表示設定
表示設定
目次 目次




かつて大切だったもの

ー/ー



      ー*ー*ー*ー  

​ 縁石に  触れれば切れる  青き破片
朝露まとい  孤独に光る

      ー*ー*ー*ー



 縁石の隅に、小さな破片が落ちていた。


 透明で、尖っていて、けれど朝露を受けると、ほんの少しだけ虹色に光る。

 道行く人々は誰も気づかない。靴底が近くを通り過ぎ、車の風がかすめ、落ち葉が覆い隠す。それでも破片は、そこにあり続けていた。

 毎朝見つめているのは、幼い少女だけだった。
 登校の途中、少女は必ず縁石の前で立ち止まる。

 しゃがみ込み、指で触れないようにしながら、ただ眺める。

「おはよう」
 小さく声をかけると、破片は朝の光を受けてきらりと瞬いた。

 少女には、それが返事のように思えた。

 ある日、少女は気づいた。
 破片が、少し小さくなっている。
 誰かに踏まれたのかもしれない。
 強い風に転がされたのかもしれない。
 夜の雨が、ほんのわずかに角を削ったのかもしれない。

 それでも翌朝も、その翌朝も、破片はそこにあった。
 けれど確実に、少しずつ小さくなっていった。

 少女は毎朝しゃがみ込み、心配そうに見つめる。
「だいじょうぶ?」

 破片は答えない。ただ、光る。
 朝露の中で、静かに。

 やがてある朝、少女が縁石に来ると、そこにはもう何もなかった。
 少女はしばらくその場にしゃがみ込み、空っぽの隅を見つめていた。

 それから家に帰り、泣きながら母に言った。
「ガラス、死んじゃったの」

 母は少しだけ考えてから、やわらかく微笑んだ。
「違うよ」

 少女の髪を撫でながら、ゆっくりと言う。


「あれはね、もともと誰かの大切なガラスだったんだよ」
 少女は涙の残る目で母を見上げる。
 言葉の意味はわからなかった。

 ただ、縁石の朝の光だけを思い出していた。

 ——長い時間が過ぎて、少女が大人になったある日。

 古い箱の中、浜辺で拾ったガラスの欠片をいくつも見つけたとき、ふと理解する。

 形を失っても、削れても、
 消えてしまったように見えても。
 かつて誰かが大切にしていたものは、
 世界のどこかで、静かに光り続けているのだと。


      ー*ー*ー*ー

  靴音の 行き交う朝の 街角で
  誰も知らない 小さなきらめき

      ー*ー*ー*ー





スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む マジックアワーの仕立て屋


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



      ー*ー*ー*ー  
​ 縁石に  触れれば切れる  青き破片
朝露まとい  孤独に光る
      ー*ー*ー*ー
 縁石の隅に、小さな破片が落ちていた。
 透明で、尖っていて、けれど朝露を受けると、ほんの少しだけ虹色に光る。
 道行く人々は誰も気づかない。靴底が近くを通り過ぎ、車の風がかすめ、落ち葉が覆い隠す。それでも破片は、そこにあり続けていた。
 毎朝見つめているのは、幼い少女だけだった。
 登校の途中、少女は必ず縁石の前で立ち止まる。
 しゃがみ込み、指で触れないようにしながら、ただ眺める。
「おはよう」
 小さく声をかけると、破片は朝の光を受けてきらりと瞬いた。
 少女には、それが返事のように思えた。
 ある日、少女は気づいた。
 破片が、少し小さくなっている。
 誰かに踏まれたのかもしれない。
 強い風に転がされたのかもしれない。
 夜の雨が、ほんのわずかに角を削ったのかもしれない。
 それでも翌朝も、その翌朝も、破片はそこにあった。
 けれど確実に、少しずつ小さくなっていった。
 少女は毎朝しゃがみ込み、心配そうに見つめる。
「だいじょうぶ?」
 破片は答えない。ただ、光る。
 朝露の中で、静かに。
 やがてある朝、少女が縁石に来ると、そこにはもう何もなかった。
 少女はしばらくその場にしゃがみ込み、空っぽの隅を見つめていた。
 それから家に帰り、泣きながら母に言った。
「ガラス、死んじゃったの」
 母は少しだけ考えてから、やわらかく微笑んだ。
「違うよ」
 少女の髪を撫でながら、ゆっくりと言う。
「あれはね、もともと誰かの大切なガラスだったんだよ」
 少女は涙の残る目で母を見上げる。
 言葉の意味はわからなかった。
 ただ、縁石の朝の光だけを思い出していた。
 ——長い時間が過ぎて、少女が大人になったある日。
 古い箱の中、浜辺で拾ったガラスの欠片をいくつも見つけたとき、ふと理解する。
 形を失っても、削れても、
 消えてしまったように見えても。
 かつて誰かが大切にしていたものは、
 世界のどこかで、静かに光り続けているのだと。
      ー*ー*ー*ー
  靴音の 行き交う朝の 街角で
  誰も知らない 小さなきらめき
      ー*ー*ー*ー