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10.女の子らしいってどういうの?

ー/ー



 思いもかけない空の言葉に、紫は一瞬、意味をはかりかねて黙った。空は紫の反応にふっと微笑を浮かべると、「ごめん、やっぱりなんでもないや」と口にした。



(―― たぶんこのアカウントだ)

 家にある家族共用のノートパソコンのブラウザから、紫はあるSNSをながめていた。「そら」とひらがなで記載されたアカウント名に続いてある四桁の数字は、彼の誕生日だ。アカウントは非公開になっていて、ツイートは見ることができない。しかしプロフィールには、自身が学生であることと、同性愛者であることが書かれている。紫は少し悩んでからフォローのボタンを押した。すると向こうもちょうどログインしていたタイミングだったのかすぐにフォローの許可が下りる。彼のツイートをさかのぼっていくと、その日の出来事がぽつりぽつりと記されていて、それらは紫たちの通う中学校の行事日程と一致した。

 なんだか少し、不用心なんじゃないかと思ってしまう。
 アカウントこそ非公開になっているが、フォロワーのなかに同級生が絶対にいないとは限らない。同級生でなくても、彼らの知り合いとか、そういう人がいて、その人物が同級生のだれかに漏らすことだってありえる。
 紫はそれが怖くて、非公開アカウントを持ってはいるがだれのフォローも許可していない。

(ていうか、男子が好きって、つまりどういう……)

 ぼんやりと居間でテレビのチャンネルを回していると、画面に女装家の男性タレントが映った。彼らは女性の使うような言葉で話しているだけでなく、仕草にいたるまでまさに女性のそれのようだ。

 空はいわゆる〈そっちの人〉なんだろうか? 紫は空がああいう女性のような格好をしているところはおろか、女性のような話し方をしているところなんて見たことがない。ましてそれらを望んでいるというような話すら聞いたことがない。試しに空がセーラー服を着たり、女子っぽい言葉を使うところを想像してみようと試みるが、うまくいかない。

 紫は自分のそばでテスト勉強なのか教科書をながめている翠を見た。開いているのは地理の教科書で、彼女のポリシーなのかなんなのか、マーカーなどで線は引かれていない。彼女が帰ってきたのは門限ぎりぎり、ちょうど夕食の直前だった。

「今日もふたりで勉強してたの?」

 妹がこのごろ親しくしている様子の空の妹、朱音のことを指して言うと、翠は「うん、まあね」と肯定した。

「ふたりでって言っても、私教えるの下手だから本当に向かい合って一緒に勉強してるだけなんだけど」
「けっこうさ、女の子らしい子だよね?」

 何度か学校で見かけただけの姿を思い出して聞けば「そうだね」とあまり関心のなさそうな声が返ってくる。

「でも、けっこう変わってるところもあるよ。前に学ランが着てみたいとか言ってたし……」
「それにしたって、翠が女の子の友達ってめずらしいじゃん」

 紫の言葉に、翠が「あ、いや」と目を泳がせる。

「友達っていうか――」
「仲良くなったきっかけってなんなの?」

 間違った情報を訂正しようとした翠に気づかずに、紫は立て続けに問いかける。

「…… きっかけ、とかは、ない。これといって」
「いやあるでしょ。あんなめちゃくちゃ女の子女の子した子とさあ」
「だからべつに見た目ほどじゃないんだって」

 翠は言いながら教科書に視線を戻した。勉強の邪魔をするつもりはないので紫もテレビに視線を戻す。画面の中では変わらず、女装したタレントがMCに鋭いひとことを放ってその場を沸かせていた。

「だいたい、紫の言う女の子らしいってどういうの?」

 ふいに妹からたずねられ、紫は言いよどんだ。テレビなんかによく出ている、いわゆる〈そっち系〉とか呼ばれている人々はこぞって女性的な言葉を用いるが、実際には同級生も学校の教師も、母親でさえあそこまで徹底して女性的な話し方はしない。じゃあ見た目? …… いや、朱音も、ほかの、同じクラスの女の子らしいと紫が思う女子も、普段はみんなと同じ制服だし、さして違いはない。違うところは髪型くらいなもので、では長い方が女性らしいかと言われればそうではない気がする。学校にもテレビのなかにも、ショートヘアの女性にだって女性らしいと思う人はいる。

「…… まあ、あんたと違うのはたしかだよね」

 そう言うと、翠がテーブルの下で足を蹴ってきたので、紫も軽く蹴り返した。



 一時間目の体育は心身ともにこたえる。紫は初夏の風に打たれながら急な時間割の変更を恨んだ。体を動かすのも特に好きじゃないし、チームワークは苦手だった。野球はたぶんそれなりに楽しかったけれど、やめてよかったと今では思う。翠のように大して上手くもなれなかったし、そこまでの情熱もなかったから。当時から、素直に野球を好きでいる少年たちは紫にとってはとてもまぶしかったように思う。

「紫」

 サッカーの試合中、得点板の横で得点係をこなしていると横から声をかけられた。ちらと視線をそちらへ送ると、空が昨日話したときのような真剣な顔つきでこちらを見ていた。紫はなに、と応じながら、近くにいた女子に得点を変える係を代わってもらった。

「あの…… きのうの」

 空は言うべきか言うまいか、という顔をしながら集団から少し離れたところへ向かって歩き出した。

「べつに、だれにも言ってないよ。…… ほら、私、友達いないし」
「―― ああ…… うん、ありがと」

 紫が言うと、空は微笑を唇に浮かべて言った。

「でも俺、紫に友達がいないから話したわけじゃないよ」

 言葉の意味をはかりかねてなにも返せずにいる紫に、空は続けた。

「紫だから言ったんだよ、俺」

 空との付き合いは、小学校四年生のときからになる。三年生のときのクラス替えで同じクラスではあったが、四年生から始まったクラブ活動で同じクラブを選択して、それから少しずつ話すようになった。とは言っても、お互いに深い話なんて一度だってしたことがなくて、いつも教室や帰り道でしていたのは他愛のない話ばかりだった。

 それがまさか、あんな話をされるだなんて、紫としては思ってもみなかった。
 なんだかたいへんな秘密を打ち明けられたようで―― 実際そうなのだろうが、自分一人で抱え込むにはあまりにも重すぎて、だれかに吐き出してしまいたいような気分だった。

(吐き出す相手なんてどこにもいないけど)

 離れた場所で数人の男子がひそひそとなにか言葉を交わしているのが見える。彼らの視線はちらちらとこちらを見ては、再びお互いに向けられる。その口が「マジ?」と動くのがわかった。と、そこでだれかが空を呼んだ。

「次、俺たち試合だよ」

 黒田は数メートル先から大きなよく通る声で叫んだ。空が立ち上がったので、紫も立ち上がった。じゃあ、と空が紫に断って、黒田の横に並んだ。黒田に肩を叩かれて、空が楽しそうに笑っている。…… 体育なんて、紫と同じで大して好きでもないのに。

 …… もしかして、そうなのか。


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 思いもかけない空の言葉に、紫は一瞬、意味をはかりかねて黙った。空は紫の反応にふっと微笑を浮かべると、「ごめん、やっぱりなんでもないや」と口にした。
(―― たぶんこのアカウントだ)
 家にある家族共用のノートパソコンのブラウザから、紫はあるSNSをながめていた。「そら」とひらがなで記載されたアカウント名に続いてある四桁の数字は、彼の誕生日だ。アカウントは非公開になっていて、ツイートは見ることができない。しかしプロフィールには、自身が学生であることと、同性愛者であることが書かれている。紫は少し悩んでからフォローのボタンを押した。すると向こうもちょうどログインしていたタイミングだったのかすぐにフォローの許可が下りる。彼のツイートをさかのぼっていくと、その日の出来事がぽつりぽつりと記されていて、それらは紫たちの通う中学校の行事日程と一致した。
 なんだか少し、不用心なんじゃないかと思ってしまう。
 アカウントこそ非公開になっているが、フォロワーのなかに同級生が絶対にいないとは限らない。同級生でなくても、彼らの知り合いとか、そういう人がいて、その人物が同級生のだれかに漏らすことだってありえる。
 紫はそれが怖くて、非公開アカウントを持ってはいるがだれのフォローも許可していない。
(ていうか、男子が好きって、つまりどういう……)
 ぼんやりと居間でテレビのチャンネルを回していると、画面に女装家の男性タレントが映った。彼らは女性の使うような言葉で話しているだけでなく、仕草にいたるまでまさに女性のそれのようだ。
 空はいわゆる〈そっちの人〉なんだろうか? 紫は空がああいう女性のような格好をしているところはおろか、女性のような話し方をしているところなんて見たことがない。ましてそれらを望んでいるというような話すら聞いたことがない。試しに空がセーラー服を着たり、女子っぽい言葉を使うところを想像してみようと試みるが、うまくいかない。
 紫は自分のそばでテスト勉強なのか教科書をながめている翠を見た。開いているのは地理の教科書で、彼女のポリシーなのかなんなのか、マーカーなどで線は引かれていない。彼女が帰ってきたのは門限ぎりぎり、ちょうど夕食の直前だった。
「今日もふたりで勉強してたの?」
 妹がこのごろ親しくしている様子の空の妹、朱音のことを指して言うと、翠は「うん、まあね」と肯定した。
「ふたりでって言っても、私教えるの下手だから本当に向かい合って一緒に勉強してるだけなんだけど」
「けっこうさ、女の子らしい子だよね?」
 何度か学校で見かけただけの姿を思い出して聞けば「そうだね」とあまり関心のなさそうな声が返ってくる。
「でも、けっこう変わってるところもあるよ。前に学ランが着てみたいとか言ってたし……」
「それにしたって、翠が女の子の友達ってめずらしいじゃん」
 紫の言葉に、翠が「あ、いや」と目を泳がせる。
「友達っていうか――」
「仲良くなったきっかけってなんなの?」
 間違った情報を訂正しようとした翠に気づかずに、紫は立て続けに問いかける。
「…… きっかけ、とかは、ない。これといって」
「いやあるでしょ。あんなめちゃくちゃ女の子女の子した子とさあ」
「だからべつに見た目ほどじゃないんだって」
 翠は言いながら教科書に視線を戻した。勉強の邪魔をするつもりはないので紫もテレビに視線を戻す。画面の中では変わらず、女装したタレントがMCに鋭いひとことを放ってその場を沸かせていた。
「だいたい、紫の言う女の子らしいってどういうの?」
 ふいに妹からたずねられ、紫は言いよどんだ。テレビなんかによく出ている、いわゆる〈そっち系〉とか呼ばれている人々はこぞって女性的な言葉を用いるが、実際には同級生も学校の教師も、母親でさえあそこまで徹底して女性的な話し方はしない。じゃあ見た目? …… いや、朱音も、ほかの、同じクラスの女の子らしいと紫が思う女子も、普段はみんなと同じ制服だし、さして違いはない。違うところは髪型くらいなもので、では長い方が女性らしいかと言われればそうではない気がする。学校にもテレビのなかにも、ショートヘアの女性にだって女性らしいと思う人はいる。
「…… まあ、あんたと違うのはたしかだよね」
 そう言うと、翠がテーブルの下で足を蹴ってきたので、紫も軽く蹴り返した。
 一時間目の体育は心身ともにこたえる。紫は初夏の風に打たれながら急な時間割の変更を恨んだ。体を動かすのも特に好きじゃないし、チームワークは苦手だった。野球はたぶんそれなりに楽しかったけれど、やめてよかったと今では思う。翠のように大して上手くもなれなかったし、そこまでの情熱もなかったから。当時から、素直に野球を好きでいる少年たちは紫にとってはとてもまぶしかったように思う。
「紫」
 サッカーの試合中、得点板の横で得点係をこなしていると横から声をかけられた。ちらと視線をそちらへ送ると、空が昨日話したときのような真剣な顔つきでこちらを見ていた。紫はなに、と応じながら、近くにいた女子に得点を変える係を代わってもらった。
「あの…… きのうの」
 空は言うべきか言うまいか、という顔をしながら集団から少し離れたところへ向かって歩き出した。
「べつに、だれにも言ってないよ。…… ほら、私、友達いないし」
「―― ああ…… うん、ありがと」
 紫が言うと、空は微笑を唇に浮かべて言った。
「でも俺、紫に友達がいないから話したわけじゃないよ」
 言葉の意味をはかりかねてなにも返せずにいる紫に、空は続けた。
「紫だから言ったんだよ、俺」
 空との付き合いは、小学校四年生のときからになる。三年生のときのクラス替えで同じクラスではあったが、四年生から始まったクラブ活動で同じクラブを選択して、それから少しずつ話すようになった。とは言っても、お互いに深い話なんて一度だってしたことがなくて、いつも教室や帰り道でしていたのは他愛のない話ばかりだった。
 それがまさか、あんな話をされるだなんて、紫としては思ってもみなかった。
 なんだかたいへんな秘密を打ち明けられたようで―― 実際そうなのだろうが、自分一人で抱え込むにはあまりにも重すぎて、だれかに吐き出してしまいたいような気分だった。
(吐き出す相手なんてどこにもいないけど)
 離れた場所で数人の男子がひそひそとなにか言葉を交わしているのが見える。彼らの視線はちらちらとこちらを見ては、再びお互いに向けられる。その口が「マジ?」と動くのがわかった。と、そこでだれかが空を呼んだ。
「次、俺たち試合だよ」
 黒田は数メートル先から大きなよく通る声で叫んだ。空が立ち上がったので、紫も立ち上がった。じゃあ、と空が紫に断って、黒田の横に並んだ。黒田に肩を叩かれて、空が楽しそうに笑っている。…… 体育なんて、紫と同じで大して好きでもないのに。
 …… もしかして、そうなのか。