と思いながらも、黙ったまま話を聞いた。
稜太郎「大した怪我じゃなかったし、治りかけてるし」
美鎖子(いやいやいやいや!
三毛くんの細胞さんたちが悲鳴を上げて、変な液体出してるじゃないですか!)
美鎖子は大声で叫びそうになったけれど、その言葉を心の中に収め、包帯を巻き続けた。
稜太郎「罪悪感を持つべきなのは体育祭委員の人たちであって、僕じゃない」
美鎖子(…あっあれ?なんか三毛くんがド正論カマし始めた気がする…)
稜太郎「でもタスク帳を見る限り、
神楽さんができなかった仕事のことを考えて、罪悪感というか、色んな人に“申し訳ないなぁ”って思ってそうだなとは思った。
それとも私の謝罪内容が悪かった?
謝罪のタイミングかな?
えっもしかして私の頭に何かついてる?
旋毛押そうとしてる?)
美鎖子はそんなことを考えながら、彼が履いている赤い靴下のクマの刺繍としばらく見つめ合った。
すると視界の隅に白い布…いや、包帯が垂れ下がってきた。
美鎖子「なんでなんでなんでぇ?!」
美鎖子は頭を勢いよく上げた。
しかし稜太郎は大声に動じることなく、黙々と包帯を外しきり、傷口を覆ったガーゼをラップ越しに眺めた。
ガーゼには血と、得体の知れない黄緑色の液体が染み出していた。
傷口が直接見えていないのにも関わらず、凄まじい傷を負ってしまったことがよく分かる。
稜太郎「…あれ?意外と治ってる?」
すると稜太郎はつまらなそうな、拍子抜けしたような声で言った。
もちろん美鎖子は「治ってませんよ?!」と大声で叫んだ。
そして彼から素早く包帯を奪い取った。
美鎖子(わっわからないよぉ。
なんで今包帯外してみようって思ったのかわからないよぉ。
もはや怖いまであるよぉ)
美鎖子は稜太郎の左手をそっと引き寄せ、傷口に障らないように丁寧に包帯を巻き始めた。
傷を覆ったガーゼからはツンと刺すような消毒液の臭いがして、口の中に紅茶のような苦い味が広がったので、思わず顔を顰めた。
稜太郎「…罪悪感はないよ」
稜太郎がいきなり謝罪に対しての回答を始めたので、
美鎖子は“タっタイミング…”と思いながらも、黙ったまま話を聞いた。
稜太郎「大した怪我じゃなかったし、治りかけてるし」
美鎖子(いやいやいやいや!
三毛くんの細胞さんたちが悲鳴を上げて、変な液体出してるじゃないですか!)
美鎖子は大声で叫びそうになったけれど、その言葉を心の中に収め、包帯を巻き続けた。
稜太郎「罪悪感を持つべきなのは体育祭委員の人たちであって、僕じゃない」
美鎖子(…あっあれ?なんか三毛くんがド正論カマし始めた気がする…)
稜太郎「でもタスク帳を見る限り、
神楽さんができなかった仕事のことを考えて、罪悪感というか、色んな人に“申し訳ないなぁ”って思ってそうだなとは思った。
だから手伝ったんだけど…。
それが結局、神楽さんが僕に対して、もっと罪悪感を抱く理由になっちゃったかもしれないけど」
美鎖子「…お、おっぉおっしゃる通りです」
美鎖子はいきなり先ほどの質問の答えも返ってきたことに驚いた。
それに加えて、自分の考えが図星だったことに動揺して声が震えた。
美鎖子は包帯が緩まないようにしっかりと結んだ。
包帯の巻き具合は最悪だったが、ラップ剥き出しの状態よりはマシだろう。
美鎖子は先ほどまで座っていた椅子の方へ行った。
そして椅子の後ろに置いておいた、シュガーシガレットの入った保冷バックを持って戻ってきた。
美鎖子「そっ粗品ですが、おわっお詫びに…」
美鎖子は軽く頭を下げて、稜太郎に保冷バックを差し出した。
まさか自分の代わりに稜太郎が仕事もしてくれたとは思っていなかったので、母がシュガーシガレットを2箱買って来てくれたことに感謝した。
稜太郎「え?何?これ?」
美鎖子「シュガーシガレット60個です」
稜太郎「……60個?」
美鎖子「はい60個です。2箱…箱買い…シックスカートン…」
たぶん稜太郎は戸惑っていたのだろう。
少し間を空けてから、恐る恐る保冷バックを受け取った。
けれど美鎖子はやっと、ちゃんと顔を上げることができた。
ミッションコンプリートだ。
すると稜太郎が「何か、さ」とぽつり呟いた。
稜太郎「上手く言えないんだけど、神楽さんって生きるのが下手、というか何というか…。
それが結局、神楽さんが僕に対して、もっと罪悪感を抱く理由になっちゃったかもしれないけど」
美鎖子「…お、おっぉおっしゃる通りです」
美鎖子はいきなり先ほどの質問の答えも返ってきたことに驚いた。
それに加えて、自分の考えが図星だったことに動揺して声が震えた。
美鎖子は包帯が緩まないようにしっかりと結んだ。
包帯の巻き具合は最悪だったが、ラップ剥き出しの状態よりはマシだろう。
美鎖子は先ほどまで座っていた椅子の方へ行った。
そして椅子の後ろに置いておいた、シュガーシガレットの入った保冷バックを持って戻ってきた。
美鎖子「そっ粗品ですが、おわっお詫びに…」
美鎖子は軽く頭を下げて、稜太郎に保冷バックを差し出した。
まさか自分の代わりに稜太郎が仕事もしてくれたとは思っていなかったので、母がシュガーシガレットを2箱買って来てくれたことに感謝した。
稜太郎「え?何?これ?」
美鎖子「シュガーシガレット60個です」
稜太郎「……60個?」
美鎖子「はい60個です。2箱…箱買い…シックスカートン…」
たぶん稜太郎は戸惑っていたのだろう。
少し間を空けてから、恐る恐る保冷バックを受け取った。
けれど美鎖子はやっと、ちゃんと顔を上げることができた。
ミッションコンプリートだ。
すると稜太郎が「何か、さ」とぽつり呟いた。
稜太郎「上手く言えないんだけど、神楽さんって生きるのが下手、というか何というか…。
もっと自分勝手に生きればいいのに」
美鎖子はその言葉に息を呑んだ。
稜太郎「別に“やり過ぎだ”とか“やめれば?”とか、そういうことが言いたい訳じゃないんだけどね」
美鎖子は“自分勝手ができれば良いんですけどね”と思ったけれど、口には出せなかった。
稜太郎に『別に“やり過ぎだ”とか“やめれば?”とか、そういうことが言いたい訳じゃないんだけどね』という優しさを付け加えられてしまったからだ。
美鎖子はゆっくり息を吐いて、両肘を抱いた。
そして「私もそう思います…」と稜太郎から目を逸らしながら答えた。
美鎖子はその言葉に息を呑んだ。
稜太郎「別に“やり過ぎだ”とか“やめれば?”とか、そういうことが言いたい訳じゃないんだけどね」
美鎖子は“自分勝手ができれば良いんですけどね”と思ったけれど、口には出せなかった。
稜太郎に『別に“やり過ぎだ”とか“やめれば?”とか、そういうことが言いたい訳じゃないんだけどね』という優しさを付け加えられてしまったからだ。
美鎖子はゆっくり息を吐いて、両肘を抱いた。
そして「私もそう思います…」と稜太郎から目を逸らしながら答えた。
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