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第三百九十四話 (※センシティブな内容につき閲覧注意)

ー/ー



 高野は、最初平凡な家の出であった。因子云々が騒がれている中で、そんなものを気にするよりも、己が夢のために邁進すること、それが家訓そのものであったためである。
 そんな高野には、最も家族愛を向ける存在として、一歳差の妹がいた。目に入れても痛くない、純朴で可憐な少女であった。兄妹仲は非常に良く、当人が通う学校には後追いで入学するほど、そして互いに勉強を教え合うほどには、仲睦まじい兄妹であった。異性間の軋轢などは無く、互いにフランクに接するほどの仲であったのだ。
 そんな中で、高野が熱中していたものこそ――演劇であった。
 元々、あるタイミングで家族総出で観劇した、『オペラ座の怪人』に心を打たれた結果、舞台の上で高らかに歌い人々を魅了する存在、舞台役者になることを夢に据えたのだ。
 そして、それは妹も同じであり、同じように演劇の世界に入ることを誓う。物珍しい、兄妹揃った役者の卵として、早々に学校内でも有名になるほどの逸材であった。
 しかし、ここで一つの問題が発生する。
 高野は演者としてのレベルが右肩上がりで上昇していく中、妹が多少伸び悩み始めたのだ。最初は「気にしなくていい」と語っていたのだが、それは次第に公演に立つ存在を決めていく過程で、焦りによる能力の低下が浮き彫りとなっていくのだった。
 結果、中学・高校を卒業するまでの間、高野は全公演にて主役級を勝ち取っていたのだが、妹は都度裏方に回るような、損な立ち回りを強いられていた。当人の問題だ、と言われればそれまでのような気はするのだが、当時の高野にその発想は無かったのだ。

(――私の妹は、ただ不調なだけ。本当なら、私を超える逸材になる存在なんだ!)

 しかし、その兄からの支えの言葉はプレッシャーとなり、遂に初めて妹が激昂したのだ。

(もう放っておいて!! 私とお兄ちゃんは……凡人と天才っていう違いがあるんだよ!!)

 最愛の妹から突き放されたショックによって、高野は妹と道を違えることを余儀なくされたのだった。


 時は経ち、高野はとある有名な音楽大学に入学。そこから劇団員を目指すために、人一倍努力を重ねた。本来、英雄の因子持ちすらその場に居てもおかしくないはずだが、ただの努力と才能によって頂点を保ち続けていたために、若くして多くの有名劇団から声がかかるほどの『スタア』になった。
 だが、真なる意味で高野が満たされていたかは、また別の話。最愛の妹からの別離を本人から言い渡された結果、今も連絡が取れない事態に。家族とはちゃんと連絡を取っているらしく、ただそれだけが彼女の安否を確かめるための手段であった。
 大学を飛び級で卒業した高野は、そのスカウトが掛かっていた有名劇団に電撃入団。そこから元からいた団員などを追い抜いて、自らの才能をいかんなく発揮。その結果、テレビ業界からも声が掛かるような、超がつくほどの有名人となったのだ。
 そこで、高野は一人の女と出会った。同じ劇団員でありながら、役柄上一緒に居ることも多かった存在であり、献身的な彼女に惹かれ、そして彼女はひたむきな高野に惹かれ……やがて結ばれた。婚約まで果たし、劇団員として多くの資金を集めたのなら、世界に挑戦しながら結婚し、幸せな家庭を築き上げようとまで約束するほどに、幸せを謳歌していたのだ。

 しかし、教会に与している状況の通り、幸せであったのはものの数か月。
 ある時、その劇団の中でも大きな舞台である『オペラ座の怪人』の公演が開かれることが告知されることとなる。その中で、何故かその劇団の上役が、高野を主役級の登場人物である怪人(ファントム)・エリックに()えるのではなく、先月頃に入団した存在に譲ってほしいとの伝達が回された。
 実際、その新たに入団した新星(ルーキー)が高野より秀でた存在か、と言ったら……それは違っていた。
 寧ろ、現時点ではどの団員よりも下の実力であることは明らかであるはずなのに、そうまでその要望に熱が籠っている理由が知りたくなり、上役を問い詰めた。
 その結果、その新星の正体は……テレビ業界の重鎮、その息子。いわゆる、七光り(ボンボン)という奴だった。
 自分の実力で大した大学を卒業しているわけでもなし、ただ親の威光ばかりがその背に光輝いているのみであり、高野はそれに猛抗議。
 上役も意見を同じように持っていたのだが、事態は急激に移り変わっていく。
 ある時、高野の元に、その新星の親……つまるところ、テレビ界の重鎮たる存在が現れる。
 重鎮の外見は、多くの高級品を身にまといながら、腹にありあまる富で増やした脂肪が膨れ上がっている。見た目も非常に性根の悪そうな風貌であり、多くの金と女を食い物にしてきた底意地の悪さが見て取れる、実に卑しい駄肉の塊そのものであった。
 その重鎮は、傍に二人の女を抱えていた。その存在こそ――高野の婚約者と高野の最愛の妹。高野にとって、大切な存在二人を侍らせているのを見てしまったのだ。よりにもよって、重鎮の息子足る男もそのおこぼれに(あずか)って、高野の前で二人の胸を乱暴に揉みしだく始末であった。

(ッ――!! 止めろ、この下種がッッッッ!!)

(そんな態度を取ってもいいのかな、高野君。君が主役であることは……もう確定しているだろうに。うちの息子は『仕方なく』その主役候補の座から降りたんだ、感謝してほしいところなんだがな)

 話していることの意味がよく分からなかった高野は、涙を堪えながらも婚約者に告げたのだった。「なぜ、新星(ルーキー)があれだけなりたかった主役の座を降りたのか」。
 答えは、この状況を見る限り……至極単純なものであり、高野の幸せを完全に打ち壊すには十分であったのだ。

(――ある時、スズくんが主役じゃあないことに異論を唱えたの。そうしたら……スズくんを主役に戻す代わりに……私の『体』を欲してきたの、その公演の期間だけじゃあなくて……その公演の練習期間も)

(……私も、こんな下種野郎に体を預けるだなんて嫌。今も……葛藤と戦ってる。でも……それで諦めたら、私の大好きな『お兄ちゃん』は、一番輝ける場所で輝けないからさ)

 二人とも、絶世の美女と呼べるような存在であり、高野にとっての『大切』そのもの。それを『己が欲望を満たすため』だけに、そして残酷なことに『高野のため』に、自分の身を捧げあったのだ。

(――そう言うことだ。公演の日も……忙しい予定を縫って、VIP席から君の活躍を見届けさせてもらう。私の息子はどうやら舞台の補佐に回るらしいが……くれぐれも、『気を起こす』なよ??)

 高笑いと嘲笑のみが、その場に響き渡る。心の底から絶望した高野は、それでも演劇に向き合いたいと舞台の上に立つことを決めたのだが……多くの練習を重ねている間も脳内に過ぎるは、彼女らの実に悲愴(ひそう)に満ちた表情。
 彼のプロ意識を信じるがあまりに、彼を裏切ることになってしまったことが、まさに絶望の状況そのものであった。
 その間も、重役の息子は、これ見よがしに昨晩の二人の『様子』をスマホで録画した映像で見せつけたのだ。目だけは死んでいない二人であったが、重役とその息子が二人を蹂躙するその様は……吐き気を催す邪悪そのものであった。

(昨晩も……すっごい『具合』良かったッスよ、アレの将来の旦那さんに……教えておこうと思って)

 高野の心には、徐々に闇が巣食い始めた。婚約者のためならば、最愛の妹のためならば。自分はどこまでも身を堕とすことが出来ると。


 例えそれが、『殺人(コロシ)』という選択だろうと。



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 高野は、最初平凡な家の出であった。因子云々が騒がれている中で、そんなものを気にするよりも、己が夢のために邁進すること、それが家訓そのものであったためである。
 そんな高野には、最も家族愛を向ける存在として、一歳差の妹がいた。目に入れても痛くない、純朴で可憐な少女であった。兄妹仲は非常に良く、当人が通う学校には後追いで入学するほど、そして互いに勉強を教え合うほどには、仲睦まじい兄妹であった。異性間の軋轢などは無く、互いにフランクに接するほどの仲であったのだ。
 そんな中で、高野が熱中していたものこそ――演劇であった。
 元々、あるタイミングで家族総出で観劇した、『オペラ座の怪人』に心を打たれた結果、舞台の上で高らかに歌い人々を魅了する存在、舞台役者になることを夢に据えたのだ。
 そして、それは妹も同じであり、同じように演劇の世界に入ることを誓う。物珍しい、兄妹揃った役者の卵として、早々に学校内でも有名になるほどの逸材であった。
 しかし、ここで一つの問題が発生する。
 高野は演者としてのレベルが右肩上がりで上昇していく中、妹が多少伸び悩み始めたのだ。最初は「気にしなくていい」と語っていたのだが、それは次第に公演に立つ存在を決めていく過程で、焦りによる能力の低下が浮き彫りとなっていくのだった。
 結果、中学・高校を卒業するまでの間、高野は全公演にて主役級を勝ち取っていたのだが、妹は都度裏方に回るような、損な立ち回りを強いられていた。当人の問題だ、と言われればそれまでのような気はするのだが、当時の高野にその発想は無かったのだ。
(――私の妹は、ただ不調なだけ。本当なら、私を超える逸材になる存在なんだ!)
 しかし、その兄からの支えの言葉はプレッシャーとなり、遂に初めて妹が激昂したのだ。
(もう放っておいて!! 私とお兄ちゃんは……凡人と天才っていう違いがあるんだよ!!)
 最愛の妹から突き放されたショックによって、高野は妹と道を違えることを余儀なくされたのだった。
 時は経ち、高野はとある有名な音楽大学に入学。そこから劇団員を目指すために、人一倍努力を重ねた。本来、英雄の因子持ちすらその場に居てもおかしくないはずだが、ただの努力と才能によって頂点を保ち続けていたために、若くして多くの有名劇団から声がかかるほどの『スタア』になった。
 だが、真なる意味で高野が満たされていたかは、また別の話。最愛の妹からの別離を本人から言い渡された結果、今も連絡が取れない事態に。家族とはちゃんと連絡を取っているらしく、ただそれだけが彼女の安否を確かめるための手段であった。
 大学を飛び級で卒業した高野は、そのスカウトが掛かっていた有名劇団に電撃入団。そこから元からいた団員などを追い抜いて、自らの才能をいかんなく発揮。その結果、テレビ業界からも声が掛かるような、超がつくほどの有名人となったのだ。
 そこで、高野は一人の女と出会った。同じ劇団員でありながら、役柄上一緒に居ることも多かった存在であり、献身的な彼女に惹かれ、そして彼女はひたむきな高野に惹かれ……やがて結ばれた。婚約まで果たし、劇団員として多くの資金を集めたのなら、世界に挑戦しながら結婚し、幸せな家庭を築き上げようとまで約束するほどに、幸せを謳歌していたのだ。
 しかし、教会に与している状況の通り、幸せであったのはものの数か月。
 ある時、その劇団の中でも大きな舞台である『オペラ座の怪人』の公演が開かれることが告知されることとなる。その中で、何故かその劇団の上役が、高野を主役級の登場人物である|怪人《ファントム》・エリックに|据《す》えるのではなく、先月頃に入団した存在に譲ってほしいとの伝達が回された。
 実際、その新たに入団した|新星《ルーキー》が高野より秀でた存在か、と言ったら……それは違っていた。
 寧ろ、現時点ではどの団員よりも下の実力であることは明らかであるはずなのに、そうまでその要望に熱が籠っている理由が知りたくなり、上役を問い詰めた。
 その結果、その新星の正体は……テレビ業界の重鎮、その息子。いわゆる、|七光り《ボンボン》という奴だった。
 自分の実力で大した大学を卒業しているわけでもなし、ただ親の威光ばかりがその背に光輝いているのみであり、高野はそれに猛抗議。
 上役も意見を同じように持っていたのだが、事態は急激に移り変わっていく。
 ある時、高野の元に、その新星の親……つまるところ、テレビ界の重鎮たる存在が現れる。
 重鎮の外見は、多くの高級品を身にまといながら、腹にありあまる富で増やした脂肪が膨れ上がっている。見た目も非常に性根の悪そうな風貌であり、多くの金と女を食い物にしてきた底意地の悪さが見て取れる、実に卑しい駄肉の塊そのものであった。
 その重鎮は、傍に二人の女を抱えていた。その存在こそ――高野の婚約者と高野の最愛の妹。高野にとって、大切な存在二人を侍らせているのを見てしまったのだ。よりにもよって、重鎮の息子足る男もそのおこぼれに|与《あずか》って、高野の前で二人の胸を乱暴に揉みしだく始末であった。
(ッ――!! 止めろ、この下種がッッッッ!!)
(そんな態度を取ってもいいのかな、高野君。君が主役であることは……もう確定しているだろうに。うちの息子は『仕方なく』その主役候補の座から降りたんだ、感謝してほしいところなんだがな)
 話していることの意味がよく分からなかった高野は、涙を堪えながらも婚約者に告げたのだった。「なぜ、|新星《ルーキー》があれだけなりたかった主役の座を降りたのか」。
 答えは、この状況を見る限り……至極単純なものであり、高野の幸せを完全に打ち壊すには十分であったのだ。
(――ある時、スズくんが主役じゃあないことに異論を唱えたの。そうしたら……スズくんを主役に戻す代わりに……私の『体』を欲してきたの、その公演の期間だけじゃあなくて……その公演の練習期間も)
(……私も、こんな下種野郎に体を預けるだなんて嫌。今も……葛藤と戦ってる。でも……それで諦めたら、私の大好きな『お兄ちゃん』は、一番輝ける場所で輝けないからさ)
 二人とも、絶世の美女と呼べるような存在であり、高野にとっての『大切』そのもの。それを『己が欲望を満たすため』だけに、そして残酷なことに『高野のため』に、自分の身を捧げあったのだ。
(――そう言うことだ。公演の日も……忙しい予定を縫って、VIP席から君の活躍を見届けさせてもらう。私の息子はどうやら舞台の補佐に回るらしいが……くれぐれも、『気を起こす』なよ??)
 高笑いと嘲笑のみが、その場に響き渡る。心の底から絶望した高野は、それでも演劇に向き合いたいと舞台の上に立つことを決めたのだが……多くの練習を重ねている間も脳内に過ぎるは、彼女らの実に|悲愴《ひそう》に満ちた表情。
 彼のプロ意識を信じるがあまりに、彼を裏切ることになってしまったことが、まさに絶望の状況そのものであった。
 その間も、重役の息子は、これ見よがしに昨晩の二人の『様子』をスマホで録画した映像で見せつけたのだ。目だけは死んでいない二人であったが、重役とその息子が二人を蹂躙するその様は……吐き気を催す邪悪そのものであった。
(昨晩も……すっごい『具合』良かったッスよ、アレの将来の旦那さんに……教えておこうと思って)
 高野の心には、徐々に闇が巣食い始めた。婚約者のためならば、最愛の妹のためならば。自分はどこまでも身を堕とすことが出来ると。
 例えそれが、『|殺人《コロシ》』という選択だろうと。