第31話_迫りくる死
ー/ー冥府の夜空は、どこまでも幻想的だった。
青黒い天蓋に、幾千もの光がぽつぽつと瞬き、
星とも魂の残滓ともつかぬ輝きが、ゆっくりと軌跡を描いている。
燈は思わず足を止め、深く息を吸った。
冷たくも澄んだ空気が肺の奥まで満ちていく。
目線を下ろすと、魂たちが行き交う交差点が目に入る。
筋肉もりもりのマッチョマンの男性。
鹿の角が生えた女子学生。
半透明の老人、翼を持つ子ども、生と死の境界が溶け合ったような光景。
ほんの少し前までは、見るものすべてが恐ろしく、理解できなかった。
それが今では、この非現実が燈にとって日常になりつつある。
(慣れるって……怖いな)
そんな見慣れた異界の風景を横目に、
燈は歩を進め、やがて――つきのみや駅の入り口へ辿り着いた。
胸元の袋を、無意識に抱き寄せる。
「……ちゃんと、謝ろう」
小さく呟く。
言葉にした途端、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
あの日の言葉。
「二度と駅に帰ってくるな」
それでも、逃げたままではいられなかった。
「……大丈夫。ちゃんと話せば……きっと」
自分に言い聞かせるように、階段へ足をかける。
一段、一段。
靴音が、静かな構内に小さく響く。
階段を上り切り、管理人室へ続く通路を歩く。
決意して来たはずなのに、
いざ近づくと、不安が雪崩のように押し寄せる。
「つきちゃんと、ちゃんと話せるかな……」
足取りが、わずかに鈍る。
そのとき。
――違和感。
空気が、ほんのわずかに重くなった。
心臓が、どくりと一度、大きく跳ねる。
「……?」
背筋に、冷たいものが走る。
何かいる。
理由はない。
音も、気配も、はっきりとは感じない。
けれど――本能が告げていた。
(……後ろ?)
ゆっくりと、振り返る。
――誰もいない。
静まり返った通路。
照明の光が、ただ淡々と床を照らしているだけ。
(気のせい……?)
そう思った、その瞬間。
右肩に、何かが「乗った」。
いや、掴まれた。
冷たい。
鉄のように、重く、硬い。
逃げるという意思を完全に打ち消すように。
「……っ!?」
息が詰まる。
肩から腕にかけて、感覚が一気に凍りつく。
身体が、動かない。
そして。
「あらぁ……そんなに急いで、どうしたのぉ?」
耳元すれすれで、声がした。
甘く、艶やかで――
それでいて、骨の髄まで凍らせるような声。
ゆっくりと視線を向けると、すぐ隣に、色白の女性の顔。
異様なほど近い距離で、嘗め回すように燈の表情を覗き込んでいる。
紅白の着物。
艶やかに揺れる黒髪。
鋼鉄の扇子が、静かに口元を隠していた。
喉が震える。
叫ぼうとしても、声が出ない。
心臓の音だけが、やけに大きく響いている。
燈の全身に、質量を持った「死」が絡みついていた。
青黒い天蓋に、幾千もの光がぽつぽつと瞬き、
星とも魂の残滓ともつかぬ輝きが、ゆっくりと軌跡を描いている。
燈は思わず足を止め、深く息を吸った。
冷たくも澄んだ空気が肺の奥まで満ちていく。
目線を下ろすと、魂たちが行き交う交差点が目に入る。
筋肉もりもりのマッチョマンの男性。
鹿の角が生えた女子学生。
半透明の老人、翼を持つ子ども、生と死の境界が溶け合ったような光景。
ほんの少し前までは、見るものすべてが恐ろしく、理解できなかった。
それが今では、この非現実が燈にとって日常になりつつある。
(慣れるって……怖いな)
そんな見慣れた異界の風景を横目に、
燈は歩を進め、やがて――つきのみや駅の入り口へ辿り着いた。
胸元の袋を、無意識に抱き寄せる。
「……ちゃんと、謝ろう」
小さく呟く。
言葉にした途端、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
あの日の言葉。
「二度と駅に帰ってくるな」
それでも、逃げたままではいられなかった。
「……大丈夫。ちゃんと話せば……きっと」
自分に言い聞かせるように、階段へ足をかける。
一段、一段。
靴音が、静かな構内に小さく響く。
階段を上り切り、管理人室へ続く通路を歩く。
決意して来たはずなのに、
いざ近づくと、不安が雪崩のように押し寄せる。
「つきちゃんと、ちゃんと話せるかな……」
足取りが、わずかに鈍る。
そのとき。
――違和感。
空気が、ほんのわずかに重くなった。
心臓が、どくりと一度、大きく跳ねる。
「……?」
背筋に、冷たいものが走る。
何かいる。
理由はない。
音も、気配も、はっきりとは感じない。
けれど――本能が告げていた。
(……後ろ?)
ゆっくりと、振り返る。
――誰もいない。
静まり返った通路。
照明の光が、ただ淡々と床を照らしているだけ。
(気のせい……?)
そう思った、その瞬間。
右肩に、何かが「乗った」。
いや、掴まれた。
冷たい。
鉄のように、重く、硬い。
逃げるという意思を完全に打ち消すように。
「……っ!?」
息が詰まる。
肩から腕にかけて、感覚が一気に凍りつく。
身体が、動かない。
そして。
「あらぁ……そんなに急いで、どうしたのぉ?」
耳元すれすれで、声がした。
甘く、艶やかで――
それでいて、骨の髄まで凍らせるような声。
ゆっくりと視線を向けると、すぐ隣に、色白の女性の顔。
異様なほど近い距離で、嘗め回すように燈の表情を覗き込んでいる。
紅白の着物。
艶やかに揺れる黒髪。
鋼鉄の扇子が、静かに口元を隠していた。
喉が震える。
叫ぼうとしても、声が出ない。
心臓の音だけが、やけに大きく響いている。
燈の全身に、質量を持った「死」が絡みついていた。
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