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それぞれの選択

ー/ー



 チカップが目を覚ました場所は、ジャングルの中だった。

 身を起こし、首元へ手をやる。光の矢で貫かれたはずの傷は、跡形もなく塞がっている。呼吸もできる。誰かが癒やしてくれたのだろうか。なぜここにいるのか。考えても、答えは浮かばなかった。

 辺りを見回す。見覚えのある景色だった。故郷である集落の近くだ。しかし、静かすぎる。葉のざわめきも、水の流れる音も、鳥の声もしない。木々の隙間から覗く空は、紫色をしていた。ただ事ではない。

 トゥーレの仕業――チカップの脳裏に、裏切り者の顔が浮かぶ。無意識に、拳を強く握りしめていた。怒りと同時に、無力感が全身を満たす。いくら儀式の事故が仕組まれていたとしても、実際に手を下したのは自分だ。あいつを憎んだところで、何も変わらない。両親も、コノメも、戻ってはこない。

 チカップは、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 その時、集落の方角から悲鳴が聞こえてきた。

 嫌な予感に、胸が締めつけられる。集落で、何かが起きている。

 どうする。追放された自分が、今さら戻ったところで何ができる。戻らない、という選択肢もある。だが――

 体の内側で、鼓動が高く脈打つ。

 チカップは、迷いを振り切るように地を蹴った。

 
 集落の入り口は、茨で覆われていた。

 チカップは一瞬なぜと思ったが、躊躇なく炎の魔法で焼き払った。

 集落の中に足を踏み入れた瞬間、チカップは立ち尽くした。

 地面から突き出た鋭い根に、同族が突き刺さっている。巨大な花に、食い荒らされた亡骸が絡め取られている。

 視界に入るものすべてが、死だった。

 チカップは口元に手を当てながら歩いた。鼻を突く異臭。あちこちに張り巡らされた根を避け、集落の中心部へ向かう。

 楕円形の大きな石が、目の前に現れた。かつて、惨劇の舞台となった場所だった。この場所で、自分はすべてを失った。

 上空に、異形の鳥が浮かんでいた。

 巨大な鳥の形をしている。だが、羽毛は一本もない。空を切り裂く翼を形作っているのは、無数の白骨だった。様々な骨が不自然な角度で組み合わされ、瘴気に縫い止められるように宙に浮かんでいる。

 くちばしの奥から音が漏れている。幾つもの声が重なっていた。

 助けを求める声。

 恐怖に歪む声。

 名を呼ぶ声。

 チカップは理解した。あれは、自分が奪った命のなれの果てだ。

「お主、戻ってきたのか」

 杖をつきながら、オル族の族長であるモリシが、よろよろと歩み出てきた。彼の周囲には、大人のオル族たちが集まっている。全員、血を流していた。

 ――またか。

 ――お前が戻ってきたとたんに、この災いだ。

 ――やはり、呪いの子め。

 ひそひそと、抑えきれない声が、大人たちの口から漏れる。

「みな、止めい」

 モリシが制した。大人たちは俯き、歯を食いしばる。

「チカップ、その鎧は……そうか、お前はコタ様の」

 モリシは、チカップのまとう鎧を見て、わずかに首をすくめた。

「チカップ。お前を迎え入れるつもりはない。だが――追い返す余裕も、もう我らにはない。もし、この災いがお前に関わっているのなら……逃げるな」

 その言葉を、チカップは黙って受け取った。

 わかっている。だから、もう逃げない。

 チカップは左耳の耳飾りに手をやり、大きく両腕を広げる。

「シアー・リィ・キッキ」

 羽ペンの先を、怪物に向けた。

 ◆

 狂った遠吠えが、はるか後方から響いた。

 カルント山の南にある湿地帯。避難民の列の最後尾で、ミュールは叫んだ。

「止まるな!」

 叫んだあと、息を吐く。紫色の空を見上げ、父の言葉を思い出す。

 ミュールがモッケ族の里で目を覚ましてから、ほどなくしてカルント山は崩落した。植物も岩も異様に変質し、山そのものが形を保てなくなったのだ。魔族の姿も変わっていた。全身に瘴気を帯び、元の姿が思い出せないほど歪んでいる。

「この山は、今日で捨てる」

 モッケ族の族長であるウォルゼは、苦渋の決断を下した。

 民に動揺が走った。復興に向けて動き出そうとした矢先だった。

 動揺が広がる中、ウォルゼは一度、間を置いた。そして、ミュールを見た。

「退き際は、お前が決めろ」

 ミュールは一瞬迷ったあと、うなずいた。

 悲鳴で我に返る。

 避難民の一団が、沼に沈んだ。

 若いモッケ族の戦士が助けに入ろうとしたところを、ミュールが制する。

「ここで止まったら、全員が死ぬ」

 苦しい判断だった。泥に足を踏み入れかけた若い戦士の背が、昔の自分に見えた。

 一団はやがて、湿地帯を抜け、乾いた台地へとたどり着いた。

 闇の向こうに、赤い光が浮かび上がる。

 目をこらすと、柵が見えた。木を切り倒し、鉄片と縄で無理やり繋いだ、低い防壁。その向こうで、火が揺れている。松明の炎は、不揃いだった。強い風に煽られ、今にも消えそうな炎もあれば、妙に激しく燃える炎もある。人の手で、急いで作られた場所のようだった。

 近づくにつれ、音が増えていく。泣き声。怒鳴り声。誰かを呼ぶ声。そして、鍋を叩く乾いた音。

 防壁の内側には、急ごしらえの区画があった。怪我人が集められた一角。毛布を敷き詰めた地面。壁代わりに立てられた板。血の匂いと、薬草の匂いが混ざっている。

 ある一角では、子どもたちが寄り集まり、大人の背に顔を埋めていた。

 眠っている者は少ない。眠れるほど、この場所は安全ではないようだ。

 防壁の上では、交代制で見張りが立っている。鎧は揃っていない。武器もまちまちだ。だが、視線だけは、同じ方向を向いている。

 ミュールは、ぐらりと視界が揺れるのを感じた。疲労ではない。この場を回す責任が、肩にのしかかっていた。拳が、わずかに震えた。

 ここで必要なのは、刃ではない。人の流れや配置。そして、この場所を少しでも長く持たせるための判断だ。

 ミュールは、静かに息を整えた。

 ◆

 プヤル村は、崩壊した。

 村を襲ったのは、ギナスのなれの果てだった。体格だけは生前のままだが、体は腐敗し、ほとんどが骨になっていた。全身から黒い瘴気が噴き出している。首は、異様に傾いていた。唸るだけで、言葉は発さない。動きは遅いが、腕力と爪は、生前よりも凶悪だった。その力で、家を破壊し、住民を惨殺していった。

 生き残ったのは、十二歳の少年――ムカルだけだった。

 ムカルは、勇斗たちが村を発ったあとの光景を思い出していた。

 竜人型の魔族――ギナスが、あれからどうなったのか気になり、こっそり見に行ったのだった。

 さすがに死んでいると思った。しかし、ギナスは生きていた。腹部に開いた穴からはもう血は流れていなかった。か細い呼吸音だけが、彼の口から漏れていた。

「おい、ガキ……」

 ムカルの肩がビクッと跳ね上がった。

「葉巻、持ってねぇか……」

「あ、あるけど」

 ムカルは、腰のポーチからエスタンドサイズの葉巻を取り出した。
 
「悪ぃが、火をつけて、咥えさせてくれ」
 
 ムカルはそれに火をつけ、恐る恐るギナスの口に咥えさせた。
 
 ギナスは深く煙を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
 
「お前も、吸えよ」
 
 ムカルは、ギナスから距離をとって葉巻を吸った。なぜ自分が生きていて、こいつと並んで煙を吐いているのか、わからなかった。

「ガキ、お前、強いのか?」

「ま、まぁな」

 なぜか強気に言ってしまった。

「じゃあ、今度手合わせしようぜ」

 ギナスが紫煙を吐いた。ムカルも紫煙を吐き、ゆっくりとうなずいた。

 その時だった。岩の影から、一人の少女が顔を出した。

 少女は、ムカルに目もくれず、ギナスの首を落とした。やがて、ギナスの体は砂となり、消滅した。

「新しい世界に、あなたは必要ありませんわ」

 少女はそう言うと、影に溶けていった。

 ムカルは葉巻を落とし、ただ、ぼうぜんとギナスのいた場所を見続けていた。

 轟音で、現実に引き戻される。

 ムカルの視線の先に、ギナスがいた。かつて煙を吐いていた口が、今は黒い瘴気を垂れ流している。ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 ムカルは弓を引いた。矢は放たれ、ギナスの胸に当たった。しかし、折れた。

 瞬間、ギナスの口が火を噴いた。咄嗟に身を投げ、熱風をやり過ごす。

 逃げるか。だが、逃げれば――あいつはまた、どこかで誰かを殺す。

 ムカルは、鬼気迫る顔で小火山の火口を目指して走り出した。

 振り返り、矢を放つ。ギナスは、変わらず追ってくる。

 その瞬間、脇腹が焼けつく。気づいた時には、間合いを詰められていた。ギナスの爪が、脇腹を抉っていた。

 火口は、もう目前だった。

 ムカルは歯を食いしばり、走った。視界が揺れる。足元の感覚が薄れる。

 助からない。それは、わかっていた。

 それでも――

 ムカルは、立ち止まり、両手を広げた。

 ギナスが、咆哮もなく飛びかかってくる。かつて、同じ煙を吐いた相手だった。

 二人は、溶岩へと落下した。


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 チカップが目を覚ました場所は、ジャングルの中だった。
 身を起こし、首元へ手をやる。光の矢で貫かれたはずの傷は、跡形もなく塞がっている。呼吸もできる。誰かが癒やしてくれたのだろうか。なぜここにいるのか。考えても、答えは浮かばなかった。
 辺りを見回す。見覚えのある景色だった。故郷である集落の近くだ。しかし、静かすぎる。葉のざわめきも、水の流れる音も、鳥の声もしない。木々の隙間から覗く空は、紫色をしていた。ただ事ではない。
 トゥーレの仕業――チカップの脳裏に、裏切り者の顔が浮かぶ。無意識に、拳を強く握りしめていた。怒りと同時に、無力感が全身を満たす。いくら儀式の事故が仕組まれていたとしても、実際に手を下したのは自分だ。あいつを憎んだところで、何も変わらない。両親も、コノメも、戻ってはこない。
 チカップは、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
 その時、集落の方角から悲鳴が聞こえてきた。
 嫌な予感に、胸が締めつけられる。集落で、何かが起きている。
 どうする。追放された自分が、今さら戻ったところで何ができる。戻らない、という選択肢もある。だが――
 体の内側で、鼓動が高く脈打つ。
 チカップは、迷いを振り切るように地を蹴った。
 集落の入り口は、茨で覆われていた。
 チカップは一瞬なぜと思ったが、躊躇なく炎の魔法で焼き払った。
 集落の中に足を踏み入れた瞬間、チカップは立ち尽くした。
 地面から突き出た鋭い根に、同族が突き刺さっている。巨大な花に、食い荒らされた亡骸が絡め取られている。
 視界に入るものすべてが、死だった。
 チカップは口元に手を当てながら歩いた。鼻を突く異臭。あちこちに張り巡らされた根を避け、集落の中心部へ向かう。
 楕円形の大きな石が、目の前に現れた。かつて、惨劇の舞台となった場所だった。この場所で、自分はすべてを失った。
 上空に、異形の鳥が浮かんでいた。
 巨大な鳥の形をしている。だが、羽毛は一本もない。空を切り裂く翼を形作っているのは、無数の白骨だった。様々な骨が不自然な角度で組み合わされ、瘴気に縫い止められるように宙に浮かんでいる。
 くちばしの奥から音が漏れている。幾つもの声が重なっていた。
 助けを求める声。
 恐怖に歪む声。
 名を呼ぶ声。
 チカップは理解した。あれは、自分が奪った命のなれの果てだ。
「お主、戻ってきたのか」
 杖をつきながら、オル族の族長であるモリシが、よろよろと歩み出てきた。彼の周囲には、大人のオル族たちが集まっている。全員、血を流していた。
 ――またか。
 ――お前が戻ってきたとたんに、この災いだ。
 ――やはり、呪いの子め。
 ひそひそと、抑えきれない声が、大人たちの口から漏れる。
「みな、止めい」
 モリシが制した。大人たちは俯き、歯を食いしばる。
「チカップ、その鎧は……そうか、お前はコタ様の」
 モリシは、チカップのまとう鎧を見て、わずかに首をすくめた。
「チカップ。お前を迎え入れるつもりはない。だが――追い返す余裕も、もう我らにはない。もし、この災いがお前に関わっているのなら……逃げるな」
 その言葉を、チカップは黙って受け取った。
 わかっている。だから、もう逃げない。
 チカップは左耳の耳飾りに手をやり、大きく両腕を広げる。
「シアー・リィ・キッキ」
 羽ペンの先を、怪物に向けた。
 ◆
 狂った遠吠えが、はるか後方から響いた。
 カルント山の南にある湿地帯。避難民の列の最後尾で、ミュールは叫んだ。
「止まるな!」
 叫んだあと、息を吐く。紫色の空を見上げ、父の言葉を思い出す。
 ミュールがモッケ族の里で目を覚ましてから、ほどなくしてカルント山は崩落した。植物も岩も異様に変質し、山そのものが形を保てなくなったのだ。魔族の姿も変わっていた。全身に瘴気を帯び、元の姿が思い出せないほど歪んでいる。
「この山は、今日で捨てる」
 モッケ族の族長であるウォルゼは、苦渋の決断を下した。
 民に動揺が走った。復興に向けて動き出そうとした矢先だった。
 動揺が広がる中、ウォルゼは一度、間を置いた。そして、ミュールを見た。
「退き際は、お前が決めろ」
 ミュールは一瞬迷ったあと、うなずいた。
 悲鳴で我に返る。
 避難民の一団が、沼に沈んだ。
 若いモッケ族の戦士が助けに入ろうとしたところを、ミュールが制する。
「ここで止まったら、全員が死ぬ」
 苦しい判断だった。泥に足を踏み入れかけた若い戦士の背が、昔の自分に見えた。
 一団はやがて、湿地帯を抜け、乾いた台地へとたどり着いた。
 闇の向こうに、赤い光が浮かび上がる。
 目をこらすと、柵が見えた。木を切り倒し、鉄片と縄で無理やり繋いだ、低い防壁。その向こうで、火が揺れている。松明の炎は、不揃いだった。強い風に煽られ、今にも消えそうな炎もあれば、妙に激しく燃える炎もある。人の手で、急いで作られた場所のようだった。
 近づくにつれ、音が増えていく。泣き声。怒鳴り声。誰かを呼ぶ声。そして、鍋を叩く乾いた音。
 防壁の内側には、急ごしらえの区画があった。怪我人が集められた一角。毛布を敷き詰めた地面。壁代わりに立てられた板。血の匂いと、薬草の匂いが混ざっている。
 ある一角では、子どもたちが寄り集まり、大人の背に顔を埋めていた。
 眠っている者は少ない。眠れるほど、この場所は安全ではないようだ。
 防壁の上では、交代制で見張りが立っている。鎧は揃っていない。武器もまちまちだ。だが、視線だけは、同じ方向を向いている。
 ミュールは、ぐらりと視界が揺れるのを感じた。疲労ではない。この場を回す責任が、肩にのしかかっていた。拳が、わずかに震えた。
 ここで必要なのは、刃ではない。人の流れや配置。そして、この場所を少しでも長く持たせるための判断だ。
 ミュールは、静かに息を整えた。
 ◆
 プヤル村は、崩壊した。
 村を襲ったのは、ギナスのなれの果てだった。体格だけは生前のままだが、体は腐敗し、ほとんどが骨になっていた。全身から黒い瘴気が噴き出している。首は、異様に傾いていた。唸るだけで、言葉は発さない。動きは遅いが、腕力と爪は、生前よりも凶悪だった。その力で、家を破壊し、住民を惨殺していった。
 生き残ったのは、十二歳の少年――ムカルだけだった。
 ムカルは、勇斗たちが村を発ったあとの光景を思い出していた。
 竜人型の魔族――ギナスが、あれからどうなったのか気になり、こっそり見に行ったのだった。
 さすがに死んでいると思った。しかし、ギナスは生きていた。腹部に開いた穴からはもう血は流れていなかった。か細い呼吸音だけが、彼の口から漏れていた。
「おい、ガキ……」
 ムカルの肩がビクッと跳ね上がった。
「葉巻、持ってねぇか……」
「あ、あるけど」
 ムカルは、腰のポーチからエスタンドサイズの葉巻を取り出した。
「悪ぃが、火をつけて、咥えさせてくれ」
 ムカルはそれに火をつけ、恐る恐るギナスの口に咥えさせた。
 ギナスは深く煙を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
「お前も、吸えよ」
 ムカルは、ギナスから距離をとって葉巻を吸った。なぜ自分が生きていて、こいつと並んで煙を吐いているのか、わからなかった。
「ガキ、お前、強いのか?」
「ま、まぁな」
 なぜか強気に言ってしまった。
「じゃあ、今度手合わせしようぜ」
 ギナスが紫煙を吐いた。ムカルも紫煙を吐き、ゆっくりとうなずいた。
 その時だった。岩の影から、一人の少女が顔を出した。
 少女は、ムカルに目もくれず、ギナスの首を落とした。やがて、ギナスの体は砂となり、消滅した。
「新しい世界に、あなたは必要ありませんわ」
 少女はそう言うと、影に溶けていった。
 ムカルは葉巻を落とし、ただ、ぼうぜんとギナスのいた場所を見続けていた。
 轟音で、現実に引き戻される。
 ムカルの視線の先に、ギナスがいた。かつて煙を吐いていた口が、今は黒い瘴気を垂れ流している。ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
 ムカルは弓を引いた。矢は放たれ、ギナスの胸に当たった。しかし、折れた。
 瞬間、ギナスの口が火を噴いた。咄嗟に身を投げ、熱風をやり過ごす。
 逃げるか。だが、逃げれば――あいつはまた、どこかで誰かを殺す。
 ムカルは、鬼気迫る顔で小火山の火口を目指して走り出した。
 振り返り、矢を放つ。ギナスは、変わらず追ってくる。
 その瞬間、脇腹が焼けつく。気づいた時には、間合いを詰められていた。ギナスの爪が、脇腹を抉っていた。
 火口は、もう目前だった。
 ムカルは歯を食いしばり、走った。視界が揺れる。足元の感覚が薄れる。
 助からない。それは、わかっていた。
 それでも――
 ムカルは、立ち止まり、両手を広げた。
 ギナスが、咆哮もなく飛びかかってくる。かつて、同じ煙を吐いた相手だった。
 二人は、溶岩へと落下した。