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第四百二話

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 だが、現実は非情であった。どこまで行っても、自分のことをとやかく言う輩が絶えなかったのだ。通常なら、そういった存在は『アンチ』として、適度にあしらいながら美味いこと芸能生活を送っていくのだろうが、心が一度完全に壊れてしまった新香に、そんな芸達者なことは出来なかったのだ。
 全ての言葉が、鋭利な刃物となって彼女の心を串刺しにしていく。ワラキアの王として君臨していた、ヴラド三世の行った串刺し刑のように、自分自身が貼り付け同然となった死肉となり、宙ぶらりんの体勢になったような感覚であった。
 さらに、追い打ちをかけるは貯金が底を突いた事実。これまで懸命に貯金してきたのだが、事あるごとに訪れる出費の機会と、恵まれないギャランティの問題、それに事実上の隠居生活を送る上で、加速度的に減っていった結果であった。
 一時のアルバイトをしようにも、絶対に自分目当てでやってくる輩が存在する。どこまで行っても、執着心の塊のように押し寄せてくる。それで半ばトラウマとなっているあの映画のことを持ち出されたら――自分は果たして正気を保っていられるのか、不安で仕方がなかった。
 いよいよ限界が近づいている中で、遂に新香は事務所の社長に直談判をしに行った。こんな絶望的な状況で、自分は何をして日銭を稼ぐことが出来るのか、と。

 その事務所の社長が持ちかけたのは――――『枕営業』であった。

 最初、どこまでも弱みに付け込んであらゆる感情を搾り取ってやろうとした、その相手事務所の社長に、口汚い罵声を浴びせた新香。しかし、芸能界の闇は深く、どこまで罵ろうと自分が悪いことになり、より『底』へ失墜させることをちらつかせてきたのだ。
 自らの命を繋ぐには、枕営業を行うことが何よりもの近道。しかし、それによって『ソレ』目当ての仕事が舞い込む可能性は大いに可能性として有り得る。何より、それを目的としてこの業界に入っている訳ではないために、いくら命を繋ぐ目的とは言えその悪魔の誘いを渋っていたのだ。
 しかし、相手はどこまで行っても外道であったのだ。丁度そのタイミングで、その相手事務所の社長は、自身の社運を賭けたアイドルプロジェクトが軌道に乗り、完全に大手に名を連ねるだろうというタイミングであったために、大手事務所全体を巻き込んだ『懇親会』の存在を出してきたのだ。
 そこでは、事務所の繋がりだけではなく、今後の発展のためにも各大手企業の代表取締役や相談役など、多くの権力者が集う状況にあった。場合によっては、一部著名政治家すら同じ場に居ることもある、実に汚れた最低最悪の酒池肉林(パーティー)であった。
 そこに出さえすれば、各週刊誌の流れを完全に止めることが出来る上に、これまで心無い言葉をかけてきた存在全てを、企業が代金を持ち一斉検挙することも考慮する、と言う旨の、最低最悪の誘惑。それでいて、後々「私たちは買われた」だなんて下らないことで騒がないよう、多額の金を握らせることもやぶさかではない、と告げたのだ。

 少しでも最悪な現状から『救い』を求めた新香は、その悪魔の契約(コントラクト)に相乗りする覚悟を決めたのだった。

 その結果、新香を誹謗中傷していた輩は全員開示請求が通り、『懇親会』で得た多額の金以外に、その碌でもない輩からの金が舞い込んだ。しかし、彼女自身の心は深く傷ついていた。結局のところ、自らが誇りをもって行っていた数多くの仕事以上の金が、事実上たった一晩で手に入ったことが、自分の存在意義を疑問視するには十分の出来事であったのだ。
 それに、結局その『懇親会』の元締めとなっている存在は、今や日本を代表する芸能事務所の若き社長となっており、今まさに英雄学園の学園祭・音楽フェスをのうのうと楽しむほどの存在となったのだ。
 金を受け取った以上、それ以上は何も言うまいと自分の心を騙し芸能活動を再開したものの、結局それ以上の金を得られる機会すらなくそのまま彼女自身フェードアウト。そのまま芸能活動をやめ、事務所を退所したのだった。
 どこまでも貪欲にあり続けても、清濁併せ呑んだとしても、たった一回の絶望は心に影を落とし、結果的に彼女が次に縋った概念こそ――教会であったのだ。
 だが、結局のところ和氣による暴力を伴ったパワーハラスメントはこれまで経験してきた者を凌駕した。救いを求めた先で、新たに救いを求めようと無形(ぐうぞう)に縋ったのだ。平和を愛する高梨派に所属こそしていたが、一切平和になりはしない現状に絶望。どこまで願おうと、偶像は何も語らない、一切現れない。全てに心の底から絶望し、自死を選ぼうとした矢先――遂にその存在は現れたのだった。


『やあ、私だよ。私のために生きてくれているのにも拘らず、救いを求めているのにも拘らず……遅れて済まないね。千葉での別件で『使えない存在』を骨まで処理するのに――時間がかかったのさ』


 地獄の淵で、仏の顔をした悪魔(かみさま)に微笑まれたのだ。これまでありとあらゆる絶望を短い間に経験した新香にとって、正しく天から御仏によって垂らされた『蜘蛛の糸』を目の当たりにしている犍陀多(かんだた)のような気分であったのだ。

『なに、復讐なら気が済むまでしてしまえばいい。金を貰ったから黙ったままでいることが確定事項だなんて、それは詭弁だね。自らの誇りを殺し、全てをたった一晩のセックスによって奪っていった全てを――殺し返す時だよ』

 世間では、カルマは碌でもない存在と言われていたのだが、少なくとも新香にとってはそう思えなかったのだ。彼女のためだったら、何だってやれそうなほどにまで、()る気で満ち溢れていた。
 ただ、自らがかつてされたような弱い者いじめに関しては、恨みはさほどない英雄に対してはする気が起きなかった。何故なら、かつての惨めな自分を見ているような気がしたからだった。
 だからこそ、新香の心はどれほどの施しを受けようと揺れていた。いざカルマを目の前にしても、己が欲望のために他者を引きずりおろすその考えはどうも頂けない。なぜならば、心の根底に未だ残った良心がそうさせないのだ。
 しかし、カルマはその良心を許さなかった。その弱みを許さなかった。元より、和氣にいいようにされているその状況を甘んじて受け入れている、その軟弱さが気に入らなかったのだ。どんな存在であれ、強者に牙を向けなくていい理由はない。いつだって弱肉強食の時代は勘弁だ、そんな精神の元に、強者を打ち崩さんとするために打ち立てた宗教団体こそ――教会だからだった。

 すぐさま、新香含め幹部連中には急ごしらえの人工因子の贈呈と共に多少なりの洗脳を行った。そうして今、丙良の前に立っているのだ。



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 だが、現実は非情であった。どこまで行っても、自分のことをとやかく言う輩が絶えなかったのだ。通常なら、そういった存在は『アンチ』として、適度にあしらいながら美味いこと芸能生活を送っていくのだろうが、心が一度完全に壊れてしまった新香に、そんな芸達者なことは出来なかったのだ。
 全ての言葉が、鋭利な刃物となって彼女の心を串刺しにしていく。ワラキアの王として君臨していた、ヴラド三世の行った串刺し刑のように、自分自身が貼り付け同然となった死肉となり、宙ぶらりんの体勢になったような感覚であった。
 さらに、追い打ちをかけるは貯金が底を突いた事実。これまで懸命に貯金してきたのだが、事あるごとに訪れる出費の機会と、恵まれないギャランティの問題、それに事実上の隠居生活を送る上で、加速度的に減っていった結果であった。
 一時のアルバイトをしようにも、絶対に自分目当てでやってくる輩が存在する。どこまで行っても、執着心の塊のように押し寄せてくる。それで半ばトラウマとなっているあの映画のことを持ち出されたら――自分は果たして正気を保っていられるのか、不安で仕方がなかった。
 いよいよ限界が近づいている中で、遂に新香は事務所の社長に直談判をしに行った。こんな絶望的な状況で、自分は何をして日銭を稼ぐことが出来るのか、と。
 その事務所の社長が持ちかけたのは――――『枕営業』であった。
 最初、どこまでも弱みに付け込んであらゆる感情を搾り取ってやろうとした、その相手事務所の社長に、口汚い罵声を浴びせた新香。しかし、芸能界の闇は深く、どこまで罵ろうと自分が悪いことになり、より『底』へ失墜させることをちらつかせてきたのだ。
 自らの命を繋ぐには、枕営業を行うことが何よりもの近道。しかし、それによって『ソレ』目当ての仕事が舞い込む可能性は大いに可能性として有り得る。何より、それを目的としてこの業界に入っている訳ではないために、いくら命を繋ぐ目的とは言えその悪魔の誘いを渋っていたのだ。
 しかし、相手はどこまで行っても外道であったのだ。丁度そのタイミングで、その相手事務所の社長は、自身の社運を賭けたアイドルプロジェクトが軌道に乗り、完全に大手に名を連ねるだろうというタイミングであったために、大手事務所全体を巻き込んだ『懇親会』の存在を出してきたのだ。
 そこでは、事務所の繋がりだけではなく、今後の発展のためにも各大手企業の代表取締役や相談役など、多くの権力者が集う状況にあった。場合によっては、一部著名政治家すら同じ場に居ることもある、実に汚れた最低最悪の|酒池肉林《パーティー》であった。
 そこに出さえすれば、各週刊誌の流れを完全に止めることが出来る上に、これまで心無い言葉をかけてきた存在全てを、企業が代金を持ち一斉検挙することも考慮する、と言う旨の、最低最悪の誘惑。それでいて、後々「私たちは買われた」だなんて下らないことで騒がないよう、多額の金を握らせることもやぶさかではない、と告げたのだ。
 少しでも最悪な現状から『救い』を求めた新香は、その悪魔の|契約《コントラクト》に相乗りする覚悟を決めたのだった。
 その結果、新香を誹謗中傷していた輩は全員開示請求が通り、『懇親会』で得た多額の金以外に、その碌でもない輩からの金が舞い込んだ。しかし、彼女自身の心は深く傷ついていた。結局のところ、自らが誇りをもって行っていた数多くの仕事以上の金が、事実上たった一晩で手に入ったことが、自分の存在意義を疑問視するには十分の出来事であったのだ。
 それに、結局その『懇親会』の元締めとなっている存在は、今や日本を代表する芸能事務所の若き社長となっており、今まさに英雄学園の学園祭・音楽フェスをのうのうと楽しむほどの存在となったのだ。
 金を受け取った以上、それ以上は何も言うまいと自分の心を騙し芸能活動を再開したものの、結局それ以上の金を得られる機会すらなくそのまま彼女自身フェードアウト。そのまま芸能活動をやめ、事務所を退所したのだった。
 どこまでも貪欲にあり続けても、清濁併せ呑んだとしても、たった一回の絶望は心に影を落とし、結果的に彼女が次に縋った概念こそ――教会であったのだ。
 だが、結局のところ和氣による暴力を伴ったパワーハラスメントはこれまで経験してきた者を凌駕した。救いを求めた先で、新たに救いを求めようと|無形《ぐうぞう》に縋ったのだ。平和を愛する高梨派に所属こそしていたが、一切平和になりはしない現状に絶望。どこまで願おうと、偶像は何も語らない、一切現れない。全てに心の底から絶望し、自死を選ぼうとした矢先――遂にその存在は現れたのだった。
『やあ、私だよ。私のために生きてくれているのにも拘らず、救いを求めているのにも拘らず……遅れて済まないね。千葉での別件で『使えない存在』を骨まで処理するのに――時間がかかったのさ』
 地獄の淵で、仏の顔をした|悪魔《かみさま》に微笑まれたのだ。これまでありとあらゆる絶望を短い間に経験した新香にとって、正しく天から御仏によって垂らされた『蜘蛛の糸』を目の当たりにしている|犍陀多《かんだた》のような気分であったのだ。
『なに、復讐なら気が済むまでしてしまえばいい。金を貰ったから黙ったままでいることが確定事項だなんて、それは詭弁だね。自らの誇りを殺し、全てをたった一晩のセックスによって奪っていった全てを――殺し返す時だよ』
 世間では、カルマは碌でもない存在と言われていたのだが、少なくとも新香にとってはそう思えなかったのだ。彼女のためだったら、何だってやれそうなほどにまで、|殺《や》る気で満ち溢れていた。
 ただ、自らがかつてされたような弱い者いじめに関しては、恨みはさほどない英雄に対してはする気が起きなかった。何故なら、かつての惨めな自分を見ているような気がしたからだった。
 だからこそ、新香の心はどれほどの施しを受けようと揺れていた。いざカルマを目の前にしても、己が欲望のために他者を引きずりおろすその考えはどうも頂けない。なぜならば、心の根底に未だ残った良心がそうさせないのだ。
 しかし、カルマはその良心を許さなかった。その弱みを許さなかった。元より、和氣にいいようにされているその状況を甘んじて受け入れている、その軟弱さが気に入らなかったのだ。どんな存在であれ、強者に牙を向けなくていい理由はない。いつだって弱肉強食の時代は勘弁だ、そんな精神の元に、強者を打ち崩さんとするために打ち立てた宗教団体こそ――教会だからだった。
 すぐさま、新香含め幹部連中には急ごしらえの人工因子の贈呈と共に多少なりの洗脳を行った。そうして今、丙良の前に立っているのだ。