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第33話_特例

ー/ー



視界が暗く沈みかけた、その瞬間――

ゴォンッ!!!

鈍く、重い衝撃音が通路に炸裂した。
燈の首を掴んでいた腕が、突然横へ弾き飛ばされる。

空気が一気に肺へ流れ込み、燈の体は力なく床へ落ちた。

「……っ、は……っ……!」

喉が焼ける。
咳き込みながら、必死に酸素をかき集める。

膝から崩れ落ち、床に手をつく。
指先が震えている。

目の前では――

紅白の着物が、横殴りに吹き飛ばされていた。
その体は数メートル先の壁へ叩きつけられ、タイルに蜘蛛の巣状のひびが走る。

遅れて、衝撃波のような風が燈の髪を揺らした。
その拳を振り抜いた見慣れた小さな背中が、そこに立っていた。

つきのみやだった。

彼女はすぐに燈の前へ立ち、無言で背中を庇うように位置を取る。
そして、振り返る。

「燈」
その声は荒い。

「……立てるか」

燈は咳き込みながら頷く。

「つ……き、ちゃん……」
喉が焼けるように痛い。

つきのみやは、ほんの一瞬だけ燈の喉元に視線を落とす。
赤く残った指の跡。

眉間が、深く歪む。

「……何故ここにいる」
ため息と同時に溢れた言葉。

しかし、その手は燈の肩に優しく触れ、体を支えていた。
怒り、安堵、そして焦りが入り混じった力。

燈は震える声で答えようとするが、
その前に――

「……あらぁ」

低く、楽しげな声が響いた。
壁に叩きつけられたはずのきさらぎが、ゆっくりと体を起こしていた。

着物の裾を払う。

「痛いわねぇ……急に酷いじゃない」

脇腹に手を当て、軽く首を回す。
まるで、肩をぶつけた程度の反応。

その白と黒の瞳が、再び二人を捉える。

「生者を庇うなんて……どういうつもりかしら?」
唇が歪む。

つきのみやは、無言のままきさらぎを睨む。
その視線は、先程の拳よりも鋭い。

「きさらぎ……ここは私の駅だ」

一歩前へ出る。

「この駅で起きたことは私が処理する」

「いくらお前であろうと、勝手に手出しをすることは許さん」

(きさらぎ……この人が……)
噂には聞いていた。
だが、目の前に立つ存在は――
噂よりも、はるかに圧倒的だった。

きさらぎは、くすりと笑う。
「ん、そうね……勝手な行動をしたことは謝るわ」

だがその声に、本心は一欠片も含まれていない。
扇子をゆっくりと開く。

「け・れ・ど……」

視線が燈へ移る。

「『迷い込んだ生者は即現世へ送還、または処分』って決まりよねぇ?」

「……『原則』はな」
つきのみやは一歩も引かない。

「何?まさか……」
きさらぎの目が細くなる。

その子は『特例』だとでも言いたいのかしら?」

沈黙。
数秒。
空気が張り詰める。

心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。

そして――
つきのみやは、迷いなく告げた。

「こいつに……私の駅を継がせる」

静寂。
燈の思考が、一瞬停止する。

「……え?」
声が、素直に漏れた。

駅を継がせる?

そんな話――
もちろん、一度も聞いていない。

(なに……言ってるの……?)
つきのみやの背中を見上げる。

きさらぎの扇子が、ぴたりと止まる。
「……は?」

愉悦が、純粋な興味へ変わる。

つきのみやは、一切振り返らない。

「これは、私が判断したことだ」
声は、揺れていない。

「文句があるなら――受けて立つ」

その背中は小さい。
だが今は、誰よりも大きく見えた。


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視界が暗く沈みかけた、その瞬間――
ゴォンッ!!!
鈍く、重い衝撃音が通路に炸裂した。
燈の首を掴んでいた腕が、突然横へ弾き飛ばされる。
空気が一気に肺へ流れ込み、燈の体は力なく床へ落ちた。
「……っ、は……っ……!」
喉が焼ける。
咳き込みながら、必死に酸素をかき集める。
膝から崩れ落ち、床に手をつく。
指先が震えている。
目の前では――
紅白の着物が、横殴りに吹き飛ばされていた。
その体は数メートル先の壁へ叩きつけられ、タイルに蜘蛛の巣状のひびが走る。
遅れて、衝撃波のような風が燈の髪を揺らした。
その拳を振り抜いた見慣れた小さな背中が、そこに立っていた。
つきのみやだった。
彼女はすぐに燈の前へ立ち、無言で背中を庇うように位置を取る。
そして、振り返る。
「燈」
その声は荒い。
「……立てるか」
燈は咳き込みながら頷く。
「つ……き、ちゃん……」
喉が焼けるように痛い。
つきのみやは、ほんの一瞬だけ燈の喉元に視線を落とす。
赤く残った指の跡。
眉間が、深く歪む。
「……何故ここにいる」
ため息と同時に溢れた言葉。
しかし、その手は燈の肩に優しく触れ、体を支えていた。
怒り、安堵、そして焦りが入り混じった力。
燈は震える声で答えようとするが、
その前に――
「……あらぁ」
低く、楽しげな声が響いた。
壁に叩きつけられたはずのきさらぎが、ゆっくりと体を起こしていた。
着物の裾を払う。
「痛いわねぇ……急に酷いじゃない」
脇腹に手を当て、軽く首を回す。
まるで、肩をぶつけた程度の反応。
その白と黒の瞳が、再び二人を捉える。
「生者を庇うなんて……どういうつもりかしら?」
唇が歪む。
つきのみやは、無言のままきさらぎを睨む。
その視線は、先程の拳よりも鋭い。
「きさらぎ……ここは私の駅だ」
一歩前へ出る。
「この駅で起きたことは私が処理する」
「いくらお前であろうと、勝手に手出しをすることは許さん」
(きさらぎ……この人が……)
噂には聞いていた。
だが、目の前に立つ存在は――
噂よりも、はるかに圧倒的だった。
きさらぎは、くすりと笑う。
「ん、そうね……勝手な行動をしたことは謝るわ」
だがその声に、本心は一欠片も含まれていない。
扇子をゆっくりと開く。
「け・れ・ど……」
視線が燈へ移る。
「『迷い込んだ生者は即現世へ送還、または処分』って決まりよねぇ?」
「……『原則』はな」
つきのみやは一歩も引かない。
「何?まさか……」
きさらぎの目が細くなる。
その子は『特例』だとでも言いたいのかしら?」
沈黙。
数秒。
空気が張り詰める。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
そして――
つきのみやは、迷いなく告げた。
「こいつに……私の駅を継がせる」
静寂。
燈の思考が、一瞬停止する。
「……え?」
声が、素直に漏れた。
駅を継がせる?
そんな話――
もちろん、一度も聞いていない。
(なに……言ってるの……?)
つきのみやの背中を見上げる。
きさらぎの扇子が、ぴたりと止まる。
「……は?」
愉悦が、純粋な興味へ変わる。
つきのみやは、一切振り返らない。
「これは、私が判断したことだ」
声は、揺れていない。
「文句があるなら――受けて立つ」
その背中は小さい。
だが今は、誰よりも大きく見えた。