第四百九話
ー/ー 渡部正人。
一組に何とか入るほどの実力や能力はあるものの、本人自体が諦観を帯びた存在になった。しかし、元々はそうでもなかったのだ。『それなりに』人の痛みを理解しながら、人の助けになってやれるような、『それなりに』心優しい子供であったのだ。
彼には、頼りになりながら、当時一匹狼同然の姉がいる。それは今、別戦場にて戦う存在……『渡部かな』。彼女と同様に、正人は中学頃に因子を目覚めさせた。覚醒はまだだったが、一家から二人も因子持ちが生まれるだなんて希少な出来事はそうなかったために、彼らの周りでは大騒ぎになった。
しかし、ある時を境に、順風満帆だったはずの渡部一家の運命は大きく変わっていく。
元々姉とは異なり、立身中等教育学校に通っていた彼は、英雄の因子こそ目覚めさせていたものの、必ずあるはずの『夢』が、宙にぶら下がったまま固定化されていなかった。その中で聞いたのは、姉であるかなが目をかけていた、『近所の幼い女の子の死亡事故』であった。
元々、以前から『上級国民』と揶揄される大罪人に関する事件は、正人も思う所があり、自分自身にそこまで立ち向かう勇気こそないものの、裁判後もその犯人に対して裁判のやり直しを請求する署名活動に参加したり、それ以前に起こっている『上級国民』による不当判決のやり直しに関する請求行為を行っていたり、姉の心の重荷を少しでも軽くしてやろうとしていたのだ。
非常に殊勝な心掛けに、次第に父や母の家族だけではなく、近隣住民巻き込んでの小規模から中規模に至る徹底抗議活動をも行った結果、その犯人を再び法廷の場に引きずり出すことが出来たのだ。傍には、一回目の判決が下った際の弁護士ではなく――見目麗しい女弁護士が立っていたために、嫌な心のざわつきは止まらなかったのだ。
その結果、判決は以前のものよりも軽い判決が下ったのだ。どこまでも物的証拠と状況証拠を出そうにも、それ以上の証拠を用意された挙句、本来の判決そのものを捻じ曲げたのだ。金と、『裏の権力』の力によって。
こうしてこの法廷の場に再びやってきたのも、あくまでパフォーマンス。判決を下された時の表情は、まるでそれら全てが「予定通り」であることを知っていたかのような、心からの嘲笑であったためである。
思わず、正人はその犯人に対し異議を唱えようとしたものの、当事者でないためにそれは敵わず。その交通事故……否、交通事件はその場の九割が納得できないままに閉廷となった。
どこまでも腐り果てた法に呆れ果て、正人は自分一人であらゆる情報網を辿りながら、真実を追求し続けた。
その結果辿り着いたのは――山梨に存在する大人の楽園・『グレープ』であったのだ。そこに存在する凄腕の女弁護士――そして、将来的に千葉の大事件を引き起こした『張本人』・愛田亜紗が、あの不届き者の羽毛程に軽い刑をさらに軽くしたのだ。
さらに、そのグレープの深淵に潜む存在は……おおよそ一般人が関わるはずもない裏社会の人間ばかり。とてもではないが、渡部はどうしようもできなかったのだ。おいそれとちょっかいをかけて、下手な火傷を負いたくはない。勇敢な心を持ち合わせていたものの、それと同時に年相応の臆病さを持っていたのだ。
しかし、どこからか情報が漏れたか、姉であるかなが中学を卒業し、英雄学園に進学した実にちょうどいいタイミングで――渡部家はしょっちゅう何者かからの嫌がらせを受けるようになったのだ。しかも、「嫌がらせ」だなんて可愛らしい言葉で片付けられるようなものでは無く、殺害予告であったりどこからかやってきた請求書であったり、迷惑無言電話がかかってきたり。
本当に酷い行いだと、何かしらの腐肉を包装された上で自宅まで送りつけられるなど、そんな事をされては家族の心は摩耗する一方であった。
今までの自分の行いが、自分の善意が、それ以上の悪意で塗りつぶされようとしていたのだ。
遂に、正人は勇気を出して、その迷惑行為の真相を突き止めようとしたのだ。学ばないと言ったら残酷だろうが、彼が相手にしているものは『それ以上』の存在であったのだ。彼の稚拙な想像力の範疇を優に超える、多くの暴力団が関わっていたのだ。
とある大企業がある程度関東に進出する足掛かりのために、周辺地域からじわりじわりと、まるで甘美な毒のように侵食していく中に、渡部家だけでなく周辺の家全て巻き込まれたのだ。
昔にはよくあったのだが、将来何かしら大企業がやりたいことのために土地を高く売るために、その地域の人々から土地を安く買い叩く、地上げ行為。それが行われたのだ。
最初は実に態度は優しいものであったが、拒否を重ねていくにつれ態度が一変。渡部家だけではなく、周辺の人々すら傷付けていきながらも……地上げ屋としての行動は止まらなかった。そして、正人も英雄の因子が覚醒の兆しを見せる中、何とか立ち向かったものの――結局は地を舐める結果となった。
(所詮、英雄様もこの程度か。姉がある程度物わかりの良い奴だったから、弟はどうかと思ったが……救えねえほど馬鹿じゃあねえか)
(教えてやるよ、ガキ。世の中にはな……逆らっちゃあならねえ存在が居んのよ。その一部が、俺たちヤクザだ。漫画だかアニメで聞きかじったような英雄的思考ぶら下げんのは勝手だが、それを成すためには往々にして『力』ってのが必要だ。分かったら、失せな――雑魚が)
その瞬間に、己の無力さを悟った。どんなに頑張っても、報われないことばかり。この世のありとあらゆる悪意が、英雄だけではなく一般人すら捕食していく、世界全体がまるで食虫植物ならぬ、食人植物のように思えてしまったのだ。
その結果、家族は土地と共に離散。父親も母親も、ヤクザに歯向かった結果容赦なく見せしめのように殺害され、その後にそれぞれの死体から右手の小指だけが送られてきたのだった。
どこまでも思考が歪み果てた結果、そのヤクザを差し向けた根本部分に目を向けることなく、渡部正人は教会に救いを求めたのだ。救いのない世界の中で、少しでも力と救いを求めて。
一組に何とか入るほどの実力や能力はあるものの、本人自体が諦観を帯びた存在になった。しかし、元々はそうでもなかったのだ。『それなりに』人の痛みを理解しながら、人の助けになってやれるような、『それなりに』心優しい子供であったのだ。
彼には、頼りになりながら、当時一匹狼同然の姉がいる。それは今、別戦場にて戦う存在……『渡部かな』。彼女と同様に、正人は中学頃に因子を目覚めさせた。覚醒はまだだったが、一家から二人も因子持ちが生まれるだなんて希少な出来事はそうなかったために、彼らの周りでは大騒ぎになった。
しかし、ある時を境に、順風満帆だったはずの渡部一家の運命は大きく変わっていく。
元々姉とは異なり、立身中等教育学校に通っていた彼は、英雄の因子こそ目覚めさせていたものの、必ずあるはずの『夢』が、宙にぶら下がったまま固定化されていなかった。その中で聞いたのは、姉であるかなが目をかけていた、『近所の幼い女の子の死亡事故』であった。
元々、以前から『上級国民』と揶揄される大罪人に関する事件は、正人も思う所があり、自分自身にそこまで立ち向かう勇気こそないものの、裁判後もその犯人に対して裁判のやり直しを請求する署名活動に参加したり、それ以前に起こっている『上級国民』による不当判決のやり直しに関する請求行為を行っていたり、姉の心の重荷を少しでも軽くしてやろうとしていたのだ。
非常に殊勝な心掛けに、次第に父や母の家族だけではなく、近隣住民巻き込んでの小規模から中規模に至る徹底抗議活動をも行った結果、その犯人を再び法廷の場に引きずり出すことが出来たのだ。傍には、一回目の判決が下った際の弁護士ではなく――見目麗しい女弁護士が立っていたために、嫌な心のざわつきは止まらなかったのだ。
その結果、判決は以前のものよりも軽い判決が下ったのだ。どこまでも物的証拠と状況証拠を出そうにも、それ以上の証拠を用意された挙句、本来の判決そのものを捻じ曲げたのだ。金と、『裏の権力』の力によって。
こうしてこの法廷の場に再びやってきたのも、あくまでパフォーマンス。判決を下された時の表情は、まるでそれら全てが「予定通り」であることを知っていたかのような、心からの嘲笑であったためである。
思わず、正人はその犯人に対し異議を唱えようとしたものの、当事者でないためにそれは敵わず。その交通事故……否、交通事件はその場の九割が納得できないままに閉廷となった。
どこまでも腐り果てた法に呆れ果て、正人は自分一人であらゆる情報網を辿りながら、真実を追求し続けた。
その結果辿り着いたのは――山梨に存在する大人の楽園・『グレープ』であったのだ。そこに存在する凄腕の女弁護士――そして、将来的に千葉の大事件を引き起こした『張本人』・愛田亜紗が、あの不届き者の羽毛程に軽い刑をさらに軽くしたのだ。
さらに、そのグレープの深淵に潜む存在は……おおよそ一般人が関わるはずもない裏社会の人間ばかり。とてもではないが、渡部はどうしようもできなかったのだ。おいそれとちょっかいをかけて、下手な火傷を負いたくはない。勇敢な心を持ち合わせていたものの、それと同時に年相応の臆病さを持っていたのだ。
しかし、どこからか情報が漏れたか、姉であるかなが中学を卒業し、英雄学園に進学した実にちょうどいいタイミングで――渡部家はしょっちゅう何者かからの嫌がらせを受けるようになったのだ。しかも、「嫌がらせ」だなんて可愛らしい言葉で片付けられるようなものでは無く、殺害予告であったりどこからかやってきた請求書であったり、迷惑無言電話がかかってきたり。
本当に酷い行いだと、何かしらの腐肉を包装された上で自宅まで送りつけられるなど、そんな事をされては家族の心は摩耗する一方であった。
今までの自分の行いが、自分の善意が、それ以上の悪意で塗りつぶされようとしていたのだ。
遂に、正人は勇気を出して、その迷惑行為の真相を突き止めようとしたのだ。学ばないと言ったら残酷だろうが、彼が相手にしているものは『それ以上』の存在であったのだ。彼の稚拙な想像力の範疇を優に超える、多くの暴力団が関わっていたのだ。
とある大企業がある程度関東に進出する足掛かりのために、周辺地域からじわりじわりと、まるで甘美な毒のように侵食していく中に、渡部家だけでなく周辺の家全て巻き込まれたのだ。
昔にはよくあったのだが、将来何かしら大企業がやりたいことのために土地を高く売るために、その地域の人々から土地を安く買い叩く、地上げ行為。それが行われたのだ。
最初は実に態度は優しいものであったが、拒否を重ねていくにつれ態度が一変。渡部家だけではなく、周辺の人々すら傷付けていきながらも……地上げ屋としての行動は止まらなかった。そして、正人も英雄の因子が覚醒の兆しを見せる中、何とか立ち向かったものの――結局は地を舐める結果となった。
(所詮、英雄様もこの程度か。姉がある程度物わかりの良い奴だったから、弟はどうかと思ったが……救えねえほど馬鹿じゃあねえか)
(教えてやるよ、ガキ。世の中にはな……逆らっちゃあならねえ存在が居んのよ。その一部が、俺たちヤクザだ。漫画だかアニメで聞きかじったような英雄的思考ぶら下げんのは勝手だが、それを成すためには往々にして『力』ってのが必要だ。分かったら、失せな――雑魚が)
その瞬間に、己の無力さを悟った。どんなに頑張っても、報われないことばかり。この世のありとあらゆる悪意が、英雄だけではなく一般人すら捕食していく、世界全体がまるで食虫植物ならぬ、食人植物のように思えてしまったのだ。
その結果、家族は土地と共に離散。父親も母親も、ヤクザに歯向かった結果容赦なく見せしめのように殺害され、その後にそれぞれの死体から右手の小指だけが送られてきたのだった。
どこまでも思考が歪み果てた結果、そのヤクザを差し向けた根本部分に目を向けることなく、渡部正人は教会に救いを求めたのだ。救いのない世界の中で、少しでも力と救いを求めて。
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