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【2】

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
「あのね、蓮。結婚式の話なんだけど。いつにする? ホテルなら早めに予約入れなきゃいけないみたいだし」
 彩子(さいこ)が嬉しそうに訊くのを、俺は鼻で笑う。

「は? 俺がいつお前と結婚するって言ったよ」
 吐き捨てるような台詞に、目の前の女は見るからに動揺し始めた。

「何、……何でそんな。だって蓮、私のこと好きだって言ったじゃない! ずっと一緒にいたいって、そう──」
「『好きだ』『一緒に』って、なんでそれが結婚することになるんだよ」
 必死の形相で食い下がる彩子に、面倒になった俺は適当にあしらう。

「ひどい! 私、親にもあなたと結婚するって話したのよ! そのつもりだったからお金だって──」
「そんなのお前の勝手だろ。金もさ、俺が出せって無理に頼んだわけじゃないよな?」
 醜く歪んだ顔で責められるのにうんざりして、俺はスマホをポケットにねじ込みながら立ち上がった。

「ちょっと出てくる。その間に帰ってくれ。もう俺の部屋(ここ)に来るな。……あ、鍵も返せよ。ポストに入れとけ」
 冷たく言い放った俺に、茫然としてた彩子の表情が今も脳裏に焼き付いてる。

 三時間ほど時間潰して、空っぽの筈の自分の部屋に戻って来た。
 ドアを開けた俺の目に最初に飛び込んで来たのは、薄ベージュのフローリングの小さな血溜まり。

 ──彩子が切った手首からの。

 ガタガタと足が震えて立っていられなかったのを、つい昨日のことみたいに思い出す。たぶん一生、記憶から消えることなんかないんだろうな。
 傷はかなり深かったらしいけど、彩子は幸い命に別状はなかった。
 だけど、俺には「結婚詐欺まがいの手口で、付き合ってた彼女に自殺未遂させたクズ」ってレッテルがベッタリ貼られたんだ。

 もちろん俺が手を下したわけじゃないし、結婚詐欺っていうのも単なる噂というか悪評の類に過ぎなかった。だから会社からも、一応社員同士だから事情は訊かれたけどそれだけだ。
 解雇や退職勧奨はもちろん部署異動も、口頭注意さえされてない。理由もないだろ。
 けど表向きの処分なんかなくても、俺は職場で毎日針の(むしろ)だった。
 彩子が仕事で関わりのある部署の先輩社員で、俺が思う以上に人望があったのも大きい。
 結局そういう雰囲気に耐えられなくなって、俺は会社を辞めた。俺より先に向こうが一度も出社しないままに辞めたのも、周りの冷たい視線に拍車を掛けたから。
 俺はあのあと、彩子には会ってない。直接は連絡も取ってないんだ。謝罪したって形だけでも欲しかったけど、向こうの親に撥ね付けられたしな。
 だからあいつの本心はわからないままだ。今も。



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    ◇  ◇  ◇
「あのね、蓮。結婚式の話なんだけど。いつにする? ホテルなら早めに予約入れなきゃいけないみたいだし」
 |彩子《さいこ》が嬉しそうに訊くのを、俺は鼻で笑う。
「は? 俺がいつお前と結婚するって言ったよ」
 吐き捨てるような台詞に、目の前の女は見るからに動揺し始めた。
「何、……何でそんな。だって蓮、私のこと好きだって言ったじゃない! ずっと一緒にいたいって、そう──」
「『好きだ』『一緒に』って、なんでそれが結婚することになるんだよ」
 必死の形相で食い下がる彩子に、面倒になった俺は適当にあしらう。
「ひどい! 私、親にもあなたと結婚するって話したのよ! そのつもりだったからお金だって──」
「そんなのお前の勝手だろ。金もさ、俺が出せって無理に頼んだわけじゃないよな?」
 醜く歪んだ顔で責められるのにうんざりして、俺はスマホをポケットにねじ込みながら立ち上がった。
「ちょっと出てくる。その間に帰ってくれ。もう|俺の部屋《ここ》に来るな。……あ、鍵も返せよ。ポストに入れとけ」
 冷たく言い放った俺に、茫然としてた彩子の表情が今も脳裏に焼き付いてる。
 三時間ほど時間潰して、空っぽの筈の自分の部屋に戻って来た。
 ドアを開けた俺の目に最初に飛び込んで来たのは、薄ベージュのフローリングの小さな血溜まり。
 ──彩子が切った手首からの。
 ガタガタと足が震えて立っていられなかったのを、つい昨日のことみたいに思い出す。たぶん一生、記憶から消えることなんかないんだろうな。
 傷はかなり深かったらしいけど、彩子は幸い命に別状はなかった。
 だけど、俺には「結婚詐欺まがいの手口で、付き合ってた彼女に自殺未遂させたクズ」ってレッテルがベッタリ貼られたんだ。
 もちろん俺が手を下したわけじゃないし、結婚詐欺っていうのも単なる噂というか悪評の類に過ぎなかった。だから会社からも、一応社員同士だから事情は訊かれたけどそれだけだ。
 解雇や退職勧奨はもちろん部署異動も、口頭注意さえされてない。理由もないだろ。
 けど表向きの処分なんかなくても、俺は職場で毎日針の|筵《むしろ》だった。
 彩子が仕事で関わりのある部署の先輩社員で、俺が思う以上に人望があったのも大きい。
 結局そういう雰囲気に耐えられなくなって、俺は会社を辞めた。俺より先に向こうが一度も出社しないままに辞めたのも、周りの冷たい視線に拍車を掛けたから。
 俺はあのあと、彩子には会ってない。直接は連絡も取ってないんだ。謝罪したって形だけでも欲しかったけど、向こうの親に撥ね付けられたしな。
 だからあいつの本心はわからないままだ。今も。