第29話_きさらぎ
ー/ーやみは、胸元にしがみついたままのかたすの背を、ぽんぽんと軽く叩きながら落ち着かせる。
力加減は雑だが、手つきには慣れがあった。
「ほら、落ち着け……」
そう呟きながら、視線だけを二人へ向ける。
「で、もう全員揃ってんのか?」
つきのみやは軽く周りを見渡した後、短く答える。
「いや……きさらぎがまだ来ていないな」
その名が出た瞬間だった。
やみの口元が、ほんの一瞬だけ引き結ばれる。
キャップの影に隠れた表情が、明らかに曇った。
「あぁ、そうか……」
無意識に、かたすを抱き寄せる腕に力が入る。
かたすはそれを一種の愛情表現と勘違いし、満足げに鼻を鳴らす。
「そうだ、あいつとは上手くやれているか?」
探るように問いかける。
やみは肩を落とし、長いため息を吐いた。
「あー……いや、相変わらずだ……一日に数回は抗議電話が掛かってくるぞ」
「『その程度の魂、そっちで処理しなさい』とか……」
「『うちらの選定が甘すぎる』とかな……」
あまがたきは思わず肩をすくめ、顔を引きつらせる。
「うげぇ、それは……大変だね」
やみの愚痴は止まらない。
「ただでさえ、うちらの選定基準はシビアだってのに……流した魂を、平気な顔してこっちに戻してきやがるんだ」
苛立ちが、語尾に滲む。
「自分好みじゃないからって……受け入れ拒否とか、選定基準が甘いのはそっちだろうが」
そのとき。
つきのみやと、あまがたきは同時に気づいた。
――背後の、空気の変化に。
「あ……」
小さく、息を呑む。
だが、当の本人はまだ気づかない。
やみは吐き捨てるように続ける。
「あのババァ、自分の癖に合った魂しか受け入れないんだよ。選定基準もクソも――」
――その言葉を、上から叩き潰すように。
背後から、ねっとりとした高圧的な声が響いた。
「あらぁ……?」
「『ババァ』って……一体、誰の事を話しているのかしら?」
振り返らずとも分かる。
圧倒的な存在感。
2メートルはあろうかという長身。
紅と白のツートンカラーの着物が、床を引きずるように揺れる。
腰まで届く漆黒の髪は、まるで別の生物のように、わずかに、蠢いていた。
鋼鉄製の扇子で口元を隠し、その奥から覗く笑みは、艶やかで――底知れない。
妖艶。
『きさらぎ』――件の人物だった。
やみは、ようやく背後の異変に気づき、ゆっくりと振り返る。
「……げ」
短く、素の声が漏れる。
きさらぎは、扇子越しに楽しげに目を細めた。
「ふふ……続けても、いいのよ?」
「……ッ……」
やみは喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み込んだ。
沈黙を破ったのは、場の空気を読まない声だった。
「あっ母上ーー!」
かたすが勢いよく飛び出し、きさらぎの懐へ乗り換える。
両腕を広げ、迷いなく飛び込む。
きさらぎは自然な動作でそれを受け止める。
片腕でかたすを抱き寄せ、もう一方の手で――
まだ固まったままのやみの頭を、ぽんぽん、と軽く叩いた。
「はいはい、今日も可愛いわねぇ二人とも」
声音は甘く、仕草は優しい。
まるで、親と子のやり取りだ。
「やめろよ、恥ずかしい……」
やみは顔をしかめ、キャップのつばをぐいっと深く引き下げる。
その様子を面白がるように、きさらぎは身をかがめ、扇子を少しだけ下ろして、やみの顔を覗き込む。
「うふふ……素直じゃないわねぇ。もっと……甘えてもいいのよぉ?」
「……うるさい」
短く、ぶっきらぼうに返す。
(……相変わらず、調子が狂う……)
やみは内心で舌打ちする。
その空気を断ち切るように、つきのみやが一歩前に出た。
「……久しぶりだな、きさらぎ」
きさらぎはゆっくりと口角を上げた。
どこか嬉しそうに。
扇子を軽く揺らし、視線を順に移す。
「あまたがきちゃん、それと……つきのみや」
「久しぶりねぇ……みんな、変わりないようで何よりよ」
(これで、全員揃ったな……)
つきのみやは、ただ一つ願う。
何事もなく会合を終わらせること――ただそれだけを。
力加減は雑だが、手つきには慣れがあった。
「ほら、落ち着け……」
そう呟きながら、視線だけを二人へ向ける。
「で、もう全員揃ってんのか?」
つきのみやは軽く周りを見渡した後、短く答える。
「いや……きさらぎがまだ来ていないな」
その名が出た瞬間だった。
やみの口元が、ほんの一瞬だけ引き結ばれる。
キャップの影に隠れた表情が、明らかに曇った。
「あぁ、そうか……」
無意識に、かたすを抱き寄せる腕に力が入る。
かたすはそれを一種の愛情表現と勘違いし、満足げに鼻を鳴らす。
「そうだ、あいつとは上手くやれているか?」
探るように問いかける。
やみは肩を落とし、長いため息を吐いた。
「あー……いや、相変わらずだ……一日に数回は抗議電話が掛かってくるぞ」
「『その程度の魂、そっちで処理しなさい』とか……」
「『うちらの選定が甘すぎる』とかな……」
あまがたきは思わず肩をすくめ、顔を引きつらせる。
「うげぇ、それは……大変だね」
やみの愚痴は止まらない。
「ただでさえ、うちらの選定基準はシビアだってのに……流した魂を、平気な顔してこっちに戻してきやがるんだ」
苛立ちが、語尾に滲む。
「自分好みじゃないからって……受け入れ拒否とか、選定基準が甘いのはそっちだろうが」
そのとき。
つきのみやと、あまがたきは同時に気づいた。
――背後の、空気の変化に。
「あ……」
小さく、息を呑む。
だが、当の本人はまだ気づかない。
やみは吐き捨てるように続ける。
「あのババァ、自分の癖に合った魂しか受け入れないんだよ。選定基準もクソも――」
――その言葉を、上から叩き潰すように。
背後から、ねっとりとした高圧的な声が響いた。
「あらぁ……?」
「『ババァ』って……一体、誰の事を話しているのかしら?」
振り返らずとも分かる。
圧倒的な存在感。
2メートルはあろうかという長身。
紅と白のツートンカラーの着物が、床を引きずるように揺れる。
腰まで届く漆黒の髪は、まるで別の生物のように、わずかに、蠢いていた。
鋼鉄製の扇子で口元を隠し、その奥から覗く笑みは、艶やかで――底知れない。
妖艶。
『きさらぎ』――件の人物だった。
やみは、ようやく背後の異変に気づき、ゆっくりと振り返る。
「……げ」
短く、素の声が漏れる。
きさらぎは、扇子越しに楽しげに目を細めた。
「ふふ……続けても、いいのよ?」
「……ッ……」
やみは喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み込んだ。
沈黙を破ったのは、場の空気を読まない声だった。
「あっ母上ーー!」
かたすが勢いよく飛び出し、きさらぎの懐へ乗り換える。
両腕を広げ、迷いなく飛び込む。
きさらぎは自然な動作でそれを受け止める。
片腕でかたすを抱き寄せ、もう一方の手で――
まだ固まったままのやみの頭を、ぽんぽん、と軽く叩いた。
「はいはい、今日も可愛いわねぇ二人とも」
声音は甘く、仕草は優しい。
まるで、親と子のやり取りだ。
「やめろよ、恥ずかしい……」
やみは顔をしかめ、キャップのつばをぐいっと深く引き下げる。
その様子を面白がるように、きさらぎは身をかがめ、扇子を少しだけ下ろして、やみの顔を覗き込む。
「うふふ……素直じゃないわねぇ。もっと……甘えてもいいのよぉ?」
「……うるさい」
短く、ぶっきらぼうに返す。
(……相変わらず、調子が狂う……)
やみは内心で舌打ちする。
その空気を断ち切るように、つきのみやが一歩前に出た。
「……久しぶりだな、きさらぎ」
きさらぎはゆっくりと口角を上げた。
どこか嬉しそうに。
扇子を軽く揺らし、視線を順に移す。
「あまたがきちゃん、それと……つきのみや」
「久しぶりねぇ……みんな、変わりないようで何よりよ」
(これで、全員揃ったな……)
つきのみやは、ただ一つ願う。
何事もなく会合を終わらせること――ただそれだけを。
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