ラムネ玉の沈黙
ー/ー
盆休みの帰省ラッシュが落ち着く頃、僕らは決まって「旧校舎の裏」に集まる。
かつて木造だった校舎はとっくにコンクリートの公民館に姿を変えたが、裏手の大きな楠だけは、あの頃と同じ濃い影を落としていた。
「変わらないのは、この暑さだけだな」
そう言って笑ったのは、地元の工務店を継いだ大輔だ。日焼けした太い腕で、キンキンに冷えたラムネを差し出してきた。
「サンキュ」
僕は受け取り、ビー玉を押し込む。カラン、と涼しげな音が響いた。
集まったのは僕と大輔、そして東京で看護師をしている祥子の三人だ。かつては「放課後探検隊」と称して、この村の隅々まで遊び回った仲だった。
「ねえ、覚えてる?」
祥子がラムネの瓶を頬に当てながら、遠くの入道雲を見上げた。
「十五年前の夏。私たちが最後に喧嘩した日のこと」
空気が一瞬、止まった。蝉の声だけが耳をつんざく。
あの日、僕らはくだらない理由で言い争い、仲直りもしないまま夏休みが終わった。そして僕は、そのまま親の転勤で村を去ったのだ。
「……忘れるわけないよ」
僕は瓶のラベルを爪で剥がしながら答えた。
「あの日、僕が貸してた図鑑を、大輔が川に落としたんだっけ」
「違うよ、あれは俺がわざと落としたって思われたのが嫌だったんだ」
大輔が苦笑する。
「本当は、転びそうになった祥子を助けようとして、手が滑っただけなんだよ。でも、言い訳するのが格好悪くてさ。黙り込んじまった」
「私は私で、二人が険悪なのが怖くて、何も言わずに逃げちゃった」
祥子が自嘲気味に笑う。
「三人でいれば無敵だと思ってたのに。たった一冊の図鑑で、私たちの『無敵』は終わっちゃった」
大人になれば、それがどれほど些細なことか分かる。けれど、十歳の僕らにとって、それは世界の崩壊に等しかった。
謝るタイミングを逃し、再会の機会を先延ばしにし、気づけば「あの日」は胸の奥で、取り出せない棘のように刺さったままになっていた。
「ごめん」
僕の口から、十五年越しの言葉がこぼれた。
「意地を張ってたのは僕だ。大輔が祥子を助けようとしたこと、本当は気づいてたのに。寂しかったんだよ。転校が決まってたから、何かに当たりたかっただけなんだ」
風が吹き抜け、楠の葉がザワザワと騒いだ。
大輔が僕の肩を叩き、祥子が小さく吹き出した。
「今さら謝るなんて、遅すぎるわよ」
「まったくだ。その代わり、今日の飲み代は奢れよ?」
後悔が消えるわけではない。失われた時間は戻らない。
けれど、こうして語り合うことで、尖っていた棘の先が少しだけ丸くなるのを感じた。
僕らはラムネを飲み干した。瓶の底に残ったビー玉は、もう二度と外には出られないけれど、光を透かせばキラキラと透き通って見えた。
沈黙はもう、苦しくなかった。
僕らはそれぞれの日常へ戻るための、短い夏休みを歩き出した。
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