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12.恥ずかしいと思ってるんでしょ

ー/ー



「彼女さ、付き合ってる人とか、好きな人とかいるのかな」
「―― っど、どう、ですかね……?」

 まさか自分ですとは言えずに翠はきょろきょろと不自然に目を泳がせた。

「あんまりそういう話しないから…… あ、でも今はいないとは、言ってたような気は……」

 もごもごと口にする最中、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。黒田は「そっかそっか」と軽い口調で言いながら立ち上がる。

「これくらい自分で聞けって話だよな。ごめんな、変な話して」

 やばい。
 やばい。



「やばいよ……」

 翠は朱音の部屋で頭を抱えながらつぶやいた。浮かない顔をした翠のテーブルをはさんで正面にいるのは、険しい顔つきで教科書を見つめる朱音だ。彼女はさっきから、ひとつの計算問題に対して数十分は向き合い続けている。

「先輩、絶対朱音のこと好きだよ……。なんであんなこと言っちゃったんだろ……」

 朱音が計算問題を解いている時間と同じくらい、翠は悩み続けていた。そんな姿にあきれたのか、朱音がため息交じりに顔を上げる。

「そんなに悩むんなら、翠が今すぐ先輩の家言ってはっきり言ってきたらいいでしょ? 田島朱音は自分と付き合っていてほかの人間に興味がないので先輩が告白しても付き合える確率は皆無ですって」
「そんな悪魔みたいなこと先輩に言えるはずないでしょ」
「隠れてこそこそ付き合いながらうわべだけ仲良くしてる方がよっぽど悪魔だと思うけど?」

 翠は言葉に詰まった。野球部唯一の女子である自分にも区別なく優しく話しかけてくれて、親切にしてくれた彼の屈託のない笑顔がよぎる。

「…… 朱音が、そのときにちゃんと断ってくれたらそれでいいじゃ――」
「いいわけないでしょ、なに言ってんの」

 きっぱり朱音が言い切って、翠はふたたび口をつぐむ。

「なに人に押しつけようとしてんの、翠がまいた種でしょ」

 まるで突き放すかのような朱音の態度に翠はむっと眉間にしわを寄せた。

「まいた種って…… 私、黒田先輩が朱音を好きになったことに関係ないじゃん、そもそも。巻き込まれてるのはこっちの方なのに……。だいたいさ、なにもないのに先輩が朱音のこと好きになるわけないんだし、朱音、先輩の気を引くようなこと、なんかしたんじゃないの?」
「なんかってなに」
「自分で考えてわからない?」

 今度は朱音がむっとくる番だった。

「なにもするわけないでしょ。あたしあの人と接点ないし、話したことすらないし――」
「話したことなくたって好きになることくらいあるでしょ」

 翠がそういうと、朱音は「へえ」と口にしてさらに不機嫌そうな顔になる。

「そうなんだ」

 朱音も翠も、もう教科書など見ていない。テーブルの上には開きっぱなしの教科書が置き去りにされている。

「話したことない人のこと好きになったことあるんだ」
「…………」

 怒っているというよりはどこかすねた様子の朱音の声に、翠はようやく気付いてあわてる。

「あ――、あるけど、いやあるっていうか」
「翠が男の子だったらよかったのに」

 ぼそりとひとりごとのように口にされた言葉はしかし、ふたりきりの部屋のなかではよく響いた。翠がなにも言い返せないでいるうちに、朱音がふたたび話し出す。

「翠が男の子だったら、こんな面倒くさいことにはならなかったし、そもそももっと堂々と彼氏ってみんなに言えてるし、そしたら告白なんてされてなかったかもしれないし」
「…… 本気で言ってんの?」
「だってそうでしょ」

 朱音の声はいつになく固くこわばっていて、普段の冗談交じりのような調子ではみじんもないことが翠にもわかった。

「翠は絶対あたしと付き合ってるってこと、周りに言ってなんかくれないし、あたしばっかり……」
「朱音がそこらじゅうで彼氏だなんだって言いふらして茶化すからでしょ」
「最初に言い出したのあたしじゃないし」
「乗っかってたらおなじでしょ」

 翠のきっぱりした態度に、朱音はややたじろいだ様子を見せる。

「―― それは、翠がクラスのだれとも仲良くしないからじゃん。ああやって話題に出さないと……。翠さ、みんなに陰でいろいろ言われてんの、知らないでしょ。ただでさえ翠、クラスで浮いてんのに」
「そんなことで他人のこととやかく言う方がどうかしてる。私はそんなの気にしない」
「あたしはいやなの」

 朱音の声は焦りに近いものに変わった。

「翠、もっとみんなと話しなよ。みんなだって話せば翠のいいところわかってくれるし、あたしたちがふたりで話してるときだってじろじろ見てくるやつもいなくなるよ」
「…………」

 翠は黙った。しばらく黙ったままうつむいているとふいに

「そっか。わかった。そういうことか」

と口にした。うつむいたまま突然放たれた言葉になにも言えないでいる朱音を前に、翠は続ける。

「朱音はさ、恥ずかしいと思ってるんでしょ、私のこと」
「…… そんなこと……」
「私と付き合ってることも、教室のなかで私と一緒にいるのも、本当はぜんぶ恥ずかしいんでしょ。人にさんざん言っておいてさ、恥ずかしがってるのは朱音の方じゃん」

 頭を殴られたようだった。思わぬ言葉だったはずなのに、いや、だからこそか、返す言葉が出てこない。朱音が黙っていると、翠はしびれを切らしたように「もういい」と言って立ち上がった。そしてそのまま、教科書類をまとめると部屋を出ていってしまった。ばたんと扉が閉じる音で、朱音ははっとしてふりかえる。




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「彼女さ、付き合ってる人とか、好きな人とかいるのかな」
「―― っど、どう、ですかね……?」
 まさか自分ですとは言えずに翠はきょろきょろと不自然に目を泳がせた。
「あんまりそういう話しないから…… あ、でも今はいないとは、言ってたような気は……」
 もごもごと口にする最中、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。黒田は「そっかそっか」と軽い口調で言いながら立ち上がる。
「これくらい自分で聞けって話だよな。ごめんな、変な話して」
 やばい。
 やばい。
「やばいよ……」
 翠は朱音の部屋で頭を抱えながらつぶやいた。浮かない顔をした翠のテーブルをはさんで正面にいるのは、険しい顔つきで教科書を見つめる朱音だ。彼女はさっきから、ひとつの計算問題に対して数十分は向き合い続けている。
「先輩、絶対朱音のこと好きだよ……。なんであんなこと言っちゃったんだろ……」
 朱音が計算問題を解いている時間と同じくらい、翠は悩み続けていた。そんな姿にあきれたのか、朱音がため息交じりに顔を上げる。
「そんなに悩むんなら、翠が今すぐ先輩の家言ってはっきり言ってきたらいいでしょ? 田島朱音は自分と付き合っていてほかの人間に興味がないので先輩が告白しても付き合える確率は皆無ですって」
「そんな悪魔みたいなこと先輩に言えるはずないでしょ」
「隠れてこそこそ付き合いながらうわべだけ仲良くしてる方がよっぽど悪魔だと思うけど?」
 翠は言葉に詰まった。野球部唯一の女子である自分にも区別なく優しく話しかけてくれて、親切にしてくれた彼の屈託のない笑顔がよぎる。
「…… 朱音が、そのときにちゃんと断ってくれたらそれでいいじゃ――」
「いいわけないでしょ、なに言ってんの」
 きっぱり朱音が言い切って、翠はふたたび口をつぐむ。
「なに人に押しつけようとしてんの、翠がまいた種でしょ」
 まるで突き放すかのような朱音の態度に翠はむっと眉間にしわを寄せた。
「まいた種って…… 私、黒田先輩が朱音を好きになったことに関係ないじゃん、そもそも。巻き込まれてるのはこっちの方なのに……。だいたいさ、なにもないのに先輩が朱音のこと好きになるわけないんだし、朱音、先輩の気を引くようなこと、なんかしたんじゃないの?」
「なんかってなに」
「自分で考えてわからない?」
 今度は朱音がむっとくる番だった。
「なにもするわけないでしょ。あたしあの人と接点ないし、話したことすらないし――」
「話したことなくたって好きになることくらいあるでしょ」
 翠がそういうと、朱音は「へえ」と口にしてさらに不機嫌そうな顔になる。
「そうなんだ」
 朱音も翠も、もう教科書など見ていない。テーブルの上には開きっぱなしの教科書が置き去りにされている。
「話したことない人のこと好きになったことあるんだ」
「…………」
 怒っているというよりはどこかすねた様子の朱音の声に、翠はようやく気付いてあわてる。
「あ――、あるけど、いやあるっていうか」
「翠が男の子だったらよかったのに」
 ぼそりとひとりごとのように口にされた言葉はしかし、ふたりきりの部屋のなかではよく響いた。翠がなにも言い返せないでいるうちに、朱音がふたたび話し出す。
「翠が男の子だったら、こんな面倒くさいことにはならなかったし、そもそももっと堂々と彼氏ってみんなに言えてるし、そしたら告白なんてされてなかったかもしれないし」
「…… 本気で言ってんの?」
「だってそうでしょ」
 朱音の声はいつになく固くこわばっていて、普段の冗談交じりのような調子ではみじんもないことが翠にもわかった。
「翠は絶対あたしと付き合ってるってこと、周りに言ってなんかくれないし、あたしばっかり……」
「朱音がそこらじゅうで彼氏だなんだって言いふらして茶化すからでしょ」
「最初に言い出したのあたしじゃないし」
「乗っかってたらおなじでしょ」
 翠のきっぱりした態度に、朱音はややたじろいだ様子を見せる。
「―― それは、翠がクラスのだれとも仲良くしないからじゃん。ああやって話題に出さないと……。翠さ、みんなに陰でいろいろ言われてんの、知らないでしょ。ただでさえ翠、クラスで浮いてんのに」
「そんなことで他人のこととやかく言う方がどうかしてる。私はそんなの気にしない」
「あたしはいやなの」
 朱音の声は焦りに近いものに変わった。
「翠、もっとみんなと話しなよ。みんなだって話せば翠のいいところわかってくれるし、あたしたちがふたりで話してるときだってじろじろ見てくるやつもいなくなるよ」
「…………」
 翠は黙った。しばらく黙ったままうつむいているとふいに
「そっか。わかった。そういうことか」
と口にした。うつむいたまま突然放たれた言葉になにも言えないでいる朱音を前に、翠は続ける。
「朱音はさ、恥ずかしいと思ってるんでしょ、私のこと」
「…… そんなこと……」
「私と付き合ってることも、教室のなかで私と一緒にいるのも、本当はぜんぶ恥ずかしいんでしょ。人にさんざん言っておいてさ、恥ずかしがってるのは朱音の方じゃん」
 頭を殴られたようだった。思わぬ言葉だったはずなのに、いや、だからこそか、返す言葉が出てこない。朱音が黙っていると、翠はしびれを切らしたように「もういい」と言って立ち上がった。そしてそのまま、教科書類をまとめると部屋を出ていってしまった。ばたんと扉が閉じる音で、朱音ははっとしてふりかえる。